top // novel / home  


□第16話


『透。』


今日もまた真っ暗な視界。夢。


―――ねぇ。私、本当に思い出したいの。

『分かってるわ。』

―――あなたは私が何を忘れているか知ってるんでしょ?お願い、教えて。

『言ったでしょう?あなた自身が思い出さなければ、それ以外は無意味なの。』

―――それでも。

『無駄なことよ。』

―――無駄なことでも、それでも思い出したい。じゃないと地上に帰っても後味が悪い。

『・・・そう。あなたは地上に帰りたいのね。』

―――もちろん!トシ兄ちゃんだって、叔父さんや叔母さんも居るんだから。

『・・・。』

―――きっと今頃心配してくれてる。

『帰れるわ。』

―――え?

『あなたは地上へ帰れるわ。』

―――本当!?

『ええ。ただ、今すぐは無理。もう少し待って。』

―――本当に帰れるのね!

『でもそれまでに思い出して。約束を。』

―――だから、あなたが直接教えてくれれば良いじゃない?

『それではあなたは思い出せないの。』

―――なんで!?

『あなたは、本当はそれを思い出すことを望んでなんかいないから。』

―――そんなことっ・・・。

『・・・自分で、思い出して。ゆっくり。あの記憶だけは触れないままで。約束だけは思い出して。』

―――あの記憶?

『そう、あの記憶。・・・気をつけて。あなたを狙う者がいる。』

―――気をつけてって・・・じゃあやっぱり神殿での声はあなたのね!?

『ええ。』

―――私を狙うって・・・誰が?

『あなたはね、あの時から重いものを背負っているの。あなたは忘れてしまっているけど。周りは全て信じてはダメ。』

―――あの時?

『・・・ごめんなさい。あんなに幼かったあなたに私は全てを託してしまった。』

―――幼かった?私が?私やっぱりあなたに会ったことがあるのね?いつ?どこで?

『・・・。』

―――ねぇ。教えてよ。あなたは誰?

『・・・私の名はシャイ・アルナ。』

―――シャイ・アルナ?

その名を呼んだ瞬間。暗かった視界が、一気に光に包まれる。





そこに浮かんでいたのは一人の女性だった。

「こんばんは・・・かしら?」

金色の髪をなびかせた、金色の瞳を持った大人の女性。真っ白な衣を纏い、透の前まで歩み寄った。その足は裸足だった。透き通るように白い肌。ふんわりと、母性的な雰囲気で、透は何かに包まれているような感覚を覚えた。
その女性、シャイは透に微笑みかけた。

「え、えと。」

透は突然のことに戸惑った。今まで真っ暗だったはずのこの夢が、いきなり真っ白なものへと変わったのだ。いったい何が起こったのかと目をキョロキョロさせた。クスリとシャイが笑った。

「ごめんなさい。突然のことで驚かせてしまったかしら?本当はね、あなたが全てを思い出してからこの姿を見せようかと思っていたんだけど、やっぱり顔も見ずに会話するのはやりづらいでしょう?」

シャイはそう言うと、何もない白い空間にスッと腰掛けた。椅子も何もないところに、だ。

「あなたもどうぞ腰掛けて。」

シャイは片手で自分の前の空間へ透を促した。透は恐る恐るその何もない空間に座った。

―――これどうなってるんだろ?

そこには確かに何かがある感触だ。椅子というには柔らかいし、ソファーよりはしっかりしている。丁度いい座り心地。

「ここは夢の中だから、何でもありなのよ。」

コロコロとシャイが笑う。

「・・・なんかシャイさん、思ってたイメージと違うなぁ。」

「あら、そう?」

「声だけ聞いてたときはもっとこう、話しにくい感じで・・・。」

透が難しい顔でジェスチャーする。

「あなたが地上にいたときはあまり力を使えなかったから、まともな会話はできなかったものね。もっとも、ちゃんと話ができても私が伝えられることは限られているけど。」

「・・・約束って、私がシャイさんとしたんですよね?」

「ええ。そうよ。」

「・・・やっぱり直接は教えてくれないんですね。」

「ええ。ごめんなさい。」

透は首を横に振った。

「理由があるなら仕方ないです。」

「・・・ありがとう。あなたの記憶や約束については言えないけれど、それ以外のことだったら教えられるわ。なんでも聞いてちょうだい。」

シャイは透の手を取った。その表情は何か罪悪感に満ちている。

「なんでも?」

「何でも。」

「・・・私はいつ帰れますか?」

シャイは瞬時目を見開いたが、すぐに笑みを取り戻した。

「ええ。そうね、・・・次の太陽祭の時。」

透は首を傾げた。

「太陽祭?」

シャイが白い空間の斜め上に手をかざし、スッと動かす。するとそこに夜の街の景色が浮かび上がった。透は目をパチクリさせて、その夜景とシャイの顔を見比べた。まるで映画のスクリーンのように映像が浮かび上がっている。

