□第23話 「お祈り・・・ですか?」 まだ起きて間もない時間。日も昇ったばかりのこの時間に、スペルは透の部屋へやってきて、今日は店は休業であることを告げた。そしてその代わりに『お祈り』に行くと言い出した。 「そ。月に一度は行くって決めてるんだ。いつもはダンクと2人で行くんだけど、透も一緒に来なよ。太陽神への祈りは欠かないほうがいい。」 透はピクリと反応した。シャイの夢は相変わらずまったく見ないままだった。 ―――太陽神・・・。 「どこにお祈りに行くんですか?」 「神殿だよ。どの町にも必ず一つは神殿が置かれているからね。本当なら東国のルポにある太陽神殿まで行きたいんだけどそうしたら往復で2週間はかかるからなぁ。知ってるかい?もうすぐ・・・あと一週間後くらいかな?そこで太陽祭があるんだ。かなり盛大なものらしいよ。」 スペルの一言一言にドキリとしてしまう。太陽祭が行われる、つまり自分が地上へ帰れることを意味する。 「行く?」 「はい。」 少し悩んだ末、透はそう答えた。 *** 「キルア様?少しおやすみになられた方がよいのでは・・・。」 マイホはそう言って書類を睨むキルアの前にコトリと茶を置いた。 「ああ、ありがとう。」 そう返事はしたものの、キルアは一向に手を止めない。ルポを出てから数日間、キルアは毎日どんな時でもこの調子だった。睡眠もほとんどとっていない。毎日こうして馬車に乗りながら雑務をこなしていた。いつでも片手に仕事道具を持っている。そうでないときは、訪れた町の長に会うときくらいだった。食事もろくに採ろうとしない。普通ならば倒れていてもおかしくない状態だ。 「キルア様!お願いですから少しでもお休みになってください!!」 マイホがたまらず声を上げた。キルアもさすがにこれには驚いていたが、それでも手を止める様子はなかった。 「・・・すまない。何か手をつけていないと落ち着けないんだ。」 キルアは悲しそうに笑った。 「それは、分かりますが・・・。でも食事くらいは!」 「あまり食べたい気がしないんだ。」 キルアはマイホの顔を見ず、手を止めない。 「では睡眠だけでも!!」 ピタリ、とキルアの手が止まった。 「眠ると・・・夢を見る。」 「夢、ですか?」 「トオルが行方不明になってから毎晩、彼女の夢を見るんだ。どこか遠い地にいる夢で、トオルは誰か知らない者と馬車に揺られている。しばらくするとそこに賊が襲いかかる。そして視界が赤く染まるんだ・・・。最近は目をつぶっただけでその映像が瞼の裏に浮かぶ。」 そう言って浮かべたキルアの笑みは、見ていて辛いものがあった。マイホはこれ以上どう説得しようかと頭を捻った。幼い頃からの付き合いであるが、今のキルアはどう見ても異常だった。 「・・・それでも睡眠と食事はしっかりしてもらわなければ。キルア様、あなた様はこの国の次期国王なのですよ?」 そう言われ、キルアはようやく手を止めた。 「・・・分かった。食事を用意してくれるか?」 そう、キルアという男は何よりもまず自国のことを考える男だった。マイホはそれを知っていてキルアにそう言ったのだ。そう言ってしまえばキルアは嫌でも自分の身を気遣おうとする。自らのためではない、国の、この世界のために。あまり使いたくはない言葉ではあったが、何よりも今大事なのは主の身だ。 「すぐにお持ちします!」 そう言っていったん馬車を降り、準備に向かうマイホの背を見て、キルアは小さくため息をはいた。 「・・・無事でいてくれ・・・。」 *** 「ここも、すごい人。」 透はポツリとそう呟いた。 「ここも?」 スペルが不思議そうに聞き返してきた。 「あ、前に住んでいた所の近くの神殿も人がたくさん居たから。」 「へぇ。まあ、信仰の対象は太陽神だけだからね。人間はキリスト教とか仏教とか色々あるらしいけど。ここのみんな太陽神を崇めているし、もうすぐ太陽祭があるから余計と祈りを捧げに来るやつが増えているんだろうな。」 そんな会話をしながら3人と一匹は奥へと進んだ。だいぶ混んでいたけれど、ダンクを先頭にして歩くと、周りの人が自然と道を開けてくれたのでとても進みやすかった。スペルはそれがいつものことのようで慣れた足取りだったけれど、透は何だか他の人に悪い気がして小さくなりながら進んだ。 「透は以前はどこに住んでたんだ?」 透は突然の質問に目をパチクリさせた。 「あ・・・。」 「いや、言いたくなかったら別にいいんだけど。」 透が口篭もると、スペルはすぐにそう付け加えてくれた。 「あの、ルポに住んでました。東国の。」 「・・・へえ。東国の王都に住んでたのか。何度か行ったこともあるけど、あそこはいい町だね。治安もいいし、その土地の人も。」 「でも、南国の人もすっごく親切ですよね。ここに来て、初めは不安だったけどいい町で良かった。」 透がそう言うと「嬉しいよ。」と照れた風にスペルが透の背を叩いた。 「まあ、確かにいい奴ばかりだけど、そうでないのも大勢いるからね。