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□第4話



「すごいんです!!本当に、私感動しちゃいました」

キラキラと目を輝かせながら、リディアは先ほどの出来事とその素晴らしさを訴えた。

「いくらハンデがあったとはいえ、正直負けるつもりはなかったんです。でも、最後の彼の動きは本当に、マシューにも引けを取らないんじゃないかと思うんです」

ぴくり、とリディアの正面に座るマシューの眉が動いた。昼食の席である。軍の関係者は大半が宿舎の食堂で食事をする。時間があれば街に出る。だが、今日はリディアとマシューの二人で配属についての話し合いも兼ねて執務室に簡単な食事を用意していた。

「あれで独学なんですから、きちんと学べば隊長も任せられるかも・・・いえ、それ以上です。私やマシューも追い抜かれてしまうかもしれませんね!!」

リディアは先ほどの研修での打ち合いでのことが嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。ブラックは予想以上に強く、その実力の底も見えない。新人兵同士は仲がよく、その中で彼はダントツの実力を 持っており、慕われ、尊敬されてすらいる。トンガリにも気に入られている。接してみて、とても丁寧で礼儀正しい人だとも思う。なんだかすごい人だ。リディアはそんなことを何度も何度も考えて浮かれまくっていた。目の前のマシューが不機嫌なことも気づかない。

「やっぱり、配属はかなり慎重にしなければなりませんね!いきなり良い所にやっても周りが納得しないかもしれませんし・・・どうしたらいいですかねぇ」

「以前の戦で、隊のバランスもかなり崩れたし、一度一から編成し直したらどうだ?」

うーん、と考え込む。何かいいアイディアはないだろうか。

「あ!それです!それでいきましょう」

リディアは手早く目の前の料理を机の端に寄せた。そして髪とペンを取り出すと、何かを書き始めた。10分ほど、マシューの存在を忘れたかのように書き続け、書き終えたときには満足そうにほほ笑んだ。マシューはそれを辛抱強く見守った。リディアは一度何かにのめり込むと周りが見えなくなる性質なので、こういうことには慣れていた。

「できました!」

どうですか、と期待に目を輝かせ、リディアが渡してきた紙を受け取る。そこには、今後の軍の編成と配属についての案が書かれていた。マシューはそれにさっと目を通した。

「じゃあ、それよろしくお願いします。午後に各隊の隊長と、宰相ならびに軍関係の政務官に許可を取っておいてください。恐らく反対はされないと思います。本当は私が行けばいいんですけど・・・」

「それはかまわない。リディアは午後は休みだろう。最近、休みでも働いていたしたまには羽を伸ばしたらどうだ」

ぱぁっと、リディアの表情が明るくなった。

「はい。そうするつもりです。これから久々に街に出るんです」

マシューが顔をあげて首を傾げた。リディアが街に行くのは珍しい。そう言った時は大抵、剣を手入れに出すか、魔術書などの書物や薬草を個人的に仕入れるときだけだ。だが、その場合はいつもマシューが一緒だ。ぼけぇ〜っとして、要らないものまで売りつけられてしまう彼女を管理するためである。それらの理由で街へ行くならば普段は事前に声がかかる。彼女自身、押し売りに勝てない性格であること自覚しているのだ。しかし、今回はそれがなかった。

「一人でか?」

「いいえ、ブラック・ラジュカッシュも一緒です」

マシューの表情が固まる。

「あ、そろそろ行かなくっちゃ。じゃあ後はよろしく頼みますね」

ぱたぱたぱた、キィ、ぱたん。
ドアが閉まり、マシューだけが固まったまま部屋に取り残されていた。



広場の時計の下に、やけに良い男が立っている。すぐにブラックだと気づき、リディアは駆け寄った。

「すみません、遅くなりました」

ブラックが爽やかにほほ笑む。先ほどの軍服から着替えて、今は私服。黒いズボンに白いシャツ。とてもラフなスタイルだ。ブラックの容姿だとどちらも様になる。長身でスタイルも良いので、どんな服を着ても似合うだろう。今日のシンプルな服装は彼の容姿をより引き立てていた。飾りは両耳に光るピアスだけ。それでもかなりの男前だ。ちなみに、リディアも軍服から着替え、ブラックと同様にパンツルックである。髪を高い位置で一つにまとめており、軍服を着ている時とほとんど変わらないように思える。飾り気はまったくない。ブラック以上にシンプルだ。

