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□第2話



『思い出して―――。』

真っ暗だ。いつものように。でも、次第にまた青いものが見えてきた。

『トオル、トオル―――。約束を―――。』

―――何なの?私にどうしろって言うの???

青いものが段々近づいてくる。

『―――に戻らなければ。』

―――戻る?いったい何処に?

ふっと、青いものが透を包んだ。今度はゆっくり。ふわふわした感覚が透の肌に感じられた。そして気づいた。

―――水の中?

その青いものは確かに何処かの水の中。そして、ゆっくりと深いところへ沈んでいく。どんどん深いほうへ沈んでいくのにも関わらず、それにつれて段々と明るくなってきた。水の中の景色がはっきりと見えてきた。

―――魚?

そこを自由に動く生物。始めてみるものだが、それは魚だろうと判断した。側をイルカに似たものが通りすぎた。

―――ここは海?

もっともっと深くに進む。海の底が見える。
半球に区切られているような空間のなかに西洋風の民家のようなものが立ち並んでいる。街のようだ。その中に白くて大きな何かが見えた。―――大きな建物。西洋のお城か・・・いや、ギリシャの神殿かあるいは宮殿の様だ。
どんどん沈んでいく。そこに近づいていく。建物がすぐ目の前にある距離にまで来た。それでも沈んでいく。
ぶつかるかと思った。しかし、透の身体はスッとその神殿の壁を通り抜けた。
そして、その身体は、今度は沈むことなく建物の中心へと進んだ。

大きな空間。高い天井。その天井まで届きそうな大きな氷がその部屋の中心に置かれていた。氷の中に何かがある。氷の前に誰かが立っている。男の人のようだが後ろ姿しか見えない。その人物が振り向きそうになった。その瞬間、青いものは去っていった。また暗闇に戻った。



『・・・時間がない。約束を―――。』


―――約束?



『果たして。』



最後の一言だけ普段の倍の音で聞こえた。
そして、目覚めた。

「約束」
その言葉だけが頭を巡った。






「約束・・・か。」

今日の朝も2人は一緒に学校へ向かった。さっそく透は夢の内容を話した。

「うん。どんな内容かはまったく言ってくれなかったけど、私にそれを思い出してって言ってた。それから・・・」

「それから?」

「海の中が見えた。」

「海?」

利明が聞き返した。

「うん。それから、海の底に街があって、そこに宮殿みたいなところがあって、その中に人が居た。」

今日は天気が悪い。太陽はすっかり雲に隠れている。夏なのに、少し寒気がする。

「どんな人だった?」

「うーん、変なかっこうしてた。なんかこう・・・高貴な感じ。鎧っぽいの着てたかも。ほら、映画に出てくるような。うーん。ギリシャーな感じの。」

利明は首を傾げる。

「それが透に何の関係があるんだろうな。」

「ホントだよね。」

うんうんと頷く透。時より吹く風に妙に生暖かく、身震いした。





ピチャリ。

透の顔に水がかかった。かけた相手は気づいていない。それもそうだろう。ただプールをクロールで泳ぎ回っているだけなんだから。

「はぁ。」
透はため息をついた。いくら授業でも、皆が楽しそうに泳いでいるのに一人制服のままポツリとプールサイドの隅でうずくまっているのも虚しい。

「はぁ。」
2度目のため息をついて顔にかかった水を持ってきたタオルで拭った。先生が泳いでいた皆を呼んだ。やっと終わるらしい。生徒はぞろぞろと更衣室へと向かった。

「はぁ。」
3度目のため息。透も立ち上がって更衣室へ戻ろうと思った。と同時に、強い風が来て、透のタオルが飛んだ。透は目が開けられず、やっと風が収まり目を開くと、運悪く、タオルはプールの水面に落ちていた。

「はぁ。」
4度目のため息をつき、透は落ちない様にプールの端にしっかり捉まり、しゃがんだまま右腕をググッとタオルに向かって伸ばした。

『約束を―――思い出さなければいけない。』

突然いつもの声が聞こえた。

ザバッンッ!!

その声に驚く間もなく、透はプールの中に落ちた。いや、引きずり込まれたようにも、思えた。










コポッ。・・・コポコポ・・・。

うっすらと開いた目で、何かが見える。

―――水の中?ああ、溺れているんだ、私。

何かに引っ張られているような感覚。勢いがあって、透は目をギュッとつむった。

―――プールってこんなに深いの?

どんどん引きずられていく。

―――あれ?

―――あれ?

―――息が・・・できる。




沈んでいく身体が止まった。透は恐る恐る目を開けた。

「・・・何?・・・何!?」

彼女の目に映ったのは、木に囲まれた場所にある泉だった。とても浅くて小さな泉。透はその上に浮いていたのだ。

「やだ、降ろして!!」

透がそう叫ぶとその身体がフッと泉に落ちた。

ジャボン。

「いったぁーい!!」

透の腰ほどの浅さだったので溺れはしなかったが、腰を打ったようだ。自分の腰を押さえながら、泉から這い出てた。辺りを見まわした。木ばかりだと思っていたその先には石膏でできたアーチのようなものが見えた。徐にそこに近寄る。白い巨大なアーチの下を通り、大理石らしきものが敷かれたその敷地を進んだ。

「何なんだろうここ。」

国会議事堂が建つぐらいの大きさの土地と、真っ白な大理石のような床。右と左にそれぞれ小さな真っ白な建物。イギリスやイタリアに行けば見れそうなものだ。
透はゆっくりとそこを歩いた。
端まで歩くと下にとてつもなく長い階段があった。透は今その階段の一番上に立っているわけだ。

そこは小高いところだった。辺りを、広く、見渡せた。


「一緒だ・・・夢で見た街。」

目の前に広がるのは透が夢で見たものと同じだった。広い街並み。そして透はハッと何かに気づき、上を見上げた。

「・・・ウソ・・・。」

空がなかった。代わりにそこにあったのは、海。
魚もいる。鯨やマンタも泳いでいる。

それは紛れもなく海。





夢。それとまったく一緒だった。





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