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□第8話




 新人兵たちが帰還してから1週間が経った。その数日後、リディアは兵士たちに大幅な人事異動を行うことを宣言した。これは、以前この国の上層部に却下された案だった。だが、今回の研修で新人兵たちが残した結果は大きく、その影響によりまた改めて審議され、許可された。
 詳しい内容はこうだ。まず、第三軍内の既存の隊を全て解散する。軍の所属期間に関係なく、その実力を考慮した上で改めて隊長クラス、副隊長クラスの兵士、および魔術師を選抜した上で新しい隊を作る。これにより、以前の度重なった戦争でバランスを失った各隊が整い、新人であっても素質があればすぐに活躍することができる。
 今日が、その隊の編成の発表日である。第三軍の本部の広場の前の掲示板に、その内容が掲示される。兵士たちは今朝から掲示されたそれに集まった。ファシオは、一度は広場に来て、啓示を見ようと試みたが、あまりに人が多すぎて前に進めず、かと言って無理に割り込む気も起きず、げんなりしていた。けれどすぐに良い案を思いつき、非番の日を部屋で寛いでいたブラックを無理やり引っ張ってきた。ブラック自身は、配属がどうなるかを確認するのは夜にしようと思っていた。どうせ人が集まってしばらくは見ることができないと思っていたからだ。人だかりの前まで来ると、ファシオは足を止めた。ブラックもそれに合わせて立ち止まる。

「この人だかりを突っ込む気か?」

ブラックがやや不満そうな顔をすると、ファシオがニヤリ、と笑った。

「まぁ、見てろって」

 二人のすぐそばに居た兵士が、何かに気づいて一歩後ろへ下がった。すると、他の兵士たちもそれに釣られるように動き、ファシオとブラックの前に、掲示板まで一直線の道ができた。周囲の視線が、いつの間にか2人に、主にブラックに注がれている。

「なるほど。このために僕を連れてきたのか」

「そういうこと。しかしまぁ、綺麗に道が開いたな。この前のことがあってからお前有名人だからなぁ〜」

 何食わぬ顔で、二人はその道を歩く。掲示板の前まで来ると、足を止めてそれを見上げる。軍の全員の人事が書かれているので、自分の名前を探すのも一苦労だ。面倒だな、と思つつブラックは自分の名前ではなく、別の名前をジッと見つめていた。彼女の名前は探すまでもない。一番端の一番上を見れば必ず書いてある。

「おい、最悪だぞ」

ファシオが、別の場所を見つめたまま顔を青くしている。どうやら自分の名前を見つけたようだ。割と早く見つかったな、と思いながらその視線をブラックも辿る。そして、問題の箇所を見つけると、眉を寄せた。

「これは…意外だな」

二人の名前は、ちょうど上下に書かれていた。この掲示は、まず主だった軍の役職の人事が書かれ、その後に各隊の編成が書かれている。隊の編成はその隊の隊長の名前の下に副隊長の名前。そしてその下にその隊に所属することになる隊員の名前が書かれる。

「えーと、とりあえず副隊長就任おめでとう。新人がいきなり副隊長なんて異例の人事だろうな」

「ああ。だが正直あまり喜べない」

「お前と同じ隊ってのは面白そうだが、隊長がこの人じゃあしばらくは遊び歩けない気がする」

「しばらくどころか、この隊に所属する間は遊び歩けないだろうな」

「うわぁ、最悪」

本来ならば、喜ぶべき人事である。他の兵士ならば喜んでいただろう。各隊の隊長は、いずれも実力者ばかりであり、より強い隊長の隊に所属できることは名誉なことである。が、この場合、いくら強い隊長のいる隊でも、その隊長と相性が悪ければ意味がない。ファシオが頭を抱えた。

「よりによってマシュー副将軍が隊長かよ」

掲示をもう一度確認する。確かに、隊長はマシュー。そして副隊長がブラック。その下にファシオの名がある。

「悪かったな。俺で」

突然降ってきた声に、ファシオは再び顔を青くさせる。

「おつかれさまです。マシュー隊長」

ブラックが紳士スマイルであいさつすると、マシューが嫌そうに顔を顰めた。

「どうやら、あなたの隊の副隊長に就任するらしいです。よろしくお願いします」

ブラックが右手を差し出した。マシューも不敵な笑みを見せ、その手を取る。

「お前の実力は評価している。今回の人事はお前がその実力を先のロードスとの戦いのように誤った判断とともに使用しないように鍛えなおしてくれ、というリディア将軍の判断だ」

