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□第37話 トントントン、と規則正しい音がそこら中から響いていた。 「へぇ〜。これってみんな太陽祭の準備?」 透は馬車の窓から乗り出すように外を覗いていた。危ないぞ、と言ってキルアが透を中へ引いた。 「太陽祭は三月に一回あるが、色々な店が出るし、催し物もある。パレードもするしな。」 「へぇー。」 透は楽しそうに外の様子を見ていた。 太陽祭前日。 ようやくルポに着くと、町の様子は随分と変わっていた。 何かしらの作業をする人々。溢れんばかりの人の波。飾り付けられた町並み。 木材を組み立てている集団が居る。大工なのかもしれない。十数名の人達がそれぞれ木材を切ったり、組み立てたりする役割で別れて作業している。丁度、比較的体格の良い人が、自分の体よりも大きくて長い木材を運んできた所だった。別の人がやってきて、それを採寸して丁寧に必要な大きさにするために印を書きこんでいく。出店かあるいはその催し物の準備なのだろう。街中で作業するその姿は、少し窮屈そうだ。木材でかなり場所を取っている。他の観光客のような人達でごった返しているので、さらに作業スペースは限られている。けれど彼らは忙しそうに、楽しそうに作業を進めていた。そういった集団をもうすでにいくつか見かけている。 石を削ったり積み上げている人たちも居た。鑿と槌を使って、石材を上手に使いやすい形に削り上げ、組み合わせる。時折、崩れそうになるのをセメントのようなもので塗り堅め、乾いて固まるまで木片で支える。削ったと言っても石の形は随分バラバラだ。それを一つづつ当てはまるものを探して重ねていく。パズルのようだな、と透は思った。 「随分と盛大なんですね。」 透は窓に引っ付いたまま、顔だけキルアを向いた。 「そうだな。皆、楽しいことが好きなんだろう。」 「そうですね。」 随分楽しそうに透は窓の外を覗いている。体ごと窓に引っ付けているようだった。キルアはそんな透の様子を見て小さく微笑んだ。外の様子を堪能する透。キルアはそんな透の様子を楽しんでいた。 街道の両端に並ぶ家や店には決まって花や半透明な鉱石で飾られていた。扉や窓の周りを囲って飾ったり、ただ壁に無造作に付けたり、家や店先に花や鉱石、セロファンのように半透明な布で作ったオブジェが飾られているところもあった。それだけ見ると大した装飾ではないようだが、どこの場所でもそれは見られた。小さな女の子が両親が飾り付けに使っている花を一つ持ち出し、自分の髪に飾って喜んでいた。 町は活気付いていた。こちらがわくわくしてしまうほどに。 けれど町中を透たちの馬車が通ると、必ず町の人達は作業を止め、あれほど多くの人達が道の端に寄り、頭を下げた。透はもっと町の人たちの様子が見たかったのに、と残念に思った。けれど一応、王子殿下の一行が通るのだから、町の人達がこういう反応を示すのは当たり前のことだった。 透はこれを見て、改めてキルアがこの国の王子なのだと思った。 「ところで・・・。」 「はい?」 「太陽祭の日に地上へ戻れるといっていたが、具体的にいつ、どうやって戻れるんだ?」 そう聞かれて、透はようやく窓から体を離した。 「えっと、前に寄った神殿で聞いたときは、とりあえず明日の太陽祭の間、シクレ宮居ればいいそうです。」 「・・・それじゃあ、太陽祭自体は見れないんだな。」 「あ、そうか・・・。」 透は少し残念そうに目線を落とした。キルアがニッコリ笑って透の頭を撫でた。 「まあ、どうせまたこちらに戻ってくるんだ。太陽祭は3ヶ月に一度あるのだから、また見る機会もあるだろう。その時に、わたしがいくらでも案内する。それに、シクレ宮からはこの町が見下ろせるから、それはそれで楽しめると思うぞ。」 