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□第29話




透は窓の外を向いたまま。サーベルは腕を組んでじっとしたまま。お互いずっとその状態で、終始無言だった。
神殿でキルアの話をした後、2人は必要事項しか話さないようになっていた。

もう随分と王都であるルポに近づいてきただろう。南国の名残である暖かさは消え、春風のような生温いく、心地よいものが通って行く。二人しか乗っていない馬車の中で、2人ともしゃべらないものだから、風の音はよく通った。

サーベルは少し弱っていた。この女は少し勝手が違う、とそう思っていた。
神殿での会話の後、気まずさを感じていたのはサーベルの方だった。自分が透に言わせたことはもしかしなくてもとんでもないことだったのではないかとわずかながら後悔の念を持たずにはいられなかったのだ。こんな状態は自分らしくないと、サーベルは何度も思うがそれでどうなるわけでもない。

透の方はと言うと、特に気にはしていなかった。むしろ、サーベルがそのことについて気にしていることが見て取れたので、その話をしたのを悪かったかな、という程度に思うくらいだった。ただ気になるのはシャイのこと、そしてキルアのこと。自分を探してくれているあの人のことが、どうしても頭から離れなかった。


リュウが、透の肩からサーベルの膝へ飛び込むようにして移った。透は突然のリュウの行動を、どうしたんだろう、と目で追った。サーベルも目をパチクリさせた。

「キュ。」

そう一声上げて、リュウはサーベルの膝の上で丸まったかと思うと、スース―寝息を立て始めた。サーベルは呆気に取られ、それを見てクスクスッと透が笑った。

「気に入られたみたいだね。」

ああ、とサーベルは思った。

「これじゃあ動けないな。」

軽く目を細めた。どうやらこの龍の子はなかな優秀なようだ、とサーベルは思った。先ほどまでの滞った空気は一気にどこかへ流れて行った。

「そうだね。」

透は手を伸ばしてサーベルの膝で眠るリュウの頭をそっと撫でた。

「悪かったな。」

サーベルの声が、ポツリと降ってきた。

「え?」

「キルア王子の話だ。」

「ああ、別に、気にしてないよ。」

透は笑顔をサーベルに向けた。サーベルもホッとした顔を見せた。実際、透はキルアと自分についての話を聞かれたことについては何とも思っていなかった。見ず知らずの人間を、タダで遠い地まで送るのだ、何も聞かないほうがおかしい。だからサーベルの質問は当然のものだと思うし、仕方が無いとも思う。



「・・・それ、いつも付けてるよな?」

サーベルの目は、透が首から下げているものに目を向けた。

「ああ、うん。」

「それ、南国で買ったものか?」

透は首を傾け、次に横に振った。実際には、このプレートがどのようなものなのかは知らないし、もちろん何処で買ったのかも知らなかったが、一応、誰かにもらったんだろうと思っていたのでそうした。

「貰い物だけど。・・・なんで?」

「いや、それは南国でよく作られるものだから。」

透は目を丸くした。

「そう・・・なの?」

「ああ、多分。北国から仕入れた鉱石を叩いて伸ばして、文字を入れ、装飾を施したものだ。メッセージカードみたいなもんだな。」

へぇ、と透は自分の首からそれを外し、まじまじと眺めてみた。このプレートには装飾と呼べるような宝石類は一切付いていない。文字らしきものは確かにあったけれど、古く錆びて、擦れていたから読める状態ではなかった。

―――これ、この世界のものだったんだ・・・。

「ここに書いてあるのが送る相手。で、こっちが送り主。これがメッセージだろうな。どれもはっきり読めないが・・・。」

サーベルが指を差して教えてくれた。

「これ・・・。」

―――もしかしてシャイさんの・・・。

この世界のものだと聞いて、浮かんだのは彼女だった。小さい頃からずっと持っていたものだ。もし、この世界で誰かにもらったとしたら彼女しか考えられない。始めにこの世界に来た時にもらったのだろう。だからいつ、誰にもらったのか記憶に無いのだと、妙に納得できた。

