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□第11話




『トオル・・・。』


―――ああ。またあの声。


今夜も真っ暗な中、声だけが聞こえる。


『約束を果たして・・・。』


―――約束って何なの?


『思い出して―――。』


―――分からない!!教えて!約束って何!?


『・・・例え私がそれを教えても、あなたは忘れてしまうわ―――。』

その声は今夜は何故かいつもより多くを語ってくれている。


―――・・・ど・・・うして?


『忘れたいと思っているから。』


―――私が?・・・なぜ?


『・・・。』


―――答えて!!


『あなた自身が思い出そうとしなければ何も変わらない。』


―――?


『ごめんなさい・・・。全ては私のわがまま―――。あなたに思い出して欲しいけれど、そのせいであなたが―――それは嫌なのです。』


―――私は、いったい何を忘れているんですか!?



『記憶。』









目を開いた。ふと、部屋のソファーのある位置を見た。キルアはもう居なかった。きっと仕事に行ったのだろう。普段1時間ほどですぐに帰る人が、泊まるなどというからにはきっと無理に時間をとって来たに違いない。

「・・・ソファーでちゃんと眠れたのかな・・・。」

透は、綺麗にたたまれソファーの上に置かれた布を抱えた。タオルケットに似たものだ。そして片付けようとする。ヒラリ、と小さな紙切れが落ちた。まだ眠気の混じった体でそれを拾った。

『今日は用があるからもう来ないが、明日はまた来る。一緒に街に出かけると約束していただろう?明日でよければ行こう。』

透は小さく微笑んでそれを机の上に置く。そして手に抱えた布を今度こそ片付けた。
あの夢のせいか、まだ頭がハッキリしない。自分が今まで眠っていた場所に目を向けた。リュウは体を丸めてスヤスヤと寝息を立てている。透は手のひらを天井に向けて伸びをした。


外へ出た。

もう夜光魚はいない・・・見えない。今夜も、光るだろうか。
帰りたいと強く望んでいるのに、方法は見つからない。たった一つの方法も、どうしてか気が向かない。

―――私・・・。

夢で聞いた最後の言葉。

『記憶。』

―――そんなこと分かってるよ・・・。私が知りたいのは、「それが何なのか」・・・。



****



「ちゃんと伝えてきましたよ!キルア様の恋人全員に!ったく、なんでわざわざ俺がこんなこと!」

マイホはドシドシと足音をたてながら秋宮の廊下を歩いていた。そして目の前に現れた男にたいそう不満げにそう報告した。

「ご苦労。なんでお前にやらせたかって?それはお前のそういう顔が見たかったからだよ。」
キルアはマイホを笑顔でからかうと、手元の書類に目を通した。

「でも分かんないな。なんでキルア様は他の女たちにあんなこといったんですか?」
「・・・トオルにはわたしの身分を明かしたくないんだよ。トオルは間違いなくあの時の少女のようだからな。しかもトオル自身はそのことを覚えていない。今この世界で暮らしている以上、あの時、その少女のために起こった事をいつかは耳に入れてしまうかもしれない。もしその時の少女が自分のことだと気づいて・・・思い出してしまったら?太陽妃が死を選んだのが、自分のせいだと思い込んでしまったら?私が何者であるか知ってしまったら・・・。彼女は私を、『自分のしたことの犠牲者』だと考えるだろうな。」

「だから女たちに自分の身分を明かさぬよう伝えたんですか。わざわざ俺を使って。」

「ああ。」

「・・・それだけのことで!?別にいいじゃないですか。そいつが傷つこうが何だろうが自業自得だ!実際、その女のせいで―――!!」

マイホは唇を噛んだ。

「わたしは彼女に傷ついて欲しくない、あのことについて謝って欲しいなどとは思っていないんだよ。その必要もないと思っている。」

「・・・甘いですね。キルア様は。」

「ははは。そうか?マイホはもっと優しくならないと女性にはモテないぞ。」

「かまいませんよ。」

マイホはフンっと鼻を鳴らして、キルアの後ろについて歩いた。マイホはキルアの側近。主な仕事はキルアの身の回りの世話と、護衛である。ときどき本当は範囲外の雑用を言いつけられるときもある。マイホは幼い頃からキルアに付いていた。キルアの母にはまるで自分の子供のように扱ってもらっていた。キルアにも兄弟のように接してもらっていた。だから2人は割りと仲が良かったりする。2人は執務室へと入っていった。