透はぱぁっと目を輝かせ、嬉しそうに微笑んだ。 「そうですね。」 「しかし、良かったな。たった3日とはいえ、地上に戻れるのだ。嬉しいだろう?」 「はい!」 透は嬉しそうにはにかんだ。 *** 神殿の前で馬車が止められた。 「神殿で何するんですか?」 「ああ。サーベル将軍の連れてきた太陽妃候補たちに洗礼を受けさせる。・・・あとは、将軍と個人的に話しがしたくてな。」 そう言ってニッコリと微笑んだキルアの表情には、何処か別の意図が含まれているように見えて、透は首を傾げた。 「キルア様。将軍と南国の太陽妃候補たちはすでに中へ通してあります。キルア様もお早く。」 マイホは軽く厳しい口調でそう言った。そうでもしなくては今のキルアは仕事一つまともにこなしてくれないほど浮かれている。 「ああ、すぐに行くよ。」 南国に行く前のような仕事一色の生活でも困るが、今の状況もなかなか困る。自分の主の極端さを実感しどうしたものかとマイホはため息をついた。 神殿の中へと進むキルアの背をじっと見つめた。マイホは今度はため息ではなく小さく笑みを漏らした。主の穏やかな表情がそうさせた。少なくとも、ここしばらくは見たことの無いような顔だ、キルアの隣にいるのは透。彼女が居るからこそ、そんな顔ができるようになったんだろう。 マイホは弛んだ様子のキルアに説教をしようとし、けれどたまには良いか、と黙って2人の後に続いて神殿内に入って行った。 *** 「サーベル将軍。」 振り向いたサーベルの目に映ったのは、異様に笑顔なキルアだった。 「・・・これはこれはキルア殿下。何かようでしょうか?」 内心軽く焦りはするものの、それでも表面上はそれなりに取り繕った。ここで弱みを見せてはいけない。キルアの後ろには心配そうな顔をしてオロオロする透が見えた。 「訳を聞こうと思ってね。」 「訳といいますと?」 お互い、何を話そうとしているのか分かっているくせに、遠まわしなやり取りを進める。2人の完璧なまでの作り笑顔と、それとは真逆の低い声に、透はどうしようと慌てふためいた。 「もちろん、最初に会った時、どうして透のことを知らないなどと嘘を付いたのか、その理由をお聞かせ願いたい。」 キルアの顔は笑っているけど、目は確実に笑っていない。 「キルアさん!それは―――。」 透が弁護しようとしたが、それを片手でキルアに制された。 「この際、言わせてもらおう。」 サーベルはなぜかこの状況でも、焦るどころか余裕すら持っていた。 「なんだ?」 キルアが怪訝な顔を見せる。透もサーベルが何を言おうとしているのか予想できなかった。 「失礼だが、言葉遣いが荒いのを許してもらいたい。俺はこのしゃべり方の方が楽なんでね。」 「・・・構わない。」 「俺が王子さんに嘘を付いたのは、透が王子さんに会いたくないって顔をしてたからだよ。」 サーベルの言葉に透はドキリとして、恐る恐る、横目でキルアを見た。やはり、少し悲しそうな顔を見せていた。不意に、キルアが透の方を向いて、目が合ってしまった。キルアの目はそうなのか、と無言で透に尋ねていた。透は気まずくなって目を逸らした。 「あの後、あんたが帰った後。透、泣いてたんだけど?」 キルアは驚いたように目を見開き、透は恥ずかしくなって顔を赤くして俯いた。 「・・・それは・・・わたしの責任だな。透に辛い想いをさせていたのは事実だ。」 「でもっ!それは私が・・・。」 キルアはニッコリと微笑んで、透の頭を静かに撫でた。 「だが、この問題は貴殿には関係の無いことだ。それに、そのこととわたしに嘘を付いた貴殿の行動とはまた別問題だ。」 「・・・ああ。確かに。」 サーベルは焦ることも無く、それに頷いて見せた。 「キルアさん!サーベルのことは私が悪くて・・・その・・・サーベルが居なかったら、太陽祭までにここに着けなかったと思うし、どうなってたか分からないから・・・だから・・・。」 