□第24話 「お願い!!ここを通して!!」 「通行証のない者は通さない決まりだ。」 透の目の前にいる兵たちは頑としてそこを通させようとはしなかった。かれこれ30分ほどこのやり取りが繰り返されている。 国境の関所。ここは他国へ続く唯一の道。この関所は南国のイリデと東国の町を繋いでいた。 国境は、海そのものだった。空にある海がそのまま地上に降りてきて壁になったようだった。海の壁。それが国境。 水だからもちろん向こう側もうっすらと透けて見える。向こう側の町までは見えない。この海の壁は百数十メートルもの幅があり、この壁を抜けて行くことはさすがに無理があるだろう。もちろん、海の壁のなかには魚も泳いでいる。手を伸ばしてみれば、冷たい感覚がやってくる。 関所は、そんな海の壁にポッカリとあいた穴だった。透は初め、この目の前の光景に息を飲み見惚れていたが、今はそんな場合ではない。ここを通らないことにはシクレ宮どころか東国にすら行くことが出来ない。関所を守る衛兵は十人前後で、とても切りぬけられそうになかった。 何度も頼むが聞いてくれる様子はない。通行証があれば通れる。けれど、スペルの言うように通行証をもらえるのを一週間も待つなんてそんな時間もない。 ―――どうしよう・・・。 このままでは帰れない。それは明らかだった。 「お願い!!どうしても東国に行きたいの!!」 喚く私の横を、馬車や人が何台も通っていく。ちらりちらりとこちらを横目で見て行った。 「そんなことを言っても、通せない!」 「何を騒いでいるんだ?」 煌びやかな馬車の列、軍列が止まり、その馬車のうちの一つから男が降りてやって来た。両脇には兵が数人ずつ付いている。どこかで見た顔だな、と透は頭を捻った。 「・・・何を騒いでいるんだ?」 男が透と問答していた兵にもう一度問い掛けた。 「これは!!サーベル将軍!!」 兵はサーベルの顔を見るなりピシリと敬礼してみせた。 「質問に答えろ。」 「はい、この娘が通行証もないのにここを通せとしつこく申して来まして・・・。」 サーベルは透の方を見た。 「あっ!」 先に気づいたのは透だった。 「あなたお客さん!!」 一瞬、何を言われたのか分からなかったサーベルも、少し間を置いて「ああ。」と理解した。 「お前、スペルの店で働いていた女か。」 透は勢い良くコクコクと頷いた。 「で、ここを通りたいと。」 もう一度頷いた。 「だったら通行証を申請しろ。一週間もあればできるだろ。」 サーベルはさっさと馬車に戻ろうとする。 「時間が無いの!!」 透の言葉を無視してそのままスタスタと歩いていく。 「サーベル様。もしや今回は太陽妃候補の護衛ですか?」 関所の衛兵の1人が尋ねた。 「ああ、そうだ。ったく。こんな面倒な仕事はもっと他の暇な連中に押し付けてくれればいいのにな。なんでわざわざ俺がルポみたいな遠い町へ出向かなけりゃいけないんだか。」 「ルポ!?あなたルポに行くの!?!?」 透はサーベルに飛び付いた。いきなりのことにサーベルが目を丸くする。 「お願い!私も連れていって!!私ルポに行きたいの!」 サーベルの服に掴みかかって透は噛み付くような勢いでそう頼んだ。 「冗談じゃない。お前みたいなどこの誰かも分からない奴を大事な仕事の妨げにはできないな。」 サーベルは自分の服をしっかり握っている透の手を無理やり離した。それでも透は再びしがみつく。 「スペルさんの飲食店『サバンナ』のバイト。名前はトオル。ほら、どこの誰かもハッキリしてるでしょ?」 サーベルが、深くため息を落とした。 「あのな、確かにお前はサバンナのバイトで名前はトオルかもしれないが、それだけだ。素性が分からない奴を一緒に連れて行くなんて何が起こるかわかったもんじゃない。」 「お願い!じゃあ、国境を越えたら置いていってくれていいから!!早く東国に戻らなくちゃいけないの!」 「だから、国境を越えたいのなら通行証を申請しろ。」 「だから、時間がないんだってば!!」 ふう、とサーベルがため息をついた。 「知らん!大体、俺には全く関係のないことだ。」 そう言って、サーベルは透に背を向けて歩き出した。 「キュィッ!」 「リュウちゃん!」 リュウが何処からともなく、サーベルの肩に乗った。 「なんだ?龍の子供じゃないか。」 「リュウちゃん、降りておいで。」 透の呼びかけを無視して、リュウはサーベルの肩の上でまるで犬のように後ろ足で顔をかいていた。いつもならば透の言うことは必ず聞いてくれるはずなのにまったく動こうとする様子がない。透はピンっと閃いた。 「リュウちゃんを返して下さい。」 