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□第20話





「いったいどういうことですの?いくらキルア様でも地官長を父に持つこのわたくしにこのような扱いをするなんて。許されるとお思いなのかしら!?」

ランゼラはその部屋に居たジュナーに向けてそう言った。その場にはキルアはまだ居らず、ジュナー、マイホ、ランゼラ姫だけであった。暗い部屋。窓はなく、入り口も一つだけ。ランゼラはこの部屋に無理に連れてこられ、小さなイスに座らされていた。特に体の自由を拘束されているわけではない。けれど、絶対的な重圧がそこを立つことを許してはいなかった。

「ランゼラ姫。あなたはこの状況を理解していますの?」

ジュナーが静かにそう言った。ランゼラはキッとジュナーを睨みつける。

「わたくし、帰りたいのですが?」

ランゼラのその言葉にジュナーは小さくため息をする。マイホも部屋の隅で同様に呆れた顔をした。

「ランゼラ姫?わたくしはあなたに言いましたよね?逃げなさい、と。あなた、なぜ逃げなかったの?あなたが少しでも遠くに逃げれるようわたくしは報告を遅らせましたのに・・・。」

ジュナーの言葉にマイホが少し眉を寄せる。

「あら?わたくしがなぜ逃げなければいけないの?わたくしはキルア様に相応しくないあの小娘を追い出しただけ。」

ジュナーはこれ以上何を言おうと変わらないと判断し、言いかけた言葉を止めた。そして代わりに呟いた。

「馬鹿ね・・・。」

そして、後ろに下がった。たった一つの扉が開いた。

「お久しぶりですね。ランゼラ姫?」

キルアはとても穏やかな笑顔をランゼラ姫へと向けた。

「キルア様!!」

ランゼラ姫は久々に会ったその人の顔を見て、たまらずイスから立ち上がり、抱き付こうと駆け寄った。だが、キルアの後ろからやって来た2人の兵が槍でその行く手を塞いだ。ランゼラは一瞬戸惑い、次には怒りを露にした。

「何をしているの?その野蛮な武器を退かしなさい。」

兵は少しも反応を示さない。ジュナー、マイホは静かに傍観に回っていた。

「いったいどういうつもり!?」

兵たちに憤慨するランゼラ。瞬間、キルアの笑みが解けた。

「ランゼラ姫。座りなさい。」

キルアが先ほどとは打って変わって非情な顔でそう言うと、ランゼラは信じられないといった風に目を見開いていた。

「聞こえないのか?座れ。」

そう言われ、ようやく元のイスに座った。

「・・・一体、何の真似ですの?いくらキルア様でもわたくしにこの扱いは許されるものではありませんわ。」

少し掠れた声だった。

「ランゼラ姫?あなたは何か勘違いなさっているようだ。あなたのお父上は確かに地官長であり、高貴な地位、身分をお持ちだが、わたしが一言言えばそんなもの一瞬で消える。」

ランゼラの顔がみるみる蒼白になっていった。

「さすがに、あなたほどの愚かな者でもわたしの言うことを理解してもらえたようですね。」

キルアがクスリと笑った。

「自分の仕出かしたことが分かるか?王子であるこのわたしの命令を無視。それなりの裁きを受けてもらおう。」

ガタガタとランゼラの体が震えていた。けれど何かに気づいたようで、顔を上げた。

「あの女。宮を出て行きましたのね?」

「・・・そうだ。」

「は、はははははは!!」

キルアも、ジュナー、マイホも驚いた。いきなりランゼラが狂ったように笑い出したのだ。

「何がおかしい?」

「何が?何がですって?キルア様があんな女に固執していることからして、まず可笑しなことですわ。それに、キルア様がお可哀想で。」

ランゼラの様子は異常だった。笑い声は止まない。

「わたしが可哀想?」

「ええ、ええ。そうですわ。だってキルア様がご執着のあの女。もうきっと会えませんわ。とっくに何処かに連れ去られてるはず。」

キルアは無言で狂った女を見ていた。本当に可哀想、とランゼラが高く笑う。そして、それがピタリと止んだ。

「・・・でも、わたくしを見逃してくださるならあの女を連れ戻して見せますわ。」

にやり、と貴族の女には不釣合いな、まるでどこかの賊のような表情だった。

「そうか。」







ザシュッ。




壁を赤い飛沫が飾った。


床に女の顔が転がった。醜く笑った女の顔。

ジュナーは顔を背け、チラリと横目でそれを確認した。



「馬鹿な女だ。」

キルアが片手で合図すると、2人の兵がイスの上の体と、床に転がる頭を手早く抱えて退出した。

「リペダ!!]

キルアがそう呼ぶと、兵と行き違いで長い髪を持った男が入ってきた。

「お呼びですか?」

「ランゼラの話からすると、金で人を雇って透を誘拐させたのだろう。状況は最悪だな。だが、ランゼラが連れ戻すと言ったからには『殺せ』とは命じていないはずだ。ここから遠いところで・・・どの辺りだと思う?」

ふむ、とリペダは手を口元へやった。

「そうですね。もしわたしであれば国境を何とか越えて他国へとやるでしょう。一度他国へ出てしまえばこちらに戻るのは困難です。ともかく国境を抑えるべきでしょう。さっそく手配いたします。」