「言ったでしょ?夢の中は何でもありよ。」

シャイが可愛らしくウィンクして見せた。決して若いようには見えないけれど、それでも可愛らしく見える。

「これが太陽祭。ほら、真っ暗でしょう?これ夜じゃないのよ。太陽祭は三ヶ月に一度。日食の日に行われるの。」

そこに浮かんだ街にはほんの小さな明かりが灯され、空にはあの日のような夜光魚が泳いでいた。

「・・・日食って月で太陽が隠れるやつですか?」

「ええ。そうよ。でもこちら世界ではただ太陽のなくなる日のことをさすの。日食の日は、その日一日まるで夜のように真っ暗なの。」

「へぇ。・・・なんでその日に帰れるんですか?」

「それは・・・また今度話すわね。」

「え?」

「ほら、もう夜が明ける。」









気づくと、もう太陽は随分昇っていた。

「ちょっと寝坊だなぁ。」

透はスッとベットから降りて素早く服を着替えた。


片手に小さなお皿。片手におたま。すーっとスープを注いでいく。コクンと一口含む。

「よし、いい出来!」

足元にリュウがトテトテ近寄って、透の足に擦り寄ってきた。

「もうすぐ出来るからね。」

透は笑顔でそう言うと、手早く食器を机に並べた。

ここに来てから自炊の日々が続いたので、透はかなり料理上手になっていた。ただし、海底世界の食材限定で。朝昼晩、加えてジュナーやキルアに出すお菓子を焼いてきた。それだけしていれば、誰だってそれなりにはなるものだ。出来た朝食を皿に盛り、リュウには別のお皿に食事を用意し、足元に置いてやった。美味しそうにパクパクと平らげていく。透はクスリと笑って自分も朝食に手をつけた。

「・・・ねえ、リュウちゃん?私、帰れるんだって。」

嬉しいけれど、何処かしっくりこない。
スープは喉を通ったけど、パンは駄目だった。喉につかえて、水分を奪う様。




「こんにちは。」

「ああ、ジュナーさん!」

透はすぐに立ち上がってジュナーを迎えた。何だか今一人で居るのは心細かったので自然と笑みが零れる。安堵感が湧いた。

「あら?どうしましたの?顔色が悪いようだけど・・・。」

ジュナーが心配した顔で透を覗き込んだ。透は慌てて首を振る。

「いえ、まだ朝だから調子がでないだけです。」

ジュナーは「そう。」と一言だけ言ってそれ以上は何も聞かなかった。


―――帰れるんだから・・・やっと!!お兄ちゃんにも会える・・・。帰れるんだ。

ようやく実感が湧く。



「紅茶、いつもので良いですか?」

「ええ。」

透は一生懸命笑顔を向けた。



「今日もまたいらっしゃらないわね。」

いつものジュナーのお決まりの言葉。つまりジュナーが来るときはいつもキルアはいない。

「最近はあまり頻繁には来ませんよ?何だか忙しいみたいで。」

実際、あれだけ毎日のようにここに通っていたキルアが、最近は週に一度ほどしか来なくなっていた。例え来ても、やはり一時間もしないうちに帰っていった。あの神殿前での事件から、しばらくこの状態が続いている。あの後の事後処理や、何かでよほど忙しいらしい。