「キルア様。」

「ああ、どうしたリペダ?」

キルアの側近であり、文官のリペダだ。執務室にてキルアを待っていたらしい。

「トオル様がやはりあの時の幼い少女であると分かったとか?」

「ああ。彼女に間違いはないだろう。『夢』を見るらしい。夢の中で女性の声が聞こえるそうだ。『思い出して―――。』『約束を果たして。』とな。」

「・・・約束というのは・・・。」

「わからん。だがおそらく、その約束の相手は太陽妃だろう。」

「では、今後どうなさいますか?」

「彼女を地上へ帰す。」

「・・・は?」

「帰すんだ。彼女を。」

「・・・ですが人間を地上に帰すのはかなり難しいことかと・・・。」

「かまわないさ。」

「『約束』ってのは調べなくていいのですか!?太陽妃様に関わることなんでしょう!?」

マイホは納得いかないとばかりにそう言った。

「・・・よい。とにかく、わたしはトオルを地上に帰してやりたい。」

「・・・御意。ではトオル様を大神官にするのが一番手っ取り早いかと。まあ、それもかなり困難な方法ですが、人間を地上に帰すこと自体が不可能に近いことなので・・・。」

「ああ。それが一番だと思う。」

「ではトオル様の身分を変えねばなりませぬ。」

「ああ、それで以前私と結婚しろと言ったらキッパリと断られたよ。」

「ったく。放っておくと何処でどんなことをしてるか分かったものじゃない。それで?いったいどんな言い方をして断られたんですか?」

マイホがあきれたように聞いてきた。

「いたって真面目に、さ。」

キルアは極上の笑顔を作り、マイホに向けた。

「その顔が胡散臭いですよ。」

「その時ちゃんと理由を説明なさいましたか?」

「ああ。もちろん。大神官になれば帰れることも、そのためには今の身分のままでは不可能だということも全て話した。」

「フン。どうせふざけた言い方でもしたんでしょう。まあ、俺は人間なんかがキルア様の側室になるなんて絶対ごめんですから。その女が帰れようが帰れまいがどうでもいいし。」

「厳しいな、マイホは。」

「・・・でも妙ですね。トオル様が本当に帰りたいと願っていらっしゃるのならば、キルア様と婚姻関係を持つくらい何の問題にもなりません。結婚をすると言ってももちろん表面上のもので、トオル様は大神官になられれば最終的には地上にお帰りになられるのですから。トオル様は帰りたがっている。それなのにそのために必要な表面上だけの結婚を拒否する理由はいったい何なのでしょう?」

「ふむ。」とキルアは考え込んだが、少しも時間を空けずにマイホが「フン。」と意地の悪そうに笑った。

「簡単だ。キルア様が信用ならなかったんだろう。いかにも嘘くさい顔ですからね。おまけに大の女好き。表面上でも結婚は嫌だったんだろ?」

「ああ。なるほど。」

マイホの考えにリペダもつい、同意する。

「・・・。」
キルアが自分の側近たちに甘く見られているように感じるのは、恐らく気のせいではないだろう。


* * * * * *



「あら?この紅茶なかなかいけるわね。」

透は先ほどシクレ宮を訪れ、目の前に座っている女性に紅茶を差し出した。つい最近、キルアが持ってきてくれたものだ。ジュナーはそれを上品に口に運んだ。本当に育ちの良さそうな振る舞い。つい見とれてしまう。透は少し顔が赤くなった。