サーベルは必死に弁護をしてくれようとしている透をニコニコと見つめ、キルアはそれに気づくと、透の体を自分の元へクイッと引き寄せた。 「分かっている。」 そう言うと、キルアは透の頭に小さくキスした。サーベルがピクリと反応し、透は「な、何を・・・?」と口篭もりながら真っ赤になっていた。 キルアはその透の反応を見て、満足そうに微笑んだ。 「・・・それで?お咎めは?」 サーベルが先ほどと違って、つまらなさそうに、早く話しを進めるように促した。 「ない。今回のことは目を瞑ろう。わたしにも非がある。」 「・・・よかった・・・。」 「・・・もう一つ、理由があるんだがな。」 サーベルが、ポツリと付け足すようにそう言った。 「・・・?」 「俺は気に入ったモノは手放さない主義なんでね。」 「!?」 キルアが驚きと不快感を含めた表情でサーベルを睨んだ。 「欲しいモノはなにがなんでも手に入れる。うちは代々そういう家系。・・・では、仕事があるので失礼します。」 「サーベル将軍。」 「何か?」 サーベルが振りかえると、キルアは最上級の微笑を浮かべて見せた。 「透を東国まで連れてきてくれたこと、礼を言おう。」 「・・・王子さまは手ごわそうだ。」 サーベルはニヤリと、余裕の顔をキルアに見せた。そのまま部屋の出口に向かい、歩きながら背を向けたまま手をヒラヒラと振った。 ――敵に感謝してどうすんのかねー。 気づかれないくらいの小さなため息を出した。扉を出て、パタンと閉めた。 「サーベル様!ど、どうでした!?」 リドルが顔を青くしながらかけつけてきた。サーベルがキルアに手打ちにされるとでも思っていたらしい。 「別に。しかしねぇ・・・。」 東国の第三王子はサーベルが思っていたような人物とは随分違っていた。噂を耳にした時は、傲慢な何も考えていない能無しだと思っていたのだ。しかし、現実を見ればそれは違った。タススを捕まえるときも、この上ない指示力統率力を見せつけられた。他国の使者としてきている自分達への対応も分かっている。決して無碍な扱いをするわけでもないが、しっかりと自国が上の立場であるということを示すことも忘れてはいない。 ――意外にも素直だったしな・・・。 思い出してサーベルはプッっと吹き出した。 「ど、どうなさったんですか!?」 リドルがまだ心配しているようであたふたしている。 「心配するようなことは何も無いよ。」 その言葉に、ようやくリドルはホッと息をついた。 「サーベル!!」 2人が振り向くと、先ほどの部屋から透が出てきた。透はサーベルの元へ駆け寄ると、いきなりペコリと頭を下げた。 「どうした?」 「ありがとう。ここまで連れてきてくれて。」 サーベルとリドルが顔を見合わせる。 「本当にありがとう。サーベルのお陰で、何とか家族のところに帰れそうだし、キルアさんたちとも話しが出来た。感謝してるの。あの時、サーベルが私を連れて行ってくれなければ、全部駄目になってたと思うから。」 サーベルがふっと微笑んだ。 「家族に会いに行くんだったな。ということは、ここを離れるのか?」 「うん。3日したら戻ってくるけどね。」 「3日か・・・。その頃には俺たちは南国に帰ってるな・・・。」 どこか哀愁を帯びた瞳で、サーベルは透を見つめた。 「あ、そうなんだ。残念。ちゃんとお礼がしたかったんだけど・・・。」 「・・・お礼ならこれでいいぜ?」 「え?」 透がふと顔を上げた瞬間、右頬に何かが触れるのを感じた。 「えぇ!?」 透がキスされた頬を押さえて真っ赤になるのを見ると、サーベルはニヤリと笑ってリドルと共に歩き出した。 「また会おうな。お嬢ちゃん。」 |
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