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□第2話


「お前、勇気あるなぁ」

試験の受験者の控室に戻る途中、ブラックは誰かに話しかけられ足を止めた。自分と同い年くらいの青年がニヤニヤしながらこちらを向いている。

「確かに彼女は絶世の美女だ。だがその立場故に誰も絶対に手を出せなかったあの将軍に、正面切って堂々と宣戦布告だもんなぁ」

青年はケラケラ笑い、その茶色の髪をかきあげた。

「ああ、いきなりでスマン。一応、これから同士になるわけだし、知り合っておこうかと思って。オレはファシオ。まだ試験結果は出てないが、おそらく合格だからあんたと同時期に第三軍に入る。よろしくな」

ブラックは目の前の青年を見据えた。リディア以外にはあまり興味はなかったが、実技試験のとき、やたら腕の良いのが数名いたな、と思い出す。そういえば、そのうちの一人が目の前の男によく似ていたな、と思い、ブラックは少し考えた。軍に入ってからの細かいことはあまり考えていなかった。だが、軍の中の情報を知るためにはある程度の人脈も必要だ。目の前の男はどうやらかなり社交的なようだし、情報収集にはもってこいだ。剣の腕があれば将来役に立つかもしれない。そこまで考えると、ブラックは笑顔を作った。そしてスッと片手を差し出した。

「ブラック・ラジュカッシュ。よろしく」

ファシオは、ブラックのお上品な行動にやや苦笑しながらもその手を取って簡単に握手する。

「で 、ブラック。お前、リディア将軍のことはマジなのか?」

この話がしたくて話しかけてきたのだろう。リディアの話ならば大歓迎だった。ブラックの頬が緩んで、今度は自然な笑みがこぼれた。

「ああ。そうだよ」

当然のように言い放つブラックを見て、ファシオはやや目を見開く。まさか、本気だとは思っていなかったのだ。つい先ほどまで、ファシオはブラックのことをただ自分の容姿に絶対的な自信を持っていて、将軍の強さや人柄を知らずに弄ぼうとする大馬鹿者なのだと思っていた。どうやら違うらしい。馬鹿は馬鹿でも勇気ある大馬鹿者だ。ファシオはニヤニヤとその状況を楽しみだした。本気の方が面白い。

「へぇ。けど、あの場ではまずかったんじゃないか?あのマシュー副将軍も居たし。お前、軍に入る前から目をつけられたことになるぞ?」

「マシュー?ああ、リディア将軍の隣にいた?」

「ああ、将軍とは従兄らしいけど、噂じゃただの親戚じゃなくてあの二人デキてるって話だ」

ファシオの言葉に、ブラックはぴくりと眉を寄せた。ブラックにとってその話は初耳だ。あの闘技場でマシューがリディアに好意を持っていることは明らかだったが、リディアもマシューを慕っているとなるとかなり都合が悪い。

「その話・・・事実なのか?」

「さあな。けど、あの2人が公私ともに仲が良いのは周知の事実だし、将軍に近寄る男をマシュー副将が片っぱしから追い払っているのも、それをリディア将軍が黙認してるのも確かだよ」

ふむ、とブラックは考える。あの時、手の甲に口付けたときのリディアの反応はかなり薄かった。あれだけだと男慣れしているのかとも思ったが、その後のブラックの言葉にはすぐさま顔を赤くしていた。常に戦いに身を投じてきた人だ。おそらくマシューと事実的な関係はないだろう。しかし、気持ちの上では想い合っている可能性もある。事実がどうであれ、マシューが障壁になるのは間違いなさそうだ。しかし、そんな事でブラックの意思は変わらない。変わるはずもなかった。

「ふむ。で、ファシオは僕の味方をしてくれるのかい?それともマシュー副将軍の味方かな?」

ブラックの問いかけに、ファシオはニヤリ、と笑った。

「オレはお前が勝つ方に200ギルも賭けたんだぜ?いくらでも協力するから言ってくれよ」


***


「あのブラック・ラジュカッシュっていう人の書類、ありますか?」

いつもにましてポケーっと呆けながらリディアはマシューに問いかけた。その問いに、マシューが不機嫌そうになる。

「・・・あるにはあるが」

「読んでくれますか?」

正直、マシューはブラックに対してかなり憤りを感じていた。試験の最中にあのような振る舞いを、しかもよりによってリディアに対してキザったらしいセリフを次から次へと投げかけた男を、マシューが気に入るはずもなかった。マシューは嫌々ながら手元の資料をめくり、今回の試験の受験者の資料の中からブラックのものを探した。リディアがウキウキしながらマシューが資料を見つけるのを待っている。

