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□第19話




ジュナーは結局透の質問には答えなかった。「わたくしの口からはお教えできません。」と言っていた。けれど透にはその言葉こそが透の質問を肯定したものに思えて仕方がなかった。
体調が悪いからと、戻ってきたマイホとは顔を合わせないまま部屋でうずくまっていた。マイホに聞けば教えてくれるのではないかと思ったけれど、それでハッキリしてしまうのが恐かった。

もう、それが事実なのだろうと分かっていても・・・。



キルア・アルナ・アルテミス。

東国の第3王子。

王位継承者。

そして、



太陽妃の子。



それが本当ならば

―――私はキルアさんのお母さんを亡くさせてしまった。

「キルアさんは知ってたのかな・・・。知っているわけがないよね。知ってたらきっとこんなに良くはしてくれなかっただろうし。」

リュウがベットで膝を抱えて小さくなっている透の前に座って首を傾げている。

「お母さん、亡くなって、きっと、辛かったよね。」

涙。じわりじわりと増えていく。しゃくりあげながらゴシゴシと拭った。シャイが自分のせいで命を落としたと聞いたときも泣いた。けれどこれはそのときの涙とはまた違った。自分のせいで犠牲になったものは大きい。透はそれに気づいた。

「私、何も覚えてなくて。やっと少し思い出して。」

何度拭おうともまた流れてくる。

「でもまだ知らないことだらけで。キルアさんに迷惑もいっぱいかけた。でもキルアさんは優しくて・・・。」

もう窓の外は暗く、静かだった。透の声だけ響いているようだった。

「何も知らずに・・・自分のお母さんを死なせた私に優しくて・・・。」

涙は止まらない。


その日透は一晩中眠れなかった。

・・・シャイにも会わなかった。




***





「キルア様!大変です!!」

マイホがキルアの宮である秋宮の廊下を走ってキルアとバルの元へ駆け寄った。

「どうしたマイホ?お前はトオルの所に行っているはずだろう?」

キルアが足を止める。バルもそれにならった。マイホは2人の前に立ち止まって乱れた息を多少整えた。そして顔を上げてキルアを向く。

「トオル様がいません!!宮内すべて調べましたが何処にもいないんです!!」

「なに!?」

途端、キルアの表情が険しくなる。

「いつものようにシクレ宮に行ったら姿が見えなくて、代わりにこんなものが。」

マイホは紙切れをキルアに差し出した。キルアは眉を寄せながらその紙を受け取る。


『今まで迷惑をかけてしまってすみません。ごめんなさい。ありがとう。』


まだこの世界の文字に慣れない手で書かれたそのメモ。明らかに透の書いたものだ。

「どうして・・・。」

キルアがクシャリとその紙切れを握る。

「マイホ。・・・何かトオルに変わった様子はなかったか?」

「い、いえ。昨日はジュナー姫が帰ったあと調子が悪いと部屋にこもりっきりでしたが・・・。」

苦々しい顔を見せるキルアに、マイホは申し訳無く思った。トオルのことを任されていたのは自分なのにこんな結果になってしまった、と。

しばし、沈黙が続いた。

「失礼いたします。」

3人は一声に振りかえった。

「これは、ジュナー姫・・・。」

ジュナーは丁寧に頭を下げた。

「お久しぶりでございます。キルア様。」

ジュナーは少し躊躇いながらまっすぐにキルアを向いた。

「まずお詫び申し上げます。本当は昨日の内に報告をしておかなければならなかったことを、わたくしは申し上げませんでした。失礼ながら今の話も聞かせていただきました。」

「・・・何のことだ?」

ジュナーは自分の両手をギュッと握った。

「昨日、わたくしとトオルが一緒に居たとき、ランゼラ姫がいらっしゃいました。」

3人の表情がふっと変わった。まさか、と。

「ランゼラ姫は・・・トオル様にキルア様のことを話してしまいましたの。」

キルアが唇を噛んだ。マイホとバルはお互い顔を見合い、そしてキルアの様子を伺った。

「わたくしが一緒に居ながら、本当に申し訳ございません。」

「もうよい。」

ジュナーが言い終わるか否かのうちにキルアが自分の言葉でそれを遮った。

「バル。すぐに東国全土に触れを出せ!!トオルをなんとしてでも探すんだ!!余っている兵士たちも総動員しろ!」

「は。」

「それからマイホ。ランゼラ姫をここへ。抵抗しても無理にでも連れて来い。」

「・・・はい。」

「キルア様まさかランゼラ姫を!?」

ジュナーがキルアにしがみつく。

「お止め下さい!!ランゼラ姫は―――。」

「黙れ。」

冷たい目。ジュナーは反射的にキルアを掴む手を離した。こういう時のキルアは良く知っていた。何者にも有無を言わせない。誰の言葉も聞き入れない。そこに慈悲はない。これが氷の王子。何を言おうとも無駄だと分かった。

「・・・ジュナー姫。あなたにも一緒に来てもらおう。昨日の話を色々と聞かせていただきたい。使いが行くまで、しばらく待機していてもらおう。」

「・・・分かり、ました。」

キルア以外の3人はすぐさま部屋を出ていった。

ダンッ!!

