top // novel / home |
□第33話 「あ〜あ。バレちゃった。」 茶髪から一気に金髪になったその女は舌をを軽く出しながらそう言った。片手に今まで着けていた茶色の髪を弄んでいる。辺りはシンと静まり返っている。 「まさか、女とはねえ。」 サーベルは少し面白そうな顔はしているものの、やはり驚きは隠せないようだった。今の今まで自分と対戦し、しかもなかなかの腕前であったのだ、その人物が女性だったならそれも無理はないだろう。 「あら?王子様の方はあんまり驚いてくれてないみたいね?」 全員の視線がキルアに向けられた。 「・・・ああ。見た瞬間、分かったからな。」 バルが1人だけ呆れたように軽くため息をついていた。サーベルは「さすが。」と何やら感心した様子だ。 「さすが、色々と噂されるだけあるわねぇ。」 女は楽しそうにコロコロと笑った。 「何が目的だ。」 女とは正反対に、キルアの表情は穏やかでない。だからと言って、取り乱すことも一切ない。キルアとしては早くこの騒ぎを収めたかった。そして透と話しをしたかった。すぐ近くに居るのに、もどかしい。透も同じだった。キルアが目の前に居て、気持ちは今の騒ぎよりもそちらに行ってしまっている。 「目的?そいつの計画が成功するか否か見に来たのよ。色々と後処理しなくちゃいけなくてね。」 女は白く長い指をスッとタススに向けた。まだ口の布を解いてもらえないでいるタススは顔を青くしながら、まだモゴモゴと何か言っている。兵がようやくタススの口を塞いでいた布を解き始めているところだった。 「あわよくば、サーベル将軍も殺せちゃったら良かったんだけどね。あなた、邪魔だから。」 女はさらりとそう言うと、ニッコリと微笑んだ。サーベルも微笑み返す。お互いがお互いの腹の内を探っているようだった。 「まさかキルア王子までこんな所に居るとは思ってなかったけどね。まあ、こうなった以上、さっさと任務遂行しましょうか。」 そう言うと、女は素早く駆け出した。金色の長いウェーブのかかった髪が揺れる。誰一人、それを止めようと頭を切り替えられずにいるうちに、女は兵達の頭上を飛び越えた。男の兵が付けるものと同じ鎧を身に着けているのに関わらず、その動きはあまりにも軽やかだ。そしてそのままタススに向かって走る。誰も反応することが出来ず、女を捕まえられない。 「捕まえろ!!」 サーベルの声が響いた。けれどもう遅かった。タススが、ようやく口の布を外され解放された時、女はタススに向かいながら胸元に隠し持っていた短剣を取り出した。2人の距離は数メートル。タススは青い顔で、必死な顔をしながら口を大きく開いた。 「その女は―――!!」 タススが何かを言おうとして、けれどその先の言葉は続かなかった。女とタススの距離はもうない。タススの首から赤い血が勢い良く噴出した。 「バイバイ。タスス。」 女の顔に、血飛沫が点々と付いた。女は微笑んでいた。そして自分を捕まえようとする兵の1人の腕を切り付け、次に、すでに虫の息のタススの左手を自分の手に持った。そしてタススの左手の甲にあった傷の上からさらに短剣で2本、新しい傷を付けた。元にあった傷を打ち消すように。新たな傷は細い赤い線のように鮮やかだった。 「これでよし。」 女は満足そうにするとさらに、向かってくる兵士を飛び越え、出口へ向かった。 「じゃあ、またね。」 女は正面から向かってくる兵をスイッとかわし、次に右から兵が剣を振り下ろしてきたのを短剣で止め、流し、そのまま左の数名の兵を切り付けた。大勢の兵が追っているのにも関わらず、女は軽い身のこなしでそれをかわし、颯爽と逃げて行く。 透はその様子を落ち付かない様子で見ていた。ちらりとキルアを見たが、特に無理にでもその女を追おうという様子ではないようだ。サーベルの方も、女1人にてこずっている自分の部下たちを見てため息を付いている。 次に透が女の居た方を見たときには、その姿はもうなかった。 *** 「タススの生死は?」 女が見えなくなると、サーベルは呆れた顔をしながら近くの兵にそう尋ねた。神殿内にいた多くの兵は騒ぎの後始末のためにぞろぞろとそこを出て行った。外はまだ暗い。タススの仲間達は兵たちともに神殿の外へ連れられた。事情を聞いた後、南国へ送り返され処罰される予定だった。タススの死体だけが残り、床に転がっている。 「は。やはり首を切られたのでもう息はありません。」 サーベルはタススの死体の元へ歩み、死体の隣にしゃがみ、その首の傷口をまじまじと見た。 「・・・短剣でここまで深く・・・。」 その表情は真剣だった。次に、タススの左手を確認した。元々あった傷が一つ。それを打ち消すように二つ。何か考え込むように顔をしかめていたが、しばらくすると立ちあがった。キルアがサーベルの隣に立ち、軽く会話を交わした。二人は互いに顔をしかめていた。しばらくするとバルやサーベルの部下のリドルもそこに混ざる。 「タススはあの女と知り合いのようでしたね。」 リドルがサーベルに続いてタススの傷口を覗きこんだ。 「さしずめ、あの女がタススを操ってたんだろうな。タスス1人にこんな騒ぎを起こす決断力はない。」 サーベルがふぅ、と息を吐いた。そして話しを続ける。 「・・・あの女も誰かの元で動いてるんじゃないか?タススを殺すことを任務と言っていたしな。