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□第12話




「で、お前は何処に行きたい?」

キルアはいつものようにシクレ宮にやってきた。透はいつものようにお茶を差し出す。

「何処って言われても・・・何があるのかも全然わかりませんから。ここを抜け出して私1人で行った時もどこに何があるのかさっぱりで適当に彷徨ってただけだし。」

「ああ、そうだったな。そうだな・・・ルポの町だけで言えば・・・市街地、市場、王宮、広場、神殿・・・ほか色々。言い出したらキリが無いな。どういうところが見たい?それともいっそのこと端から端まで案内しようか?」

「じゃあとりあえずはお任せコースでお願いします。」

「了解しました、お姫様。」

キルアはそう言って透の左手の甲に軽く口付けた。

―――ああ、本当に女の人に慣れてるなぁ。

透はクスッと笑ってハッと思い出した。

「キルアさん。お任せコースの前に一つ、行きたいところがあるんですけど?」



****




「これは、ルピナス王女。」

ジュナーは目の前の自分よりもかなり歳の若い少女に深く一礼した。

「・・・。」

少女は何も喋ろうとはしない。ジュナーと目線さえも合わさず、すました顔をして、そっぽを向いていた。まだ10歳前後であろう。身長も低く、あどけない顔をしている。金色のウェーブのかかった髪に、青い瞳。誰よりも煌びやかな衣を纏い、小さな体にめいっぱい宝石を飾っている。が、その態度から見て明らかにワガママ娘である。

「ルピナス王女!ちゃんとお返事をして差し上げてください!ジュナー様は身分高いお方ですよ!?いくらなんでもお返事くらいは・・・。」

幼い王女の侍女たちが、小さな声で王女に返事を促す。

「だってぇ!!この人キルアお兄様の恋人でしょ!?嫌よ。そんな人と話すの!!」

ジュナーは嫌な顔一つせず、「ふぅ」とため息をついた。どうやらこの王女の態度はあらかじめ予測していたようだ。

「王女!!だったたら尚更何か一言でも。・・・ああ、申し訳ございませんジュナー様・・・。」

侍女は一向にジュナーに声をかける様子のない王女に代わって、深く頭を下げた。

「・・・ルピナス王女はキルア様のことがとてもお好きなのですわね。」

「当たり前じゃない!!私のお兄様だもの!!」

ジュナーの言葉につい反応してしまい、ルピナス王女はハッと口を塞いだ。そう、この幼い王女はブラコンだった。故にキルアと親しい女性にはいつもこの態度である。王女である彼女をきつく叱りつける存在は数少ないので、この性格は一向に更生しない。

「ならば、わたくしを嫌われるのは無理の無いことでしたわ。でも、わたくし最近キルア様とはお会いしていませんので、そう嫌わないでやってくださいませ。」

「会っていない?なぜ?」

「わたくしだけではございません。他の姫君方もですわ。キルア様はここ一ヶ月の間、どの姫君とも個人的にはお会いになっていませんの。・・・わたくしの知る限りでは、ですが。」

「まさか!?お兄様が!?やったわ!!」

王女は侍女の手を取って一人喜んで跳ねていた。

「わたくし、きっとキルア様には想い人が出来たのではないかと思っておりますの・・・。」

「!!!!???」

王女がその手を止め、目を見開いた。

「しかも、キルア様のお心を射止めたその方、シクレ宮に住んでいますの。」

「・・・ありえないわ。だってお兄様はどんな方にも本気になんかなったことがないし、まして1人の女性に惚れ込むなんて・・・。しかもシクレ宮に住ませているですって?」

幼い王女の唇が、わなわなと震えだした。その手は、衣の裾をギュッと握っている。

「・・・そうですわね。キルア様は誰にも本気にはなられませんでしたものね。」

ジュナーの目が少し伏せがちになった。そう、誰に対してもキルアはそういった感情を持ってくれなかった・・・。それはジュナーにもそうだった。

「でも本当ですわ。わたくしも何度かお会いしましたもの。しかもその方、貴族でも神族でもなく、ただの庶民のようですの。」

「・・・どうしちゃったのよ!お兄様は・・・!?」

「さぁ?でもわたくし、あの少女を結構気に入ってしまいましたの。わたくし個人の意見では、下手な貴族を選ばれるよりは趣味が良いですわ。キルア様を射止めたのがわたくしで無いのが残念ですが・・・。」

