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□第26話




―――居た!!

「どうした?」

透はビクッと肩を上げる。そろっと声の方を向いて、ホッと息を吐いた。挙動不審な透の様子を見てサーベルが声をかけてきたのだ。

「なんだ。ビックリした。」

ふぅ、と息をはいた。

「なんだとはなんだ。」

透の反応に少し不満そうにサーベルが両腕を組んだ。

「あ、あそこに立ってる人ってだれ?」

透は左手に傷のある男をバレない程度に小さく指差した。サーベルはその指先に目を向けた。

「ん?・・・ああ、左?右?」

「右に立っている人。」

「あれは小隊長のタススだな。・・・アイツがどうかしたか?」

透は首を横に振った。タススは他の兵よりも作りのよい鎧を纏っていた。小隊長と言われそれに納得がいかないわけではないが、落ち着きの無い無造作過ぎる黒い髪と口もとの髭が、それらしさを消していた。
タススはどうやら自分の部下と何か話しをしているようだった。何を話しているかまでは分からなかったが、時折こぼれるタススの笑みに、透は何処と無く嫌悪感を抱いた。

「・・・小隊長・・・あなたの軍の?」

「そうだ。まあ、あんまり性質のよい奴じゃないが、腕は良い。だから採用したんだが・・・。」

サーベルが曇った顔をした。

「どうしたの?」

「・・・いや。あいつがどうかしたのか?」

透はサーベルの様子に少し疑問を感じたが、聞くのは止めた。代わりにサーベルの質問にどう答えたら良いか少し戸惑う。

「・・・あの人・・・気をつけた方がいい。」

サーベルが眉を寄せた。

「・・・それはどういう意味だ?」

「サーベル将軍!」

透が口を開くかどうかの時、少し離れた所からサーベルを呼ぶ声が聞こえた。サーベルは透を気にしながらもその声の主に向いた。華奢な感じで茶色い瞳。それと同じ色の髪の兵士が駆け寄ってきた。

「どうした?ここは神殿だぞ。もう少し静かにしとけ。祟られるぞ?」

軽くからかうようにそう言うと、言われた兵士はその八割方ふざけた注意を「申し訳ありません。」と気真面目に返した。サーベルが少し面白くないと言った顔をする。

「で?何の用だ?」

兵士はさらに改まって膝を付き、顔を少しだけ上げた。その茶色の瞳がしっかりとサーベルの姿を捕らえる。

「実は、この町に我々とは違う軍が居るようで・・・。」

「軍?どこの軍だ?」

周りに居た兵や、太陽妃候補たちもサーベルたちの会話に気づき、耳を傾けている。

「はい、それが・・・東国第3王子キルア殿下の私軍です。」


ザワッ。


神殿内が瞬時にざわめいた。1人を除いて、誰もがガヤガヤと騒ぎ出した。

「へぇ。ってことは王子さんも居るのか?」

サーベルがニヤッと笑って兵士に聞いた。

「はい。そのようです。今日は我々と同様、この町に泊まるそうです。」


―――うそ・・・キルアさんが居る・・・?


透の頭の中は真っ白になって、何一つ言葉を発することを忘れていた。

「第3王子ねぇ。ちょうど会ってみたいと思ってたんだ。まぁ。もっともルポに行けば必ず会うことになるだろうとは思っていたがね。」

―――まさか。なんでこんな所に居るの?

「なんでこんな所に居るのかはしらないが、じゃあちょっくら顔を拝みにでも行くかな。」


―――大丈夫だよね・・・会わなければ良いんだし。


少し、手が震えた。サーベルが出口へと向きを変えた。

「サーベル将軍?わたくし達もご一緒してもよろしいでしょうか?」

太陽妃候補のうち1人が、他を代表してそう聞いてきた。サーベルは一瞬考えて、笑みで返事を返した。

「ああ、そうだな。太陽妃候補なんだから挨拶しておいたほうが良いだろう。ただし、勝手な真似は許さない。それから第3王子はそれはそれは手が早いらしいからな。気をつけるように。」

最後の一言はいつものようにふざけた調子で。太陽妃候補たちもクスクスと笑い合っていた。

「あの。私はその間何処に居ればいい?」

少し不安げに、透はそっと話に入った。

「ん?ああ。お前は見に行かないのか?せっかく噂の王子をこの目で見れるっていうのに。」

透は首を思い切り横に振った。

「いいよ別に!!王子の顔だったら東国に居た時に見たことあるし!!」

必死に行くまいとする透にサーベルは怪訝な顔をした。

「?まあ、そう言うんだったら馬車で待ってろ。挨拶だけだから大して時間はかからないだろうしな。」

ホッと胸を撫で下ろした。

「それじゃ、馬車で待ってるから。」

「ああ。ところで、噂の王子は今何処に居るんだ?」

先ほどの平兵士が、慌ててサーベルに向いた。

「は、はい!実はこちらに向かっていらっしゃるそうです。」


―――え?


