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□第9話




「と、泊まるって・・・ここにですか?」

透は突然目の前の人物が怒り出したことに驚いていた。

「ああ、悪いか!?」

「い、いえ・・・と言うか元々ここはキルアさんのものだし。」

「では明日また来る。いいか、今夜は月を見るな。明日の夜わたしも一緒に見る。それまで絶対に見るな。」

「え?」

いったい何を言い出すのかと、透は首を傾けた。

「いいな!?」

「はぁ。」

「分かったな!?」

「は、はい。」

キルアはそう言ってしっかり念を押すと、ものすごく不機嫌な顔をして帰っていった。


―――い、いったい何にあんなに怒ってたんだろ・・・?


「キルアさんどうしたんだろうね?リュウちゃん。」

「キュ。」

トオルの腕に抱えられた生き物が、小さく首を傾けた。


それは透がキルアにバルの話をしていた時だった。

透はキルアにバルのことを「優しい人ですね。」とか「この国のことを色々と教えてもらったんです。」と、ご機嫌に話していた。その時すでにキルアの表情は険しくなりつつあったのだが、透はそれに気づかず話を続けた。

そして

「この世界の月の話もしたんです。バルさんが見てみれば分かる、きっと気に入るって言ったから今夜見てみようかなって。」

と透が嬉しそうに話した瞬間、

「明日ここに泊まる。」

と不機嫌な顔と声でキルアが言い出したのだった。




「なんか・・・子供みたい。」

キルアが帰った後、透はポツリとそうつぶやいた。

何でキルアが不機嫌になったのかは分からなかったが、そういう印象を受けた。





* * * *





翌日の夕刻。

キルアは昨日の言葉の通り、シクレ宮へ泊まりに来た。シクレ宮はもともとキルアが利用していたところなので、たった一日に必要なものはほとんどそろっていた。だからキルアはいつものようにほぼ手ぶらで現れた。

「ほ、本当に泊まりに来たんですか?」

「ああ。悪いか?」

「い、いえ。」

キルアは相変わらず不機嫌だった。透はどうしたものかと考えてはみたが、結局自分ではどうしようもないと思い、放っておくことにした。




「・・・そういえば、キルアさん、何処で寝るんですか?ここにはベットは一つしかないんですけど。」

なんだか嫌な予感を抱えつつも透は勇気を出して聞いてみた。

「ああ、じゃあそこでいい。」

――やっぱり・・・。

「いえ、そこは私が使ってるんですけど。」

「構わない。」

「いえ、私が構うんです。」

透は「はぁ」とため息をついた。

――なんて非常識な人だろ・・・。一応、私も女の子なんだけど・・・。




「じゃあ、私、今夜はソファーで寝ますから。キルアさんがベットを使ってください。」

「女性を差し置いてそんなことは出来ない。」

キッパリと、キルアはそう言った。

「じゃあどうするんですか?」

「一緒のベットでいいじゃないか。」

「嫌なんです。」

透もキッパリとそう言った。

「・・・ではわたしがソファーで眠ろう。」

キルアは少し残念そうにしている。

「それもダメです。」

「何故だ?」

「だってここは元々キルアさんの宮なんでしょ!?私は居候みたいなものだし・・・。」

ソファーと言っても、シクレ宮にあるものはみんな豪華な、普通では揃えられないようなものばかりであったから、ベット代わりには十分だった。でも透はさすがに世話してもらっている身なので遠慮せずにはいられない。

「だめだ。一緒に寝るか、わたしがソファーで寝るか、二つに一つ。」

キルアが一向に折れてくれないので透は深くため息をついた。









「まだですか?」

「もう少しだ、待ってろ。」

キルアが透の両目を手で隠し、シクレ宮の庭の辺りまで2人で歩いてきた。辺りはもう暗い。普段なら透は寝ている時間だ。ちなみにリュウちゃんは既に寝息を立てベットの上。

バルの言う通り、夜になり空、つまり海を見ようと外へ出ようとする透をキルアが引きとめ、「どうせなら一番眺めがいいところまで行って見てみたいだろう?」というキルアの提案に従い、目隠しをしたまま外に出たのだった。

夜であるだけあって、風が心地よく冷たい。

2人は足を止めた。

「離すぞ。」

キルアの手が離され、透はゆっくりと目を開き、上を見上げた。




「・・・うわぁ・・・。」

透の目に映ったもの。それは、七色の星。真っ暗な海に光るもの。しかもそれは透の知っている星とは違い、空である海を自由に動き回っている。

「魚だよ。夜光魚という。」

そこから目を離せないでいる透にキルアがそう説明した。

「夜光魚・・・。」

「夜になるとああやって光るんだ。種類によって色は違う。お前たちの世界で言う月・・・というより星だな。その代わりをしている。夜のこの世界を照らしてくれているんだ。」

赤色の夜光魚の群れが右上方向から左下へとすばやく流れていった。そうかと思うと今度は青色の群れがクルリクルリと円を描き、橙の群れがその円に割り込むように流れていった。しばらくすると全ての群れが一気に散らばり、他の色の夜光魚たちと混ざって交互に光った。