「僕も来たばかりですよ」

リディアはブラックの言葉にホッとすると同時に、周囲の視線に気づく。360度から熱い視線を感じる。そっと周囲を窺うと、街の女性たちがほぅっとブラックに見とれている。その隣に立っているリディアの存在に気づかないくらいに。しまったな、とリディアは思った。女除けに協力するはずが、これではまったく役立たずだ。

「本当に、とても人気があるんですね」

リディアの呟くような言葉にブラックが首を傾げ、そして周囲をちらりと見やる。

「あぁ、なんだか見られていますね」

苦笑するブラックをリディアはまじまじと観察した。本当に、恰好の良い男性だと思う。リディアは普段軍の中で多くの男性を目にしている。もちろん、その中にとても見目麗しい女性ファンの多い兵も数名いる。だが、ブラックはその人たちと比べても引けを取らない。ブラックはどこか独特の雰囲気を持っている。無意識に人を惹きつける才能があるのだろう。それでいて、自覚はしているけれど気取っていないというところはかなりの好印象だ。

「すみません。私が一緒でもあまり効果はないようですね」

「いえ、そんなことはないですよ。いつもなら、すでに何人かに話しかけられているところです。それに、この視線の半分はあなたへ向けたものですよ」

はてな、と思いリディアは首を傾げた。ブラックはそんなリディアにほほ笑む。この国内でもトップの将軍は、どうやら色恋沙汰には鈍感らしい。先ほどからの男たちの視線に気づいていない。これだけ鈍感で、今までどうやって戦場を切り抜けてきたのだろうか。やや疑問と不安を感じながらも、ブラックは一つ思いついた。

「ですが・・・そうですね。あなたがそう思われるのならば、もう少し協力してもらいましょうか」

「はぁ。協力するのは構いませんが、私は何をすればよいのですか?」

ブラックはにっこりと紳士的な笑みを向けた。

「まず買い物がしたいので、当初の予定通り案内していただけますか?」




二人が街を歩いている間、かなりの人に声をかけられた。ブラックに近づこうとする女性。彼女たちのほとんどは彼の隣を歩いているリディアの存在を無視し、猛烈なアタックを開始した。しかし、ブラックはやんわりと、それでいてハッキリと女性たちからの誘いを断る。

「デート中なんです」

にこやかにそう言われれば、大抵の女性は諦めて撤退する。しかし中には勇気のある人もいて、それでもなんとかブラックを誘おうと必死になる。そんなとき、ブラックはリディアの頬にキスを落とし、そしてリディアに見えない角度から相手に対して凍えるような冷たい目線を送るのである。これで、撤退しない女性はいなかった。また、リディアに近づこうとする男性たちに対しても、ブラックはこの方法で追い払っていた。ただ、誰かに話しかけられる度に頬にキスされるリディアは毎回顔を真っ赤にさせて固まり、動き出すのに少し時間がかかった。それが難点だ。また、純粋にリディアを第三軍の将軍としてあこがれ、慕っていることから寄ってくる者に対してはブラックは寛大だった。リディアもブラックが追い払わない時は笑顔で対応し、女性や子供には二人とも優しく接し、力のありそうな者が居れば、ちゃっかり軍に入るのを勧めた。しかし、相手があまりにも長く話し込んだり、途中でリディアに別の意味で興味を持ち始めた場合には、ブラックは容赦なかった。 そんなこんなで、ブラックが一人で出歩いた時以上に、二人は足止めを食らっていた。
 ・・・が、今はまったく声をかけられない。それはなぜか。