そうジュナーが言い終わるや否や、ルピナス王女は踵を返し、駆け足で歩き出した。「王女、お待ちください!」と侍女たちが駆け足で付いて行く。突然王女はピタリとその足を止め、ジュナーの方を振り返った。

「・・・ジュナー姫。貴重な情報ありがとう。また何かあったら知らせて頂戴。」

そう言ってまた元の方を向き、駆けて行った。ジュナーはその後姿に一礼した。


「ルピナス王女!!いったいそんなにお急ぎになって何をなさるおつもりですか!?」
侍女が叫ぶ。

「決まってるじゃない!!お兄様に真実を聞き出すのよ!それから他の兄様たちにも色々と聞いて回るわ!!」

「そんな、王女!王子達は皆様お仕事中ですよ!?お邪魔するのは・・・。」

「いいの!!妹の頼みも聞けない奴はお兄様じゃない!!」

「そ、そんな・・・。」

ルピナス王女と侍女の会話が段々小さくなっていく。


「・・・教えてしまってよかったのかしら・・・。」

その会話を聞いて、ジュナーはほんの少し心配になった。



****




「おや、お嬢ちゃん。」

「こんにちは。」

透はキルアと共に先日の果物屋に来ていた。果物屋のおばちゃんはどうやら透のことを覚えていてくれたらしく、透が話しかける前に気づいて声をかけてくれた。

「この前はご馳走様でした。コルカの実、おいしかったです。」

実際のところ、コルカの実のほとんどはリュウちゃんが食べてしまって透自身はほんの少しかじっただけだった。けれど美味しかったのは事実。

「それで、これそのお代です。」

透はニッコリと淡いピンク色で半透明のコインを差し出した。もちろんそれはキルアから借りたものだ。キルアは返す必要は無いと言ったけれど、透は返さないわけにはいかないと、頑として譲らなかった。

『これ以上借りを作りたくありません!』

と言われてキルアは呆れてそれ以後は何も言わなかった。


「おや、それでわざわざ来てくれたのかい?あんた良い子だねぇ。」

おばちゃんは豪快に笑った。

「じゃあ、遠慮なく受け取ろうかね。おや、こりゃすごいわ!!果物1つに海貨かね!?海貨を持っていること自体すごいけど・・・。あんたどこのお嬢さんだい?困ったわ、おつりが返せないかもしれない。ちょっと待ちなね。」

おばちゃんはゴソゴソと、自分の隣に置いてあった袋を探った。そこにお金を入れているのだろう。

「海貨って何?」

透は後ろに立っていたキルアにこっそりと聞いた。

「今の半透明なコインのことだ。」

「へぇ。」

「う〜ん。やっぱりまったく足りないねぇ。悪いけどおつりが出せないからこれは受け取れないわ。」

おばちゃんはそう言うと透の手に海貨を返そうとした。

「つりは必要ない。」

そう言ったのはキルアだった。

「え?なんだって?」

「つりはいらない。そのまま受け取っておいてくれ。」

「え?ちょ、ちょっとキル・・・あ・・・。」

透は自分の手で口を塞いだ。これはここに来る前に決めておいたことだ。いや、約束させられたという方が正しいかもしれない。キルアは透を街に連れて行く変わりにある条件をだした。

