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□第3話




「ここ、何処!?」

制服はびしょ濡れだ。頭の中が混ざってうごめくのが分かった。知らない場所。明らかに今まで見たことのない風景。その上、空には海がある。


―――うそでしょ?私はプールで溺れたんじゃなかったの!?


そう、さっきまでは透は学校のプールにいた。それなのに、今は見知らぬ土地にいる。どれだけ考えても分からない。なぜこんなことになったのであろうか。そして透はふと、溺れた時のことを思い出した。


―――そうだ、あの時確か夢の中の声が聞こえた。


あの声、この風景。全てはあの夢に関係しているのだと透は思った。けれど、これからどうすればいいのか何も考えが浮かばなかった。

透はしばらくそこにしゃがみ込んでいた。ただずっと考えていた。濡れていたはずの制服も、乾き始めている。



ふと、周りを見渡す。二つの白い建物は、右側は本当に小さな神殿のような形。左側は四角い、美術館のような形をしている。圧倒的に左側の方が大きい。右の建物の5、6倍はある。透は両側の建物を見比べた。外国に観光に来ている気分だ。


――――でもこれって不法侵入?




「誰だ?」

透が左の建物に目をやっている時、突然、右側から声がした。驚いて振り向くと、そこにはあの夢に見たような格好をした男が立っていた。
古代ギリシャのような服、光沢のある絹のような衣を纏い、その上からさらに紅い衣を羽織った男が立っていた。腕や首には宝石の散りばめられた装飾をはめている。真っ白な肌、金色の短い髪がサラサラと風に揺れ、その瞳はその髪と同じ色でそれよりさらに透き通る様だった。


「あ、あの?」

どうしたらよいか透は迷った。

―――外人みたいだなぁ。・・・でも、言葉通じてるよ。

「お前・・・。」

男はまじまじと透の姿を見回した。その男の背は透よりも2,30cmは高く、透は威圧感を覚えた。

「あの、あの、私―――。」

「分かっている。この国の者ではないな。・・・というかこちら側の者じゃない。」

―――こちら側?

「あの、私―――。」

「キルア殿下ぁー?」

階段の下の方から、女のがこちらの方に向かって階段を上ってきた。まだ彼女の視界に透とこの男は入っていないようだ。男はすぐさま自分の影に透を隠し、その口を手で塞いだ。そして大き目の声でその女に向けてこう言った。


「すまないジュナー。今日は急な用事ができたので帰ってもらえないか?」

「殿下?そんなぁ。わたくしとても楽しみにして参りましたのに。」

女は甘ったるい声でそう言った。透は男の影からその女の様子をうかがった。その女もやはり不思議な格好をしており、豪華な装飾品を身に付け、髪は長く、明るい茶色でカールしていた。

「わたしもだよジュナー。今日の埋め合わせは必ずするから。さぁ、別れがつらくなるので今日はこのまま顔を合わせずにいよう。」

そう言われて女は、初めは不服そうだったが、渋々帰っていった。男は女の姿が見えなくなるとやっと透の口を塞いでいた手を離した。


「え、えと。」

「・・・こちら側以外の者がこちら側の者に見つかると後々厄介だからな。」

ため息混じりに男が言った。一応助けてもらったらしい。透は軽くお辞儀した。

「あ、えと、ありがとうございました。」

「いや、まて、礼は言わないほうがいい。」

男はばつの悪そうな顔をした。透は首を傾げた。

「お前は多分、元の場所に戻りたいんだろう?」

透はコクリと頷いた。

「残念ながら無理だ。」

「え?」

「お前を元の場所に戻してやることは不可能だ。」

「・・・なんで?」

透は無意識のうちに男に飛びついた。・・・というかしがみついた。

「なんで!!!!?」

飛びつかれた男はさすがに目を丸くした。透は男の胸倉を掴んで揺らしながら「どうして?なんで?」とわめいた。

「お、落ち着け、やめろ、落ち着け!」





男が必死になだめ、ようやく透は落ち着いたらしく「ここでは話しにくいから」と言った男についてそこにあった左右の建物のうち、小さい右側の白い建物の中に入っていった。






「いいか、聞けよ。」

建物の中には食事を作る部屋、眠る部屋、それから椅子と机だけの部屋の3つの部屋に分かれているだけだった。三つ目の部屋には最低限の家具がポツリポツリと置いてあり、透は空いている椅子に座った。男も向かい合う椅子に座った。

「ここは何処なの?」

透がつぶやくように聞いた。

「それもちゃんと説明する。」

男は何処からともなくワインのようなものを取り出し、グラスに注いだ。

「お前も飲むか?」

透は首を横に振った。男はグラスのワインを一口だけ口に含んだ。

「・・・まずお前の名前から聞いておこう。」

「草露、透。」

「トオル?」

透は頷いた。すると男は透が首から下げている皮ひもに結ばれたプレートに目をやった。だがすぐに透の顔に目線を戻した。


「あなたは?」

「・・・キルアだ。それじゃ、さっきのおまえの質問から答えると、ここは海の中だ。」

透は驚かなかった。まあ、ここに来た時に空にある海を見てしまったから、今更というところだろう。だが、自分の予想していたことが事実だと言うことに対しては悲しまずにはいられない。

