top // novel / home  


□第38話




「ごめんなさい。まだ思い出せないの。ところどころ、思い出したことも有るんだけど・・・。」

『そう。・・・いいわ。少しずつでいいの。まだ大丈夫。』

「ねぇ、シャイさん?どうしてシャイさんは私をここへ連れてきて、今度は地上へ帰してくれるの?」

『・・・この世界、そして地上世界。この2つが区別無く同じ世界だったら良かったのに・・・。そうすれば、あなたにこんなことを頼まなかったかもしれない。』

「・・・シャイさん?」

『明日、0時ちょうど。あなたを地上に戻すわ。透。あなたは気づいているんでしょ?地上に戻って、自分がまず何をすべきか・・・。記憶を戻すための手がかりを・・・。』

「・・・・・・。」

『・・・ゆっくり、思い出して。』


顔を上げると、キルアが心配そうに覗いてきた。透はニッコリと微笑んで「大丈夫だよ。」と言い、立ちあがった。

「母上か?」

透はコクリと頷いた。神殿は、シャイと話しをするには最も適した場所だった。最近では、夢ではあまりハッキリとしなかった。

「私、まだシャイさんとの約束を思い出してないし、もちろん果たしてもないんだけど・・・それなのにどうして地上に帰してくれるんだろう?」

「・・・さあ。分からないな。」

考えてみても、ハッキリとした答えは浮かばなかった。そもそも、どうしてこちらの世界に連れてこられたのか、その理由もハッキリとはしていないのだ。

「まあ、ともかく地上へ戻れるんだ。3日間、家族の元でゆっくりしてくるといい。」

キルアが透の頭をそっと撫でた。

「うん。・・・気になることもあるし・・・。家族にも、事情を説明しなきゃ。3ヶ月も行方不明だったんだもん。」

「気になること?」

キルアが首を傾げると、透はプルプルと首を横に振った。

「・・・ううん。なんでもない。」

「・・・そうか。じゃあ、これからわたしは少し仕事があるから、マイホと一緒に先にシクレ宮に行っていてくれ。もういきなり居なくなるのはやめてくれよ?」

ニヤッと、キルアが意地の悪い笑みを浮かべた。透はムッと頬を膨らます。

「分かってます。」

「よし。良い子だ。」

キルアの腕が背中に回り、透はクイッと引き寄せられた。キルアが透の額に小さくキスをすると、透はポンッと弾けたように赤くなった。






***






「うっわぁ。久しぶりだー!!」

シクレ宮の庭。透は両手を広げてクルクルと回った。空もクルクル回っているようでなんだか楽しくなって、透は回りすぎてその場につまずく様にしてしゃがみ込んでしまった。

「怪我するような真似はしないでくれ。」

それを見ていたマイホがはぁ、と深いため息をついた。

「あんまりそういうことばかりされるとキルア様に迷惑がかかる。」

マイホが嫌々といった風に手を差し伸べてくれて、透はその手を取って立ちあがった。

「ありがとう。」

マイホのキルアのことしか考えていないキツイ言葉も、なんだかものすごく懐かしいような気がして、透は嬉しくなった。
戻ってきたのだ。ここに。
自分からこの場所を離れたのに、帰ってくると、とても懐かしく、嬉しく感じる。本当はここに居たかったのかもしれない。
地上に帰ってきたわけでもないのに、妙に浮かれてしまって、透は頬が緩むのを押さえられなかった。
日の光が、オレンジ色へと変わっていく。
もうすぐ。もうすぐで夜が訪れる。
段々と、オレンジ色が赤に変わり、それが小さくなっていく。真っ黒な波の中に吸い込まれるように。
そして、一つの点になった光は完全に闇に消え去った。

夜が、訪れた。

透は辺りを見渡した。
おかしい。夜光魚が光らない。
真っ暗闇。周囲を見渡しても何も見えない。空には一粒の光すら見えない。

「どうなってるの・・・?」

夜になれば夜光魚が光るはずなのに、と透は首を傾げた。
けれど、次第にポツリポツリと街の方から光が見えてきた。段々とその数は増え、次から次へと家明かりが灯る。けれど、やはり空は暗いままだった。

