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□第22話




「トオルー!!3番テーブル!」

「はーい!!」


透はトレーに小さなグラスを乗せて言われたテーブルに早足で運んだ。地中海風の小さな飲食店。
壁はレンガ造りのように石を積み上げて固めたもので、灰白色。店内は窓が少ないけれど、オレンジ色の明かりを灯すランプたちがちょんちょんっとぶら下がっていた。ほのかに暖かい印象を受ける。
昼時を少し過ぎた時間帯の今、店内は狭いながらもまだ満席に近い状態だった。トオルは慌ただしく店内を動き回っていた。

「お待たせしました。」

「ああ、それとこれも追加ね。」

客の1人がメニューの一項目を指差した。

「海鮮パスタですね。かしこまりました。」

ニッコリ微笑んで、そのグラスを音をたてないようにテーブルに置く。そしてまたせかせかと厨房の方へと早歩きをした。

「海鮮パスタ一つ入りまーす。」

透はものすごい熱気の中で鍋を振る大男に大声でそう伝えた。

「はいよ。」

低い声が返事した。

「トオルー。ごめんこっちお願いー!!」

「あ、はーい!!」

今度は女の人の声。この店、『サバンナ』の女店主、スペル・チャンクだ。
透はあの後すぐに男たちに解放された。割と人通りの多い大通りだった。男たちは透を降ろし、リュウを手渡すと元来た方へ帰っていった。まさかこうもすんなり解放してもらえるとは思ってもいなかった。良かったというべきだろう。

透は連れてこられたそこが何処で、いったいどんな場所なのかサッパリ分からなかったので、とりあえず近くに居た人に尋ねたところ、ここは南国で、東国との国境のあるイリデという町らしい。とすると、荷馬車が一度止まって男たちが兵隊と話をしていたのは国境の関所だったようだ。

南国はとても温かかった。同じ海底世界でも東国とはやはり何処となく雰囲気が違い、気候だけでなく雰囲気も暖かく、人は皆、気さくで、誰に対しても、もちろん初対面の者に対してまでも優しかった。そして、豪快な気質のようだった。

透はとりあえず住む所、働く所を探すことにした。知らない土地であまり入り組んだ道へ入るのは危険だと思ったので出来る限り通り沿いの宿屋、店を捜し歩いた。けれど途中でリュウがいきなり駆け出してしまい、追いかけていくと少し狭い裏通りのこの店を発見した。
店内からあまりにも良い香りがするので釣られてしまい店に入り、半ば勢いで「ここで働きたい」とスペルに頼むと意外にもあっさりと承諾してくれた。その上、透は店の2階の空き部屋に住まわせてもらえることになった。つまり住み込みでこのサバンナで働けることになったのだ。

サバンナは元々スペルとその旦那の大男、ダンク・チャンクの2人で営んでいたらしい。今まではあまり体を動かさなかったけれど、接客業と言うのは意外にハードらしく、久々に体を使って動くことが透には少し嬉しかった。お客はほとんど馴染みのようだし、みんな親切だったので透は割と楽しく過ごせそうだと思っていた。

「トオルー?あんた昼まだでしょ?客もだいぶ引いてきたし、上行って食べておいで。食べたいもの言ってくれればダンクに作らせるから。」

クイクイッとスペルが手招きしてそう言った。スペルは見た目綺麗な女性だった。茶色の長い髪。その上半分くらいをまとめて一つに縛っていた。同じく茶色の瞳。背は女性にしては高い方で170センチはあるように見える。年は二十代であろう。店主にしては若かった。性格的にはとても男前で、話口調もたくましく、無口な旦那のダンクの分まで男っぷりを発揮していた。
ダンクは料理担当だった。常時無口で、巨漢。体格はかなり良い。黒の短髪を後ろに流している。パッと見は、恐いおじちゃんである。しなやかな筋肉の付いたその腕でフライパンを振り回すその様はすばらしくたくましい。

この夫婦、ご近所では良く知られた万年新婚カップルである。

「はい。」

笑顔で返事をした。

「それから、あのリュウちゃん・・・だっけ?あの子は何を食べるんだ?何でも良ければ何か用意するけど。」

「ありがとうございます!」

透は元気にそういうと、パタパタと2階へと上がっていった。



「・・・ふぅ。」

透が二階に上がりきるのを見届け、スペルが軽いため息を付いた。
ダンクの横に立つ。

「やっぱあの子人間なのか?」

ポツリと呟くようなスペルの質問にダンクは無言のままで、自分の手元の肉を切っていた。

「・・・それにしては字は読み書きできるようだったけど。でも『トオル』っていう名前からして人間だよなぁ。多分日本人ってやつだろ?あいつらの中にもいたよな。何か事情があるんだろうけど・・・自分のこと何も話そうとしないしね。」

ドスッ。

肉を最後の一切れまでに切って、ダンクは手に持つ包丁を布で丁寧に拭いた。

「言いたければ言うだろうし、知られたくなければ何も聞かれたくないだろう。様子を見ていてやればいい。」

ダンクがそれだけ言うと、スペルはダンクに抱きついた。

「やっぱあんたはいい男だね。」








***









「あとどれくらいかかるんだ?」

キルアが両眉を寄せながらマイホにそう聞いた。不機嫌そうなキルアにマイホは慌てて答える。

「えっと・・・あと6日、いえ、5日ですね。」

キルアはその返事に歯を噛み締める。本来ならばキルア1人で龍でも使えば2、3日で南国まで行けたはずだった。けれど現在の治安と立場上、1人あるいは小人数で動くことは許されなかった。1人で行こうとした時、父であり国王であるザグラに「それは許さない」と反対された。キルア自身、自分の立場と仕事を理解していた。だから国王の命令に不満は持てど逆らおうとはしなかった。
大掛かりな護衛、その他の準備がキルアの行動を遅らせていたのである。

「くそっ!!」

焦りがキルアを襲う。

―――もし万が一のことがあったら!!

