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□第6話



ぱたぱた、と足音が近づいてくる。ブラックとファシオはその音を聞いて手を止めた。2人は剣を下ろし、ファシオはため息をついた。ブラックがそれを見て苦笑した。ちびっ子が遠くから走ってくるのが見える。

「こんにちは!!」

キラキラと目を輝かせてちびっ子な少年は、ブラックに挨拶した。

「やぁ、カタカ」

ブラックが爽やかに挨拶を返すと、ちびっ子な少年、カタカの瞳がさらにキラキラと輝いた。カタカは、ブラックやファシオと同じ時期にこの軍に入った魔術師である。見た目はとても幼いし、身長も低いため、人と会話するときは必ずその人を見上げなければならない。その仕草が愛らしく、余計に幼さが増している。しかし彼は意外にもすでに15歳であり、新人の魔術師の中ではずば抜けた実力を持っているという。そのことから、魔術師の研修を担当していたリディアとは仲良しで、彼がこうしてブラックの周りをウロウロし始めた原因はリディアの命令から始まる。

「練習中だったんですね、お邪魔をしてすみません。どうぞボクに構わず続けてください」

ブラックとファシオはその言葉に甘えて再び剣を持った。北方地方に研修に来て2ヶ月が経とうとしている。この場所に着いたとき、ブラックはどこに行くにもカタカに付きまとわれていた。カタカは魔法で上手に気配を消していたが、それでも尾行技術は無いに等しく、ブラックにすぐ気付かれた。事情を聞くと、カタカはリディアに頼まれてブラックの成長ぶりを観察し、本部に帰った折に報告する予定だと言う。リディアの名前が出て、ブラックがそれを悪く思うはずがない。リディアが自分のことを気に掛けていたことにすっかり機嫌を良くしたブラックは、カタカにいつでも堂々と練習を見に来ることを許した。そして、カタカは暇さえあればブラックの稽古を見に来るようになった。そして、初めはリディアの命令を遂行していただけのカタカだったが、ブラックの強さを目のあたりにする内に段々と男としてブラックを尊敬し、憧れるようになった。今では金魚のふんのようにブラックがどこに行っても付いてくる。

カキン、キンッ。

ブラックとファシオは互いに隙を見せぬまま剣を交えていた。練習では、木刀を用いることが多いが、ブラックはそれを嫌がった。木刀で稽古をすると、危険に対する意識が低くなり、相手が気を緩めてしまうからだ。けれど、真剣を使えば、一歩間違えれば生死に関わるため、必死になる。そうすることで互いの成長につなげるのだ。

