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□第15話




「はじめまして。」

「は、はじめまして・・・。」

透は少したじろいだ。目の前の自分より年上で、キルアよりも年下か同じ年くらいの男に。
その男は会ったそのそばからとても不機嫌で、挨拶したその言葉もとても友好的には思えなかった。
目つきが悪い。茶色の短髪で、身長もキルアよりほんの少し低いくらい。
キルアが朝一番にここ、シクレ宮にやって来て、いきなりこのマイホを透に紹介した。

「私の側近の1人のマイホ・トッカだ。最近このあたりは物騒だから、この者を毎日ここによこす。何かあったらこいつに言ってくれ。」

そう言ったキルアの表情はどこか不安げだった。気まずそうにして、透とあまり目を合わそうとはしなかった。


透を護衛することについてマイホは初めはもちろん断固拒否をした。たかが1人のために、ましてやそれが例の少女ならば尚更「護衛」などというものをする気にはなれなかった。しかし、自分の主の命令なのでバルたちの説得もあって渋々承諾したのだ。
キルアはマイホを紹介し終えるとすぐに帰っていった。



***



「あ、あの。紅茶ありますけどいりますか?」

「いらない。」

「お菓子とかは・・・。」

「いらない。」

透はため息を付いた。さきほどからマイホはえらく不機嫌な様子で腕組みをして椅子に座ったままだ。透が何を聞こうとも、ムスッとした表情のままで一言返事をするだけ。さすがに、これほど無愛想だとどう対応していいのか分からなかった。

―――しょうがない・・・放っておこう。

透はマイホにと思って持ってきたお菓子を肩に乗っているリュウに差し出した。一口サイズのクッキーのようなお菓子。リュウは喜んですぐに平らげてしまった。口の周りをペロリと舐める。透はマイホの方へと向いた。

「あの。隣の書庫に行ってきます。」

そう言って透は素早く書庫へ向かおうとした。けれど、

「待て、俺も行く。」

マイホはスッと立ち上がって透の後ろへとついて来た。










マイホはそれから一日中、透の行動にピッタリとくっついてきた。

「・・・なんで着いてくるんですか?」

透は少し遠慮がちにそう聞いてみた。さすがに一日中引っ付いてこられると色々と動きづらいものがある。

「決まってるだろ。キルア様にお前を守れと言われているからだ。」

サラリとマイホはそう言った。

「いや、それは分かってるんですけどね?わざわざ私の行く所行く所に着いて来なくても・・・。」

「それであんたに何かあったらキルア様に申し訳ないんでね。」

「はぁ・・・?」

マイホにとっては、『透の身の安全』というものよりも『キルアの命令』の方が大事なのだ。

「・・・そうですか。」

透はもう本当にこの人について考えるのはよそうと思った。そしてきっとこのマイホという人は自分のことを好いていないんだろうとも感じた。あからさまに嫌悪の顔や態度を示すし、透と馴染もうという気もまったく感じられなかった。

透はさっさと手元の本を開いた。

今までしてきた書物の整理というのは、もうほとんど終わっていた。だから透にはする仕事がなくなっていた。キルアにそう言って、何か新しい仕事はないだろうかと尋ねたが、何もしなくてもよいと一言返ってきただけだった。だから最近、透は書庫に置いてある書物を読みあさっていた。何か地上に帰るための手がかりになるものはないかと、必死だった。一日に十冊前後の本を読み上げた。そのおかげか、今ではこの国の文字も以前と比べればかなり読めるようになっていた。ただ、肝心の地上へ帰る手がかりだけはまだ見つかってはいなかった。

透はいくつかの本に目星をつけて、山積みにして机の上にドサリと置いた。自分も椅子に腰掛けて、じっくり読書に没頭する体制を整える。リュウは机の上の邪魔にならないところで丸まって眠り始める。マイホも合わせて余った椅子に座った。


ペラリ。


静かな部屋にページをめくる音だけが響いている。




透がピタリとその手を止めた。

「どうした?」

うとうとしていたマイホが小さなあくびをして透にそう聞いた。

「あ、ここのところ・・・。」

透は開いていたページの一部を指差した。マイホはその部分を覗き込んで読んだ。
瞬時、マイホは顔をしかめる。

透はその反応に不思議に思い、首を傾げた。

「これが、どうかしたのか?」

「あ、ここのところが読めなくて。」

透は慌てて本に視線をそのページへと戻す。けれど、もう一度チラリとマイホの顔に目を向けた。

―――どうしたんだろ・・・。

そのマイホの表情は酷く苦々しいものだった。悲しいようにも見えるし、苦しいようにも恋しいようにも、そして何かを押し殺しているようにも見える。

「それは人の名前だ。・・・『シャイ・アルナ』って読む。」

声がほんの少し震えている。


「あ、ありがとう・・・。そっか、『シャイ・アルナ』か。・・・シャイ・アルナ?」





パリン、と透の頭の中で何かが割れる音がした。


「どうした?」

「ううん。なんでもないです。」

―――なんだろう。今の感覚・・・。

「・・・その本、何処で見つけたんだ?」

「何処って・・・この書庫ですけど?」

マイホはそうか、とだけ言ってそれから口を閉ざした。透はまた、本へ目を向けて続きを黙々と読んでいた。

マイホはチラリと透の読んでいる本の表紙を盗み見る。


―――なんでよりによって太陽妃様にことが書かれた本なんかを・・・。キルア様は隠しておかなかったのか?いや、別にこの女にバレたってどうってことないんだ。むしろ・・・。


