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□第4話



 結局、透はキルアのどこまで本気か分からない申し出を受けることなく、独自で帰る方法を探すことにした。キルアは始めそれに関して「他の方法など絶対にない」と不満な様子を見せていたが、最終的には透の熱意、決意に負けて、その建物を寝床として貸してくれた上に、仕事までも与えてくれた。もっとも、仕事は透自身が望んで用意してもらったものだが。「何もしてないのにお世話してもらうのは嫌です!」という訳だ。
 仕事というのは書物の整理だった。実は二つあった建物の左側は、書物の保管場所だったらしく、図書館のように本や資料が並べられていた。中にはどうやって仕入れたのか、地上の言葉で書かれている本もあった。透はそこにある書物や資料の整理を毎日の様にこなした。始めは、知らない文字に戸惑って訳が分からないままあっという間に1日が過ぎていたが、1月が経つ今ではそれもだいぶ慣れてきた。というのも、時々ここを訪れるキルアが、分からない文字一つ一つを読んで教えてくれたからこそである。文字は違うのに、言葉は通じるのだから不思議なもので、多少助かる部分もあった。
 キルアは、この国の服も用意してくれた。これもギリシャ調のゆったりとした服だったが、始めに持ってきてもらったものはあまりにも装飾が多く動きにくかったのでもっと質素で動きやすい、一般男性が着るようなものに替えてもらった。そのときも、「この国の女性はもっと着飾るぞ?」と、キルアは不満げだった。食料や生活に必要なものも定期的に運んでくれた。透は自分にここまでしてくれるキルアに多少なりとも恩を感じていた。けれど、本人の前でそれを口にすることはなかった。
 透は時々、キルアがいったい何者なのか気になった。さすがに一般市民ではこんなに多くのことはしてくれないだろうし、できないだろう。だが、キルア本人が特に何も話そうとしなかったので透からは聞かなかった。

ただ一つハッキリしたことは、キルアが極度の『女好き』であるということ。

透がここに住み始めてから毎日の様に女がこの場所を尋ねてくる。しかも毎回違う女だ。どうやらこの建物は、元々キルアが女と密会するためにあるらしい。キルア目当ての女性以外には誰もここを訪れない。だから透はキルアとその恋人らしき人たち以外の人魚には会うことはなかった。





今日もまた、ジュナーがここを訪れて来た。彼女は週に一度はここに来る。

「今日こそはいらっしゃいますわよね?」

ジュナーがすごい剣幕で透に迫る。

「い、いえ。今日もいらっしゃいませんが・・・。」

透は身じろぎしながらそう答えた。

「っまったく!!埋め合わせをしてくださると言っていたのに、いつになったら約束を果たしてくださるおつもりかしら!!」

―――ああ、私がここに来た時の・・・。

「以前はちゃんと相手をしてくださったのに。最近はどなたともお会いしてらっしゃらないようだし・・・。」

「はぁ・・・。」

「大体、あなたがここに居るようになってからですわ。キルア様がわたくしたちに会ってくださらなくなったのは!!」

「そ、そんなこと言われても・・・。」

ジュナーの気迫に押され気味になる透。

「いったい、あなたなんでここに居るのよ!?」

「えっと、ここで仕事をさせてもらってるんですけど・・・。」

「ここは元々、キルア様とわたくしが2人でくつろぐための場所だったのに、なんでこんな小娘が―――!!」

―――小娘って私のこと?

「キルア様もキルア様ですわ!!わたくしのことを放っておくだなんて・・・!!」

この後も透はジュナーが帰るまでしばらく愚痴に付き合わされた。





 キルアの事を聞かれ、透が「ここには居ない。」と告げると女達は透のことを怪しみつつ、本当にキルアが居ないことを確かめて、「約束しましたのに!」と腹を立てながら去っていった。

「あなたが隠しているんじゃなくて!?」とヒステリックになる人もいた。

おまけにどの女性も決まって、キラキラした服と装飾品で着飾っていて、美人だった。そんな美人の恋人らしき人達を持ちながら、キルアは透自身にまでもちょっかいをかけてくる。


―――いったいどういう神経してるの!?


キルアのすることなすことの何処からが本気であり、何処までが冗談なのか、透は判断しかねていた。

そして、あまり相手にしないでおこうという決断に達した。







ここに来てからは地上に居た時のような夢はあまり見なくなった。…と言うか、夢は見るが、以前の様に強く見えるわけでもなく、比較的ゆったりとしたものばかりだった。そして、あの声は毎日同じ言葉だけをささやき続けた。ただし、以前よりハッキリと聞こえる。


『思い出して。』


いったい何なのであろうか。透には夢の声が「何」についてそう言っているのかまったくわからなかった。

―――私は何か忘れているの?

