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□第31話 「タススさま、どうします?」 町の裏路地に面する宿に男達は身を隠していた。部屋は狭く、壁は触れればぼろぼろと土が落ちた。床は石が剥き出しになり、そのまま座るのは多少無理がある。窓も無い。宿と言うにはお粗末過ぎる。元々、こういった表に出られない人間が集まる場所のようだ。 透は部屋の隅でゴツゴツするその床に座っていた。両手は縛られ、さらに両腕と体を一緒くたにまとめ縛られている。口も塞がれている。塞がれていなければ、叫べば誰かが助けにくるかとも思ったが、見たところこの部屋は分厚い壁に阻まれて多少の声では通らないだろう。たとえ聞こえても恐らく壁一枚向こうまでが限界だ。それに、この宿の店主は透を助ける意思がないらしい。男達に連れられ、縛られた透を見ても顔色一つ変えなかったし、実は先ほど口を塞がれる前に透が一度声を上げたときも、助けてはくれなかった。 透はともかく機会を待とうと、しばらくは大人しくしていた。 「日が暮れるまではここで待つ。暮れてしまえばいくらでも逃げることは出来る。」 タススはそう言ったが、他の者達はあまり納得がいかないようで互いに顔を見合わせ首を捻っていた。 「しかし、今すぐにでも逃げた方が・・・。ここが見つかったらおしまいです!」 タススの傍の男がそう言ったが、タススはふん、と鼻を鳴らした。 「いや、大丈夫だ。サーベル達の人数は少ない。太陽妃候補の護衛と我々の逮捕とで分かれるから余計な。それに、ここは東国だ。南国の将軍が東国の町をむやみにかき乱すなど出来やしない。」 自信を持っているタススの様子に、少なからず頷く者がでてきた。けれどそうでない者もまだいる。 「でも、町を封鎖されたら!?」 「言っただろう。サーベル達の兵数はかなり少ないのだ。その心配はない。東国ではそんな真似はできん。」 キッパリと、そう言われ、渋々といった形ではあるが、皆、その方法を取ることに決めた。 ―――崩れかかってる・・・。 透はじっとその状況を見ていた。 男たちがタススの言うことに不信感や不安感を持ち始めたのは明らかだ。完璧だと思われていた作戦が失敗したのだから無理はない。だが、失敗したのに関わらず、こうして自分達が無事であるのも事実だ。それによって完全にタススの元を離れることが出来ないでいる。そわそわとして、今すぐにでも逃げ出したいと感じている者もいるようだが、1人で逃げる度胸はないのだろう。 結局、集団に従うのだ。 ―――これなら、隙ができるかもしれない。 「あと小1時間もすれば日が落ちる。なに、心配はいらない。」 「この女はどうしますか?」 指を差されて、透は気持ちで負けないよう、背筋をピンと伸ばしてしっかりとタススを見据えた。 「そうだな。まあ、人質くらいにはなるだろう。町の外までは、この女も連れて行く。それから、ここを出るときは3人ずつに分かれよう。大勢で歩くのは、いくら夜とて目に付く。わしは・・・おい、お前。」 呼ばれて反応したのは小柄な男。透には見覚えがあった。睡眠薬入りの酒を運んできた男だ。 「は、はい。僕ですか・・・?」 控えめに、小柄な男が聞くと、タススは見下し気味に頷いた。 「そうだ、お前だ。お前はわしと一緒に来い。そこの女を連れてな。」 小柄な男が「え・・・?」と顔を曇らせた。 「なんだ?何か不満でもあるのか?あ?」 「いいえ!そんなっ。光栄です!」 小柄な男は慌てて首を振った。本当は不服であるのは見て取れた。タススをすでに信用していないのだろう。だが、不満を言うわけにもいかないのだろう。ここで不満を言えば、どうなるか分からない。ただでさえ危ない状況なのだ。迂闊なことはできない。 「では、日が落ちるのを待つとするか。」 *** 日の光は消え、代わりに夜行魚たちが目を覚ます。民家からは小さな光が外へ漏れ、話し声が聞こえる。 