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□第17話




記憶は蘇る。

ほんの一部分。


1人の小さな少女。その目の前には柔らかく微笑む女性。

何かを話している。

声は聞こえない。




記憶の断片。












『泣かないで』

―――ごめんなさい!ごめんなさい!!

『あなたが責任を感じることじゃないのよ』

以前のような真っ暗な夢だった。昨日のように互いに顔を見て話すことは、多く力が溜まっているときでしかできないらしい。
透は泣いていた。
ただただ自分のしてしまったことの重さを感じていた。


―――でも、私のせいでシャイさんは・・・!!



マイホやジュナーが言っていたこと・・・。それで透はほんの少しだけ思い出してしまった。

以前、ここに来たことがあること。
そして、声の主、シャイ・アルナに地上へと帰してもらったこと。


そして知ってしまった。

シャイ・アルナが太陽妃であること。

彼女が自分を地上に帰したことで命を落としたこと。




―――私があなたを殺してしまったんだ。


どうしたらいいのか分からなかった。自分のせいで命を落としたシャイ。そして、彼女との約束を忘れてしまっている自分。

透は胸を抑えた。

張り裂けそうだ。



―――ごめんなさい。



―――ごめんなさい。




謝ることしか出来ない。


『・・・全ては私が望んだことなのよ?あなたが謝る必要なんてどこにもないわ。』


―――ごめん・・なさい・・・。


『・・・本当はね、謝らなければいけないのは私の方なのよ?』


―――え?


『あなたとの約束・・・。昔、確かにあなたはここに来て、私と約束を交わして地上へと帰った。けれどそれはね、私のためなの。確かにあなたを地上へ帰したことにより、私は命を失った。けれど、命に代えてもあなたに叶えて欲しいことがあったの。・・・それが約束。』


姿は見えないけれど、微笑んでいるだろうと思わせる声。

『それに、こうして私の意思だけは生きている。・・・約束はね、きっとあなたにとって辛い事になるでしょう。あの日の出来事は、あなたに苦痛を味わわせる。あなたはこれから幾度となく苦痛を受け入れなければいけない。・・・だから謝らなければいけないのは私の方。だから透。あなたは私のことなど気にしなくてもいいのよ。』

どこからともなく、何も見えないこの暗闇で、透は自分の頭にフワリと暖かい感触を感じた。


―――・・・私、きっと約束を思い出す。絶対に・・・守ります。

『ええ。・・・それからね、太陽祭の日。地上に帰れると言ったけれど、ずっと向こうに居られるわけじゃないの。・・・3日。3日たったらまたこちらに戻って来て・・・。』

―――・・・3日・・・。

『本当ならずっと向こうに居たいのだろうけど・・・。ごめんなさい。』

―――いえ。3日でも。帰れるだけで嬉しい。

例え3日でもよかった。本当のところを言うと、今地上へ帰るのは抵抗があった。あれほど帰りたかったのに。けれど透は自分の過去の断片を知ってしまった・・・。

『私はいつでもあなたの力になるわ。何かあれば必ず・・・。』

―――ありがとう。

『お礼を言うのも私の方よ。』








****









「ですから、彼女はそういう相手ではありません!」
キルアはひたすら疲れていた。
あの事件の事後処理に追われて疲れていたわけではない。いたる所でされる同じ質問に答えることに疲れていたのだ。


「「キルア王子!数々の美しい姫君と関係を切って、一人の女性に落ち着いたと言うのは本当ですか!?」」


どこへ行こうとこの質問だった。
さすがにキルアもあきれ果て、疲れ果て、まともに返事をするのが嫌になっていた。初めのうちはきちんと丁寧に否定した。けれど、一人にそう説明したところでまた次の人から、そしてまた次・・・といったふうに同じ質問を延々と繰り返される。「どうせ一人の方に決められるのであればわたしくにして下されば良かったのに!!」などと主張する者もいた。ここ数日はずっとこうだ。

