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□第34話




―――どうしてこんなに穏やかなんだろう。


キルアと透は互いに向かい合って座っていた。ゆっくりと進む馬車は動いていることなど感じさせないほどに静かだった。

穏やかだった。

乗る前まではあれほど2人で居ることを拒んだはずなのに、今この状況の中で安らぎすら感じている。透はそれが不思議で堪らなかった。まだ、話すことは恐いけれど、キルアといるこの時はちっとも嫌ではなかった。
ゆっくりと息をした。息苦しさなど感じるはずもない。代わりに、満ち足りたような、そんな気持ちで一杯になる。

キルアも同様だ。透に話さなければいけないこと、聞かなくてはいけないこと、それらに多少なりとも躊躇いを感じていたはずなのに、今はそれが嘘のようだった。
長いまつげを伏せる。お互いまだ何も話そうとはしない。一言も発しないこの状態すら心地よい。


ようやく、再会したのだ。


足りなかったものを手に入れた。そんな感覚だった。

透は目を伏せたキルアをチラリと見る。相変わらず、金色の髪が外から入りこむ日を反射してゆらりと光っている。スッと伸びた顔立ち。長く、しっかりした腕。東国の王子だと聞いた。シャイの息子であると知って、そのことばかり気にしていたので今まで忘れていたが、確かに、言われてみれば王子さまらしいところがあったかもしれない。


―――態度とか、金銭感覚とか。

透は少し考えてクスクスっと笑った。

「何を笑っているんだ?」

キルアが目を開けて、怪訝な顔をしていた。

「なんでもない。」

クスクス笑ったまま透はそう答える。

「何でもないってことはないだろう?」

キルアがそう言って少しむくれる。互いに目が合って、少し笑った。
そして、キルアが一つ息をつき、真剣な顔になった。透もそれに気づいてピタリと静止し、少し不安げな顔をしつつも、真っ直ぐキルアを見据えた。

「まず、聞こう。シクレ宮を出た後に何者かに連れ去られたのだろう?」

透はなぜキルアがそのことを知っているのか分からず、首を傾げる。シクレ宮を出て行ったのは元々自分の意思で、その後のことなど誰も知るはずがないのに。

「・・・それを命じたのはランゼラだ。透を連れ去ったことは彼女から聞いた。」

「ああ、あの時の人・・・。」

透は無意識のうちに、以前ランゼラに叩かれた頬に手で触れた。あの時の彼女の顔が浮かんでくる。悔しそうに、悲しそうに全てを透に叩き付けるような彼女の表情は、見ているこちらの方が苦しさを感じるものだった。

―――私とキルアさんのこと勘違いしてたんだよね。

そう思うと、どこか悲しかった。決してそんなものではないのに。
キルアに対する感情だけでそんなことまでできるランゼラにはどこか愛しさすら感じられる。自分が連れ去られたのは彼女の命令なのに、被害者は自分であるのに、透が思うのはランゼラへの罪悪感だ。

「何か・・・されなかったか?怪我は?」

透は静かに首を横に振った。

「大丈夫です。私を連れ去った人も、結構親切な人だったし、ご飯もくれたし、南国に着いたらすぐに降ろしてくれたから・・・。」

「そうか。」

ホッと胸を撫で下ろし、キルアは微笑んだ。けれどその表情すらすぐにまた堅く真剣なものへと変わった。

「ランゼラに・・・聞いたのだろう?私のことを。」


―――来た。


透は俯かず、顔を上げて、真っ直ぐキルアと向かい合った。ここで目を伏せてしまったらもう開けられない。それを自分でも分かっていた。逃げ出したくなる思いをグッと押さえて、震える両手を握り締めた。

「はい。」

喉から、ギリギリの声を搾り出した。

「・・・お前は私が王子だから宮を出て行ったのか?」

キルアも精一杯の声。

「え?」

透は予想だにしなかった質問に目をぱちりぱちりと動かす。

「私の身分に遠慮したか?それとも良くない話や噂を聞いて嫌になったか?」

透はいきなりの事に目を見開いたままだった。

「違うのか?」

「キルアさんが王子様という事自体は別に・・・。」

まさかそんな風に思われているとは思ってもみなかったので、妙に拍子抜けしてしまった。出て行ったのはシャイのことがあるからであって、それ以外に何でもなかった。むしろ、キルアが何者であるかなどということは、シャイとキルアの関係を知ってショックを受けていた透の頭には今の今まで無かったも同然だった。それに例え、それを知ったからといってだから出て行くという考えなど、透には思い浮かばないだろう。

「・・・そうか。」

キルアは少しホッとしたように息を吐いた。そして、もう一度透と目を合わせた。透もその視線を絡める。

「では、他の理由があるのだな。」

透はゆっくり、そして小さく頷いた。・・・そして意を決した。

「あのっ!」

「それは太陽妃のことか?」

キルアの突然の言葉に、せっかく搾り出せたはずの透の声が途中で止まってしまった。キルアはそのままジッと、透を見据えている。

「・・・え?」

透はたった今、キルアの口から言われた言葉に耳を疑った。

「・・・え?」

理解できなかった。何故、キルアの口からそんな言葉がでるのか。何度も考えてみる。結果は同じだ。混乱した頭のままで、透はどうにも出来ずにいた。何も言えずに固まっている透の様子を見て、キルアは少し言いにくそうに、けれど今度ははっきりした声で続けた。