「へぇ。王子様自らお出向きとはね。」

これは面白い、とサーベルはニヤリと笑う。

「はあ、それが何でも我々に聞きたいことがあるそうです。」

全身が、この場から逃げ出したいと言っているのが分かった。けれど透の手足は動かない。心がそれを許さなかった。
会いたくないけれど、会いたい。

「もうそろそろお着きになるそうなのでサーベル将軍はここで待機するようにとのことです。」

「ふん。分かった。」

サーベルがその兵士に向かって手をすっと動かした。すると兵士は一礼し、その場から下がった。


―――ど・・・しよう・・・。


両足が石のようだった。思考が今の現状に追い付かない。


―――ここはルポじゃないのに、なんで、居るの・・・?


「おい?」

サーベルが透の顔を覗き込んできた。

「おい!?お前顔が青いぞ!!」

ふらつく透の体をサーベルが支えてくれた。

「大丈夫。平気。」

透は額に手を当てた。

「平気だから。」

ハッキリとそう言うとサーベルは小さく息をはいて近くの神官を呼んだ。

「何処か、部屋を借りていいか?王子との話しが終わるまでで構わないんだが。」

ローブを纏った若い神官は快くすぐ隣にある小さな部屋を提供してくれると言ってくれた。



―――よかった。これで会わずに・・・すむ・・・・・・。











***












「済まないな、時間を取らせてしまって。」

懐かしい声が、神殿内を通っていた。壁越しの向こう側。そこに声の主が居る。透は扉に身を寄せてそれが良く聞けるようにしていた。

「いえ、こちらこそ。本来ならばこちらから出向かなければならなかったのですから。」

サーベルは余裕のある表情でキルアに一礼した。

「まずはご挨拶させていただきます。わたしは南国の一軍の軍隊長、サーベル・リジットと申します。そしてこちらの5人は太陽妃候補。この度、太陽祭にて試験を受けさせていただく者です。」

サーベルは普段とは全く違う口調でそう挨拶した。続いて女たちが1人ずつ名前と挨拶をしていった。

「この度は、南国の者にまで試験を受けさせてくださることをお礼申し上げます。」

お手本通りのセリフを並べ、サーベルはチラリとキルアに目をやった。

「ああ、そのことは今はいい。それよりも聞きたいことがあるんだが。」

本題に入ろうとしたところで、サーベルは何を聞かれるかと薄っすら笑みをこぼした。

「何でしょうか。」

「そなた達は国境を超えるまでイリデの町にしばらく滞在していたと聞いたが?」

「ええ、国境を越えるにあたっての準備のため、数日間ですが滞在していました。それが?」

「・・・人を探している。黒髪、黒瞳の16,7の女だ。イリデの町か、その付近に居るはずなんだか・・・。」



―――え?・・・それって・・・。


透はもっと良く聞こえるようにさらに扉に耳を押し付けた。
キルア、サーベルの周囲の者たちが顔を見合わせた。予想だにしなかった質問に困惑しているようだった。

「キルア殿下。恐れながら、黒い髪に黒い瞳で16、7の女性などそう珍しいものでもありません。他に特徴などがありませんと・・・。」

「ああ。そうだな。小柄で・・・ああ、恐らく龍の子を連れている。名前はトオル。」

サーベルの眉がピクリと動いた。そしてゆっくりと口を開く。


―――・・・ダメ。


「そのような者でしたら・・・」


―――だめっ!!!!



「知りませんね。」



―――え?


「そうか。」

キルアが小さくため息をついた。

「失礼ですが、その女性は王子殿下にとってどういった方なのですか?」

「・・・・・・悪いが将軍、貴殿に話すことではない。」

そう言われても、サーベルはキルアがすぐに返事をしなかったことに気づき、また笑みを浮かべた。何かあるのだろうと、そう直感したのだ。

「他の者でもいい。何か知らないか?」

周囲の者も互いに顔を見合わせて話していたが、誰も首を横に振るだけだった。透は誰も自分のことに気づいていないようで安堵した。キルアは少し瞼を伏せた。

「・・・分かった。では、時間を取らせたな。」

キルアは踵を返し、コツコツと音を立てて出口へと向かう。

その足音が段々と遠くなっていくにつれて、透の瞳からぽとりと何かが零れてきた。


「・・ぅ・・・・・・。」


―――私を、探してくれてるんだ。


「・・・な・・・んで・・・。」

扉に身を寄せながら、そのままズルズルとしゃがみこんだ。



―――勝手に、出て行ったのに。


「ぅう・・・ぅ・・・。」

涙は止まらない。止めど無く透の頬を濡らしていく。


―――もう、会えないのに。


「キル・・アさ・・・・・。」


懐かしい声。優しかった声。


「私・・を・・・、」


―――探して、くれてる。




「・・キ・・ルア・・・さん・・・。」










「どうしました?」

神殿を出てすぐ、何かに気づいたように振り返ったキルアにマイホが尋ねた。

「今・・・―――いや、なんでもない。」

気のせいだろう、とキルアは馬車に乗り込む。



―――声がした気がしたんだが・・・。



馬車は動き出した。






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