「ブラック・ラジュカッシュ。貴族出身。27歳」

ここまで読んで、マシューはチッと舌打ちをした。よりによって同い年だ。大したことではないが妙に嫌悪感が走る。

「…北方地方の田舎出身で、両親は他界。身内も居らず、両親が死んでからは一人で旅をしながら生活していたそうだ」

「あの剣技、誰かに師を仰いでいたのかな?」

「ここには独学だと書いてあるが」

ふむ、とリディアは首を傾げた。確かに、試験の時の様子では我流なんだろうと思ったが・・・。

「ん〜。それにしては・・・なんていうか完成されてたっていうか、我流であれだけ洗練されてるっていうのがすごいなぁ、と思って」

リディアの言葉にマシューまでも首を傾げる。確かに。腕はまだまだだが、剣技は妙に洗練されていた。

「・・・確かに」

「でしょ?どうしましょうか、配属」

ケロリと言い放たれたリディアのセリフに、マシューは顔を顰めた。やはり、ブラックを合格にするつもりか。

「彼なら、それなりの隊に組み入れるべきですよね。せっかくあれだけの腕があるんだから、活躍してもらいましょう。トンガリも、久々に骨がある奴が来たって喜んでいるし、今年は良い人材が揃ったようだから、そのメンバーを集めて新たな隊を作っても面白そうですね」

なるべく、ブラックはリディアから遠ざけよう。マシューは心に誓った。けれど、次のリディアの言葉でその願いは砕かれる。

「せっかくだから、彼らとも手合わせしたいですね。魔術者もいるようですし。今年の研修は、私も参加しようかな」

強い人材が集まったことで、リディアは浮かれっぱなしだ。先ほどそのうちの一人に茹でタコ状態にさせられたのももう忘れている。

「前回の戦いで、仲間を多く失いました。もし、次に戦いを命じられても、最小限の被害に止めたいです。特に、新人たちは実践を知らない人の方が多いですから。あ、もちろんマシューも手伝ってくれますよね?今はどの国も仕掛けてくる様子もありませんが、いつ戦が始まってもおかしくないですしね。もしかしたらまた上の方からロードスへ攻め入れと言われるかもしれません。早いうちに育てないと」

リディアの研修への参加は正直不満だったが、そう言われてはマシューも反対しきれない。前回のロードスとの戦でかなりの痛手を負い、現在は人員不足。人手が欲しい。喉から手が出るほど。
隣国であるロードスとタタヤンとはこれまでに何度か戦をしている。前回の戦はロードスが相手だった。数年前の『悲劇の日』と呼ばれる戦争に、リディアの国、バジールはロードスに大勝していた。そしてそれをきっかけに次の戦では確実にロードスを攻め落とせると思っていた。だが、そうはならなかった。

――ウォーカー将軍。

リディアはひと月前の戦を思い出す。悲劇の日以降、ロードスの戦力は予想に反してまったく衰えなかった。それは『ウォーカー将軍』の存在があったからだ。悲劇の日以前にはまったく名も知らなかったその人物は、突如としてバジールの軍の前に立ちはだかり、全てを蹴散らした。圧倒的な強さ。未だかつて、バジールの軍に限らず、どの国の軍であってもウォーカー将軍を破ったものはいない。唯一、リディアの率いるバジールの第三軍を除いては。ひと月前の戦で、リディアはウォ−カー将軍の率いるロードスの軍と戦った。結果は散々なものになるはずだった。ところが、リディアが負けを認める前に、ウォーカー将軍の軍が撤退したのだ。理由は分からない。リディアはウォーカー将軍を打ち負かした唯一の者だと称えられたが、実際には負けたも同然だった。多くの兵が死に、戦地は荒れ果てた。あの時、ウォーカー将軍が撤退していなかったら、今頃、ほかの生き残った兵の命も、リディアの命もなかっただろう。
 ウォーカー将軍の詳細な情報は何一つ掴めないでいた。正体が一向につかめない。何しろ、悲劇の日以降に突然現れたのだ。それまでは聞いたこともない名だった。容姿、年齢、性別、貴族か、それとも平民出身か。名前すら『ウォーカー』ということしかわかっていない。ウォーカー将軍と直接対峙した人間は全て殺されている。それ故、密偵やスパイを使って彼を抹殺しようと試みても、全て失敗に終わっている。運よく正体を突き止めることができても、その時には逆に殺されてしまうのだ。
 また、ウォーカー将軍と戦う日が来る。そう考えると、リディアは身震いした。このままでは、負ける。人が、死ぬ。彼女は焦っていた。戦争だ。犠牲は付きもの。仕方がない。分かってはいても、それでも被害は最小限に止めたい。欲を言えば誰も死なせたくない。不安に駆られない日はなかった。けれど今日、新たな希望が舞い込んだ。不意に、ブラックの顔がリディアの脳裏に浮かんだ。大丈夫。失った戦力はこれから充分に補われるだろう。あとは、自分さえしっかりしていれば、今度こそ上手く戦えば・・・。
 戦争は、負ければ国が失われるもの。バジールという国にとって第三軍はその戦争の要だ。そして第三軍を率いるその人は、幼さを残しながらもしっかりとこの国を支えていた。民衆からの支持もある。上層部や政務官からの信頼も厚い。多くの期待を背負った彼女は、負けるわけにはいかない。

「よし。じゃあ、早いうちに合格発表をして、新人さんたちにこちらの宿舎に来てもらいましょう」

不安を振り払うように、リディアは勢いよく立ち上った。




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