壮大で、優美なイルミネーション。

きっとこれを見れば誰もが心奪われる。

透はホウっとため息をついた。

「すごいなぁ。地上ではこんなの見られないよ。バルさんに感謝しなきゃ。」

キルアの機嫌がまた悪化する。

「・・・この世界のことで聞きたいことがあれば私に聞け。」

「??でも、キルアさん来てもすぐ帰っちゃうじゃないですか。それまでの時間も結局ふざけた話ばっかりで終わっちゃうし・・・。」

キョトンと、透はキルアの不機嫌さに首を傾げた。

「何か聞かれれば、答える時間くらいある。」

「・・・ならもし分からないことがあったらその時は教えてもらいますね。」

「ああ。」

なんだか拗ねているようなキルアにクスッと笑って、透はまた空へと目を戻した。今度は夜光魚が花火のように広がっている。自然と口端があがる。

「この世界の人たちは毎晩こんな素敵なものが見れるんですね。」

「ああ。それに夜光魚は毎晩違ったパフォーマンスをしてくれる。年に4度の特別な日はさらにすごいぞ。」

「へぇ。」

透の目に、夜光魚の光が映る。赤、青、藍、紫、橙、黄、緑・・・次の色、次の色へと染まっていく。

「気に入ったか?」

「うん・・・。」

透はしばらくそれを眺めていた。キルアはそんな透を見て微笑むと、自分も空へと目を移した。

キルアの機嫌はすっかり良くなっていた。




* * * *




透は大きく寝返りを打った。眠れない。ここに来てからは日が沈むとすぐ就寝といったすばらしく規則正しい生活をしていたのに、今日に限っては眠れない。別にキルアが同じ部屋のソファーで眠っているからというのは関係ない。それははっきり分かっていた。でも、どうしてか眠れない。さっき夜光魚たち見たことで気持ちが高ぶっているのだろうか。

透はキルアとリュウちゃんを起こさないように、音を立てないように気をつけながらベットを降り、外へと出た。




「このもっと上の方にトシ兄ちゃん達がいるんだよね・・・。」

透は空にある海を見上げた。小さくため息が出た。そして同時に、頬を涙が伝った。

自分はいったいどれくらいここに居るのだろうか、と透は思った。日常から突然引き離されたあの日。ただの学校のプールからこんなところに行き着くなんて、いったい誰が想像しただろうか。あの日からもうひと月以上は経っている。今までとはまったく違う世界で、知っている人など何処にも居ない。大好きな人たちには会うことは出来ない。





――今頃どうしてるんだろう・・・。心配・・・してくれてるかな?





* * * *




ふと、キルアは目を覚まし、自分が譲ったベットに彼女の姿が見えないことに気づいた。

「・・・何処に行ったんだ?」

とりあえず辺りを見回してみるが、その姿どころか気配も無い。キルアはソファーを降りた。

――本当にトオルが十数年前のあの子なのだろうか・・・。

そんな考えが浮かぶ。キルアにとっても『あの日』は忘れられない日だった。キルア自身もまだ幼かったあの日。見知らぬ少女に出会ったあの日。そして、大切な人を失ったあの日。

――トオルを恨んでなどいない。ああなってしまったのは、あの人が自身で決めたことだ。あの人にはきっと何か考えがあったのだ。自分を犠牲にしてまでもあの子の願いを叶えた理由が・・・。

キルアはこの一ヶ月間、あの日のことを考えずにはいられなかった。

――父上に話を聞けば何か分かるかもしれない・・・。

彼女は本当にあの時の少女なんだろうかという考えがふとキルアの頭に浮かんだ。透は本当にこの世界のことについて何も知らない。太陽妃のことすらバルに聞いてから始めて知ったようだ。あの時の少女であったなら覚えているはずだ。

――ではやはり違う人物だろうか・・・。

しかしキルアには透があの時の子に見えて仕方なかった。




* * * *


透はこの一ヶ月間、書物整理の仕事と同時に地上に帰る方法も探していた。シクレ宮にあった書物は、海底世界の法や経済、政治等の難しい内容のものがほとんどだったが、中には地上や、それらへの繋がりに関した書物も少なくは無かった。まだ読めない文字も多かったが、それでも何とか時間をかけて調べた。分からない字はノートに写し、横に自分の良く知っている文字で解説をつけた。必死に何十冊もの本を調べつくした。が、有効な手段はこれっぽっちも見つからなかった。一ヶ月。一ヶ月も探しているのに収穫はゼロ。透は心の何処かで『もう帰れないんじゃないか』と考えていた。でも、あきらめられる訳はない。

「帰らなくちゃ・・・。」

透の頭にはそのことだけが渦巻いていた。ただ家族に会いたいという気持ちからだけじゃない。何故か、そうしなければならないという衝動に駆られているような気がする。何かがおかしいと、それは透自身も感じ取っていた。ここに来たのもきっと『何か』があるからだ。そしてそれはあの夢と、あの声と、その声の主が言っていた、透自身が『忘れていること』に関係があるのだろう。



――私、何を忘れてるの・・・?





また一滴、また一滴、涙が下っていく。

「透?」

後ろから声をかけられ、透は急いで涙を拭った。

「どうした?寝られないのか?」

涙をきちんと拭いきれているかどうか分からず、透は振り向かないまま「うん、ちょっと。」と返事をした。

「・・・泣いていたのか。」

キルアが横から透の顔を覗き込む。透は顔を背けた。

「・・・とにかく、中に入れ。外は冷える。風邪をひいてはいけない。」

透はコクンと頷いた。









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