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第32話 「トオル・・・。」 声が・・・少し前までは聞き慣れていたはずの、それでいて懐かしい声が、自分の名前を呼んでいる。金色の深い瞳が、自分を見つめている。透は自分の瞳がじわりと熱くなってくるのを感じた。 「・・・どうして?・・・キルアさん・・・。」 彼の名前を呼ぶと余計に、今の状況が現実であると感じた。 透は、キルアと目を合わすことができなくて、そっと横を向いた。会わないと決めていたはずなのに。会いたくないと願っていたはずなのに、どこか喜んでいる自分がいる。 「・・・話しは、後でしよう。」 そう言って、キルアは透を自分の後方、部屋の外へと促した。それ以上、何も言ってはくれない。表情も冷静な顔のままで、少しも微笑みかけてくれないどころか、少し冷たいようにも感じた。何を想っているのか読み取れない。 透はそんなキルアを気にかけながらも大人しく外へ出た。廊下には、バルと数人の兵が居た。 「お久しぶりです。トオル様。」 バルはいたって自然にニッコリと微笑んで、そう挨拶した。 「バルさん・・・。」 少し気まずさを感じながらも、透はペコリとお辞儀をした。 「トオル様はこちらへ。他の兵の居る安全な場所まで案内します。この者たちを付いて行かせますので。」 透は一度、キルアの方を向いた。キルアはこちらを振り向きもしない。透はバルの方に向きなおして、小さく頷いた。兵たちは透に向けて一礼してから、透を出口へと歩かせた。 ―――キルアさん・・・。 小さく何度も振り向いた。どうしてここに居るのか、どうして何も言わないのか、透には分からなかった。けれどもう、キルアから逃げる気は起きなかった。 ―――話さなくちゃ・・・。 シャイのこと。 記憶と約束のこと。 3日だけ、帰れること。 ゆっくりと、その場から歩き出した。 キルアは小柄な男に剣先を向けたまま、透の気配が完全に消えるのを待った。やっと見つけ出した彼女は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。 胸が、痛んだ。 本当はすぐにでも抱きしめてしまいたかった。二度と離れないよう、この手に捕まえておきたかった。けれど、彼女が何故自分の元を離れたのか、それをはっきりさせるまではそうすることはできない。彼女と再会できたことで喜びも感じているが、その分だけ不安と恐怖が押し寄せる。 透の気配はすでにここにはない。キルアは一つ、息をついた。 「さて。」 キルアは剣先を首に突きつけた状態で、男をじっと見た。男は立ち膝の状態で、ピクリとも動けないでいる。少しでも動けば、確実に首の皮は切れる。 「事の首謀者は何処だ?確か、名はタススという者だったと思うが。」 小柄の男は、しめた、という顔をした。タススの居場所さえ教えてしまえば、自分の身は助かると勝手に思い込んだのだ。 しかし、男に一つ疑問が浮かんだ。この目の前にいる人物は一体誰であろうか。サーベルの軍には見ない顔だ。見たところ、かなり身分の高い者に思える。部屋の外にチラリと見える者もやはり見たことはない。さっさとタススの居場所を言うか、目の前の人物が何者なのか聞くか、男は少し悩んだが、結局好奇心が勝った。 「あ、あなたは誰です・・・?」 気弱な声でそう尋ねる男は、ある意味、同情を買えそうなものだった。 「質問に答えろ。」 キルアは小柄な男の質問に答える様子はない。小柄の男は、それ以上聞くこともできず、さらにキルアの威圧感に畏縮していた。 「タススは、この先の部屋・・・。一番奥に隠れている・・・。」 小柄な男が恐る恐るにそう答え、顔を上げると、目の前に立っていた人物は「そうか。」と一言だけ言った。その一言に、小柄な男は一瞬にして安堵した。これで自分はもう大丈夫だ、と。 けれど次の瞬間、左足に激痛が走った。 「ぅがっ・・・!?」 あまりの痛みに、男は足を抱えるようにうずくまった。 「話・・したの・に・・・!!」 小柄な男は痛みに耐えながらも訴えるようにキルア見上げた。けれどキルアは大して気にする様子もない。キルアは屈んで、男の手から何かを抜き取るとすぐに立ちあがり、すっと目線を男から外した。 「これで逃げようとは思わないだろう。