「お前に、謝らなければいけないことがある。」

戸惑う透とは反対に、キルアは冷静だった。いや、冷静でなければいけないと思っているのかもしれない。
透は、次に来るキルアの言葉を待った。

「・・・透。お前、以前ここに来たことがあるだろう?」

弾かれたように、透は目を見開いた。そしてキルアを見つめた。


「太陽妃を・・・シャイ・アルナを知っているな?」







***








「・・・というわけで、よろしく頼む。」

「・・・どういう訳ですか。」

サーベルの馬車の中。サーベルとその腹心の部下であるリドルは向かい合って座っていた。
サーベルがリドルを呼び付け無理やり同じ馬車に乗せたにも関わらず、サーベルはリドルのことなど放って、窓の外ばかりボーっと眺めていた。何故かその膝の上にはリュウが丸まって気持ち良さそうに眠っている。サーベルはリュウの頭をゆっくり何度も撫でてやっていた。

「だから、『トオル』について調べて欲しいんだ。」

何処か上の空な声。相変わらず外を眺め、リュウを撫でる。

「ですから、何でそんなことをしなくちゃいけないんですか。」

サーベルの締まりの無い声とは逆に、リドルははっきりしっかりした声で、半分呆れ、半分怒ったような顔をしていた。

「お前、俺の部下だろ。」

「そうですが?」

「だったら、やれ。」

ピシャリとそう言われ、リドルは口をあんぐりと開けていた。

「・・・お言葉ですけど?それは僕の仕事じゃありません。」

だが負けじとキッパリと返事を返し、次に「まったく・・・。」と呟いて呆れたようにため息を付いた。リドルはサーベルの元で働くようになってから、日が浅いわけではない。むしろ長いくらいだ。サーベルのこういったところは毎度のことで、だがそれでも呆れかえってしまう。

サーベルのことを「欲望に従順な男」と誰かが言っていたのを覚えている。確かにその通りで、サーベルは今までこうしたいと思ったことに対しては必ず行動を起こした。そしてさらに驚くべきことは、それを必ず達成していることだ。逃したことなど一度もない。そんな男に憧れる者は少なくはなかった。リドルもそのうちの1人と言えばそうなるかもしれない。
だが、憧れはしても厄介な人物にはかわりない。


「いや、お前の仕事だよ。」

そう言いながら、サーベルは大きなあくびをしてみせた。

「どこをどう見ればそうなるんですか?僕の仕事は将軍の補佐です。個人的にあなたの使い走りにされるのは遠慮させてもらいます。」

サーベルが面倒くさそうに肩をあげた。

「騒ぎが起こる前、トオルはタススのことを危険だと言った。そして、あの兵士に化けた女のことも、事前に危険を察知した。おまけに第三王子と何らかの繋がりがある。・・・いろいろと、何かありそうじゃないか?」

そこまで言うと、リドルも多少、興味を持ったようで話を聞く体制になった。

「・・・使える、ということですか?」

「それは結果を聞かなきゃ分からないね。」

本当に仕事なのか。それとも私事なのか。リドルはいまいち判断しかね、首を捻る。

「ともかく、調べてくれ。」

「・・・それは本当に仕事の範囲内なんですか?私情も入っているように思えて仕方がないんですが。」

一応、聞いてはみたものの、当のサーベルはリドルのことなど丸無視で、さっさと眠りについてしまった。

「まったく、この方は・・・。」

リドルのため息が、サーベルとリュウの寝息と重なった。






****







「・・・失敗したか。」

黒い髪の男は、足元で片膝を立て頭を垂れている青年に、嘲るようにそう言った。青年は顔を上げず、ただ次の言葉が降りかかってくるのを待っている。黒髪の男は三歩ほど前に進むとフンと鼻を鳴らした。

「まあ、よい。」

そう言って今度はくるりと反対方向を向いて、また三歩進む。薄暗い部屋にその足音がカツンと高く響いた。

「西は上手くいったのだろう?北は候補すら居ないそうではないか。」

青年は低い頭をさらに低くしてその答えとした。男はそれを見て、さぞ満足そうに口端を上げる。

「・・・しかし。まさかキルアがそこに居合わせるとはな。まったく。あの男はいつでもわたしの邪魔をする。」

憎らしげにそう吐き捨てると男は青年の方に向いた。

「さて、どうするか。南の太陽妃候補は5人と聞いた。そう簡単に太陽妃になれるものが現るとは思わないが・・・万が一ということも・・・。」

「その点は、問題無いと思われます。」

青年は口を開いた。まだ頭は垂れたままだ。男は青年が無断で口を挟んだことに少々眉をあげたが、青年の言ったことの方が気になったらしく特に咎めなかった。

「それは?」

青年は顔を上げた。

「はい。キルア王子が太陽妃候補に会った時、対した反応を見せませんでした。あの王子が太陽妃となりうる者を見逃すわけはありません。もし可能性のありそうな者が居れば、その場でなんらかの対処をしているでしょうから。」

それを聞くと男はしばし考え、次ににんまりと笑った。

「・・・そうだな。まあ、実際に太陽妃になり得る者が現れたとしても、我が元へ取りこめば良いだけのこと。」

青年はもう一度頭を下げる。

「そういえば・・・キルアは例の人間と一緒だったとか?」

青年は軽く頷いた。必要なもの以外の言葉は発しない。それが今回の失敗への罰だった。男はまるで独り言のように言葉を続けた。



「・・・キルアが帰ってくるのであれば当然その人間とやらにも会えるわけだ。これは楽しみなことだ。」






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