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□第35話




「太陽妃を・・・シャイ・アルナを知っているな?」

透は目を、見開いた。

「え・・・ぁ・・・。」

声が上ずってなかなか思うように出ない。いや、それ以前に何を言うべきか分からなかった。キルアはそんな透の様子を見て「やはりそうか。」と呟いた。

「どうして知って・・・?」

辛うじて言葉が声になった。透は自分の体が小刻みに震えているのを感じた。怖かった。キルアの口にした言葉が意味することが怖かった。キルアは知っているのだろうか。

―――シャイさんが死んだのは私が・・・。

怖くて、キルアから目を逸らすことさえ忘れていた。

「すまない。本当はお前がここに来てすぐにそうではないかと思っていたんだ。このプレートが、母上が・・・太陽妃シャイ・アルナが生前身に付けていたものにそっくりだったから。」

キルアの手から、タススの仲間に持っていかれたはずのプレートが透へと渡された。

「あ・・・ありがとうございます。」

それを受け取る手に無意識の内に力が入った。そんなこと知らなかった。こちらの世界の物であると知ったのも最近だし、シャイの物かもしれないと考えたこともあったが、それは憶測でしかなかった。もしこれがシャイの物であったとすれば、いつ自分の手に渡ったのだろう、やはり無くした記憶の中にそのことも含まれているのかと、透は瞬時に思考を巡らせた。

―――きっとそうだ。これがシャイさんの物なら・・・。

「もしかしたら、母上の手で地上に帰したあの少女かもしれないと思った。確信に変わったのは透が夢の話しをした時だ。」

「シャイさんの夢の話し?」

キルアは頷く。

「・・・名前は知っていたんだな。」

「少し前に、シャイさんが自分で教えてくれたから。」

「太陽妃であることも?」

透は首を横に振った。

「それは、本に書いてあったから・・・初め、シャイさんの名前の文字が読めなくて、代わりにマイホに読んでもらって・・・。」

「そうか。」

納得がいったように、キルアは頷いた。

「じゃあ・・・十年ほど前、太陽妃であるシャイ・アルナがとある人間を地上に帰したことで命を落としたことは?」

泣きそうだった。キルアの一言一言が、自分を責めているように感じてしまう。言葉が紡がれるに連れて、まるで弓矢に射抜かれたような痛みが襲った。透は自分の胸の辺りをギュッと掴んだ。目もきつく瞑る。そして震える唇をゆっくり開けた。

「知って・・・ます。」

キルアは少しの間黙っていた。目を瞑っている透にはキルアが今、一体どのような顔をしているかまったく分からなかった。目を開けることも許されないように思えた。その沈黙に耐えられなかった。段々と肌が乾いていき、そこから徐々に自分の体が動かなくなるようだった。そして、透はギリギリのラインで止まっていたはずのものが、一気に溢れ出すのを感じた。

「私なんでしょ?シャイさんが死んだのは、私の・・・せいなんでしょ?」

どうしようもなくて、透はとうとう自らそう聞いた。キルアは驚いたように目を開いた。

「私が前にここに来て、それでシャイさんに地上に戻してもらったんだよね?シャイさんはそのせいで死んだんでしょ?禁忌を犯したせいで・・・私のせいで!!私のせいだ!!」

透は堪らなくなって、半ば叫ぶようにしてそう言った。ギュッと拳を握って、その瞳からは透明な雫がポタポタと流れていく。

「違う!!」

キルアは咄嗟に透の両腕を掴んだ。一瞬、透は驚いてビクッと肩を振るわせ、目を見開いた。

「それは違う!いいか?確かに母上は透を地上に帰すという禁忌を犯した。そしてそのことで命を落とした。だがそれは、母上自身が望んだことだ。お前の意思とは関係ない。母上には母上なりの考えがあって、そして望んでお前を地上へ帰した。その結果が死であった。それだけだ。」