毎日の様に同じ夢を見て毎日の様に同じことを考えていた。

時々、とし兄ちゃんや叔父夫婦、両親のことを考えて1人でひっそり泣いていた。








「やあ。」

「・・・また来たんですか?」

あからさまに嫌そうな顔で透はキルアを迎えた。ここしばらく、キルアは1日に一度は必ず顔を見せる。それも決まって女性達がいない時刻に。なんでも、透に地上の話を聞くのが楽しいとかなんとか。

「・・・ここは元々わたしの所有物だぞ。」

透の態度に少し不満のキルア。

「今日の午前中はまたジュナーさんがいらっしゃいましたよ。」

不機嫌そうに透は書物整理を続けた。

「あの人、ここを尋ねてくる人の中でも特に熱心ですね。」

「そう怒るな。」

「別に怒ってません。怒る理由もありません。」

キルアがクスクスと笑った。

「・・・キルアさん、しょっちゅうここに来てますけどよっぽど暇なんですか?」

「いや、どちらかというと忙しい。」

にこやかなキルア。不機嫌な透。キルアの言っていることは本当のことのようだ。その証拠に、キルアは毎日ここに通いはするが、決まって1時間で帰っていく。本当に暇なら、もっとゆっくりしていってもおかしくは無いだろう。

「1人でここにいるのは退屈だろう?だからわたしがわざわざこうして来ているんだ。」

―――まあ、退屈なのは本当だけど・・・。

 透がキルアと一番最初に約束したこと、それはこの敷地外には絶対に出ないこと。理由は教えてくれなかったけれど色々とお世話になっている手前、素直にそれに従っていた。しかしここは透にとっては退屈だ。本を相手に格闘するだけの日々。キルアが毎日通ってくるけれど、それ以外は着飾った美女ばかり。特に交流もなく、さすがにそろそろ人との交流が恋しくなってくる。家族にすら会えないのだから。

「・・・うん。退屈です、やっぱり・・・。」

少し元気のない透の頭をキルアはポンポンと叩いた。心配してくれている様だ。

けれどそれでも、透にこの場所以外の所に行っても良いとは言わなかった。

「何か分からないことはあるか?」

「・・・何で色々と助けてくれるんですか?その理由がわかりません。」

「・・・わたしは本の整理のことを聞いたんだぞ?」

「何で助けてくれるんですか?」

ズイッと、透はキルアを問い詰める。

「・・・困っている人は助けるのは当たり前だろう。」

―――ああ、なるほど。

「納得。」

「だろ?」

キルアは、透に気づかれないように、小さな安堵の息をついた。

「そういうおまえは何でわたしに敬語を使うんだ?初めは違ったのに。」

「ああ。それは、始めは混乱してたし・・・よくよく考えると年上の人は敬うべきかと思って・・・。」

キルアは見た目、20代前半と言ったところだろう。まだ高校生の透にとっては一応人生の先輩ということだ。

けれど、実際には透がキルアに敬語を使う理由は、助けてもらったことや、色々と教えてもらっていることに対し感謝と敬意を払っているからだった。もちろん、本人にそんなこと話すつもりはさらさら無かった。

「なるほど。」

キルアがうんうんと頷いた。

「あぁ、そう言えば。」

「なんだ?」

「別に特に口出しすることでもないと思うんですけど、ここに訪れてくる女性方に会ってあげたほうがいいんじゃないですか?」

ピクリとキルアの眉が動いた。

「なぜだ?」

「今日、ジュナーさんと少しだけ話したんですけど、すごく熱心だったから・・・。」

「・・・ジュナーから何か聞いたか?」

「え?何かって?」

「わたしのこととか・・・。」

「最近全然会ってくれないとか、そういうことは言ってましたけど?」

「それだけか?」

「それだけって・・・他に何かあるんですか?」

「・・・いや、何でも無い。」

キルアの妙な表情に、透は首を傾げた。

「そうだ、お前に前から言おうと思っていたのだが。」

「なんですか?」

「やはり、その格好は止めろ。男みたいに見える。元々少ない色気が、さらに無くなるぞ。」

透は今度はグーで殴った。

海の中に来てからここ1ヶ月は、毎日こんな感じで過ぎていた。



そして翌日、透はある決意をした。前々から考えてはいたことだ。ただ、約束した手前、今まで決心がつかずにいた。でも、いよいよ実行だ。

―――よし、街に行ってみよう!

透はキルアとの最初の約束に反して、街に羽伸ばしに行くことに決めた。さすがに限界だったのだ。今日は先ほどキルアを尋ねて女の人が来た。ならばキルアが来るのはしばらくは後だろう。

―――なるべく早く戻って来ればバレないよね。

―――抜け出すなら今!





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