出来るだけ光の無い道を、男達は縫うように進んだ。透は小柄な男に引きずられるように連れられていた。口は布で覆われ塞がれているので、助けは呼べない。手を縛られてるのを隠すため、小豆色のマントを被せられた。 男達は数人ずつに分かれてそれぞれ別々に町の出口へと向かった。タススと小柄な男、そして透は東側へと向かった。入ってきた時とは別の方向だ。 日が沈むまでの間、サーベルたちが自分たちを見つけてくれる様子はなかった。透は抜け出せる機会を待ったが、縛られ、声も出せない状況ではなかなかそれは訪れなかった。 このままでは間に合わない。それどころか、このままでは用が無くなったら殺される可能性だってある。透は思考を巡らせた。けれど、何も浮かばない。 「もうすぐだ!」 タススそう声を上げたので、透は顔を上げて進行方向を見た。 ―――このままじゃ、町を出ちゃう。 そう思った瞬間、グイッと体を進行方向とは逆に引っ張られた。 小柄の男の手から抜けて滑るように後ろへ倒れていく。 小柄な男がそれを止めようと透の首にかかっていたプレートに手をかけた。けれどそのまま引き千切れてしまう。 何が起こったか理解する前に、透の体はポスッと何かにもたれた。 透はそのままの体勢で顔だけ、後ろに向けた。 ―――サーベル! 透と目が合うと、サーベルはニッと笑って透の口の布を取ってくれた。透はふぅっ、と大きく息をした。 「何てことだ・・・。」 タススの声が聞こえて、ハッとしてそちらの方を見た。町の出口は大勢の兵士たちに塞がれていた。 「くそっ!!」 タススはすぐに方向を変え、左側の道に向かって走り出した。後ろのサーベル、前方の多くの兵と、予想外のことばかりに戸惑っていた小柄な男も、タススが素早く逃げて行くのを見て、すぐにそのあとに続いた。透も訳がわからなくて、サーベルと逃げて行くタスス達を交互に見る。サーベルはククッと笑って、両手の縄も解いてくれた。 「なんであんなに大勢・・・?」 透は出口を塞ぐ兵士達を指差した。サーベルと共に来ていた人数は決して多くないはずだった。だからこそ、タススは夜になれば逃げ切れると踏んでいた。なのに、そこにいる兵はかなりの人数だ。あれを突破するのは不可能だろう。だが、出口はここだけではない。これほどの兵を動員してしまっては他が危ないはずだった。 「応援を頼んだんだよ。」 「応援?・・・って、あの2人逃がしちゃっていいの!?」 透が慌て出すと、またサーベルは軽く笑った。 「笑い事じゃ・・・。」 「分かってる。大丈夫だ。今頃、タススもタススの仲間も、一箇所に追い詰められてるはずだからな。」 数人の兵士達が、さらにサーベルの後方から走ってきた。 「将軍。タスス一味はほぼ全員、神殿に追い込みました。」 「分かった。じゃ、透はこいつらに安全な所まで送ってもらえ。」 頷こうとして、やめた。首にかけられていたプレートがないことに気づいたのだ。 ―――さっきの・・・。 「私も行く!」 「は?」 サーベルがマヌケな声を出した。 「大事なもの、さっきの男に持って行かれたの!取り返さなきゃ!!」 「大事なもの?」 「プレート。」 透は自分の胸の辺りにを掴む真似をした。 「ああ、それなら俺が取り返してくるから。お前は大人しくしてろ。」 「・・・でも。・・・やっぱり行く!!」 サーベルが、困った顔をし始めた。少し目を泳がせて、口に手を当てた。 「いや、でもな。お前に何かあると色々とな?」 「大丈夫だから。お願い!」 サーベルはしばらく渋っていたが、一向に諦める様子のない透にとうとう承諾した。国境の時でも、透の強い押しに負けたが、今回もサーベルの負けだ。 「はぁ・・・。もし俺の首が飛びそうになったら弁護してくれるんだろうな・・・。」 サーベルは透に聞こえないくらい小さな声で呟くとさっさと神殿へ向けて歩き出した。透もそれに付いて歩いた。 *** 「周りを固めろ!1人として逃すな!!」 