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□第21話




カタンカタンと荷馬車は揺れる。6日ほど経ったであろうか。外は見えなかったが、もう随分遠くまで来ているのであろうことは分かった。心なしか日が経つにつれ暖かくなってくるように感じた。荷馬車は揺れつづけていた。昼も夜も、今まで一度として止まったことはなかった。どうやら透と、食事を持ってくる男の他に2人の人が乗っているらしく、昼夜交代で操縦しているようだった。

「飯だぞ。」

食事を持ってくるこの男以外、誰一人として顔は見せない。用心のためだろう。しかしそれにしてはこの男だけは顔を隠しもせずにいる。

「ありがとう。」

以前この男が言っていたとおりだとすれば、そろそろ解放してもらえる頃だった。いつものように食事を済ませると男はすぐに姿を見せなくなる。ただし、食事は一緒にとっていた。何故なのか気にはなったけれど、1人で食べるよりは幾分ましだと思っていたので透は何も言わなかった。


ガタンッ。


急に荷馬車が止まった。その衝動で、後ろの荷に叩きつけられた。


「いった〜。」

ムクリと起きあがりながら、透は一筋光の差す方を見た。今まで一度も止まらなかった馬車が何故今になって止まったのだろうか。もしかしたらようやく解放されるのかもしれないという考えが透の頭を過った。
なんとか体をよじって、外の様子を伺った。外の様子はハッキリ見えなかったが、声だけは聞き取ることが出来た。





「通行証は?」

「ああ、ちょっと待ってくれ・・・これだ。」

「ほぅ。地官長直々の使いか。」

「まあな。」

「よし、通れ。」





そんな会話が聞こえた後、また馬車は動き出した。どうやら解放されるわけではないようで、透はため息をついた。


―――どこまで行くんだろう・・・。


透はここ数日で不安になっていた。日が経つに連れて、シャイの夢が段々と薄れてきていた。初めのうちは声だけは聞こえていたけれど、4,5日もすればそれもまったくなくなっていた。
今までシクレ宮に留まっていたのでそれ以外の所は全く分からない。それなりの覚悟をして宮を離れたけれど、それでもあまり遠くに来たせいで不安は収まらなかった。

「キルアさん・・・。」

自分の口から出た名前にハッと気づいて首を振った。

―――もう、会わないんだから。

言い聞かせて、特にすることもなく眠った。



夢は―――。







****







「利明。出かけるの?」

「ああ、うん。井上教授のところに。」

利明は階段を降りかけている自分の母親にそう言って、履きかけのスニーカーのつま先をトントンと鳴らした。利明の母は「そう。」と優しく笑いかける。

「・・・たぶん、そろそろだと思うんだ。」

「・・・私たちは何をすれば良いのかしらね。」

少し困ったような顔をする母親に、利明は出来る限りの笑みを向けた。

「大丈夫だよ母さん。母さんたちは透が帰ったときのための準備をしておいて。なにがあっても透に気づかれないためのね。」

母親はコクリと頷いた。

「上手くいけばいいんだけど・・・。」

玄関がゆっくり開かれた。


「上手くいかせるよ。『約束』は果たさせない。」






―――絶対に。








****







「まだ見つからないのか!?」

キルアの声が宮中に響いている。

「キルア様、どうか落ち着いてください。」


マイホがなだめても、一向に機嫌は変わる様子がなかった。
キルアは以前よりも厳しくなり、侍女や政務官への態度もあからさまにきつくなっていた。不機嫌さも日に日に増していき、死刑になるまではないものの、小さな行いで刑罰を科せられた者も多々いた。
貴族、軍族たちの間では、「どうやらキルア様は意中の女性に振られたらしい」という噂が一気に広まり、冷やかそうとする者もいたが、実際にキルアの様子が異常であったので氷の王子を怒らすまいと口にするものはいなかった。先日ランゼラ姫がキルア王子の機嫌を損ね、手打ちにされたという話が広がっていたことも影響しているのだろう。国王も同様で、さすがにこの件に関しては触れようとはしなかった。

町中に、いや、国中に『黒髪黒瞳のトオルという名の少女を見つけたものには褒美を遣わす』という触れが出された。けれど一向に情報はない。




「いったいどこに・・・!」

キルアは額に手を当てた。こんなことならば無理にでも自分の傍に置いておくべきだった、とどうしようもない後悔の念が自分の中で膨れ上がっているのが分かった。
まさかもうすでに何者かの手によって命を落としてはいまいかと、そればかりが頭を過った。

「ランゼラが雇った者が誰なのか調べはつかないのか!?」

「それが、ちか・・・いえ、元地官長を尋問しても何も知らないと言うばかりで・・・。」

マイホは主の様子に出来るだけ冷静に対処しようとしていた。マイホは幼い頃からキルアに使えていたが、こんなキルアは始めてみるようだった。普段の冷静さが欠いている。

「・・・娘を殺した男には何も話したくはないだろうな。尋問を続けろ。どんな些細なことでも良い。何か手がかりになるようなものがあるかもしれない。洗いざらい吐かせろ。」