透はズイッと片手を広げて前に出した。 「は?」 「リュウちゃん、返して。」 「返してって、こいつが勝手に俺の肩に乗ってきたんだろうが。」 サーベルはグイッとリュウを自分の肩から離そうと引っ張るが、リュウは爪を立てて肩にしがみ付く。あまり引っ張ると爪が余計に食い込むようなので、サーベルは手を止めた。 「そんなこと知りません。返してください。」 ツーンとそっぽを向いて見せた。 「返してくれないなら泥棒ですよ?」 「お前なぁ!?」 カチンときたらしく、サーベルも反論しようとする。 「返してくれないなら私も連れて行ってください。」 「はぁ?」 「連れていってください。じゃなきゃあなたは泥棒。むしろ誘拐。」 透はビシッとサーベルを指差して見せた。 「・・・お前なぁ、俺を誰だか知ってて言ってるのか?」 「泥棒一歩手前の男でしょ?」 ケロリと透は言ってのけた。サーベルは深くため息を付く。 「分かった。いいぜ、連れていってやる。」 透はパァっと顔を輝かせた。 「本当に!?」 「ああ、その代わり、ルポに着くまで俺の言うことは必ず聞け。いいな?」 透はコクコクと首を縦に振った。 「それから、一応ルポに行きたい理由を聞かせてもらおうか?」 「そ、それは・・・。」 「それは?」 透は言葉に詰まった。まさか地上に帰るためとは言えない。馬鹿正直にそう告げて、やっぱり連れていくのは無し、と言われては困る。それにもし人間だということがバレたらどうなるかわからない。具体的に、人間だと知られるとどうなるのかは知らない。けれどキルアは以前、人間だということは知られない方が良いと言っていた。今までも隠してきたのだから、これからも滅多なことは言うべきではないと透は思っていた。 「家族に会うため・・・。」 「家族?それだけか?」 「・・・うん。」 「ふぅん。まぁ、いいだろう。乗れ。早くな。」 透はホッと胸をなでおろした。一応、嘘は言っていない。実際に地上には家族に会いに行くのだから。 「おい、そこの兵。」 「は、はい!」 呼ばれた衛兵が緊張した声を上げた。 「こいつは今から俺の連れだ。通行証はないが、問題無いな?」 「は、はいっ。もちろんです。将軍がそうおっしゃるなら!」 「悪いな。」 サーベルはそう言って、さっさと歩き出した。透もサーベルの後に続いて豪華な馬車に乗り込んだ。リュウがサーベルの肩から透の肩に飛び移る。 「ありがとうね、リュウちゃん。」 小さな声でそう言った。 「キュ。」 *** 「あと一週間後か・・・。手は打ってあるのだろうな?」 黒髪の男が目の前の青年を睨み付け、そう言った。薄暗い部屋だ。窓は締め切られ、さらに分厚いカーテンで閉じられている。扉もきっちりと閉められている。誰にも聞かれないように。 「はい。南国の客人にはすでに刺客を送りました。念の為、他の2国にも。」 青年は低く跪いてそう答えた。黒髪の男が満足そうに口端を上げる。 「さすがだ、お前はいつも要求以上の仕事をする。これでしばらくは安心できるな。」 恐れ入ります、と青年はさらに頭を垂れた。 「それで?肝心の太陽妃探しはどうなった?」 青年の顔が曇った。 「は。能力の長けた女を捜しましたが、どの者も以前試験を受け、失敗した女よりも下でして・・・なかなかそれらしき者は・・・。」 ギロリと男が青年を睨む。 「・・・まあ、良い。どれだけ時間がかかっても良い。ようは他の誰よりも先に見つければよいだけのこと。一応その女どもも試験にかけよう。父上には私から言っておく。」 「はい、かしこまりました。」 「しかし、あの女タラシの男があれほどまでに1人の女に入れ込むとはなぁ。」 クックックと男が気味の悪い笑みを浮かべる。 「その女が逃げてくれたお陰でキルアもここを離れた。感謝せねばならないな。キルアがここにいないと色々と動きやすいからなあ。」 男の小さな笑いは止まらない。青年は頭を下げたままじっとしている。 「本当に、その女に会ってみたいものよ。あの男を骨抜きにする人間など見ないわけにはいくまい。」 男の笑い声は徐々に声高になって、部屋中に響いた。 「まあ、あの男が連れて帰ってきたら拝ませていただこうか。」 部屋の明かりがふっと消えた。 「さあ、本来の仕事へ戻るとするか。」 キィッ。 扉が軽く軋んだ音を上げ、そこから光を差し込んだ。再び同じ音がした時にはもう部屋には誰も居ない。 Copyright(C) Fuki Kayami all rights reserved.
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