カランッ。

ファシオの剣が吹き飛んだ。ファシオがブラックを睨む。カタカが少し離れたところで崇拝するブラックの勝利に喜んでいる。

「くそっ。またオレの負けかよ。しかも、相変わらずお前はその剣使ってるし」

「ああ、それでもこうやってまともに僕の相手ができるのはファシオだけだよ」

ファシオは一瞬、照れるように目を反らし、再びブラックを睨んだ。

「それでも、お前に一度も勝ったことないぞ」

まったく、と不満そうにファシオは剣を鞘に収めた。ブラックが困ったように微笑んだ。

「それに、ココはほんっっっとに退屈だ。酒も女もない。近くに民家ひとつない。よって住民もいない!まともな街まで片道3時間!!…つまらん!!」

「それでも片道3時間かけて遊びに行ったのはファシオ殿ではありませんか」

カタカが茶々を入れる。

「…それでも退屈なんだよ!!」

バタバタと、今度は複数の足音が聞こえている。それを聞いてブラックがにこりと微笑んだ。

「まあまあ、…どうやらしばらくは退屈する暇もなくなりそうだ」

ファシオとカタカは首を傾げたが、すぐブラックの言葉の意味を知ることになる。慌ただしい足音がさらに響く中、新人兵の一人が息を切らせてやってきた。

「大変だ!!」


***


「たーいーくーつー」

ドサッ。

机にだらりとうつ伏しているリディアの前に、大量の書類の山が置かれた。その向こうに、怖い顔をしたマシューの顔がある。うっ、とリディアは冷や汗をかく。

「そんなに退屈なら、この資料を今日中にしあげろ」

鬼、とリディアは心の中で呟いた。本当はその一言を口にしたいが経験上、それをしてしまうと目の前の資料の量が倍に増えることが予想されたので諦めた。

「でも、マシュー。なんだか退屈だと思いませんか?最近は他国も攻めてこないし、バジールから攻めようっていう話もないから仕事はデスクワークばっかりです。戦わなくてもいいのは嬉しんです。でも部屋に籠ってばかりだし。まぁ、私がこうやっている間にも街の警備や駐屯地で頑張っている兵はたくさんいるんでしょうけど…」

やる気が起きない。新人兵たちがいなくなってからリディアはだらけた毎日を送っていた。彼らが北方地方へ行ってからすでに2ヶ月と1週間ほどだ。みんな元気だろうか、きちんと稽古をしているのだろうか、リディアは気がつくとすぐにそんなことばかりを考えている。

「その通り。他の兵たちも自分たちのすべきことをしてるんだ。リディアもきちんと自分の仕事をしろ」

マシューの容赦ない言葉に、リディアは凹みつつも納得し、机に向かった。書類を一枚一枚手に取り、目を通して次々にサインしていく。その作業の素早さは、本当に全ての内容に目を通しているのかと疑いたくなる。しかし、彼女は確かにそれを成しているし、こうなると集中しすぎて周りの音や声は耳に入らない。時折駄々をこねるが、基本的には真面目で仕事ができる人なのだ。マシューは集中し始めた彼女を確認すると、お茶でも入れてこようと部屋のドアノブに手をかけた。

「ああ!!なんですかこれは!?」

リディアが一枚の書類を高々と掲げている。それを掴む手はわなわなと震えている。

「どうした?」

マシューは回れ右をしてリディアの傍に寄った。

「見てくださいよコレ!!『夜遊びを許可する軍規について』って、なんですかこれは!?」

マシューはその書類をリディアから奪い取るように手に取り、内容を確認した。

「日々、自国のために力を尽くす軍人には楽しみが必要である。特にこの第三軍は戦争において、常に最前線に赴くため、いつ自らの命が絶たれても悔いのないように普段から夜遊びをしておくべきである…って、なんだこれは!?」

「コレ、兵士からの意見書ですよね?どうなんですか?!みんなこういう風に考えているのですか?」

「いや、兵士が夜遊びなど、本来は許すべきではない。彼らもまた、自らの立場を理解しているはずだ」

「ならば、この書類はなんですか?不満に思う人もいるということですよね?…やはり、いつ命を落とすかわからない仕事ですし、やり残したことがあるという人には、許可すべきなんでしょうか!?」

リディアは真剣だった。彼女は、軍をまとめる者として、部下の考えを広く知っておきたいと思っていた。意見書の制度もリディアが発案し、始めたものである。こういった意見書によって軍規が改正されることはたまにある。しかし、今回の意見書については、彼女は夜遊びの正確な内容も理解してはいないだろう。どうするべきか、と一瞬悩んだマシューだったが、今後彼女がこのような話題で丸めこまれないようにきちんと教えておこうという選択をした。

「リディア。夜遊びというのは、一晩中浴びるほど酒を飲んだり、馬鹿騒ぎをしたり、暴れまわったり…女遊びをすることだ。ここに書いてあることは…この書類を出したのは新人兵のファシオだと書かれているから、十中八九は女遊びのことだ」

ファシオが夜な夜な遊び歩いていることはすでに有名な話である。

「お、女遊びって!!」

カァ、とリディアの頬が赤くなる。

「自分の女ならばいいが、行きずりの女や、娼婦に手を出す者もいる。まぁ、こういう仕事だから今を楽しみたいという者もいるし、女に癒しを求める者もいる。しかし、だからといって夜遊びを認めるわけにはいかない。彼らにはきちんと休暇も取らせているのだからその必要はない」