「どうかしたか?」

「ううん。」

透は首を振った。

「一度、さびを落として洗浄してみるといい。少しは読めるようになるだろう。」

「うん。」

これが、何かの鍵になるんだろうかと、透は首を捻った。でも、おそらくシャイがこれをくれたことも、それを今まで自分が大切に持っていたことも事実だ。今まで、記憶は無いけれど無意識の内に大切に扱っていたのかもしれない。元のように、大切に首にかけた。次の神殿に着いたら、聞いてみようと思った。


丁度その時、馬車が、止まった。


「サーベル将軍、失礼します。」

スッと、乗り口が開かれた。小柄な男が、そこに立っていた。軍服があまり似合わない男だった。小柄な所為もあるが、顔つきから言って、少し気弱に見える。

「実は、次の町までまだしばらくかかるとのことで、馬をここらで休ませたいのですが。」

小柄な男は、低い位置にある頭をさらに低くさせるように頭を下げた。

「ああ、構わない。」

「ありがとうございます。それから、つい先ほど行商の者がこの地酒を将軍に、と。」

後ろに使えていた女が2人、前に出て、サーベルの手に杯を渡し、そこに葡萄色の酒を注いだ。

「そちらの姫君も、いかがですか。」

「私?」

透はチラリとサーベルの顔を見た。サーベルがコクリと頷いたので透も杯を受け取った。

―――未成年だけど・・・まあいいか。

この世界ではお酒に関する法律は無いのか、とぼーっと考えながら注がれていく酒をじっと見ていた。

注ぎ終えると、サーベルは手をスッと動かして男と2人の女に下がるよう命じた。小柄な男は、サーベルがその酒を一口含むのを見届けると一礼して馬車の戸を閉めた。










***











明らかに、焦っていた。キルアは部屋を腕組みしながら行ったり来たりしていた。じっとなどしていられなかった。
ようやく目的地の南国に着いたというのに、立場上、あまり出歩くことが許されなかった。南国の治安はそれほどまで悪いものではない。むしろ西国に比べればかなり良いと言えるだろう。だが、太陽妃の決まらぬ今、東西南北の国の間では表面に出ない争いがある。我が国こそ、とどの国も優位に立ちたがっている。太陽妃さえ手に入れてしまえば不可能なことではないのだ。そのために邪魔な敵国の王子を暗殺するなど、良くある話とも言えよう。

キルアは自分自身で透を探せないことを酷くもどかしく感じていた。部屋に見なれた者の顔を見ると、ようやくその足を止める。

「どうだ?」

キルアがそれだけ言うと、マイホはキルアの前まで来て今までの調査結果を報告を始めた。あまり良い顔をしていなかったので、見つかってはいないのだとすぐに分かった。

「今の所、それらしい情報はまったく入っていないようです。国境の記録も確認しましたが・・・。」

「・・・そうか。」

少し言いにくそうにマイホがそう告げるとキルアは小さくため息をはいた。次にクシャリと前髪を掻き上げた。

キルアたちは南国のイリデにいた。国境を、関所を通ってすぐにキルアは兵たちにこの町中を捜索して透を見つけ出すようにと命じた。時間が無かった。いつまでもこうして透を探しているわけにはいかなかった。太陽祭には国務がある。それまでに帰るという条件で国王に許可を得てここまで来ている。もう本来ならば戻らなければいけない期日だった。

「キルア様・・・一度王都に戻られたほうが・・・。」

「ああ、分かっている。」

イリデにいないのであれば南国の他の国へ行った可能性が大きい。国境の記録では、透らしき者が通った形跡は無い。もしそうであれば探すのは今よりさらに至難の技だ。他国でこれ以上自軍を自由に動かすわけにはいかない。

「キルア様!!」

声の方を向くと、バルが駆け寄ってきた。

「どうした。」

「朗報です!!トオル様を知っていると言う者が見つかりました!!」













***













「まさか王子さま自ら来てもらえるとはね。」

スペルは普段の客相手と同じようにキルア王子と、その両隣に控えるバル、マイホに水を出した。この三人の後ろには衛兵が控えており、他の客はすでに帰らせていた。スペルは自分用に水の入ったコップを持ってキルアの正面に腰掛けた。