真っ直ぐに自分を見つめるキルアの瞳が、柔らかくて、優しくて・・・でも透はその言葉に納得はできなかった。

「それでも、原因が私だってことには変わらない!」

透は自分の両腕を捕らえるキルアの手を無理に振り払った。

「違う!」

「違わない!!・・・シャイさんはキルアさんのお母さんなんでしょ?私はキルアさんのお母さんを殺したんだよ!?」

「だから違うと言っている!!」

キルアの手が再び透を捕らえる。ガッシリと肩を捕まれて、透はそのまま泣き崩れるように脱力した。

「・・・なんで?なんで責めてくれないの・・・。」

透は俯き、両手で顔を覆った。手のひらが涙でいっぱいになっていく。

「・・・シャイさんが死んでしまった原因が私だって知ったら、キルアさんは絶対・・・。そう思ったから、だからシクレ宮を出て行ったの!私はあの場所に居るべきじゃないって思ったの!キルアさんに守られるべき存在じゃないって、なのに私は何も覚えてなくて、馬鹿みたいに安穏と暮らしてた!キルアさんのお母さんを・・・だから・・・・・・絶対に、嫌われてしまうって・・・。」

泣きながらそう話す透の頬に、キルアはそっと手を添えた。そして柔らかく顔を上げさせた。

「透。母上の死は彼女自信が決めたこと。彼女が決めたことなのに、わたしがどうこう言うことではない。第一、お前を地上に帰せば母上が死ぬことを、その時の透が知っていたかどうかさえ分からない。・・・恐らく知らなかっただろう。お前に責任は一切ないんだ。それに、わたしがお前を恨んだり、嫌うようなことは絶対にない。」

いっそ責められて、罵られて、ズタズタに傷付けられた方がどんなに楽だろうかと、透は思った。キルアの言う言葉は全て、優しくて、透にとって都合の良いものばかりだ。透に向けられるその表情は、優しく穏やかなものばかりだ。何を咎めることもない。

―――なんでこんなに・・・優しいの・・・。


「誰もお前を責めることなんてしない。」

優しい両腕が、透を包んだ。透の胸に顔を埋めた。暖かくて居心地が良い。キルアの衣が透の涙で濡れていく。

「私は・・・どうしたらいい?」

透はキルアにしがみ付くようにしながらそう尋ねた。

「・・・すまない。それは分からない。わたしは母上が何の為に、何を望んで透を地上へ帰したか分からないから・・・。」

キルアはもう一度「すまない。」と謝った。透は少し考えてみる。そもそも自分の命を捨ててまでその日会ったばかりの人間の子供を地上に帰す理由などあるのだろうか?どう考えても説明がつかない。そして、透の脳裏に一つの言葉が浮かんだ。

「・・・約束。」

「約束?」

透は頷いた。

「前に言ったよね?シャイさんは私に約束を果たしてって言ってたって。きっと、私とシャイさんは何か約束をして、シャイさんは私にその約束を果たさせるために地上に帰した・・・?」

キルアは弾かれたように顔を上げた。

「・・・そうかもしれない。」

「・・・でも私はその時のことをほとんど覚えてなくて・・・。」

「約束の内容も?」

透が悔しそうに顔をしかめ、頷いた。そもそも、記憶さえあれば全て済んだことだ。きちんと覚えていさえすれば、何を困ることもない。約束を果たすだけ、それだけなのに。透は何故記憶がないのか、どうして忘れてしまったのか、悔しくて、情けないと感じた。