「あの、不満でしたか?」

ひょっこりと、マシューの影からリディアが顔を出した。ずいぶん可愛らしい登場だ、とブラックはほほ笑む。

「いえ、光栄です。リディア将軍。マシュー隊長の剣の腕はこの国で一番という噂ですからね。いろいろと学びたいと思います」

 ブラックの笑顔に、リディアはほっと肩を下ろした。正直、マシューとブラックはあまり相性が合わないように思えた。けれど、ブラックの実力を見ると、誰の下に置いても良いとは考えられなかった。カタカからの報告を聞いても、ブラックは研修もかなり真面目にこなしていたようだし、ファシオのように夜遊びもしていなかったそうだ。リディアはそれに安心した。ロードスとの戦いは無茶な行動だとは思うが、彼の軍での行動、実力はともに評価できる。彼の成長ぶりを間近に見れなかったことだけが残念だ。

「あの、なんでオレも?」

ファシオが小さく片手を挙げて、恐る恐る訪ねた。

「夜遊びを奨励するような馬鹿な意見書を書いた男は、野放しにしておけないからな。俺が鍛えなおしてやろうということだ」

ニヤリ、と笑うマシューの表情にファシオは身震いした。そして、マシューの隊にいる限り、夜遊びは出来そうもないことに落胆した。彼にとってはあの意見書は本気だった。兵士たちには夜遊びが必要だ、人生遊びもせずに命をかけて戦えるわけがないと思っている。けれど、その意見書のお陰でここまで後悔することになるとは本人も予想できなかっただろう。
 ギャラリーの視線が、彼ら4人に、とりわけ同じピアスをつけるリディアとブラックに集まっていた。新人兵たちは、すでにこの2人の噂のピアスを目にしている。ツーショットも何度か見ている。だが、それ以外のほとんどの兵士たちは今回が初めてだ。噂通りのお揃いのピアス。そして異例の人事。リディアとブラックの間に何らかの関係があるのは明らかだ。実際には、ただの知人程度だが、それでも噂に拍車をかけるには十分だった。
 ブラックは一瞬、ギャラリーの中から特に悪意ある視線を感じ、そちらを確認した。だがすぐに興味が失せ、リディアに視線を戻す。彼女は何やら考え事をしているようで眉間に皺を寄せていた。その表情がまた愛らしく、ブラックは柔らかくほほ笑んだ。今回、副隊長になれたのはブラックにとってはかなり好都合なものだ。彼にとって、この軍で出世することは大きな意味を持つ。マシューの隊というのがやや気に食わないが、それでも考え方を変えれば、ここで彼に自分の実力を認めさせれば、この軍での地位を確立したことになる。そう、いくつかの意味で、マシューという障壁を取り除けば、彼の望みは叶ったも同然なのだ。予定よりも事が早く進みそうで、ブラックは内心ほくそ笑んだ。急ぎすぎても怪しまれる。が、戦いを好むこの国では実力が重視されるのも事実。とりあえずは、自らの実力を軍内に示すことから始めなければならないようだ。

「たぶん、もうすぐ戦争になります」

ぽつり、とリディアが呟いた。マシューとファシオはまだ何かを話していて、リディアの言葉を聞き取ったのはブラックだけだった。

「そうですか。それはどの国と?」

「ロードスやタタヤンと戦うにはまだ早いと思います。バジールが今戦力不足だというのはこの二国では知られていることですし。だから周辺の小国に攻め入ります。資源の確保と、バジールがすでに戦える状態であることをアピールします」

平然を装ってそう告げたリディアをブラックは見つめた。その表情からすると、この話は国の上層部からの命令だろう。そうであれば彼女には逆らう術がない。

「この軍が出陣するのですか?」

「恐らく。前線はマシューの隊を中心としたいくつかの隊に任せます」

リディアは申し訳ない気がした。マシューの隊にブラックを入れたことで、彼は必然的に第三軍がメインで動く戦では必ず前線に行くことになるだろう。

「そうですか。では、ぜひ…」

いつものように、ブラックはリディアのピアスに触れた。

「あなたの願いに沿う戦いを。最小限の犠牲で、最大の効果を。あなたがそれを計画なされば、僕たちは必ず実現します」

ブラックの言葉がリディアの心の中に流れ込んだ。いとも簡単に、奥深くに侵入してくる。そう、そうだった。リディアは胸の奥が熱くなるのを感じた。今こうして自分がこの軍に居るのは、ただこの現状を憂い悲しむためではない。できることがある。そのために、こうして自らも戦っているのだから。一向に変わらないこの国を見ると、時々忘れそうになる。けれど、これからは大丈夫な気がした。リディアの目に映るブラックは、柔らかくほほ笑んでいる。

――この人は、いつも大切なことを意識させてくれる。






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