「あら、じゃあアレはキルア様の代わり?」

ジュナーが階段の方を指差した。透もそちらを向いた。

「ああ。マイホさん。おはようございます。」

「おはよう、マイホ。」

「・・・ジュナー姫。」

マイホはあからさまに嫌そうな顔を浮かべた。頬を引き攣らせている。

「ちょっと?久々に会っていきなりその顔はないんじゃなくて?」

ジュナーが不満そうにそう言うと、マイホがため息をついた。

「相変わらずですね。」

不満げな顔は変わらず。

「あの〜。お茶にしませんか?」

透は何だかよろしくない2人の雰囲気に何とか終止符を打とうと試みた。きっとキルア繋がりの知り合いだろうとは思ったが、何だか怖くて詳しいこと聞く気にはなれなかった。

「そうしましょう、さぁ、マイホあなたも座りなさいな。」

マイホは渋々といった感じでそこへ座った。透はそれを確認するとすぐに紅茶とお菓子を取ってきた。


「あら、じゃああなたはこの前の神殿での事件に居合わせたの?」

しばらく色々な話をしていた後、ふとその話題になった。

「はい、偶然。」

「最近は東国も安全とは言い切れませんものね。」

マイホは黙って透の入れた紅茶をすすっている。

「そうなんですか?」

「・・・まあ、太陽妃問題があるから仕方ないことかもしれないけど。」

「太陽妃問題・・・ですか?」

透はチラリとマイホを見た。ジュナーは透が人間だということは知らない。だからこの世界では常識のこともあまり分からない。こういったこの世界特有の話をされてもいったいどう答えて良いか、分からなかった。だから何とかマイホに助けを求める。・・・助けてくれるかどうかは微妙だったけれど。

「・・・次期太陽妃が決まらないって話だろう?」

一応助けてくれるつもりはあるみたいだ。

「そう、まだ次期太陽妃となるべき方は決まってはいませんものね。だからああいう事件が起きるのですわ。」

なかなか話が飲み込めず、透は首を傾げた。

「え、えっと?」

「あら?分からなくて?太陽妃様はこの世界に無くてはならない存在。つまり、自分が太陽妃に・・・あるいは太陽妃である人物が自分の手にあれば、この世界を動かすことができるのよ。誰も太陽妃様には逆らえないのだから。この東国も、ある意味では太陽妃様のおかげで他の国のトップに立てているんだから。」

―――確か前も誰かが同じようなことを言ってたな・・・。

「この前の事件も太陽妃様を狙っている集団の仕業みたいですわ。まったく。あんな騒ぎを起こす人たちが太陽妃になどなれるはずがないのに。」

ジュナーは不機嫌にそう言って、透に紅茶のおかわりを頼んだ。

「マイホさんもどうですか?」

マイホも無言でカップを差し出し、透は静かに二つのカップに新たな紅茶を注いだ。

「透さん?マイホにそのような言葉を使わなくてもいいのよ?呼び方も。呼び捨ててしまいなさいな。立場的にもその必要はありませんわ。」

「え?でも・・・。」

透はチラリとマイホを見た。

「別に。俺はキルアさまに使えている身だからな。その客人のあんたに丁寧に接してもらう必要は無い。」

「じゃ、じゃあ・・・そうします。」

とりあえず、注いだカップを2人に差し出した。

「今の太陽妃様はね。もう亡くなって、今は意志だけの存在だけれど、本当に美しい人だったの。その上、優しくて・・・自分のことよりも人の幸せを尊ぶ人。」

ジュナーは懐かしそうにそう言った。その瞳は遠い昔へと向いている。少し、悲しそうにも見えた。

「ジュナーさんはその太陽妃さまと知り合いなんですか?」

「ええ。少し。でもマイホの方が太陽妃様には詳しいわよ。」

ジュナーが伏せ目がちにそう言った。マイホも顔を上げずにいる。

「・・・まあな。」

そう答えただけで、特に何も話そうとはしない。

「現在の太陽妃様。シャイ・アルナ様は本当に良い人だったの。」




―――シャイ・アルナ?











それは夢で聞いた声の持ち主。

つい今朝まで話をしていたその相手。

それは



約束の相手。








頭に酷い激痛が走った。

「透!?」

「おい!?どうした!?」

2人の声が遠くに聞こえた。


ふっと視界が暗くなった。




―――ほんの少しだけ思い出した。

―――昔、私はその人に会ったことがある。

―――そして約束をしたんだ。

―――約束はまだ思い出せないけど。

―――私はこの世界に来たことがある。

―――シャイ・アルナ。


―――私が殺した?






透の意識は遠退いて、また夢へと引きずられる。










back / top / next // novel  
Copyright(C) Fuki Kayami all rights reserved.
inserted by FC2 system