「母上と夢の中で会うのだろう?その時に聞けないのか?」

「・・・聞いたけど、もしシャイさんが教えてくれたとしても私はすぐに忘れちゃうって・・・。」

キルアが顔をしかめた。

「どういうことだ?」

「・・・私自信が記憶を取り戻したくないんだ、ってシャイさんは言ってた。・・・よく意味が分からなかったけど、そう言ってた。」

記憶を取り戻したくないと、そう自分が思う理由など見当たらない。その記憶がどんなものかすら検討もつかない。
透はハッとして顔を上げた。

「そう!キルアさん、私帰れるんです。太陽祭の日、地上に帰れるんです!!」

キルアの動きが一瞬止まった。

「帰るのか・・・?」

先ほどより、強張った声に思える。透はキルアの変化に気づかず、そのまま続けた。

「うん。シャイさんが帰してくれるって。太陽祭の日に帰してくれるって!」

キルアは数秒、押し黙った。透はどうしたのかと軽く首を捻った。

「あ・・・でも、3日だけだけど。」

透は思いだしたようにそう付け足した。

「3日だけ?」

「うん。3日したらもう一度ここに帰ってくるようにって。」

「・・・そうか。」

キルアは安心したように、透を抱きしめ直した。自分を包む腕が突然きつくなって透は驚いて少しでも体を離そうともがいた。けれどもちろんその体勢は変わらない。

「記憶を・・・できるだけ早く戻して、そしてその約束を果たせばいい。母上がそのためにお前を地上に帰したというのならば、それはお前にしかできないことで、そうしてやることこそが母上の望みなんだろう。」

「うん。」

ここ数週間の重みが一気に晴れた気がした。

―――私にできることをしよう・・・。

自分を責めて悩み嘆くよりも、それがいい。そう思った。そう思ったら、体がスッと軽くなった気がした。

「透・・・。」

キルアが少しだけ腕の力を緩めた。透はできた隙間を使って顔を上げ、キルアを見た。

「キルアさん?」

名前を呼ばれたので呼び返してみる。キルアはゆっくりと微笑んだ。

「お前と母上のこと、気づいていたのに伝えずにいたこと、謝ろう。もっと早くに伝えておけばお前はこれほど傷つかずにすんだかもしれないのに・・・。」

「ううん。」

透は首を横に降った。

「キルアさんは謝らなければいけないことなんて何もしてないよ。それに、キルアさん勝手に宮を出て行った私を探してくれた。・・・自分の母親の死の原因なのに・・・。その上、シャイさんの死は私が責められるべきことじゃないって言ってくれた。・・・私ね、キルアさんが探しに来てくれたとき、本当に嬉しかったの。知り合ってたった2、3ヶ月の私を本当に心配してくれて、嬉しかったの。」

そう言って、透はキルアに笑みを向けた。考えてみる。まともに笑ったのは何日ぶりだろうか。心のそこから笑顔を見せることなど、最近は全く無かった。例え笑顔で居られたとしても、いつも心の何処かにわだかまりに似たものがあった。今はそれが嘘のように消えている。

「ありがとう、キルアさん。」

キルアも穏やかな笑みを見せた。今がとても幸せに思える。

「透、わたしはもう一つお前に伝えていないことがある。」

キルアの表情がスッと真剣なものへと変わった。険しいわけではない、ただ真っ直ぐに透を見つめていた。

「何ですか?」

ジッと見つめられて、透は少しドギマギしてしまう。ことに今は、キルアの腕の中にいるのだ。その距離はとても近い。

「お前がシクレ宮を出て行ったとき、わたしは気が気でなかった。」

「あ・・・ごめんなさい・・・。」

キルアは謝る透を片手で制した。

「良い。透にも事情があったことなのだからそのことは謝る必要はない。」

透は「でも、」と言いかけたが、それでもキルアが有無を言わせない様子だったのでとりあえず頷いた。

「お前が何処に居るか、怪我はしていないか、そればかり考えていた。」

少し顔を曇らせて、キルアはさらに続けた。

「お前がここに来てから、いつも傍に居たわけじゃない。むしろそうでない時間の方が多かった。」

透は無言で頷いた。

「けれど、お前はいつもわたしの手の届く場所に居たんだ。」

透はジィっとキルアの言葉を聞いていた。

「だからこそ、今まで気づかなかったんだろう。」

馬車の揺れる音も風の音も、彼の声以外は全て聞こえなかった。

「透。」

いつものように自分を呼ぶ声。
けれど少し違って聞こえるのは気のせいだろうか。
互いの視線が、確かに絡み合う。



「私はお前を愛している。」





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