リディアは話が気まずい展開になったことで縮こまっていたが、ふと、耳元のピアスに手をやった。この書類は、ファシオが提出したものだという。彼はブラックとよく行動を共にしてる。性格や出自がまったく正反対に見える彼らが仲が良いのは些か疑問だった。もしかしたら、そういった価値観が同じなのかもしれない、とリディアは思った。

「じゃあ、ブラック・ラジュカッシュもそうなのでしょうか。彼も女遊びをしているのでしょうか?」

マシューが目をぱちぱちさせた。なぜそこにブラックの名前が出てくるのか。そしてなぜそんなにも不安げなのか。

「マシュー。あなたはどうですか?あなたも遊びたいと思いますか?」

いきなり自分についての質問になり、マシューはたじろいだ。内容が内容だ。どう答えれば良いと言うのだ。

バタバタバタ――、コンコン。

慌ただしい足音が止むと、次にこの部屋がノックされた。

「はい、どうぞ」

突然の訪問者のおかげで話が流れそうなので、マシューはこっそり安堵のため息をついた。

「失礼します!」

その兵士は勢いよく挨拶し、勢いよくお辞儀をした。しかし、顔は深刻な表情である。

「リディア将軍、たった今、北方から伝令が参りまして、北がロードスに攻め入られ、トンガリ隊長が重傷を負ったそうです!」

ガタンッ、と勢いよく椅子から立ち上がり、リディアは驚愕の表情を見せた。マシューも同じ顔をしている。二人は互いに顔を見合わせ、すぐに冷静になってその兵士に詳細を訪ねた。

「北の国境は、第二軍の兵が警備していたはず、あいつらはどうした!?」

「突破された模様です」

ギリッ、と歯を噛みしめた。リディアは今自分の中に湧き上がる感情が敵国ロードスに対するものなのか、それとも自国の北の国境を担当していた第二軍に対するものなのかわからなかった。国境の警備に当たる軍は、敵国が攻めてきた場合、主に2つの役目がある。一つ目は、自国に敵国が攻めてきたことをいち早く知らせる役割。二つ目は、自国が応戦する準備をするまでの時間稼ぎだ。第二軍は、そのどちらも果たしてはいない。恐らく、しばらく他国からの侵略はないと勝手に決め付け、油断していたのだろう。どうして、そんな浅はかな考えで己や友人たち、そして自国を危険にさらすのかリディアには理解できなかった。そして今回、普段は自ら仕掛けることなどほとんどない敵国のロードスが、あちらから戦争を仕掛けてきた。なぜか。そんなことを考えて、リディアは首をブンブン振った。今はそんなことを考えている場合じゃない。やるべきことがある。

「すぐに、応援を。それから、救護隊も集めて下さい」

力強くはっきりと言い渡された命令だったが、兵士は動かなかった。リディアもマシューも首を傾げる。

「どうした。すぐに将軍の言うとおりに」

マシューがそう付け加えたが、それでも兵士は動かない。彼は気まずそうに、そうっとリディアを見た。

「あ、あの。それが、ロードスの軍はすでに追い返したそうです」

ぴたり、とリディアと、マシューの動きが止まった。

「…第二軍がですか?」

兵士は首を振った。

「いえ、それが…研修中の兵士たちが追い返したそうです」

「まさか!トンガリ殿は重傷なんだろう?それで、しかも研修兵たちをまとめ上げて敵国の軍を追い返すなんてできるわけが…」

「い、いえ、トンガリ隊長ではありません!!」

では、誰が?そう考えたとき、リディアの脳裏に一人の人物が浮かんだ。しかし、すぐにその考えは否定した。彼は強い。だがいくら強くとも新人には変わりない。戦いのイロハも知らぬはず。まして、新人の兵士たちをまとめ上げるなどできるはずはない。でも、まさか。

「兵士たちをまとめて戦いを指揮したのは、ブラック・ラジュカッシュです」






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