『いいか?街ではわたしの名前を呼ぶな。』

理由は例の如く聞かなかった。

「つりはいらないって言われてもねぇ。さすがにこんな大金、コルカの実1つでいただけないよ。」

おばちゃんはグイッと海貨を握った手を前へ差し出した。

「では他の物も買おう。とりあえず、ここにあるもの全ていただこうか。」

おばちゃんが目を見開いた。・・・透も。

「ちょ、・・・そんなに持って帰れませんよ!?」

透はそう言って、次におばちゃんや周りの人に聞かれないよう小さな声でキルアの耳元でこう言った。

「それにこのお金はキルアさんに借りているとはいえ、一応私のお金なんですよ!?」

「言っただろう?返さなくて良いと。」

「そんなの認めません!」

「おやまあ!!なんて太っ腹なお客さんかね。いったいどこの方だい?」

おばちゃんはキルアの顔をジロジロ見て、首を傾げた。今日のキルアは全身を麻色の布で包み、フードをかぶっている。一見しただけではいったい誰なのかまったく分からない。どうしてそんな変装じみたことをするのか、もちろん透は疑問に思ったが、これも聞かなかった。・・・というかハッキリ言ってそんなことはどうでも良かった。悪く言えば無関心。街へ出られる。羽を伸ばせる。動き回れる。そのことで頭は一杯だった。

「えと、雇い主です。」

「始めまして。」

キルアは透がキッパリと『雇い主』と言ったことに一瞬不満な表情を見せたが、すぐに女性に効果覿面の笑顔を作った。それを向けた相手はもちろん果物屋のおばちゃん。

「へぇ。そんなに着込んでちゃあハッキリとは分からないけど、もしかして結構いい男かねぇ?」

おばちゃんはすっかりその笑顔に騙されているようだ。

「でも、やっぱりそれでも海貨を頂く訳にはねぇ・・・なんだか申し訳ないし。」

「ではそれを届けてくれ。つりはその配達料ということで。」

「それでいいのかい?本当に。」

「ええ。」

「じゃあ遠慮なく頂いておくよ。で、どこに届ければいいんだい?」

「ここに書かれている者の所へ。透の連れの者からだと言えばわかるだろう。」

そう言ってキルアは小さな紙切れ2枚に何かをサラサラと書くと、おばちゃんに渡した。

「こっちに名前が書いてある。こちらはそこに書かれている名前の者に渡してくれ。中は見ないように。」

「はい。確かに。」

おばちゃんはその紙切れを受け取って「まいどあり。」と粋の良い声を上げた。
突然、キルアのマントの下から、茶色の小動物が飛び出した。そしてそれはコルカの実の山に飛び乗ると、その一つを短い腕で抱えてかじりだした。

「ちょ、ちょっとリュウちゃん!!」

リュウちゃんは「キュ?」と透を見上げて首を傾げた。

「一つ持っていけ。」

キルアがクスクス笑った。透はリュウちゃんのかじりかけと、新しいコルカの実2つとを手に取った。

「じゃあ、これだけ持って帰りますね。」

「もちろんどうぞ。」

「キュ!」

リュウは嬉しそうに食べかけの実をまたかじりだした。

「じゃあ私も。はい、これ。」

透は新しい二つの実のうち、1つをキルアに差し出した。

「ああ、・・・ありがとう。」

ひとくち食べると水々しい音が鳴る。

「美味いな。」

「キュ。」

「じゃあ、行きましょうか!!」

透は自分も一口食べるとそう言って、片腕を上げた。



****




「おや、もう店をたたむのかい?」

果物やのおばちゃんが、全ての商品をかごや箱に詰めているのを見て、隣の店のおじちゃんが聞いてきた。おじちゃんは先ほど用があってその場には居なく、今さっき戻ってきたところのようだ。