「ここは、ルポという。」

「ルポ?」

キルアが頷く。

「海の中には4つ国がある。その中心である東国の首都がこのルポだ。そして、私達は、そうだな、お前達人間の言葉で言うと『人魚』だ。」


透は一瞬固まった。次に口を開いたと思うとキルアに向けて「ウソツキ。」と一言。

「本当だ。」

「・・・だってあなた足があるじゃん!!人魚は尾があるはずでしょうが!!」

キルアは飽きれた様子だった。

「人魚の外見は人間と変わらない。第一、人魚と人間の違いは地上で住むか、海で住むかだけだ。」

「・・・うそ〜・・・。」

透はものすごく悲しい顔をした。

「人魚姫のお話大好きだったのに・・・夢壊されたぁ〜!!」

キルアは一つ、ため息をついた。




「で、本題に入るが。」

やっと仕切りなおす。

「お前はここにくるとき海で溺れたりだとか、水の中に入るようなことはあったか?」

「うん。プールで溺れた。」

でもあれは何かに溺れさせられたような気もするけれど、と透は思った。

「そうか。この世界にはたまに向こうの世界から紛れ込んでくるものがいる。お前もその1人だろう。
大抵の場合、何処かで溺れたり、水に入ったときに運悪く次元的なものに引きずられるんだ。」


透は真剣にキルアの話を聞いていた。窓から入る真昼間の日差しがチカチカしている。

「こちら側に来た人間はもう二度と向こう側には帰れない。」

「だから、なんで!?」

透は猛烈に反抗した。「冗談じゃない!」と今にもキルアに噛み付きそうな勢いだ。

「帰せないんだ。誰も人間を地上に帰す力を持っていない。いや、できる者もいるが、それをすると掟破りになる。」

「破ればいいじゃない!!」

そんなめちゃくちゃな。

「無理だ。破ればこの世界の全てが被害を被ることになるんだ。もしくは掟を破ったもの自身が罰を受ける。だから無理だ。」

「被害って?」

「・・・誰かが命を落とすこともある。」

「・・・。」

「分かったか?無理なんだ。」

ツンとした顔でキルアがそう言い切ると、透は膨れっ面で椅子にドカッと座りなおした。

「・・・もっと女らしくしろと言われたことはないか?」

真面目な顔でキルアが言った。

「大きなお世話です!ねぇ、なんとかして他に帰る方法はないの?」

「・・・無くはないが・・・。」

透の表情が一変して明るくなる。

「どんな方法!?」

「・・・無理だ。」

また膨れっ面に戻る。

「無理でもなんでもいいから教えて!!あなたさっきから『無理』としか言ってないじゃない!」

キルアはフゥとため息をついた。


「この世界で大神官以上の位を持てばいい。」

「大神官?」

「・・・ああ。この世界の神事は全て神官等が取り仕切る。大神官は神官の中で2番目の位だ。それになれば、地上に行来することが許可される。そうすれば掟を破ることは無い。だが、大神官の位はそうそう取れるものじゃない。」

透は急に立ち上がった。

「取るわ!その大神官とやらになればいいのよね!?だったら話が早いじゃない。」
拳を強く握って決意新たに透が言った。

「だから、無理だと言っているだろう?だいたい、神官になること自体、条件がある。その条件がある以上、おまえは見習い神官にすらなれない。」

「ん〜。ややこしいなぁもう!条件って何?」

「一等民以上の身分であること。人間であるお前はこの世界では3等民と同等とされる。身分は生まれつきのものだからな。どうにもならんだろう?だから無理だ。」

ストンッと、今度は力無く椅子に座り、透は頭を抱えた。

「そんなぁ。」


透の中で絶望感と不安とが混ざり、溢れ始めた。次第に目からは涙がこぼれ始め、堪らなくなって声をあげて泣いた。

「帰りたいぃ〜。」

「お父さーんお母さ〜ん、とし兄ちゃぁー〜ん!!」

もうこうなっては号泣だ。情けなく見え様がなんだろうが号泣だ。

「泣くな。気持ちは分からなくもないがな。」


キルアがそっと透の肩に手を置いた。

「・・・もしどうしても帰りたいのなら・・・まあ大神官になれるかどうかは別として、身分を変える方法ならある。」

透はバッと顔を上げて、祈るような目でキルアを見た。

「ただ、今までのおまえの反応からして、承知するとは思わないが・・・。」

透はそれでも知りたいと、キルアの袖をぎゅっと握った。


「・・・俺と結婚しろ。」


―――はい?


「何を言っているんですかあなたは。」


「一等民以上の男と結婚すれば、おまえの身分も一等民以上になる。そして俺の身分は一等民以上だ。」

ニッコリとキルアが笑顔を向けた。透は苛立ちを感じた。

「こっちは・・・真剣なのよ?」

「わたしも冗談のつもりは無い。おまえは良く見れば美人だ。問題無い。」

そして、キルアが自分の顔を透の顔に近づける。透の手が大きく振りかざされた。

「ふざけるなーーー!!」



バチンと大きな音をたて、透の手は、キルアの頬に、手のひら型の痕をつけた。






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