おまけにあの女、俺の軍に混ざってたぞ?」 「身元は分からないのか?」 「・・・軍に入隊した時の資料があるが、どうせ偽者だろうな。ったく、入隊制度ももっと厳しくしなきゃなぁ。まあ、その資料も一応、今部下に取りに行かせてる。すぐにくるだろ。」 「このタススという男は太陽妃候補を狙っていたのだな?」 キルアが足元に転がるタススの死体を指差した。 「ああ。ついでに俺もな。」 そう言ってサーベルは兵を数人呼んで、タススの死体を片付けるように命じた。兵たちは担架のようなものを持ってきて、それにタススの死体を乗せて運んで行った。 「・・・。」 キルアはしばし黙り込んだ。バルが少し不安げな表情でそのキルアを見た。 「キルア王子、何か気になることでも?」 サーベルの質問に、キルアは軽く否定し、顔を上げた。 「・・・朝だな。」 キルアの呟きにその場全員が顔を上げた。窓から、白い光が入りこんできている。 「早くルポへ向かおう。そこまでは、わたし達の軍も共に行く。」 キルアはそう言ってその場に残った兵たちにそれぞれ次の指示を与えはじめた。 「・・・王子様がこんな所で俺らと一緒にいていいのか?」 サーベルが怪訝な顔をすると、キルアはニヤリと笑った。 「構わないさ。透を無事にここまで送ってくれた礼だ。それに、東国に着いたらすぐにサーベル将軍があの時嘘をついた理由をお聞かせ願いたいんでね。」 *** 一行は、夜が明けた今、すぐにこの町を立つことになった。キルアの軍はサーベルの軍に護衛も兼ねて付いて行くこととなった。また、太陽妃候補らを狙う者が現れる可能性を考えてのものだ。 別の場所に避難していた太陽妃候補たちもこの場所に連れてこられ、着々と出発の準備が整えられていった。キルアやサーベルたちは、この町の町長と軽く挨拶を済まし、そろそろ、出発の時間だった。 「透。」 キルアの声に透はビクッと体を強張らせた。 「透。おいで。」 キルアが透に近づいた。その声が柔らかく優しいものであったので、透は少しだけホッとした。透のすぐ目の前にはキルアの馬車。キルアはそれに一緒に乗るようにと透を促しているのだ。 けれど、キルアと2人でその馬車に乗るということは、確実に透がシクレ宮を飛び出した理由を聞かれることとなるだろう。透はそのことにどうしても勇気が出せないでいた。キルアと再会したとき、必ず話さなければいけなくなると分かっていた。けれど、いざその時となるとどうしても心が拒否してしまう。 「・・・透。」 「あ・・・。」 キルアの悲しげな表情が透の瞳に映る。ふと、透は自分の背後にサーベルを見付けた。 「・・・あの、私、サーベルの馬車に乗せてもらいます!」 透はサーベルに駆け寄ってキルアに向かってそう言った。サーベルは透のその様子に軽く驚き、キルアの方はあからさまに顔をしかめた。 「トオル・・・分かっているんだろう?」 キルアが透の元まで歩み寄り、その手がゆっくりと差し伸べられた。透はその白く大きな手を見つめた。 「頼む・・・。」 酷く小さな、それでいてはっきりした声だった。そして胸が締め付けられるようなその表情。 しばしの沈黙の後、透はようやくその手を取った。 *** ドスッ。 サーベルは1人、荒荒しく馬車の座席に座った。 「なんだかねぇ・・・。」 髪をクシャッとかきながら、ふぅ、とため息を漏らした。目の前の、自分が座っているのとは反対側の座席には、幼い龍の子供がスースーと寝息を立てていた。 「お前は幸せだなぁ。」 サーベルは熟睡しているリュウの頭をそっと撫でた。リュウは目を覚ましはしなかったが、その耳がピクピクっと動いた。すぐにそれも止まって、相変わらず規則正しい寝息を立てている。しばらく起きる気配はない。 「・・・あの酒、相当強い睡眠薬が入ってたんだな。」 龍の体は人間よりも頑丈にできている。その上、使われる毒はただの睡眠薬だという調べはついていた。だから、サーベルと透は差し出された酒を毎回リュウに毒味させていたのだ。もっとも、リュウは睡眠薬を飲まされようが飲まされまいがいつも寝ているのは同じだけれど。 「・・・それにしても・・・。」 サーベルはフッと目を閉じた。どうしても先ほどのある事が気になっていた。 ―――あの時、トオルは・・・・。 そう、あの時。透は事が起こる前に、誰かが気づくよりも前に、あの茶色い瞳の兵が危険であることを察知した。 「何かあるな。」 ニヤリ、とサーベルは笑みを漏らした。だがすぐに表情を曇らせた。 「しかし・・・まあ、恋仲じゃないとか言ってたけどあの二人、どう見たってそうだよなぁ。」 ―――雰囲気出し過ぎだろ。 サーベルはリュウから手を離し、窓の外をボーっと眺めた。朝の気配が立ち込め、少し肌寒さを感じる。 「・・・王子様が相手か・・・厄介だな。」 サーベルの表情は、言葉とは裏腹にこの状況が楽しみでしょうがないといった顔だった。 手に入れたいと思ったものは全て手に入れてきた。今も昔もそれは変わらないだろう。 何かを心底欲しいと思ったことはこれが2つ目だった。 ―――例え王子様が相手であろうと手に入れてやろうじゃないか。 |
back / top / next // novel |
Copyright(C) Fuki Kayami all rights reserved. |