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□第10話



ほんの少しだけ目の赤い透。キルアは何かが入ったカップを差し出し、透の目の前の席に静かに座った。

「それを飲むと落ち着く。」

そう言われて透はカップに手を伸ばした。触れると、それがとても暖かいということを感じた。白い湯気の立つ中をそっと覗く。透明な液体。ゆっくり口に運んだ。

「おいしい・・・。」

蜂蜜レモンの味。それを少し薄めたような暖かい、くすぐったい味。

―――本当に落ち着く・・・。

「地上が恋しいか?」

透はピクッと反応する。きっとさっきの涙のことを言っているのだろう。透にとってそれはあまり聞かれたくない質問だった。恋しくないわけがない。それでもその気持ちを必死に抑えてきたのだ。もし言葉にしてしまえば、止まらなくなる。

透は何も言わず、ただコクリと頷いた。

「・・・お前の以前居たところの話をしてくれ。」

キルアは自分も透と同じものを用意し、ゆっくり飲んだ。

「・・・?地上のことならいつも話しているじゃないですか。」

「トオル自身のことも聞きたい。そうだな・・・例えばお前の家族のこととか。」

キルアはいつもと違う柔らかな笑顔を浮かべた。透はあまり気が進まなかったけれど、その顔を見て少しだけならいいか、という気持ちになった。

「そう・だな・・・叔父さんは少し心配性な人で・・・。」

「叔父さん?」

「私、叔父夫婦と従兄妹のトシ兄ちゃんと一緒に住んでいるんです。」

「・・・ああ、前にもそんな名前を言っていたな。」

「叔父さんにはいっつも心配性されちゃって。私がちょっと無茶して怪我すると、大したことないのに『女の子がこんな怪我しちゃいけない!!』って慌てるんです。」

透はその時ことを思い出したらしく、クスクス笑った。

「叔母さんは本当にきれいな人で・・・あ。キルアさんが好きそうなタイプ。」

「・・・なんだそれは。」

キルアがムッとして、透は相変わらず笑っている。

「だってここによく通ってくる人たちと・・・あ、特にジュナーさんとかにそっくりなんだもん。」

「ふ〜ん。どこが?」

「うんと、品があるところとか?」

「ほう。品がある人に育ててもらっている割にはトオルはそうでないな。」

「む。失礼な。」

「ははは。」

透は、始めは多少嫌そうな顔をしていたが、家族のことを話し始めると本当に嬉しそうにして、それが尽きることはなかった。透の嬉しそうな顔にキルアもつられて頬が緩んだ。いとおしそうに透の声に耳をかたむける。

「私、小さいころからずっとこの家族にお世話になってるんです。特にトシ兄ちゃんには迷惑かけっぱなしで。」

無邪気に、嬉しそうに話す透。

「小さいころから、私が何か困ってるといっつも助けてくれて、本当に優しいの。あ、この前バルさんに会ったときに思ったんですけど、バルさんって似てるの。トシ兄ちゃんに。」

さっき泣いていたのが嘘のように笑っている。

「笑ったときの顔とか、優しい感じが似てて本当にトシ兄ちゃんと話してるみたいだった。・・・ホントに叔父さんも叔母さんもみんな優しくて、私のことを本当の家族みたいに思ってくれてるみたいで・・・。」

「・・・お前の本当の両親はどうしたんだ?」

「ああ、2人ともすっごく忙しい人で、今は外国に行ってるんです。ひどいでしょ?可愛い娘をほったらかしで。」

特に寂しがる様子もなく、透はそう答えながらキルアに笑顔を向けた。


―――なんだ?


キルアは顔をしかめた。


―――違和感が・・・何か・・・。


別に透が嘘を付いたようでもない。寂しさを隠している風でもない。キルアは今の透の笑顔に『何か』を感じた。

「キルアさんの家族は?どんな人なんですか?」

透がそう聞いてきた時にはもう、違和感は感じられなかった。


――気のせいか・・・?


「わたしの?」

「はい。」

「そんなことを聞かれたのは初めてだな。」

キルアは軽く笑った。実際、本当に初めてで、透と一緒に居るとこういうことはよくある。キルアにはそれが嬉しかった。彼女だけが自分をなんの肩書きもないひとりの人として扱ってくれるからだろう。他の者ならそんなことは聞いてこないし、聞くまでもなく知っている。細かいことまでは分からずとも、キルアの両親を知らない者など居ないのだから。けれど透は違う。何も知らない。だからこそ―――。

キルアが透に自分の話をせず、バルにも話させなかったのはそういう理由もあった。もちろん他にも理由はあったが。


「そうだな、人にこういった話をすることはほとんどないから、上手く説明できるか分からないが・・・。母はもういないのだが、聡明で綺麗な人だった。優しくて厳しい人で、自分のことよりも人の幸せを尊ぶ人だったな・・・。」

キルアは懐かしそうに、何処か遠くを見ていた。いつの間にか手にあるものが蜂蜜レモンの入ったカップではなく、ワインの入ったグラスに替わっている。


―――キルアさんのお母さんならきっと本当に綺麗なんだろうな。


透はふっとそんなことを考えた。

「父は・・・仕事はできるが迷惑な人だな。」

キルアは考えるのも嫌だといった顔でそう言った。

―――よっぽど困った人なのかな。

透はそう考えてクスクスっと笑った。

「笑いごとじゃないんだぞ。本当にあの人にはいつも苦労させられているんだ。」

キルアがふて腐れる。

「いったいどんな人なんですか?」

「ふざけた奴だよ。しっかりしているのかしていないのか。いい加減なのかそうじゃないのかサッパリ分からない。めんどくさい仕事は全部人に押し付けるし、自分が興味ある仕事は人の物でも持っていく。」