おまけに、今まさにこの時。自分の父親、2人の兄にまで同じ質問をされた。
もちろんきっぱり否定はするが、例のごとく父親の方は一向に信じてくれる気配はなく、相変わらずニヤニヤとキルアをからかう姿勢だった。

「何度も言いますけど、彼女はただ保護しているだけで・・・。」

「別に隠す必要などないじゃないか。」

「だから・・・!!」

キルアは深いため息を付く。

「父上、そうキルアをからかわないでやって下さい。」

そう言って出たのは黒の長い髪を後ろに綺麗に一つに結っている男。口元にはひげを生やしている。少し青みのかかった人柄の良さそうな細い目。30歳前後だろうか。少し痩せ気味で、温和な雰囲気を持ち合わせている。周りのにいる自分の父や兄弟とは違って少しこざっぱりとした衣服を纏っている。東国第一王子である。

「ケルヴィン、お前も興味があるだろう?かわいい弟がとうとう一人の女性に落ち着いたんだ。」

ザグラ国王は第一王子の意見に少しも耳を傾ける様子はない。むしろこのまま自分側に引き込む勢いだ。

「ゴホッ。コホ。・・・はあ。確かに、あれだけ美姫には手当たり次第手をだしていたキルアが一人の女性に心奪われたとすれば気にならなくはないですな。」 

咳をしてむせつつも、ゆったりとした表情でそう言う。

「兄上まで・・・やめてください。本当にそういう間柄ではないんですから。」

「ではなぜシクレ宮に住まわせているんだ?他に説明がつかんだろう?」

国王の追究は途絶える様子がない。

「・・・彼女は人間なんです。」

国王も王子も予想外の言葉に目を見開く。

「だからわたしが保護している。それだけです。」

はぁ、とキルアがため息をついた。これでやっと静かになるだろう、と。しかし現実はそんなに甘くない。ザグラ国王は息子の予想の範疇に入るような男ではなかった。


「お前とうとう人間にまで手だしたのか!!」


ウキウキした顔でこう言われて、キルアはもう否定するのも馬鹿らしくなった。

「・・・人間?てっきり太陽妃になれるような器量のある女性なのかと思っていたが?」

そう口を挟んだのは今まで一言も発せず、国王の隣に立っていた男。少し短めの漆黒の髪。それとはまったく違った金色の瞳。キルアの顔と本当に良く似ていた。年も背丈も同じ位。ただ、どこか冷たいイメージで、静かな男だ。東国の第2王子である。きちんとした黒褐色の鎧を纏い、腰には長剣が下げられている。キルアも同様だ。

「・・・いや、彼女は人間で、もちろんこっちの世界の常識すら知らない。太陽妃にはなれるはずがないだろ?太陽妃になれる者は知識、技術、その人柄、その他諸々のこと全てに長けていなければいけないからな。」

キルアが軽い笑みを持ってそう答えた。

「ゴホッッ、コホコホッ・・・そうなのか、わたしもてっきりキルアが選んだ女性だ、時期太陽妃になりうる人物なのかと。」

―――だからそういう関係じゃないといっているのに・・・。

兄にまでそう言われ、自分の家族にあきれ果てる。父親あってこの子、だ。その中に自分も入っていることをキルアはまだ気づいていない。


「まあ、キルアの話はともかくとして。本当に早く時期太陽妃を見つけないとな。」

今日の本題は元々それだった。重要な話。そうでなければそれぞれ別の宮で暮らしている4人がこうして集まることはほとんどない。
第一王子に関しては、病弱であるためあまり自分の宮から出ることはない。任されている政務もほとんど自分の宮で済ましている。
第二王子はよく王宮にも顔を出す。政務なども多くこなし、国王であり、父であるザグラの右腕とも言われる。
第三王子であるキルアは仕事は多くこなすし、王宮にも顔を出すが、私生活が多忙なためそれほど多いものでもない。

