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□第25話




「何で将軍って呼ばれてるの?」

透は向かいに座るサーベルにそう尋ねた。無事に国境を越え、次の町に向けて馬車は揺れている。外見も豪華だったが中もなかなかのもので、おまけに座り心地が良く、透はかなりくつろいでいた。リュウに関しては、透の横ですでに寝息を立てている。

「あ?あぁ、俺は南国のいくつかある軍隊のうちの一つの軍隊長なんだ。だから将軍。」

「ふぅん。じゃあこの兵や馬車の列ってあなたの軍隊?」

透は後ろ窓から続く馬車や兵隊の隊列を覗いた。乱れることなく続く列。少し仰々しいのではとも思える。

「まあな。」

サーベルはムスっとした表情で腕を組んで座っていた。

「太陽妃候補の護衛って言ってたっけ?じゃあ、他の馬車に乗ってるのはその太陽妃候補?」

「ああ、そうだ。」

「候補の人って何人いるの?」

「5人だな。」

「太陽妃候補をルポに連れていってどうするの?」

「・・・試験を受けさせる。」

明らかに面倒くさそうにサーベルはそう答えた。一方の透はそんなサーベルの様子もお構いなしだった。

「なんの?」

「太陽妃になりうるかどうかの試験だ。」

「へぇ。ところでいつルポに着くの?」

「さあな。まあ、太陽祭の前日までには着くだろ。少なくとも。」

「そっか。良かった。」

透は安心して微笑むと、ストンとそこに座りなおした。ふと、目の前の人物を見る。関所から今の今までずっとこの表情だ。

「ねえ。」

「なんだ?」

「なんであなたそんなに不機嫌なの?」

返ってきたのはサーベルの呆れ顔だった。

「あのなぁ、どこのどいつかも分からない奴をわざわざルポまで送っていってやらなきゃいけなくなったんだ。不機嫌にもなるだろ!」

強い口調でサーベルがそう言い放った。

「・・・ごめん。でもどうしても行かなくちゃ。それにちゃんとあなたの言うことは聞くから。」

急にしおらしくなる透に、サーベルもそれ以上文句を言えなくなって言葉を止めた。

「・・・まあ、過ぎたものは仕方ないが・・・その『あなた』ってのは止めろ。ちゃんと名前がある。」

「・・・。」

一向に返事が来ないので、まさかと思ってサーベルが透を見る。透は首を捻っていた。

「・・・忘れたのか。」

「うん。」

サーベルはふぅ、とため息を吐いた。

「サーベルだ。サーベル・リジット。もう聞かれても答えないからな。覚えておけよ。」

透は「ん。」と軽く返事をした。まともに「はい」と言わなかったのはちゃんと覚えておくつもりも、覚えていられる自信も無かったからだ。

「そう言えばおまえ・・・トオルだっけ?家族に会うって言ってたよな?東国が故郷なのか?ならなんで南国なんかに居たんだ?」

「えっと。」

またもや、返事に困った。自分のことを聞かれても、事情を知らない相手に話せることなどほとんど無かった。答えるにはすぐに何か作り話を考えなければいけない。できれば嘘は付きたくないと思っていた。

「東国へ行けば、とりあえず会えるの。南国に居たのはいろいろと理由があるけど・・・それに、またしばらくしたら南国に戻るつもりだから。」

できるかぎり本当のことだけを言った。しばらくしたら南国に戻るというのも本当にそのつもりだった。一度ルポに戻りはするけれど、それは地上に帰るため。3日経ってまたこの世界にやって来たら、今度は東国に居場所はない。だからもう一度南国に行ってそこで生活するつもりだった。

「ふぅん。まあいいけどな。・・・・あぁ〜。でもなぁ〜どうして俺はこんなとこで慈善事業もどきをしてんだ〜?本当はこの仕事だってやりたくなかったんだけどねぇ。」

あきらめ気味にサーベルはまた文句を言い始め、だらけた風に背をもたれた。透は今の話について深く聞かれなかったことに安堵した。

「嫌だったの?この仕事。」

透がそう聞くと、サーベルはそのままの体制で、顔だけ向く。

「まあな。ルポに行ったら王様やら王子様らにゴマすらなきゃいけないだろ?俺はそういうのが嫌いでね。」

よいしょ、とサーベルはきちんとした姿勢に戻った。

「東国は4つの国のなかでも一番権力があるからそれは避けられないしな。国王は立派な人だと聞いているが、王子はどうだろうねぇ。第3王子の噂ならいくつか聞くが・・・。」