キルアの様子に透はさらにクスクスと笑った。

「兄弟は?」

「ああ、兄が2人と妹が1人いる。」

「へえ。4人兄妹かぁ。」

「一番上の兄と妹はわたしと一つ上の兄とは母親が違うんだ。」

「・・・一番年上のお兄さんと、一番年下の妹さんが?それって何かおかしくないですか?」

「どこが?」

「だって、例え途中で奥さんが替わったとしても、その時は長男と次男の2人とあとの2人が異母兄弟になるはずですよね?」

「ああ、別に途中で替わったわけじゃない。」

「え?」

「この世界は一夫多妻制だよ。・・・そうか、地上は一夫一妻制だったな。」

「・・・国にもよりますけど・・・。」

「私と一つ上の兄は正室の子で、一番上の兄と妹は側室の子供なんだ。」

「・・・へえ・・・。」

妙な気分の透。

「一番上の兄は病弱な人で、だが賢くてやさしい方だ。母の違うわたしにも良くして下さる。妹はまだ幼いし、いろいろと手間はかけさせられるが良く懐いてくれている。」

「へえ、いいなぁ妹!私も欲しい〜。」

「でも本当に大変だぞ?確かに可愛いが・・・我侭だ。」

「ははは。二人目のお兄さんは?」

「・・・ああ、二番目の兄上は・・・。無口で無愛想だが良い人だよ。」

キルアは曖昧な表情を浮かべた。透はそれが少し気にかかった。





「そのプレート・・・。」

キルアは透の胸元にかかる銀色のプレートをじっと見た。

「え?」

「寝るときも付けているのか?」

「うん、お守りみたいなものなんで。」

透はそれをゆっくり撫でた。今まで肌身離さずにいたものだから、愛着のようなものがある。

「誰かにもらったのか?」

「う〜ん。それがよく覚えてなくて。」

「覚えてない?」

透は頷いた。

「小さいころからずっと持ってたんです。でも誰にいつもらったとか全然思い出せなくて。」

「・・・少し見せてもらえないか?」

「?いいですけど?」

透は首からそっとそれを外し、キルアに手渡した。キルアは受け取ったそのプレートを目線より少し高いところで眺め、裏と表をクルクルと何度もひっくり返していた。何か文字のようなものが彫ってあるようだが磨り減っていて読み取れそうもない。だが確実に見覚えのあるものだ。



―――やっぱりそうだ。



それは紛れもなく、かつて太陽妃が肌身離さず身に付けていたもの。




透の目が虚ろになってきたようだ。頭がコクリコクリと揺らいでいる。

「眠くなってきたか?」

透は頷いた。

「何か今日はいつもの夢を見ずに寝れそう・・・。」

「夢?」

「いつも同じ様な夢を見るんです・・・。」

眠そうな声。

「・・・どんな?」

「真っ暗で、女の人の声が聞こえる・・・。」

「女?」

「姿は全然見えなくて、視界もいっつも真っ暗で・・・あ、でもここに来る前の数日間は・・・この世界が見えた・・・。」

「どういうことだ?」

「私が聞きたいですよ・・・。小さい頃から毎晩見てましたけど、ここ最近は、特にここに来てからは夢の中の『声』がすごくはっきりしてて・・・。」

「小さい頃から毎晩?」

「そうです。しかもその女の人、ほとんど同じことしか言わないんです。」

透は少し頬を膨らませた。

「何て?」

「『思い出して』とか『約束を果たして』とか・・・。私が『何のこと?』って聞いても全然答えないし・・・。」

「『思い出して』・・・?」


―――まさか・・・。


キルアの脳裏にバルたちとの話が思い出された。


『忘れているか、別人か』





「そういえば、この世界に来る直前にも聞こえたなぁ。」

「!?」


――やはり・・・。


「トオル、・・・以前この世界に来たことはあるか?」

「あるわけないじゃないですか。もしあったら、一度帰ったってことでしょ?なら地上に帰る方法だって知ってますよ。」

透は強い口調でそう言うと、最後の蜂蜜レモン味の飲み物を飲み干した。

「・・・ああ。そうだな。声の持ち主に心当たりは?」

「ないです・・・。」

「その声の人物が言っている『思い出して』というのは?何か忘れているようなことは?」

「それもよく分かりません。でも何か忘れているような気はするんだけど・・・。」

「・・・その『約束』と言うのがそうかもしれないな。」

キルアは自分の口に手を当てた。

『約束』。


―――太陽妃があの時の幼い少女を―――その理由がそこにあるとしたら・・・?


「私もそう思うんですけど全然覚えてないんです。」

「そうか・・。」

「私もう眠りますね。」

透はそう言って、ベットへ入った。キルアが自分ももう眠ろうとしたとき、既に毛布に包まった透が、顔を埋めたままポツリと呟いた。

「・・・ありがとうございました。なんか・・・落ち着けました。」

少し曖昧な感謝の言葉。

キルアはそう呟いたその少女の今の表情が読み取れるようで、小さく笑った。

「おやすみ。トオル。」


窓の外、夜光魚たちはまだハッキリと光を放っている。







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