バル、この男を南国軍に引き渡してくれ。わたしはタススを探す。」 「分かりました。」 バルは足を抱えるその男を半分引きずるような形で外へ連れ出した。引きずられながら、小柄の男はタススという人物についてきたことを後悔した。やはり止めるべきだったのだ。こんな計画は、成功するはずがなかったのだ。サーベル将軍を相手になど、出来るはずがなかったのだ。そう思って、男は足から全身を駆け巡る痛みから意識を手放した。 *** 「サーベル!」 神殿の中心部、ちょうど白い女性の像が飾られているところに着くと、透はサーベルの姿を見つけ、すぐに傍に駆け寄った。そこにはサーベルの他に、彼の軍の者やおそらくキルアの軍に所属する者、そして捕らえられたタススの仲間が居た。サーベルは気まずそうな顔をしつつも、透を手招いた。 「ねぇ・・・なんでキルアさんがここにいるの?」 サーベルに駆け寄って開口一番、透はそう尋ねた。けれど決してサーベルを責めているわけではなく、本当にどうしてなのか分からないといった風だった。 「・・・あぁ、実はな。王子さんはイリデまで行って、スペルに会ったらしい。」 「スペルさんに?」 サーベルは頷く。 「それでスペルはお前が俺と一緒なのを国境の衛兵から聞いてたらしくて、さらにそれを王子が聞いたそうだ。」 「・・・そっか。」 サーベルと話している間、透は心ここに在らずだった。本当は、どうしてキルアがここにいるかなどどうでも良かったのかもしれない。ただ少し、怖かったのだ。これから、確実にキルアと話しをするときが来るだろう。そうすれば、隠すことはできない。透は俯いた。自分の母親の命を奪った人間を恨まないことなどあるだろうか。そう考えて気づく。 ―――そっか、私キルアさんに嫌われたくないんだ。 今頃になってはっきりしたと、透は馬鹿馬鹿しくなって少し笑った。 何でここにいるんだろう。何の為にいるんだろう。 何故、シャイが死ななければならなかったのか、なぜ自分は忘れているのか、幼い時の記憶、約束。 それすら分からないこの状態で自分はいったい何をしたらいいのか。 ―――・・・私、何をしてるんだろう・・・。 泣きそうになった。けれど今泣けば確実にキルアに知られる。だから透は、唇を噛んでグッと堪えた。 「大丈夫か?」 サーベルが珍しく真剣に心配して透の顔を覗きこんだ。透は片手で顔を覆い、コクンと頷いた。 「それ・・より・。タススたちはどうなったの?」 弱音を全部飲み込んで、透は顔を上げた。 「ああ、そこに居る奴らでほとんどだ。・・・っと、あとはタスス本人だけだな。」 サーベルは部屋の一点に目を向けた。数名の兵が男を2人、連れて来て、タススの仲間たちが縛られ固まっている所に放り込むようにして座らせた。残るはタススだけ。 「・・・王子さんが連れてくるかと思ってたんだが・・・タススの奴、何処にいるんだ?」 ザワッと周囲が騒いだ。見ると、一人の兵がタススを連れてきていた。タススは縛られ、いくらか怪我をしているのか、足元がおぼつかない。口も布で縛られ塞がれている。 兵士は茶色い髪をふわりと揺らし、整った顔立ちで、割と華奢に見えた。以前キルアの現れた神殿で見た覚えのある兵士だ。兵士はタススを連れてゆっくりとサーベルに近寄った。サーベルも透から離れて軽く前に出た。 「サーベル将軍。キルア王子の命令によりタススを連れてまいりました。」 その兵は、頭を下げ、けれどしっかりとサーベルをその茶色の瞳で見据えていた。モガモガとタススが何か言いたそうにしていたが、もちろん口を塞がれているせいで何を言っているのか全く分からない。その上、誰も聞いてやろうとはしなかった。 華奢な兵は、大人しくしていないタススに軽く目線を運び、すぐにサーベルに戻した。 何故その兵がたった1人でタススを連れているのか透はどこか疑問に思った。だが、それよりもタススが捕まったのにキルアがまだ現れないことの方が気になった。キョロキョロと辺りを見まわした。 「そうか、・・・キルア王子はどうした?」 サーベルも透と同じことを考えていたらしく、軽く辺りを確認した。 「はい。もうすぐお見えになるはずですよ。」 きちんとした口調でその兵がそう言う。 「透。」 ―――シャイさん? 透は聞こえた声に耳をすました。周りの誰もが気づかない声。