「やっぱり今日もキルア様はいらっしゃらないのねぇ。」

ジュナーは、ほうっ、とため息をついた。

「ジュナーさん・・・。」

「もう一ヶ月以上もお会いしていないわ。本当に、まったくと言っていいほど。」

透はシュンとなった。以前ジュナーが言っていた。
『あなたがここに居るようになってからですわ。キルア様がわたくしたちに会ってくださらなくなったのは!!』


「・・・別にあなたがシュンとなさることはないのよ。」

ジュナーは透の様子を見て、不機嫌そうにも小さく照れたようにそう言った。

「このシクレ宮に通う女はわたくしだけではないでしょう?」

透は頷いた。

「ここに来る女たちは皆が皆、キルア様をお慕いしているわけではないのですわ。」

「・・・?」

「つまり、キルア様をお慕いしているフリをしている方もいるのよ。」

「なんでフリなんか。」

「キルア様はそれなりのご身分をお持ちなの。それはあなたも気づいていらっしゃるでしょう?」

「はい。なんとなく。」

「だからよ。キルア様の地位と名誉に目が眩んでいる不届き者も少なくないのですわ。もちろんわたくしは真にキルア様を愛していますけれど。だからこそ、例えキルア様がお会いになって下さらなくとも、他の誰かにお心を動かされてもこうしてじっと想い続けていますの。」

―――素敵な人だなぁ。

「そう、例えキルア様がわたくしを見てくださらなくとも、わたくしはあの方のために出来ることをし、あの方の意思に背くことは絶対にしませんわ。キルア様がわたくしとお会いしようとなさらなくても、あなたをここに置いていても、それはキルア様の意思ですから、あなたは別に気にすることはないのよ。以前はあんなことを言ってしまったけれど。」

透は少し、この目の前の女性が好きになった。ジュナーは見た目こそ、世間知らずのお嬢様のようだったが、心持はまったくそうではないようだった。

「紅茶、もう一杯どうですか?お菓子も有りますけど?」

この日から、2人はお茶会友達になった。



* * * * * *



「ともかく、何とかトオルを一等民以上にしなければどうしたって彼女を帰してやれない。」

キルアは「はぁ。」と息を吐いて椅子に腰掛けた。

「トオル様はキルア様がお嫌いなのか、ご結婚が嫌なのか、確認せねばなりませぬな。」

「ああ、そっか。キルア様が嫌いというなら他の貴族かなんかと結婚させればいいんだもんな。」

2人の『キルア様が嫌いなら』という意見にキルアは少し落ち込む。

「ではそういうことで。キルア様。きちんと確認しておいてくださいね。」

「わ、わたしがか!?」

「もちろんです。わたしとマイホはトオル様と面識がないゆえ。」

「わたしに、トオルに『わたしのことが嫌いか?』と聞けと!?」

「ええ。」

「バルにやらせればいいだろう!あいつはトオルとも一度会っているんだし。」

「バルは誰かさんが仕事をほったらかしで女のところに遊びに行くから、その分の仕事に追われて精一杯ですよ。」

キルアは「ぐっ」と何も言えなくなった。

「ああ、そうだ。マイホ。」

リペダはポンっと手をたたいた。

「先ほどキルア様がなぜ姫君方にトオル様にキルア様の素性を明かさぬように命じたか、という話をしていただろう?」

「なんだ、聞いていたのか。」

「聞こえたのでございます。」

リペダはキルアにそう言って背を向けた。あくまでも今はマイホと話をしているつもりだということだ。

「その理由だが、キルア様はただトオル様が太陽妃様のことを思い出した時のことを案じているわけではないと思う。」

「?」

「キルア様は、『冷酷、非道、女好き』と噂される東国第3王子が自分であると知られたくないだけだろう。ハッキリ言って最悪のイメージだからな。」

「なっ!」

声を上げたのはキルア。

「ああ、キルア様はそんなこと気にしてたのか。でも『冷酷、非道』ってのは別として、『女好き』ってのはもう隠す必要ないんじゃないか?シクレ宮に住ませてるんだったら、もうキルアの他の女にも大勢会ってるだろう?」

「ああ。確かに。」

マイホとリペダは2人で笑い、その一方、キルアはへそを曲げていた。

「一応わたしはお前たちの主ってことになってるんだぞ?もっと敬った態度をとってくれ。」

「分かっていますよ。間違いなくキルア様は私たちが仕えるべき主。東国第3王子、キルア・アルナ・アルテミス様にございます。」

リペダはニッコリと、キルアに対して腹黒い笑顔を向けた。

「ですが、我らが主は実際に『冷酷、非道』そして『女好き』です。火のない所に煙は立たない。本当に、根拠の無い噂など存在しませんね。噂通りの王子です。そんな王子に仕えておきながら、こうやって楽しまずにはいられましょうか?」

マイホも「うんうん」と頷き、キルアは少し・・・悲しくなった。






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