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□第13話




「いったいどれだけ続いてるんですか?この市場の道。」

2人はまだ市場に居た。一匹は透の肩に乗っている。この市場は一本の道にズラリと様々な店が並んでいる。しかもその道をどれだけ進んでもお店がなくならない。
以前来たときはあまりしっかりと見ていないので気づかなかったが、かなりの規模のようだった。野菜、魚、米、駄菓子、金物、日用雑貨、アクセサリー、服、靴、ペット、武器などなど。
次から次へと色々な種類の店が目の前に飛び込んでくるので、透は右へ左へと目をやるのに必死だった。キルアの方は、店よりも自分の隣を歩く少女の表情を楽しんでいるようだった。

「もう3分の2くらいは歩いたな。何か見たいものがあったら言えよ?それともそろそろ別のところへ行くか?」

「とりあえず全部見ておきたいかな。せっかく来たんだもん。今度はいつ来られるかわかんないし。」

「はは。そうだな。」


2人は一通り見終えると、道を東へ反れた。結局あれだけ歩いて何も買わず、本当にただ見物しただけだ。キルアは「好きなものを買ってやる。」と言ったのだけれど透が「借りを作りたくありませんからいいです。」と断固拒否した。


次に2人がやってきたのは大きくて真っ白な建物。入り口に小さな階段。両脇には太い柱。いろいろな人が出入りしている。それこそご老人から幼い子連れの主婦。軍人に貴族らしき人まで。

「キルアさん、ここは?」

「太陽神殿だよ。この国の者は、いや、この世界の者は皆、太陽神を崇めている。だからこうやって祈りに来るんだ。もちろん他の国からも多くの民が訪れる。」

「へぇ。私も中に入れる?」

「ああ。行ってみるか?」

「うん!」


中に入ると広大な空間が広がっていた。白い視界。大理石の敷かれた床。ここもまた両脇に白く高いエンタシスの柱がそびえており、透は合間を通って前へと進んでいった。白石の壁には所々、何か絵が描かれていた。大きいものなので少し離れたところからでもハッキリと分かる。それは描かれた場所によって違ったが、どの絵にも必ず『太陽』と『女性』が描かれていた。多くの人々は柱の間を通り奥へと進み、反対に帰る人はそちらからこちらへ向かってきた。部屋の一番奥まで進む。

透は、その部屋の奥には例えばキリストの像とか、大仏だとか、そういった何か象徴的なものが置かれているのだとばかり思っていた。けれど違った。
そこには長くも、短くもない低い階段があって、その上には何も無かった。いや、正確に言えば何も無かった。先の階段の上には壁すらも無く、代わりに外の景色が、そこにある。そこに居た人々は皆、階段の下でその『景色』に向けて床に膝を付き、両手を胸の前で握り、目を閉じて祈っている。透はわけが分からず目をパチクリさせた。目の前にあるその景色には、森と空である海と、森の向こうの小さな宮殿のような建物しかない。

「あの宮殿に向けて祈っているのだよ。」

現状が理解できず頭を回している透を見てキルアはクスリと笑った。

「宮殿にですか?」

「ああ。あそこは太陽妃様がいらっしゃるんだ。」

「太陽の代わりの光を創るっていう?」

「よく知っているな。」

「バルさんが教えてくれたから。」

「ああ、なるほど。」

「で、それでなんでそこに祈るんですか?」

「正確には太陽妃自身に祈りを捧げているんだ。彼女がいなければこの世界は真っ暗だからな。太陽妃が居て、この世界が成り立つ。太陽自身が神か、あるいはその使いのようなものなんだ。」

「へえ。」

「わたしたちも祈ろう。」

「はい。」

透は静かに目を閉じた。


「―――けて。」

パチリと目を開ける。辺りを見回した。目に付く人は皆祈りを捧げている。特に変わった様子もない。

「どうした?」

「今、声がしませんでした?」

「いや。何か聞こえたのか?」


―――あの声・・・。


「・・・いえ、気のせいだったみたいです。」

透はすっと立ち上がり、キルアもそれに続いて立った。人の流れに沿って元来た通路を戻る。



****



「きゃぁぁぁ!!」

神殿の出入り口。透は誰かの悲鳴を耳にした。辺りがざわつく。神殿を訪れた誰しもが、その悲鳴の方へ顔を向けた。

「何!?」

痛みに対する悲鳴と、恐怖に対する悲鳴が次々に沸き起こった。

「下がっていろ。傍を離れるな。」

キルアが素早く透を自分の背にやった。透は頷き、キルアの影からもう一度悲鳴の方へ目をやった。
焦げ茶色のマントを纏った男たち。
深くフードを被っているからどいつも顔は分からない。数十名。そのうち半分は剣を振り回し次々に人を切り、透たちの居る入り口の方へと向かって来る。もう半分は少し離れたところからそれを援護するかのように弓矢を構えている。