八方からタスス達を追い詰めてきた兵たちはサーベルの声で、神殿の周りを囲み始めた。さらにその周りを囲むように大きな松明が置かれ、火が灯されている。明るく浮かび上がった神殿はそこだけ白く、清浄だった。 「お前はここに居ろよ。」 そう言ってサーベルは透を置いて、いくらか兵を連れて神殿の中へ入っていった。 「ちょ、私も連れてってくれるんじゃなかったの!?」 透は頬を膨らませ文句を言ったがすでにサーベルの姿は無い。 どうしようかと少し考えた後、サーベルの後を追いかけることにした。 「ね、剣持ってない?」 透は隣にいた兵に問い掛けた。兵は一度首を傾げた。 「剣、ですか?」 「うん。小さくて軽いのがいいな。」 何に使うか疑問に思いながらも兵は他の兵たち何人かに聞いて、小さな短剣を一つ、透に手渡してくれた。 「ありがとう。」 透はそれをしっかり握って、入り口に向かって走り出した。 「あ、ダメです!!中は―――!!」 サーベルに透を任された兵がそれを止めたが、透は構わず駆けていった。 「ごめんなさいっ。」 透は兵たちの合間を無理やり通りぬけ、神殿の中へと入って行った。兵たちが慌て始めた。このまま彼女を行かせてしまったら自分の首が飛ぶ、と焦ってみたが、サーベルには外を固めろと言われているので追えもしない。 どうしようかと焦っている中、まだその場にいなかった兵たちが集まってきた。 1人の兵が、やって来た兵たちの将軍に現状を報告すると集まってきた兵のうち数十名も彼女を追うようにその中へと入っていった。 *** 「どっちだろう・・・。」 神殿に入って早々、透はどこへ行けばプレートを持った男がいるのか分からないことに気づいた。 左右を見比べて見る。左の方から、音がする。恐らく、サーベルたちがタスス達を追いかけているのだろう。 ギュッと短剣を握りなおした。 実際にこんなものを上手く使える自信は無いけれど、無いよりはマシだと思った。背後を取れば、タススの時のように動きを止めることくらいはできると思ったのだ。 「じゃあ・・・。」 透は音のしない右側を選んでその廊下を進み始めた。しんと静まったそこをゆっくり歩く。 所々、左右に扉のあるときは一度扉に耳を当てて何か物音が聞こえないか確認し、ゆっくりとそこを開け、慎重に中を探した。 今のところ、誰一人見つかっていない。 次の扉を見つけた。耳を当ててみたけれど、音はしなかった。けれど油断は出来ない。一度、小さく深呼吸をしてその扉を開けた。 「え?」 一瞬、どういうことか理解できなかった。 扉を開けたすぐそこに、目と鼻の先のそこに、あの小柄の男が、居た。透はやっと状況が分かり驚いて、とっさに短剣を持ち上げた。 男の方もサーベルたちが来たのだと思っていたらしく、目の前の少女に驚いていた。だが、すぐさま思考を切り替えて、透のものとは違う、長剣を彼女目掛けて振り上げた。 透は切られると思って、目をギュッと瞑った。 しかし、透の体がズイッと後ろに引かれ、その男の剣は宙を切った。 「サーベル?」 透はまた、背中に誰かが居るのを感じ、先ほどと同じようにサーベルが来てくれたのだと思った。 透の後ろから伸びた腕が、狙いを外して体勢を崩した小柄な男の喉元に切っ先を向けた。小柄な男は一歩も動けなくなり、額からツーッと汗を流した。 透は一安心して後ろを振り返った。 「・・!?・・・なんで・・・。」 透の体は凍ったように固まってしまった。指先すら動かない。瞬きすら、忘れてしまったようだった。全身から神経をもぎ取られたようだった。 「・・どう・・して・・・ここに居る・の・・・?」 どうにか声を出した。きっと掠れていただろう。透は今、自分の目に映っていることが信じられなかった。 透の目に映っていた人物は紛れも無く、キルアだった。 |
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