そう言ってキルアはストンっとイスに腰掛ける。隅に立っていた衛兵たちが部屋から退出した。マイホは何も声をかけれずにいた。

「なぁ、マイホ。」

急に声をかけられてマイホは瞬時慌てる。

「な、何ですか?」

キルアはマイホの様子をチラリと見て、次に視線を落とした。

「・・・トオルはやはり記憶が戻ったのだろうか。」

「あ・・・。」

返事に困った。自分では判断しきれないことだった。

「他に彼女が出て行く理由が分からない。恐らくそういうことなんだろうな。私の母のことを知ってしまったのだろう・・・。」

きっとそういうことなのだろう、とキルアは思った。ランゼラが自分の正体を明かした後、透はシクレ宮を出ていった。ただ迷惑をかけまいと出て行くのならもう一度顔を合わせ挨拶くらいしていくだろう。他に理由が思い浮かばなかった。透は自身のこと、太陽妃のことを知ってどう思ったのだろうか。


―――わたしの素性を知ってどう思ったのだろうか。


キルアは首を振った。


―――それよりもまず、彼女が無事かどうか・・・。


「キルア様?」

「ん?」

「キルア様はもしやトオル様のことを―――」

「失礼します。」

マイホが言葉を言いきる前に、バルが落ち着いた口調で部屋へと入ってきた。カチャリカチャリと鎧が擦れ鳴る音をさせながら、キルアの目の前に立ち、膝をついた。

「キルア様、関所の兵からの報告で、数日前、ランゼラ姫の父上、元地官長様の直筆の通行証を使い、南国に出た荷馬車があったと。」

キルアの顔が歪む。

「南国?」

「・・・はい。」

「ではトオルは国外へ連れて行かれたということか!!」

「はい、ですがその荷馬車はその日の内にもう一度関所を通り、国境を越えています。ですから恐らくトオル様は国境付近の町に居るのではないかと。・・・1人でそれ以上遠くへ行くこともないと思いますし・・・。」

バルはチラリと目線だけキルアに向けた。目の前の主はキュッと唇を噛み締め、何か考え込んでいた。

「行こう・・・。」

「え?」

バルはキルアの小さな言葉を聞き返した。

「南国へ向かう。今すぐにだ。準備をしろ!」

キルア自身が自覚する前に、その言葉が発っせられていた。






****






「なぁ、バル。」

キルアの命令を受けて、バル、マイホは南国への準備を進めていた。マイホは先ほどから解せない顔を浮かべたまま、その手を動かしていた。
マイホの仕事はキルアの身の回りの世話などなので、今回は南国へ赴くにあたって必要なものを揃えていた。
バルはキルアの警護、そしてキルアについて南国へと向かう兵士たちの穴を埋める者を選出することに忙しかった。

「どうした?」

いつもにない難しい顔をするマイホにバルは仕事をこなしながらも返事をした。

「キルア様ってさ、トオル様のことが好きなのか?」

バルが呆れた表情でマイホを見た。

「お前、今ごろ気づいたのか?」

そう言われて、マイホはムッとする。けれど、すぐにもとの話に思考を戻した。

「やっぱそうなのか。」

眉を寄せ、腕組みをしてマイホはう〜ん、と唸った。

「ああ、マイホはトオル様のことが気に入らないんだっけな。」

バルがそう言って、持っていた資料をペラリとめくった。マイホはバルの言葉に一瞬驚いてバルを見たが、すぐに視線を外した。

「いや、べつに・・・。」

以外にもマイホがあっさりとそう答えたので、バルは目を見開いたが、すぐに嬉しそうに「そうか。」と言って笑った。
マイホは自分が透を毛嫌いしていたことなどとっくに忘れていたらしい。マイホは自分でそれに気づき、さらにバルにも気づかれたことで少し顔を赤くして、コホンッと咳払いをした。

「俺はてっきりマイホはトオル様のことを良く思っていないとばかり思ってた。」

「・・・まぁ、最初はな。今は別に。ジュナー姫も結構気に入っているようだし。」

一瞬目をパチクリさせた後、バルが声をあげて笑い出した。


「なるほど!ジュナー様か!ジュナー様が認められたからトオル様は嫌いじゃないって訳か。」


マイホの顔が先ほどよりもボッと赤くなった。

「えっと・・・ああ、そうだ。キルア様がこなさなくちゃいけない書類、あっただろ?どこだっけ?」

あからさまに話題転換するマイホにバルはまだ止まりそうもない笑いを堪えながら「そこにあるだろ?」と書類の場所を指差した。マイホは書棚の高い所にきちんとしまわれた書類を見つける。それを取ろうとグッと手を伸ばした。


ダザザッザ―――。


「気をつけろって言うべきだったな。」


そう呟いたバルの足元で、マイホは書類の山に埋もれていた。バルはクスクスと笑った。


―――マイホがね・・・。


今までキルアに近づくどんな姫君も毛嫌いし、ろくな態度を取らなかったマイホが・・・透を認めたということだろうか。それともただ幼い頃からの付き合いになるジュナーが認めたことで自分も認めざるえなかったか。どちらの理由もあるだろうが、おそらく例えジュナーの影響であったとしてもあれだけキルアに近づいていた女を嫌っていた男がこういう態度をとるならば、きっと自分自身で認めた面も大きいのだろう。バルにはそれが嬉しいことに思えた。


「お・・・い、1人ニヤニヤしてないで助けろ・・・。」


書類の下敷きのマイホが消え入りそうな声でそう言った。







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