「そこをどけ!!」

妙に低い声がすぐ傍に聞こえた。キーンという音がしたかと思うと、キルアがマントの下から素早く剣を取り出し、得体の知れない男の攻撃を防いでいた。ギリギリと剣と剣が擦り合う音がする。

「お前たち何者だ?」

両者一歩も引かない。

「この世界の未来を憂う者。」

「何が目的だ?」

「元凶を絶つ。」

「元凶とは?」

「・・・話すと思うか?」

相手の男はニヤリと気色の悪い笑みを見せた。急にキルアが押され気味になる。

「ならば話したくなるようにしてやろう。」

そう言ってキルアも薄く笑みを浮かべ、一気に男の剣を押しのけ、振り払った。透が次に瞬きし終えた頃には、キルアの剣が男の喉元でピタリと止まっていた。

「ぅぐ。」

男の額から冷たい汗がするりと落ちる。
透の肩に乗っていたリュウが左の方を向き「キュィッ。」と鳴き、鱗を逆立てた。

「キルアさん危ない!!」

左側から別の男が剣を大きく振りかざしてきた。キルアにその刃が向けられた。透は目をギュッとつむって顔を背けた。


しかし、その刃がキルアに届く前に男の動きはクッと止まった。

次の瞬間、男の背から血しぶきが上がる。


「ご無事でしたか?」

「ああ。ご苦労。」

聞き覚えのある声に透はゆっくり目を開けた。

「バルさん・・・。」

見知った顔と無傷のキルアの様子に安堵が漏れる。しかしそれはバルの足元に転がる男の死体によってかき消された。先ほどキルアに切りかかろうとしていたその男は、うつ伏せにそこに転がっていて、背中には大きく切られた後がある。傷口からはどろりとした血が流れ、ゆっくりと地面に広がっている。バルの持っている剣先からもまた、その男のものであろう赤い液体が少しずつ滴っていた。

「うっ・・・。」

透は思わず口を塞ぎ、キルアの背中を掴んでまた目を背けた。自分の体が少し震えているのが分かる。

「大丈夫か?」

キルアは持っていた剣を鞘に納め、自分が取り押さえていた男をバルに引き渡した。バルが他の兵たちにその男を連れて行かせる。キルアはそっと透を胸に引き寄せた。

「すまない。こんなものを見せてしまって・・・。」

透は返事が出来ず、震えを治めようと必死にキルアにしがみ付いていた。

「・・・バル、残りの男たちも確保しろ。抵抗するようなら・・・。」

「はい。分かりました。」

透はふと、周りを見た。バルの兵士たちが他の男たちを抑えようと剣を振るっている。その合間を縫うように矢が飛び交っている。よく見ると、今バルに斬られた男のように、倒れて血まみれになっている者が何人も居る。焦げ茶色のマントの者たちだけではない。兵士たちも、あるいはただここに祈りを捧げに来たこの国の民も。


―――・・・気持ちが悪い。


透は吐き気を感じた。


「中へ入ろう。なるべく目をつむっていろ。」

透は頷き、目をつぶり、キルアにしがみ付きながら中へ入ろうとした。

突然キルアが透を素早く手前に引き寄せた。危うく透は転げそうになったが、キルアの支えでなんとか留まる。

「どうしたんですか?」

目をつぶるのも忘れてキルアの方を振り返った。キルアは無言で足元に落ちたものを拾った。・・・弓矢だった。透に当たりそうだったものが石の壁に当たり、刺さらずそのまま落ちたようだ。キルアはそれを眺め、顔をしかめた。