「・・・ああ、頼むそうしてくれ。それから、地官長は辞させる。」

リペダは一礼して退出した。

「キルア様。何かおかしくないですか?」

マイホが首を傾げる。

「なんだマイホ。」

「いや、あの置手紙はどうなりますか?誘拐されたならあの手紙は偽物で?」

「違うだろう。あれはトオルの書いたものだ。恐らく、宮を出てから誘拐されたんだろう。」

「ああ、なるほど。ですがそうなるとやはりトオル様が宮を出て行く理由が分かりませんね。例えキルア様が王子だと言うことが知れたとしてもそれだけで出て行くと言うのはちょっと・・・。」

ジュナーが前へ出た。

「あの、ランゼラ姫がキルア様の話をした後、トオル様・・・キルア様は本当に太陽妃様の子か、ってわたくしに聞きましたの。よく考えるとおかしいですわよね?普通ならキルア様は本当に王子なのかどうか聞くはずでしょう?」

ふっとキルアは顔を上げた。


「まさか!!」







****








透は意識を取り戻した。ゆっくりと目を開けると、そこはちいさな空間で、透の周りにはいくらか積荷らしきものが置かれていた。時折、ガタゴトと揺れる。恐らく荷馬車か何かの中だろう。
手足は縛られ、1人では立ち上がることもままならない。どうにか抜けられないか試してはみるものの、きつく縛ってあったので緩みもしなかった。

「どうなってるの・・・。」

「なんだ?気がついたか。」

ポツリと呟いてみると、後ろから知らない声が聞こえた。振り向こうにもなかなか上手くいかない。

「誰!?」

「ああ、あんまり喚くなよ?うるさかったら口塞がなくちゃいけなくなるからな。」

そう言って男は透の目の前に回った。

「・・・誰?何で私をさらったの?」

「誰かは秘密。何でってのは・・・まぁ金のためかな。」

茶髪の頭をポリッとかいて、男はそう答えた。

「私をどうするつもり?」

透はギロリと男を睨んだ。

「・・・お前気強いな。まぁ、とりあえず命は取らないから安心しろ。できるだけ遠い所に連れて行くだけだ。」

「遠い所・・・?」


―――なら、いいや。


透はそのままコロンと横になった。

「どうした?」

「寝る。」

「はぁ。」


男は目の前の神経の図太い女にやや呆れる。



遠い所へ行くというのは透にとっては都合の良いものだった。もともとキルアの傍から離れるためにシクレ宮を出たのだから、もうキルアと顔を合わせなくてすむ場所なら何処だってよかった。






―――シャイさん。

『・・・。』

―――シャイさん?

真っ暗な視界。

『ト・・オル・・・』

―――・・・シャイさん?

『・・・って。』

―――え?

『シ・・・でないと・・・。』


―――シャイ・・・さん?










***








「キルア様のあの顔・・・。久々に見ましたわ。」

ジュナーとマイホの2人だけ。先ほどの血まみれの部屋に取り残されながらジュナーがポツリと呟いた。

「・・・あれが本来のキルア様だろう。」

マイホがそう答えた。

「けれど、トオルが来てからはだいぶ穏やかになられたと思っていましたのに。」

残念そうにそう言うと、ジュナーは置き去りにされたイスを見る。

「ランゼラも、キルア様をもっとよく知っておくべきでしたわ。そうすればこんな終わり方はしなかったでしょうに。」

床にもイスにも血の痕が残っている。

「・・・随分甘いんだな。ランゼラ姫には。」

ジュナーが軽く微笑む。

「少し浅はかな方でしたけど、キルア様を想う気持ちは本当に純粋なものでしたから・・・。」

「だから、逃がそうとしたのか?」

「・・・ええ。キルア様に話しますの?」

「いや。」

ニッコリとジュナーは微笑んだ。ありがとう、と。

「・・・あの時・・・ジュナーとトオル様を2人だけにして俺は宮の外へ行っただろ?」

「ええ。それが?」

「妙な連中がうろついていたんだ。今思えばランゼラ姫が俺をトオル様から離そうとして仕組んだのかもしれない。あるいは、そいつらがトオル様を連れ去ったか・・・。俺があのとき離れていなかったらトオル様は出て行かなかったかもしれない。」

「・・・そうかしら?第一、出ていったのはトオルの意思。誘拐されたのはそれは違いますけれど。そこまでマイホが気に病むことではないと思いますわ。」






***






「・・・おい。起きろ。」

「え?」

目覚めると目の前にあの男。

「飯。食うだろ?」

両手に食事を持って透の目の前に座った。透はキョロキョロと辺りを見回す。

「ねぇ、リュウちゃんは?」

「リュウちゃん?あの龍の子か?安心しろ。ちゃんと返してやるさ。」

男はそう言ってスープを匙で掬って透の口元に持ってきた。両手両足の自由が利かない透は大人しくそれを飲んだ。

「返してやるって・・・いつ?」

次はパンを千切って食べさせる。

「そうだな、あと7日もすれば着くだろうから、そしたらお前も龍の子も開放してやるよ。」

ふーん、と透はパンも口に含む。一応一安心だった。誘拐犯ではあるが、何故かこの男は信用できる気がした。

「何処に行くの?」

「聞きたいか?」

「うん。」

「一応、秘密なんで言えない。」

「そっか。」

「嫌じゃないのか?そんな知らない場所に連れて行かれるのは。何があるのか分からないんだぞ?」

「・・・いいよ。どうせあの場所から離れようと思ってたし。」

男は深く聞くつもりも無く、そのまま黙った。そして自分も残りのパンを口にした。

「・・・あんまり美味くないな。」

「・・・だね。」





数日間は淡々と過ぎていった。








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