「ほら。これ。」

ふと振りかえると、マイホが両手にランプを持って立っていた。マイホは右手のランプを透に差し出した。透はそれを受け取ると同時に空を指差した。

「どうして今日は光っていないの?」

マイホは「ああ。」と空を見上げた。

「太陽祭の前日はいつもこうなんだよ。夜光魚が光らないときは夜は真っ暗になるからな。だから皆こうして自分達で明かりを灯すんだ。」

「へぇ。」

「宮内の明かりは付けてきた。余り時間も無いし、準備をした方が良いんじゃないか?その・・・地上に帰るんだろ?」

マイホがそういうと、透はまるで今までそのことはすっかり忘れていたかのようにハッとした顔をした。

「あ、そうだね。・・・私がここに来た時の服ってどこにある?」




***





「何をしてるんだ?お前たち・・・。」

シクレ宮の階段を昇りきったキルアの目の前に見えたものは、暗がりの中、ランプの光を灯してお茶を啜る透とマイホだった。宮の庭にわざわざテーブルを用意してある。

「キルアさん!キルアさんも一緒にどうですか?」

透が、空いている席を引いてそこに座るように促した。

「・・・ああ。」

キルアは持っていたランプを椅子の下に置いた。キルアに続いてバルもやってきて、キルアと同じくしばしその光景を見て呆気に取られていた。

「バルさんも、どうですか?」

バルもそう言われ、やや戸惑いながらも席に着いた。マイホはそ知らぬ顔で紅茶を啜っている。

「お菓子までは用意できなかったんだけど、はいどうぞ。」

透は空いていたカップ2つに紅茶を注ぎ、それぞれ2人に渡した。

「・・・服、着替えたんだな。」

透はニコッと微笑んだ。

「久々に着て、なんだかくすぐったい気分。」

3ヶ月ぶりに着た制服。懐かしさも感じた。それが、これから地上に帰ることも実感させた。透は自分のカップとマイホのカップにも紅茶を注ぎ足した。キルアもバルも、透の入れてくれた紅茶を一口飲んだ。

「美味いな。」

「美味しいです。」

透は満足そうに微笑んだ。

「しかし、紅茶は美味いが帰る準備はいいのか?」

「準備って言っても、ここに来た時、別に何かを持ってきたわけじゃないし。着替えただけで済んじゃった。」

「それなら良いんだが。そろそろ時間だぞ。」

透はコクリと頷くと、空を見上げた。

「本当に真っ暗ですね。」

「ああ。」

キルアは静かに立ち上がった。

「おいで、トオル。」

キルアが透に手を差し伸べた。

「どうしたんですか?」

「土産だ。良いものを見せよう。」

透はよく理解しないままだったが、キルアの手を取った。その後ろではバルとマイホが互いに顔を見合わせ、小さく微笑みながら肩をすくめていた。
キルアは透の手を握って、街が見下ろせる場所まで連れてきた。街は先ほどと変わらず、ほんのりとオレンジに近い色の淡い光で輝いている。透はキルアが何をしたがっているのか分からず、キルアの様子を伺った。キルアはニッコリと透に微笑みかけた。

「もう少し、待っていれば分かる。」

そう言って、キルアも視線を街の方へ向けた。次第に、町の薄明かりが次から次へと消されていくのが見えた。そんなことをすれば何も見えなくなってしまうのにと、透は首を傾げた。キルアも手に持っていたランプの火を消した。静かな時が流れる。

「・・・透。」

「はい?」

暗闇の中であるのに、お互いの表情は手に取るように分かった。

「3日経ったら、またここへ戻ってくるんだろう?」

「はい。」

「・・・必ず、戻って来てくれ。」

「・・・はい。」

「お前は、すぐに居なくなるから・・・。」

「ちゃんと戻ってきますよ?」

「不安でしょうがないんだ。」

「キルアさん・・・。」

キルアの腕が、透の背に回った。その腕にグッと力が入る。

「行くなとは言わない。ただ、必ず・・・。」

「大丈夫。・・・そうだ!キルアさん!」

透はキルアに少し腕の力を緩めてもらうと、胸に掛けていたプレートを取り出した。

「これ、預かっててください。そうしたら、私はこれを帰してもらいに必ずここに戻りますから。」

キルアはそれを受け取ると、先ほどよりもさらに強い力で透を抱きしめた。

「トオル・・・。」

パァッ。

ふと、辺りが明るくなったのに気づいた。透もキルアも顔を上げた。

「始まったな。」

空がいつもにも増してゆらゆらと波打ち始めた。そしてその中から1つ、2つと点のような光が見えてくる。


「太陽祭の始まりだ。」

まるでキルアのそのセリフが合図であるかのように、空が一斉に光を放ち、もうすでに直視できないくらい白く光り輝いていた。
そして次の瞬間。その光が何本かの束になって一斉に各地に落ちた。そのうち一本がルポの町に落ち、一瞬、再び暗闇が訪れたかと思うと、今度は空ではなく、町が輝き始めた。そして、町から四方に一気に光が飛び出した。

「すごい・・・どうなってるの!?」

空も輝き、町も輝いている。透がこの情景に頭を捻っていると、キルアはクスクスと笑った。

「空の光を反射したんだよ。」

キルアが助け舟を出すかのようにそう言ってくれたが、それでも透には何がなんだかよく分からなかった。空は様々な色に輝きながら大きく波打って、今にも町に届きそうなくらいだった。
透が目の前の光景に見入っていると、突然頭上が、つまりシクレ宮の真上にあたる部分の空が小さな円状に光出した。
キルアと透がそれに気づき、空を見上げると、その光の円はちょうど透の真上にあった。
バルとマイホも異常に気づき、その場に駆けつけた。
円状の光は一瞬、波打つのを止め、次の瞬間には透目掛けて円柱状に降りてきた。

「トオル!!」

「何・・・これ・・・?」

あっと言う間に透の体はその光の中に包まれた。

「もしかして・・・これで帰れるのかな?」

透が不安げにそう呟くと、キルアもいまいち分からないといった顔をした。だが、次第に光と共に透の体が宙に浮くと、恐らくそうなのだろうと、安心できた。

「じゃあ、キルアさん。また3日後。プレート無くさないで下さいね!」

「ああ、待っている。」

「はい。」

徐々に2人の距離が離れ、声も小さくなっていく。
透の姿は光が空へ昇り、消えたと同時に見えなくなった。









back / top / next // novel  
Copyright(C) Fuki Kayami all rights reserved.
inserted by FC2 system