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□第27話




「・・・うぅ・。」

キルアの声、足音、何も聞こえなくなった。今、透の居る部屋には透自身の泣き声が響くばかりだった。自分でもどうしてここまで悲しいのかよく分からなかった。ほんの少しの間、同じ時を過ごしただけ。別れも自分で決めた。・・・それなのに。

「ど・・・して・・・・?」

キルアは自分を探してここまで来てくれたのだ。彼の母を死なせた自分を。その事実を伝える勇気が無くて彼の元から逃げ出した臆病な自分を。卑怯な自分を。

「なん・・・で・?」

答えは出てこない。出てくるはずが無い。答えを持っている人はもうこの場から離れてしまった。

トントン、と音が鳴った。壁を叩く音。

「そろそろ泣き止まないか?」

ドアの隣、サーベルが立っていた。透は急いで顔を逸らし目を擦った。けれどまだ泣き止めず、言葉も上ずってしまう。

「い、いつ・・か・ら?他の人は?」

扉の向こうに見えた場所にはすでに人は居ないようだった。

「ああ、先に帰らせた。いつからって言うと、あんたがキルア王子の名前を呼んだ時から。」

「!!」

透が驚き、その顔を見てサーベルはニヤリと笑った。そして透の顔をジロジロと覗き込む。

「黒い髪、黒い瞳。16,7の少女。龍の子を連れていて名前はトオル。もしかしなくてもあんたのことだろ?」

透はどう返事するべきか迷って、しかし、これでは隠しようがないと思い、コクリと頷いた。するとサーベルは満足そうに口端を上げる。

「やっぱりな。で?キルア王子とはどういうご関係で?」

「どういうって・・・。」

「キルア王子は女好きなんだろ?じゃああんたはさしずめ恋人の内の1人か?」

透は「まさか」と首を横に振った。

「ただ少しお世話になっただけで別にそんなんじゃない。」

まだ軽く震えた声で透はそう言った。

「ふぅん。何で泣いてるんだ?」

サーベルが顔を覗き込もうとする。それを透は嫌がってすぐに顔を逸らした。

「・・・さあ。」

答えられなかった。透自身にも分からなかった。どうして自分がこんなにも泣いているのか。少しも分らなかった。

「あなたはなんであの時私のこと話さなかったの?」

透の質問にサーベルは軽くう〜んと唸った。

「・・・まあ、あんたがキルア王子の知り合いだとしたら、さっきまでのあんたの様子を見れば、あんたが王子と会いたくないと思ってるってのは分るからな。それに、俺は楽しいことが好きなんだ。王子がこれほどまでに必死にあんたを探す理由が知りたくてね。あんたを返したら聞けなくなるだろ?」

透は少し驚いたように目を丸くした。

「それだけ?」

「ああ。」

気を利かせてくれたのか、それとも面白がっているのかどちらが真意かは分からなかったけれど、ともかくキルアに会わずに済んだので、透は少なからずサーベルの行動に感謝した。このまま行けば、もう確実にキルアに会うことはないだろう。
ルポには彼はいないのだから。

「他の・・・人には?」

「・・・とりあえず、誰にも言ってない。他の奴らは名前すら知らないからバレることはないだろうな。あ、1人知ってる奴もいる。けど信用できるから安心しろ。」

少し安心してほっと息を吐いた。

「で?キルア王子はなんであんたを探してるんだ?」

透はキョトンとしてサーベルの質問に首を傾げた。

「なんでって・・・なんでだろ?」

サーベルがポカンと口を開ける。

「なんでだろって・・・何かあるだろ?」

透は首を傾げる。キルアにとって自分は『ただ人間だったから保護しただけ』の人物だと透は理解していた。何故こんな所まで探しに来てくれるのか、分らなかった。心配してくれているのだろうか。けれどたかが人間1人にあの忙しい人がそこまでする理由はないと思った。

「・・・なんでだろ。・・・あ、そっか。」


―――キルアさんは優しいんだ。


ほんの短い間に世話した人間をも心配してくれる人なのだ、と透は納得した懐かしいようなそんな笑みを浮かべた。


「・・・で、なんでだ?」

「え?ああ。たぶん心配してくれてるんだと。」

「心配?」

「あ、うん。無断で出て行ったから。」

少し苦い笑みを浮かべて透はそう答えた。

「出て行った?」

「前に・・・住ませてもらってた所をね。」

ふぅん、とサーベルは何か他にも聞きたそうな顔をした。が、恐らくこれ以上聞いても無意味だろうと次の質問に移った。

「・・・まあいい。それでキルア王子に会いたくない理由は?それともその住んでいた場所を出て行った理由、と言った方がいいか?」

透は言葉に詰まった。

「・・・言わなきゃダメなの?」

「ま、こっちとしてはタダであんたをルポまで送って行くんだ。それくらい聞かせてもらおうか?」

サーベルはあくまでも話しを終えない限りは引いてくれそうにもなかった。けれど、話して良いものだろうかと考える。それに、それを口にしたら何かを認めてしまいそうで怖かった。しばらく考え込んだ後、透は小さく息を吐いて、サーベルに向き合った。


声に出すのには勇気がいる。





「私がキルアさんの大切な人を死なせてしまったから。」













***














『お久しぶりね。』

―――あなたは・・・。

暗い視界。ただ真っ暗な視界に声だけが響いていた。優しい口調の女性の声。ふっとその場が明るくなり、女性の姿が浮かび上がる。その人物を見て、利明は顔をしかめた。


―――なんの用ですか?