キルアは透の身を案じていた。

―――地上へ帰してやろうと決めたのに!!

「もっと早くはならないのか!?」

厳しい口調だった。

「こ、これ以上は・・・。」

マイホも思わず口篭もった。長い付き合いではあったがこれほどまでに怒り焦っているキルアを見たことが無かった。

「もっと早く・・・!!」


こんなにも焦っているのは何故なのだろうか。


トオルを傷つけてはいけないという想い・・・?


それだけなのだろうか。


もしかしたらそれは・・・。






『会いたい』という想い・・・?


そう思ってキルアは首を振った。


―――・・・何を馬鹿なことを・・・。



「あいつはいつか帰るんだ・・・。」








***







「いらっしゃいませー。」

入ってきた客に透は駆け寄った。
ここ数日働いてみて思う限りでは、『サバンナ』に来る客は常連がほとんどだったがその男は初めて見る男で、軽装ではあるが軍人のようだった。腰に剣を持って、首元や耳、腕などは装飾品で飾られていた。男は透が案内する前に慣れた足取りでカウンター席へ着いた。

「あ、あのご注文は?」

「ああ、透。いいんだよ。その人は。」

店の奥から男の存在に気づいたスペルが透に向けてそう言った。

「え?」

透がキョトンっとしているとスペルは男に向かって「おやおや、久しぶりだねぇ」と上機嫌な顔を見せた。

「ああ。スペルは相変わらずそうだな。ダンクと仲良くやってるか?」

「もちろん。」

透はその会話を首を傾げながら聞いていた。どうやらこの男とスペル、ダンクは知り合いらしい。

「あんたは?」

聞かれて透はハッとした。

「この子はここでバイトしてるトオル。トオル、こっちはサーベル。」

「初めまして。」

スペルの紹介に透はペコリとお辞儀した。サーベルの方も「初めまして。」と挨拶する。

「この店で誰かを雇ったのって初めてじゃないか?人手がいるほど繁盛してないだろ、この店。」

サーベルがからかうようにそう言うと、スペルも笑って返した。

「ガキがそんな生意気な口聞くんじゃないの。第一、イリデの『サバンナ』と言えば、知る人ぞ知る名店じゃないか。何だかんだ言ってサーベル、お前だって近くに来る度に寄ってくれるじゃないか。だろ?」

スペルも二十代と若いが、そのスペルがガキ呼ばわりするならこの人は一体いくつなのだろうと透は思った。見た目から判断すると二十数歳というのが妥当に思える。

「ははは、そうだな。ここの料理は絶品だ。あんたの旦那は腕がいい。」

「なら毎日通ってくれればいいのに。」

「王都からここに?さすがにそれは厳しいな。」

はは、とサーベルが片手をピラピラさせた。

「今回は仕事でこっちに来たのか?」

「ああ。・・・ホントなら毎日通いたいが、それじゃあこのサバンナの有り難味がわかんないだろ?」

「相変わらず口が上手いな。サービスしよう。一杯奢るよ。料理は・・・いつものでいいね?」

「ああ。」

パチリと透はサーベルと目が合う。濃いブルーの瞳。次にサーベルの褐色の短髪が目を引いた。この世界に来てからいろんな人を見てきたが、こんな色は初めて見た。

「トオルー?」

「あ、はーい!」

スペルに呼ばれてハッとして透はすぐさま仕事に戻った。






***







暗がりの中、薄っすらと景色が浮かび上がる。ぼんやりとその景色を眺めていた。見慣れない場所。

どこかの町。

その通りを軍隊のような隊列が進んでいる。町の人は皆頭を下げている。隊列の中心部。以前見た覚えのある水馬の馬車。



そこに乗っていたのは―――。






「キルア・さん・・会い・・たい・・・。」

パチリ。

透は自分の声に目を覚ました。

「私今何を言って・・・?」


そう言って、自分の口を両手で塞いだ。ここ数日の夢。シャイの姿は全く見えない。その代わり、見えるものはいつも決まっていた。


―――キルアさん・・・。


自分からその人から離れた。自分で会わないと決めた。それなのに夢に見てしまうのは何故だろうか。


―――あの町はどこだろう?

夢で見るキルアはいつも馬車に乗り、軍を引き連れてどこかへと進んでいた。周りの景色はいつも違っていた。ただの夢なのに妙に現実味がある。


―――なんでいっつも・・・。

いつも夢に見てしまう。



何故?


寂しいのかもしれない。


―――そうだ。きっと寂しいだけ。

夢の後に流れるこの涙も寂しいだけ。


―――本当に?



「キュイ?」

リュウが透の隣で首を傾げていた。透は手を伸ばしてそっとリュウを抱きしめた。

「きっと寂しいだけだよ・・・。それもあと少し。もうすぐ・・・帰れるんだから。」

透はまるで自分に言い聞かすかのように何度もつぶやいた。




「私は帰るんだから・・・。」








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