特に貴族階級になると嫌味な奴ばっかりだ。もちろんそうでないのもいるけどね。このイリデの町は比較的治安もいいし、栄えているから私らみたいな庶民でもそれなりの暮らしができるけど、他は随分違う。よその土地では貴族と私らの貧富の差はかなり激しくなる。」 「そうなんですか・・・。」 「ああ。国王がね、無能なんだ。6年前に国王が替わって以来、この国はどんどんおかしくなってきてる。」 スペルの表情はひどく真剣で苦々しかった。 「今の国王はこの国を随分豊かにした。けどそれは、全体的に見て、だ。私らは貧しく、その代わり、上流階級が甘い汁を吸ってる。まったく・・・腐った治世だね。」 「スペル。」 ダンクがスペルの言葉を制した。 「・・・ああ、分かってるさ。透、今のは忘れて。こういう話しはこの国では本当はタブーなんだ。バレれば処罰されるからね。」 スペルが口に人差し指を当てて、軽い調子でそう言った。 「さあ、そろそろかな。」 気がつくともうすでに神殿の一番奥まで来ていた。ルポにあるものとは違って、そこにはまるでマリア像のような女性の姿の白い石像が建てられており、人々はそれに向けて祈りを捧げているようだった。女性像の背には太陽の光を象徴するような装飾が施されている。 「ルポとはだいぶ違うんですね。」 透は周りに迷惑がかからないよう小声で、さらにスペルの耳元でそう言った。 「ああ、向こうは本元。こっちは仮のもののようなもんだから。」 スペルも小声でそう返した。そして、3人も他の人と同様に祈り始めた。 「・・・急いで!!」 聞き覚えのある声に、透は辺りを見回した。けれど皆、静かに祈っているだけだった。 以前にも同じようなことがあったことを覚えている。神殿での声。 シャイの声だ。 ―――シャイさん? 「急いで!!戻って!!」 ―――え? 「東国へ。シクレ宮に戻るの!」 ―――ど、どうして? 「帰れなくなるわ。私の力が及ぶ範囲に居なければ、地上には戻れない!」 ―――そんな! 「早く戻って!今ならまだ間に合うから。一週間あればなんとか間に合うはず。」 ―――でも・・・。 「キルアのこと?」 ―――・・・。 「あの子は強い。それに私のことをよく分かってくれている。大丈夫。キルアはあなたを責めたりなどしないから。」 ―――でも・・・。シャイさんを亡くなったのは私のせいで・・・。 「言ったでしょう?全ては私の我が侭。あなたが罪を感じる必要は少しもない。」 ―――それでも、キルアさんはそうは思わないと思う。 「トオル。キルアを信じてあげて。」 ―――・・・。 「・・・どうしても会いたくないのならそれでもいいわ。けれどともかくシクレ宮に戻って。私の力が及ぶ範囲は少ないの。あなたを地上に帰すにはとても力がいるわ。だからシクレ宮に。早く。お願い・・・。」 最後に放たれた言葉は、聞いているほうが苦しくなる、そんな言葉だった。 ―――分かりました。でも、キルアさんには・・・会わない。 「ええ。それでもいいわ。けれど約束は思い出して。」 ゆっくり、目を開けて頭を上げた。 「随分長いお祈りだね。」 スペルが下から顔を覗きこんできた。 「・・・あのっ。スペルさん!お願いがあるんですけど!!」 透はスクッと立ちあがった。 「ど、どうした?」 透が勢い良く立ち上がったので、スペルは少し体を引き気味になった。 「あの、約束では仕事をするのはひと月だったんですけど、その、私、帰らなくちゃいけなくなって・・・。」 どう説明していいか分からず、透はともかく東国へ帰ることを告げた。 「・・・何かあった?」 「えっと・・・。」 「・・・まあいいや。いいよ。その代わり、また南国に来ることがあったら必ず寄ること。これが条件。いいかい?」 「ありがとう!!」 「・・・けど、国境を越えられるかが問題だね。」 スペルの表情が少しばかり険しくなって透は少し不安になった。 「どうゆうことですか?」 「?あんた、行きはどうやって来たんだ?国境はよっぽどのことが起こったとき、あるいはきちんと通行許可証をもらわないと通してもらえないはずだけど。他国へは関所を通らないと行けないしね。」 透は答えられなかった。まさか自分が誘拐されてここまで来ました、とは言えない。 「・・・ま、ともかく、国境を越えたかったら許可証を発行してもらうことだね。そうだな、申請して、1週間もあればもらえるだろ。」 「い、1週間!?そんなにかかるんですか?」 透はすぐ、自分が大きな声を出してしまったことに気づき、声を抑えた。まだここは神殿内なのだ。 「ああ、それより早くは無理だね。よっぽどのお偉いさんなら顔パスだけど。」 「そんな・・・。」 太陽祭まであと一週間。それまでにシクレ宮に着かなければ 帰れない。 Copyright(C) Fuki Kayami all rights reserved.
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