『・・・歓迎はしてくれないのね。』

少し哀愁を帯びたその声。

―――当たり前でしょう。

その女性に対して、利明は冷たくそう言い放った。夢の中であっても自分の体が妙に緊張して強張り、そして次にはじわりじわりと溢れ出てくる怒りの感情で震えた。

『少し、あなたと話しをしておきたいと思ってね。』

シャイは軽い調子でそう言った。

―――あなたと話すことなんて何もありません。人の夢に勝手に出てこないで下さい。

『・・・私が憎い?』

―――・・・ええ、とても。

『そう・・・。』

―――僕の夢に出てくるくらいならなんであの人と会ってあげないんですか!!

『あの人とはもう会わないって決めたの。それに、夢の中で会ったって所詮夢だもの。真実だとは思ってくれないわ。』

―――あの人は信じますよ。夢でも。まだあなたのことを忘れないでいるんだから。

『・・・そう。それは嬉しいわ。』

シャイは目を伏せた。脳裏に映るのは懐かしい人。けれど、もう一生会うことのない人。

―――夢で済ませればいい。そうすれば透だって何も約束を果たす必要はなくなる。

『そんな簡単なことじゃないの。・・・あなたも分っているでしょ?それに透が約束を守らないのなら私も約束を守らない。』

―――僕はそれでも構わない。

『でも透は違う。そうでしょ?それに私が約束を守ろうと守るまいと、あの子が約束を守らなければ全ては・・・・・・。でも、あの子は優しいから。きっとそうはならないわ。』

―――あなたは・・・卑怯だ。

利明はギリッと歯を噛み締めた。シャイに対する憎悪と、無力な自分に対する悔しさが捌け口の見つからぬまま蠢いている。

『ええ。そうね。』

―――あんな幼かった子供に訳の分らぬままあんな約束をさせて・・・。

『あんな幼い子供だったからこそ、よ。』

―――最低だ。

『これは透にも言ったけれど全ては私のわがままなのよ。』

―――あなたがすれば良かったんだ。透と約束したことを。透ではなくあなたが!

『・・・もう、遅いわ。それに、私には出来なかったんだもの。』

―――絶対に、約束は果たさせない。

『それは透が自分の身から離れて行くのが嫌なの?大きな選択で苦しむのが嫌なの?・・・それとも、透があのことを思い出して壊れるのが嫌なのかしら?』


―――うるさい!!



『・・・記憶は出来る限り戻させないわ。けれど苦しみは逃れられないでしょうね。約束は何があっても果たしてもらうわ。例え透がどれだけ苦しみもがこうとも。』


シャイの見せた表情は、普段の彼女からは想像もできない、厳しく冷たい顔だった。彼女の言葉に利明の拳に自然と力が入った。


―――そんなことはさせない。


『少しずつ、思い出してきているわよ?』

―――!?まさかっ!!

『大丈夫。あのことは完全に忘れている。ただ、過去にこちらの世界に来たことは記憶にあるみたい。』

―――・・・。

『そろそろあなたが何かを知っているってことに気づくんじゃない?』

クスッとシャイが笑った。

『もうすぐ透はここに戻ってくるわ。』

―――やっぱり・・・この時期なんですね。

『・・・彼から聞いたのね?そう。そうね。この時でないと出来ることじゃないから。』

一瞬、シャイの表情に陰りが見えた。利明も、少し苦い顔をする。利明はシャイを好きではなかった。むしろ憎んでいると言えるだろう。けれどシャイのしようとしていることはまったく理解できないことではなかった。ただ、それのために透が犠牲になることだけは決して許せないと思っていた。

―――死んでまで、禁忌を犯すんですね。

『あなたにとっては嬉しいことでしょう?透が帰ってくるんだから。』

―――ええ。

『けど残念ね。地上にいられるのは3日間だけ。3日したらまた戻ってもらうわ。』

まるで利明を挑発するかのような口調だった。

―――そっちには行かせない。

『無理にでも引きずらせてもらうわ。あなたの傍に居させたら透はいつまで経っても思い出せない。』

―――なんであなたの願いを透が背負わなければいけないんだ!

苦痛を帯びた声で利明は叫んだ。噛み付くような鋭い声で。徐々に視界が暗く、狭まっていく。段々と、シャイの声も小さくなっていく。シャイはゆっくり、目を細めた。

『・・・あの子は純粋な子だわ。純粋で真っ直ぐで、穢れがない。私とは大違いね。・・・透に初めに会ったとき、この子なら私の望みを叶えられると直感したわ。あなたの傍で泣きながらあなたの名前を呼ぶあの子を見て、ね。この子は愛しい者を見捨てない。この世界を見捨てない。そう思った。それに人間であることも好都合だったわ。地上に居ればあの約束も果たせるし、時期が来るまでは煩い輩からの目も逃れられる。』


徐々に消えていくシャイの姿とその声に、利明は無意識に手を伸ばしていた。
それは夢で、捕らえられるわけはないのに。

けれどそれでも、なんとかしてシャイを止めたかった。


透を、約束から、そして記憶から解放するために。





目が覚めて、その手に何も掴めていないことに苛立った。











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