「それ・・・?」

「・・・気にするな。とにかく急いで中へ。」

「はい。」

まだ震える透の顔に、その肩に乗るリュウが擦り寄る。


****


「すまない。せっかくの観光が台無しになってしまって・・・。」

透は首を振った。

「いいえ。キルアさんのせいじゃないし。気にしないでください。」

神殿の中、小さな部屋を1つ借りて、2人と一匹はそこに居た。透もだいぶ落ち着いたようで、もう体の震えも止まっている。神殿内には非難してきた人や、外の状況のせいで帰るに帰れなくなった人でごった返していた。そこでキルアは神殿内に居たの神官の1人に何か耳打ちして誰も居ないこの部屋を借りた。


―――よっぽど顔が利くんだろうなぁ。


キルアは外の様子が気にかかるようで、厳しい表情をしたまま立っていた。透は部屋にあった椅子に腰掛けている。リュウはその膝の上で丸まっていた。

「あの・・・。」

「ん?どうした。」

ふっとキルアの表情が和らぐ。透はそれを見て少しホッとした。

「さっきお祈りしてたとき、声が聞こえたんです。」

「・・・ああ、さっき言っていたやつか。」

透は頷く。

「空耳かなと思ってたんですけど。」

「どうした。」

透は少し話すのを躊躇っているようだった。「キュ?」とリュウも首を傾げる。

「その・・・、『気をつけて』って言ってたんです。その声。しかも聞き覚えのある声で・・・あの、夢の声と一緒だと・・・。」


―――太陽妃か・・・。なるほど。太陽神殿内で、彼女の力が近かったせいだな。

「そうか・・・。ともかく、怪我が無くてよかった。」

「はい。・・・『気をつけて』って、きっとあのマントの男の人たちのことを言ってたんですね。」

「・・・ああ。そうだな。」


―――ちがうな。きっとその言葉はあの『矢』についてだろう。



トントン。


ドアが鳴った。

「誰だ?」

ドアの向こうの何者かの存在に、小さな緊張が走った。が、次の声ですぐにそれは無くなった。

「わたしです。」

聞き覚えのある声にキルアはホッと息をはいた。

「バルか。入れ。」

透も警戒を解いた。

「失礼します。」

ドアが開かれ、バルが中へと入った。再びドアが閉められる。

「報告いたします。マントの集団のうち、6名確保。7名はその場で・・・。他は逃げられました。」

バルは透の方をチラリと気にしながら報告を続けた。

「それから、神殿に男たちが現れたほぼ同時刻に王宮にも似たような集団が現れた様です。」

「王宮に?」

「はい。もちろん警備兵が取り押さえ、何事もなく治まりました。それで、キルア様にすぐに戻るようにと・・・その・・・お父上様から伝令が・・・。」

「・・・ああ。そうだな。分かったすぐに戻ろう。報告ご苦労。」

「はい。よろいくお願いします。わたしも一緒に参ることになっているので、トオル様は部下に送らせます。」

ピタリとキルアの動きが止まった。少し何かを考えて、クルリとバルの方へ体を向けた。

「いや、わたしが送ろう。父上のもとにはそれから行く。」

「キルア様?いくらなんでもそれは・・・。」


―――国王様の命令なのに・・・。


「あの、私なら1人で帰れますから。用があるなら行って下さい。」

透が慌てて立ち上がりそう言った。透が急に立ち上がったので、その膝に乗ってくつろいでいたリュウは床に転がり落ちた。床にちょこんと座って不満そうに透たちを見上げている。

「いや、まだあの男たちの仲間がうろついているかもしれない。父上の命令など後回しに出来る。透、別にお前が遠慮することは何も無い。バル、この件についての詳しい話は後でしよう。それからこれを預かっておいてくれ。大事な『証拠』だ。さきほど外で拾ったものだ。」

キルアは先ほど拾った矢をバルに手渡した。バルは渡されたものを見て何かに気づいたようだった。
バルは瞬時、目を細めた。

「これは・・・はい、確かに。ではわたしは先に行ってお父上様にも報告してまいります。」

「ああ。頼む。」

「では失礼します。」

バルが一礼して部屋を退出する。

「では我々も帰ろう。」

キルアが透の肩を抱いた。部屋のドアを開ける。リュウが小さな足で2人の歩調に合わせようとテトテトと早歩きで部屋を出る。




『気をつけて。』






―――あの矢は確かに、トオルを狙っていた。











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