「こういうの、久々なのでなんだか恥ずかしいです」

ぎこちなく歩くリディア。

「足がスースーします」

むんず、とドレスの裾を持ち上げてリディアはブラックに訴えた。

「よく似合っていますよ」

 リディアが真っ先に案内させられたのは女性の服を購入できる店だった。なぜそんな店に用があるのかと疑問に思ったが、店に入るとブラックはすぐに店内を見渡して目にとまったオフホワイトのシンプルなドレスを注文し、なぜかリディアが試着室に押し込まれた。そこでその店の女主人にサイズを測られ、そのドレスを試着させられた。やっと解放されたと思ったら、そのまま同じ店で靴を選び、しばらく店内で待たされた。その間、用意されたテーブルで同じく用意された紅茶を優雅に飲むブラック。いったい何が何だかわからなかったが、リディアもそれに倣って大人しく紅茶をいただいた。紅茶を飲み干し、ブラックと少し話をしているとこで、先ほどの女主人がやってきて、リディアはまた試着室に連れ込まれた。そしてまたオフホワイトのドレスを着せられる。今度は、サイズがぴったりだった。そして先ほど選んだ靴を履かされ、そのまま試着室を出るとブラックが満足そうに頷く。そして先ほどまでリディアが着ていた服を軍部まで届けさせるように手配し、当たり前のようにドレスと靴と配達の料金を支払い、状況の飲み込めないリディアを連れて店を出た。そして今の状況である。

 ドレスを着込んだリディア、そして並ぶブラックにもはや話しかけられる者はいなかった。リディアが女性らしい格好に変えたことで、どこからどう見てもデートする美形カップルにしか見えなくなり、近寄りがたい空気が増したからだ。それでも声をかけてくるのは純粋なリディアのファンか、子供たちだけである。

「に、似合ってますか?」

「ええ、とても」

リディアは少し恥ずかしくなって、うつむいた。正直、こういう言葉には慣れていないし、この状況にも戸惑っている。リディアが着替えたことでブラックに寄ってくる女性はいなくなったので、役に立てたことは嬉しいが、ドレスを着るのは3年ぶりなのでどこか自分ではない感覚に襲われる。それに、落ち着かない。

「あぁ、アクセサリーも付けましょうか」

宝飾店の前を過ぎるところでブラックがそう呟いた。リディアはハッとして慌てて首を振る。

「あの、あの、これ以上なにも要らないと思います。ほ、ほら、女性ももう寄ってきませんし・・・」

すでにドレスも靴も買ってもらった。とてもシンプルなものだが、それなりに値が張るものだというのは分かった。ブラックのお財布事情がどんなものかは分らないが、新人兵にはまだ給料は出ていないはず。
 ブラックはリディアの反応に少し考え込み、すぐに思いついてにっこり微笑んだ。

「じゃぁ、これを差し上げます」

ブラックはそういうと自らの右耳のピアスを外し、リディアの左耳に付けた。白いドレスとは対照的な真黒な涙型のピアスが揺れた。

「で、でも!いただくわけにはいきません!!これ、だってかなり良い物でしょう!?黒曜石じゃないですか!?」

「はい」

あっさりと返事をするブラックにリディアはグッと押し黙る。黒曜石は、最近ではなかなか取れない宝石の中でも希少価値がより高いものだ。リディアも以前は持っていたが、人手に渡ってからは一度たりとも目にしたことはない。

「このピアスの黒曜石は特別で、持っていると願いが叶うそうです。片耳だけでも、効果はあると思いますよ」

「ね、願いが叶うんですか!?」

いけないと思いつつも、ちょっぴりこのピアスに惹かれるリディア。

「はい。リディア将軍には何か願いが?」

リディアはちょっぴり顔を赤らめながらこくり、と頷いた。

「差支えなければ聞いてもよろしいですか?」

「そ、そうですね…みんな平和に暮らせたらな〜とか」

ブラックはリディアを真剣に見つめた。そして、ゆっくりほほ笑んだ。

「そうですか。あなたは、戦いが好きではないのですね」

「えっと、一つの軍を率いる者がこんなこと言うのは良くないと思うのですが」

ブラックの手が、そっとリディアの耳元に近づき、先ほど付けたピアスに触れた。

「あなたがそのように考えられる人だからこそ、皆はついていくのだと思います。このピアスは差し上げます。きっとその願いも叶えてくれますよ」

「でも!」

「僕にはまだ、もう片方ありますから。それから、そのピアスは肌身離さず付けていて下さいね。そうしないと効果はありませんから」

オロオロと戸惑うリディア対し、ブラックはこう続けた。

「それに、ほら。これでお揃いになりますし」

またもや茹でタコ状態になったリディアとブラックはその後、軍の中での噂の的となる。もちろん、噂の内容は『おそろいのピアス』だった。








※黒曜石の設定は、この小説上だけです。

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