そこまで考えて、マイホは自分の考えを追い払った。そして必死に地上への手がかりを探そうとするその少女の顔へと目線を移した。


透はなんとかその本に書かれていることを読み取ろうとしていた。この本は数日前に見つけてたものだ。少し読んだ時点で何か手がかりがつかめそうだと思ったので、後でじっくり読もうと取っておいたものだった。
その本には、歴代の太陽妃のことについてが書かれていた。

そしてその中には透にとって希望となるものが書かれていた。



―――『過去に、この世界に紛れ込んで地上に帰った人がいる。』



嬉しさで、その顔は無意識のうちに微笑んでいた。そんな透を見てマイホの表情は一層険しくなった。彼の表情も無意識だった。透はそのことにすら浮かれて気づかない。そして、マイホの表情をさらに歪める質問をした。

「あの、このところも読めないんです。」

マイホは、その本を受け取った。少しだけ、悔しい気分だった。何も知らずにいるこの少女を今すぐに責め立てたいと思った。けれど、その感情は何とか表に出さず、しまい込めた。小さく息を吸って、吐く。

「わざわざお前が読まなくても、俺がここに書かれている内容を話してやるよ。」

「あ、ありがとう。」

まさかそうしてもらえるとは思わなかったので、透は少し驚いた。マイホの様子をみても、どう見ても透のことを嫌っているようなのに、その割には親切だったりする。透は少し首を傾げた。

「この、『太陽妃が人間を地上へ帰した』って文のことだけでいいか?」

透は真剣な目を向けて頷いた。

「・・・過去に人間を帰した太陽妃は、少なくとも2人居る。1人は先代の太陽妃様。もう1人は現在の太陽妃様だ。これはこの世界において異例なことで、本来ならば人間を地上に帰すことは禁忌とされている。ただの人間を地上に帰せるのは太陽妃様しかいない。それなりの能力を持ったものを地上に送るだけならば大神官たちでもできる。・・・まあ、その話は後回しにするぞ?まず、先代の太陽妃様の話からするか。」

マイホは息を整えた。自制心が壊れないように。

「十数年前に先代の太陽妃様がいらっしゃった頃、1人の人間の男がこの世界に来た。名前は何だったかな・・・そう、確か井上史郎だ。その男は何年かこの世界に居て、この世界に興味を持ったらしく、帰りたいとはまったく言わずにこの世界の研究をしていた。頭の良い男だったから異例なことだったけれど宮廷で働かせることにしたんだ。だがある日、先代の太陽妃様が突然その男を地上へ返した。これはまったく理由は分かっていない。」

透は真剣に、マイホの話に聞き入っていた。

「さらにその数年後に、ほんの小さな人間の女の子がこの世界に紛れ込んできた。いや、正確には小さな男の子も一緒だったらしい。現在の太陽妃様が帰したのはこの2人だ。その2人が紛れ込んできたのはちょうど太陽妃様がいらっしゃった部屋で、太陽妃様はその女の子と何か話をしていたらしい。そして、その日のうちにその2人を地上へ帰した。・・・結局のところ、この2人の太陽妃様たちが何でその人間を地上へ帰したかは分かっていない。」

そうなんだ、と一息ついて、透はふと疑問に思った。

「・・・そんな簡単に地上へ帰れるなら私も帰してもらえないかな?」

「それは無理だ。太陽妃様はもうこの世に居ない。」

「え?じゃああの空の・・・海の光は今誰が作ってるの?」

「太陽妃様だ。」

「でも亡くなったんでしょ?」

「死んでいるけれど、その『意思』だけは生きている。」

「意思・・・?」

「ああ。魂みたいなもんだな。次の太陽妃が見つかるまでは、その意思が光を生むんだ。」

「・・・太陽妃はなぜ死んだの?」

「・・・地上に人間を帰すのは禁忌なんだ。絶対にしてはいけないことだ。それをした償いに、太陽妃様は自らの命を捧げた。そうでなければ、この国、この世界が滅びるような事態が起こっていたかもしれないから・・・太陽妃様は、命がけでその人間を地上へ帰したんだ。」


透は以前、ここに訪れたその日にキルアが言っていたことを思い出した。


『・・・誰かが命を落とすこともある。』



―――このことだったんだ・・・。




一通り、話を聞き終えると透はマイホに礼を言って外へ出た。少しの間だけ1人にして欲しいと頼むと、マイホはすんなりと承諾した。

マイホもまた1人になりたかったのかもしれない。

昔の思い出だった。マイホにとっては大切なものだった。その人の死は、人事ではなかった。大切な、ことだった。
母親のような、そんな存在だった。




「どう、しようか。」

夕刻の色だった。空に輝くそれは、1人の存在のみで作られているとは思えないほど綺麗で、壮大で・・・。

日の光。

今はオレンジ色のその光。

足元に、いつの間にかリュウが擦り寄っていた。透はニコッと笑う。

「今日も夢が見られると思うの。」

「キュ?」

リュウは首を傾げた。

「きっとあの声と話ができると思うの。」

「キュー。」



「思い出したい。それから帰りたい。」



―――私は・・・。



オレンジ色の光が少しずつ、小さくなっていく。



夜が訪れる。







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