「で?何が聞きたいんだ?」

一国の王子相手でも、スペルの態度は普段と変わらない。マイホが一言それについて言おうとしたのを、キルアが手で軽く制した。

「トオルを知っているそうだな。彼女が今何処にいるのか知りたい。」

キルアは急いでいた。だから回りくどい話しはしなかった。スペルはいきなり本題に入られたことに少し驚かされた。けれどすぐにニッと口端を上げた。

「あんた、トオルとどういう関係だ?」

スペルはキルアの目をじっと見据えた。

「・・・トオルは以前、わたしの離宮で暮らしていた。」

「ふぅん。恋人?」

「いや、そういう関係ではない。」

「トオルの居場所を知ってどうするんだ?」

「会って話をする。」

これもまた、スペルには予想外の答えだった。

「・・・あの子にとってあんたは敵?味方?」

「少なくとも、彼女に危害を加える気はない。助けになりたいとは思っているが。」

スペルはキルアから目を外し、手に持っていた水を一口だけ飲んだ。静かに息を吐くと、もう一度キルアと目を合わせた。

「あの子、人間だろ。」

キルアはいたって冷静だったが、バル、マイホも驚きを隠せず、互いに顔を見合わせた。スペルは3人の反応を見て満足そうに微笑んだ。

「ははっ。やっぱりね。」

「トオル自身が話したのか?」

「いや、あたしのカン。・・・というか、知り合いに人間がいるから、なんとなく分かったんだよ。雰囲気とか、言動でね。トオルは、知られていないと思っているけど。」

「なるほど。」

「東国へ戻ったよ。」

キルアが弾けたように顔を上げた。

「数日前、東国へ戻った。」

「そんなはずはない。国境の通行記録にはそのような記述は一切無かった。」

そう言ったのはマイホだった。スペルの態度に大いに不満気である。いつもに増して不機嫌だ。

「そうか。でも事実だよ。もし国境を越えられなかったら帰ってくるように行ってあったから。それに、国境を越える方法なんていくらでもある。あんたたちお偉いさんはいくらでも行き来できるし、金さえ払えば誰だってそうだ。他にも非合法な方法ならいくらでもあるだろ?それで行ったなら記録に残らなくて当たり前だしな。」

「バル。関所の衛兵に確認を。」

「はっ。」

キルアがそう言うと、バルはすぐさま店を出て行った。スペルがクスクスと笑い始めた。

「まさか、あの子が王子様の知り合いだとは思わなかったけど、・・・いや、王子様が人間一人にご執着ってことの方が驚きだ。」

「貴様っ!!」

「マイホ、よい。・・・確かに、否定はしない。と言うよりできないな。彼女を追ってここまで来たことは事実だ。」

キルアは、いたって冷静だった。ここで騒いだ所でどうなるものでもないと理解していたし、どんなわずかな情報でも手に入れたいと思っていた。

「・・・あの子、しばらくここで働いてたんだ。」

「トオルが?」

「ああ。あの子が来たのがこの町で良かったと思うよ。他の町だったらどうなっていたか。イリデはその手の差別はないからね。」

スペルはちらり、と目線だけキルアに向けた。

「・・・感謝する。」

「はっ。王子様に感謝される日が来るなんてね。」

スペルは楽しそうに、嘲るように笑った。



「スペル、あまりふざけてやるな。」

のそっと、ダンクが店の奥から現れた。その体格に、マイホはポカンと口を開けた。キルアは相変わらず落ち着いたものだったが、後ろに控えていた兵たちは少し畏縮気味だった。

「トオルが東国へ行ったのは確かだ。確認も取ってある。いつまで経っても店に戻らないからこいつが心配して国境の兵に確認しに行った。」

ダンクがガシッとスペルの頭を掴んだ。

「あー。もうバラしちゃって。」

スペルはばつの悪い顔をして、ダンクの手を軽く払った。そして、少しつまらなそうにため息をついた。

「トオルはサーベル・リジットという南国の将軍と、国境を越えたらしい。サーベルはこの店でトオルに会ったことがあったから、それで連れて行ってくれたんだろう。」

観念したように、スペルはそう告げた。



「サーベル?あの時の将軍か!!」


マイホが声を上げた。キルアは音も立てずに立ちあがった。




「・・・東国へ戻る。チャンク夫妻には礼を言おう。」











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