神殿で聞こえるシャイの声だ。 「私の言ったこと、覚えていますか?」 ―――言ったこと? 「・・・悪意の目。」 ―――茶色い目の、左手に傷のある人のことでしょう? 「そうよ。そして、すぐ傍に居るの。気をつけて。」 透は首を傾げた。シャイの言っていることがよく分からない。こうしてタススはすでに捕まっていると言うのに。 「・・・茶色の瞳に、左手の傷・・・茶色の目に・・・・・・・・・!?」 まさか、とサーベルの方を振りかえった。 「・・・左手に・・・傷・・・。」 タススを捕らえたその兵の左手。その甲に大きな一直線の傷が一つ。タススの左手にあるものと酷似した傷。 「サーベル!!その人!!」 透の叫びにすぐにサーベルは振りかえった。茶色の髪の華奢な兵がニヤリと笑った。そして腰に付けている自分の長剣に手をかけた。 「危ない!!」 2度目の声に、サーベルは今度は兵の方を向いた。けれどすでにその兵は長剣をサーベル目掛けて振り下ろすところだった。 息をするのも忘れたその瞬間。神殿内にガキンーッ、という音が響いた。 次に、神殿内はシンと静まり、そして、すぐにザワリとざわめき立った。 サーベルは右腕の手甲で茶色の髪の兵士の剣を受け止めていた。ギリギリッと擦れる音がする。 「サーベル!!」 透が声を上げた。サーベルは動かすことのできない右腕の代わりに、左手で左腰の剣を引き抜いた。それで兵の腹を切り付ける。けれど、寸でのところで茶髪の兵は後ろへ跳び下がり、かわされた。 「さすが将軍。利き腕でないのに、左腕一本でその剣を扱うとはね。」 クスリと茶髪の兵は微笑んでみせた。 「・・・お前、何者だ?」 サーベルは剣を右手に持ちなおし、少し距離を取りつつも茶髪の兵に向けた。 「・・・さあ?それより僕はそこのお嬢ちゃんの方が気になるんだけど?何か、僕のことを勘付いたみたいだけど・・・何で?」 薄く笑っているその茶髪の兵にはこの状況であるのにも関わらず余裕のようなものが感じられた。もうすでに周りのサーベルの軍の兵士たちはこの茶髪の兵士を敵と見なし、周りを囲っている。逃げ場はないはずだ。 「・・・こたえる気がないか。じゃあ捕まえさせてもらおうか?」 サーベルはそう言ってグッと体を低くしたかと思うと、茶髪の兵の懐へ剣を押し入れるように突き出した。茶髪の兵はスッとかわし、逆に体勢を崩したサーベルの背を切ろうとする。しかしサーベルは素早く向かい合い、その剣を同じく、自分の剣で受け止めた。 「・・・お前、何者なんだ?剣の腕は並みじゃないな。」 剣が交差した状態で、互いの顔が近い。 「将軍殿にそう言ってもらえると嬉しいね。」 「剣を降ろせ。」 「キルアさん!」 何時の間にか、キルアの剣が茶髪の兵の背に当てられていた。 「・・・なんだよ。もうおしまいか。」 そう言ったのはサーベルで、この状況を楽しんでいたらしい。サーベルの部下の兵士たちはそれを分かっていて手を出さなかったのだ。サーベルとキルアの2人に剣を突き付けられたその兵士は身動きできぬまま、ニッコリと微笑んだ。 「・・・まあ、また遊んでください。」 剣を突きつけられているというのに茶髪の兵はまったく動じる気配がない。その場が静まって、ようやくそこに居た全員が、まだタススがモガモガ言っていることに気づいた。 「・・・はずしてやれ。」 キルアがそう言うと、一人の兵が特に急ぎもせず、タススへ向かう。 途端、茶髪の兵はまだ捨てていなかった剣をしっかり構え、素早く振り向いてキルアの剣を払った。けれどキルアは剣を落とさず、すぐさま体勢を立て直す。そして今度はキルアが茶髪の兵の剣を払い除け、茶髪の兵の剣はガランっという音を立て、大理石の床に転がった。けれど落ちたのは剣だけじゃない。 瞬間、その場に居た全員の目が見開いた。 「あっちゃぁ〜。カツラ、取れちゃったじゃない。」 急に、女らしい声色、女らしい口調が聞こえた。床には茶の髪が落ちている。そこに居た人物は、もはや先ほどの茶色の髪ではない。代わりにそこに見えるのは、手入れの行き届いたブロンドのカールした腰まである長い髪。 「お前、女か?」 驚いたようにそう言ったのはサーベル。 「あら、見て分からない?」 |
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