ドキッと心臓が跳ねたのが分かった。

「それって女好きとか冷血な『氷の王子』っていう噂?」

以前、透自身がまだキルアの素性を知る前に市場で聞いた噂だ。

「ああ、なんだ。お前も知ってたのか。なかなかの美青年らしいぞ。」

「まあ、確かにカッコイイかな・・・。」

「ん?」

「あ、いや、以前東国に居たときにちらっと顔を見たことがあるから!」

透は両手をブンブンと交差させた。つい、口を滑らしてしまったことに焦る。けれどサーベルは特に気にしていないようだった。ホッと知らずに息をはいた。

―――この調子でこれから大丈夫かな。

一抹の不安が過る。

馬車がの揺れがおさまった。

「ああ、着いたみたいだな。」

サーベルはそう言って、傍に置いてあった剣と、マントを手に取った。

「何処に?」

「今晩の宿を取る町だ。だがその前に神殿で洗礼をする。」

サーベルは素早く剣を腰に付け、マントを羽織った。

「神殿?私も付いて行っていい?」

「ああ。」





***







「今晩はこの町にお泊まり下さい。この先はしばらく大きな町はありませんので。町長が部屋を用意下さいましたのでキルア様はそこでお休みになってください。」

「ああ。すまない。」

相変わらず、仕事の手を止めずに適当な返事をする主にマイホはため息を付いた。いちいち注意しても本人に正す気がないのでもう何も言わないことにしていた。

ルポを出てから数日が経つ。南国まではあとわずかだった。キルアは本当ならば今すぐに1人ででも南国へ向かいたかった。けれどそうしないのは王子としての自覚からだろうか。もどかしい想いが焦りを生む。

「キルア様、町長が挨拶をしたいと申しておりますが。」

バルが横からそう言うとキルアはようやく手を止めた。

「・・・ふう。どの町に行ってもこれが一番面倒だな。分かった。入ってもらえ。」

キルアは手に持っていたものを全てマイホに渡した。その部屋の扉が開き、初老の男と他2人、おそらく町の重役であろう者たちが畏まって入ってきた。おずおずと、あまり落ち付かない様子だ。

「キルア王子殿下、お初にお目にかかります。わたくしこの町の町長のソワフと申します。こちらの2人はグリとグラにございます。」

初老の男が代表してそう挨拶した。

「うむ。こうして部屋まで用意していただき感謝する。今晩は世話になる。」

初老の男を始め3人は深々と礼をした。

「それから王子殿下にお知らせ申し上げたいのですが、先ほどこの町に南国の使者が参りまして、同じく今日はこの町にて宿を取るそうです。太陽妃候補様方をお連れしていらっしゃります。」

「南国の・・・使者?」

南国という言葉にキルアは反応した。

「お会いになりますか?」







***










「あら、サーベル将軍?そちらの方はどなた?」

五人の女性のうちの1人が口に手を添えながら尋ねた。透はサーベルの横で彼女が自分のことを言っているのだろうなと思い、サーベルがどんな答えをするのかチラッと顔を見た。

「ああ、気にするな。事情があってルポまで送ってやることになったんだ。」

「まあ、そうですの。」

―――あんまり答えになってないよ・・・。

あまりハッキリしないその返事にその女性は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに笑顔を取り繕った。その後、チラリと透と目を合わせ、透の格好をジロジロと見ると鼻でフッと見下げたように笑い、サーベルと一、二言話しを済ませるとさっさと歩いていった。残りの女性もクスクスっと笑い、始めの女性の後に続いた。さらにその後に、護衛の兵が数名、チラリとこちらを見て行った。

―――感じ悪いなぁ。

透は少しむくれた。

「気にするな。南の貴族の女は気位が高いからな。お前が俺の傍にいるのが気に食わなくて、尚且つそのお前があんまりにも質素な格好だから笑っただけだ。」

ケラケラと笑いながらサーベルがそう言うと、透はさらに顔を膨らました。

「それ、フォローになってないよ。」

サーベルは今度はゲラゲラと笑った。

「まあいいけどね。この服は私が好きで着てるんだし。もっと女らしい服を着ろって言われたけど、こっちの方が断然楽なんだもん。」

透は自分の服の端を少し摘んでため息をついた。

「・・・誰が言ったか知らないが、俺もその意見に同感だ。」

サーベルの笑いはまだおさまらなかった。
一向は神殿の奥へ進んだ。他の一般民たちはいない。太陽妃候補たちのために貸しきり状態になっている。

透が神殿へ付いて来たのには一つ考えがあった。ルポを離れた後、シャイの夢は段々と薄れていった。南国に着いた頃には全くと言って良いほど見なくなっていた。だが、その南国のイリデの神殿では確かにシャイの声が聞こえた。しかも夢の時よりもよりリアルな声だった。ルポの太陽神殿でも同じようにシャイの声を聞いている。つまり、例え夢でなくとも神殿に行けばシャイと話しが出来るのではないか、と思い当たったのだ。

この町の神殿の奥にも、イリデの神殿と同じように白い女性の像が奉られている。周りの人は慣れたように祈り始めた。透も三度目だけれども見様見真似で祈った。




「透。」

―――・・・やっぱり、神殿なら話せるんだ・・・。

「ええ。少しなら。・・・それより気をつけて。」

―――また何かあるの?

「茶色の目。悪意の眼。左手の甲に傷がある。・・・ああ、あの子の差し金ね。」

―――あの子?

「おそらく太陽妃候補が狙いだわ・・・。」

―――え!?


「すぐ、近くにいる。」




バッと透は顔を上げた。周りの人を見渡した。瞳の茶色い人物を探す。見る限り、何人かの人はそうだった。今度はその1人1人の左手を覗いた。周りに悟られないよう、目だけを走らせた。

―――この人は違う。

遠目から1人1人の手の甲を見ていく。

―――ここからじゃ見難いな。

そっと立ち上がってある人物の左手の見える位置に移動した。




―――居た・・・!!この人だ!!







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