「コホッ。・・・ええ。そうでなければそろそろ戦が起きてもおかしくありません。」

皆、頷いた。

「しかし今までどんなに優れた女性が試しても太陽妃に選ばれたものは一人も居ないときている。東国にいる太陽妃になれる可能性のある女もそう数は多くない。」

ザグラ国王はそう言うと、ふぅ、とため息を吐いて玉座に座りなおす。

「どの国も・・・いや、どいつも自分の手中にある女を太陽妃にしたがっている。できることなら今回も東国の者に太陽妃になってもらわなけりゃいけないんだけどな・・・。」

「太陽妃を手に入れればこの世界を手に入れたも同じこと。確かに父上の言う通り、この国の者が次代の太陽妃になればそれに越したことはありません。ですが我々東国が次期太陽妃を探す権利を独占したのでは他の国は納得しないでしょう。やはりここは他の国の者にも太陽妃になれるかどうかの試験を受ける権利を与えるべきでは?」

ザグラ国王は他の2人の顔を見た。2人も同意して頷く。

「キルアの言う通りだな。やはり太陽妃への試験は他国にも受けさせるべきだな。そう手配しよう。そうだな、次の太陽祭は一月後だったか?その辺りが良いだろう。その日に各国から何人か相応しい女を集め、太陽妃になりうるかどうか試そう。」

そう言って、これは面白くなりそうだ、と国王はクツクツと笑っていた。キルアはその姿を見て、また振り回されるのだろうかと内心うんざりしていた。第一王子は相変わらず穏やかな笑みを保ったままだ。

「・・・あれの内容を聞いていったいどれだけの女が集まるか・・・見物だな。」

第2王子は小さくそうつぶやいた。キルアと目が合うと、あからさまに目線を逸らし、「では、これで失礼します。」とその部屋を退出した。その後ろ姿を見てキルアが小さくため息をついた。それと同時にパタパタと少し早歩きで急ぐ足音が近づいてきた。バンッと扉が開かれる。

「国王陛下、王子殿下、失礼します。キルア様、少しよろいしいですか?」

この王座のある間に入って否や、マイホが素早くひざまずいて早口にそう言った。








****







「まったく。なんと無意味なことか。」

薄暗い部屋で、黒髪の男が吐き捨てるようにそう言った。

「あの男がたった一人の女を選んだとなればその女はよっぽど太陽妃の素質があるのだと思っていたら・・・はっ。ただの人間だと!?ふざけるな!!何のために騒ぎに乗じてその女を殺させようとしたのか。」

男はヒステリックに自分の腰に下げていた剣を抜き、その部屋のありとあらゆるものを切り刻む。
ザシュッ。と鋭い音や鈍い音が交互に聞こえる。

「落ち着いてください。」

一人の青年が落ち着いた声でそう言った。膝を付き、頭を垂れている。

「その女が太陽妃たる資質を持っていないのならば逆に喜ぶべきではありませんか?もし確かにキルア王子が他の女に目もくれず、その女のみとの関係を続ければ、当然、キルア王子の次期太陽妃探しにも支障が出てくるでしょう。キルア王子が次期太陽妃となれるような女を見つけられないならその方がこちらにとって好都合ではありませんか?」

男はピタリと手を止め、剣を鞘に収めた。

「確かにそうだな・・・まあいい。とりあえずはわたしが誰より早く太陽妃となる女を探し出せばよいのだ。」

「そうです。ですがその前に、他国から来る女をどうにかせねばなりません。」

「・・・それは殆ど問題はないだろう。進んで「あれ」を試そうなどというものは本当に少ない。例えいたとしても、西の女は教育機関が乏しいから知識不足で太陽妃になるための基準に満たないだろう。北の女は太陽妃よりも自国の女王に憧れる者が多い。南が問題だな。・・・一応手は打っておこうか。」

男はニヤリと気味の悪い笑みを浮かべた。



「この国を、この世界を治めるのは太陽妃を手に入れた者だ。・・・必ず太陽妃探し出してこの手に入れる。」







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