「ああ。もう売るものが無いからね。それにこれから配達に行かなきゃならない。」

「売る物がないって・・・まだそんなにあるじゃないか。」

おじちゃんは箱に詰められた果物たちを指差した。

「ここにあるのは全部売却済みだよ。ああ、惜しかったねぇ。あんたもあの場に居れば良い商売が出来たかもしれないのにねぇ。」

おじちゃんは首を傾げ、おばちゃんは豪快に笑った。

「そうだ、あんたもこれを配達するのを手伝ってくれないかい?なぁに。タダとは言わないさ。大丈夫。今の私はお金持ちなんでね。駄賃ははずむよ。」

そう言っておばちゃんはちょっと可愛らしくウィンクしてみせた。




****






「さっきの水貨っていったいどれだけのものなんですか!?商品全部買えちゃうなんて!!」

「この世界の通貨は5つ。銅貨、銀貨、金貨、水貨、海貨。銅貨が10枚で銀貨1枚。銀貨10枚で金貨1枚。金貨10枚で水貨1枚。水貨10枚で海貨1枚。」

「・・・ちなみに銅貨は一枚でどれくらいのもの?」

「そうだな。コルカの実3つは買えるな。」

「!」

「どうした?」

「じゃあ銅貨を貸してくれればよかったのに!!」

「お前がすごい剣幕で金を貸せというからよっぽど高い買い物をしたのかと思ったんだ。いいじゃないか。足りないよりは。」

ケロリとそう言ってのけるキルアに透は深くため息を付いた。

―――ああ。感覚がおかしい・・・。

「ちなみに金の単位は『ペクル』。つまり銅貨一枚で1ペクル。銀貨は10ペクル。金貨は100ペクル。水貨は1,000ペクル。海貨は1万ペクルだ。覚えておけ。これから必要になるだろう?」

「・・・えっと銀貨が10ペクル?水貨が1,000で海貨が1万?・・・???」

「はは。ゆっくりでいい。」

キルアはそう言ってクシャっと透の頭を撫でた。



****




「隊長。あの、市場の女が届け物があると言っておりますが・・・。」

「俺にか?」

バルは動いていた手を止めた。書類をデスクの上に置く。ここはキルアの所有する秋宮の隣に位置するキルアの近衛軍の本部である。バルはその軍の隊長。キルアの近衛軍は、本来はキルアの護衛のため、あるいはキルアの私的な事柄に役立つためにある。しかし、キルア自身が好き勝手に歩き回るので護衛の役割はあまり果たせていない。むしろ現在は、キルアのためではなく町の治安維持にもっぱら勢力を注いでいる。これはキルアの提案で、「せっかくの軍なんだから使えることには全部使おう。」というものだ。おかげで、バルが率いる近衛軍はいつでも大忙しである。

「は、はい。実はもう受け取っていまして・・・ここに。」

兵士がそう言ってドアの向こうに置かれている箱や籠に目を向けた。

「・・・なんだ?果物?」

籠に入っているものを見てバルが不審に思って顔をしかめる。

「はぁ。一応中身を調べましたところ、特に怪しいものが混じっているわけでもなく、ただの果物の山のようで・・・。」

そう言った兵士も実に不可解だという表情を見せた。バルはもう一度その果物の山に目をやった。送られてくるような話は聞いていない。心当たりも無い。

「そ、それからこれを持ってきた市場の女が、これを隊長にお渡しして欲しいと・・・。」
兵士は小さな紙切れをバルに差し出した。


「・・・はぁ。」

バルは深くため息をついた。


「分かった。それではそのうち半分ほどは他の兵たちに差し入れしてやってくれ。残りはここに置いたままでいい。」

「はぁ。その・・・食べても大丈夫でしょうか?」

「ああ。大丈夫だ。保障するよ。」

兵士はまだ不審がっていたが、他の兵士と共に果物の山の約半分を持って退室した。

バルは紙切れをもう一度見て、またため息をする。


『トオルと町に来ている。すまぬがこれをシクレ宮まで届けておいてくれ。半分は兵たちに分けてやれ。どうせトオルだけじゃ食べきれないだろうからな。お前も食べろ。』


「ったく。自分の名前くらい書いておいてくださいよ。」



バル・ギル。執筆と文体だけで主の手紙かどうか見分けることができる模範的な側近。






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