キルアが壁に自分の手を叩きつけた。他に誰もいなくなったその部屋にその音が響く。


「こんな・・・時に。今外に出れば透は危険だと言うのに・・・クソッ。」





***





「おばちゃん!」

「ああ、お嬢ちゃん。」

透はリュウを肩に乗せて果物屋のおばちゃんのもとにやって来た。相変わらず甘酸っぱい良い匂いが広がっている。

「この前はありがとねぇ。お陰で売上は最高記録だったよ。今日はあの時の兄さんは一緒じゃないのかい?」

透は苦笑いをした。

「今日は私1人です。・・・しばらくここを離れようと思って。」

透がそう言うと、おばちゃんは「おやぁ。」と眉を垂らした。

「それじゃあしばらく会えないねぇ。これから何処に行くんだい?」

「さぁ。どうしようかな。まだ決めてないんです。また近くに来るようなことがあったらここに寄りますね。」

透が軽い口調でそう言うと、おばさんはコルカの実を2つ、透に手渡した。

「ほら、餞別だよ。持ってお行き。一つはお前の分だよ。」

「キュッ。」

おばちゃんの大きな手が、透とリュウの頭をクシャっとなでた。

「・・・ありがとう。」

「そう言えば名前を聞いてなかったね。」

「・・・トオル。こっちはリュウちゃん。」

「そうかい。あたしはマグ。気をつけて行くんだよ?この前の事件以来、治安が悪くなってきてるからね。」

「ありがとマグおばちゃん。」

トオルは片手を大きく振ってマグと別れた。

―――確かに、気をつけなきゃな。


透は以前シャイに自分が何者かに狙われていると知らされたことを思い出した。でも今はとにかくこの東国の首都ルポを出ようとひたすらまっすぐ足を進めた。

シクレ宮を出ようと決めたのはキルアの素性を知ってからすぐだった。あの場所に残ることはできなかった。自分の思い出したこと、太陽妃であるシャイを死なせてしまったのが自分であること・・・それを正直に話す勇気も出なかった。何よりそれを話したときのキルアの反応を考えると、どうしても言えなかった。

―――きっと私のこと恨むだろうな・・・。

もうここには居られないと思った。居ても苦しいだけだと。もう迷惑はかけたくない、そう思っていた。例えキルアに何も話さず今まで通りあの場所で過ごしていてもきっと辛いだけだろうと。キルアのような人の大事な人の命まで奪って地上に戻った自分。その記憶さえ失ってしまった自分。ただただ情けなくて、恨めしかった。

早く思い出したかった。

自然に歩調が早くなっていった。早くもっと遠いところへ行きたいと、体がそう訴えている。何も考えないようにして、ひたすら歩いた。次第に人の気が少なくなっていく。



「お前が『トオル』か?」

いきなり名前を呼ばれ瞬時に振り向いた。そこに居た男は気味の悪い笑みを見せた。

「だ、だれ?」

透が一歩身を引いてそう聞くと、後ろから目の前の男のものとは別の手が透の口を塞いだ。

「ぅん−!!」

いきなりの事に、透は手足をジタバタさせて何とか自分の口を塞いでいる手をどけようとした。男たちはそれに構わず透を裏路地へと連れ込んだ。

「キュィイ!!」

リュウが毛を立てて男たちを威嚇した。透の口を塞ぐ男の手に噛みつこうとしたが、別の男に叩かれて、地面に打ち付けられた。

「ぅんーー!ぅー!!」

それを見た透がリュウを助けようとしたけれど、今度は両手も抑えられてしまっていて動かない。

「こいつはどうする?」

同じ男がリュウの尻尾をあっさりと掴み、持ち上げる。

「何か檻にでも入れとけば良いだろ。急げ、見つかる前に運ぶんだ。女も少し静かにさせろ。」

男の1人がコクリと頷くと、透の後ろ首を手で強く打った。

透は意識を失った。








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