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第39話




すぅ、と目を開けた。
視界に入りこんできたのは、見覚えのある、むしろ見なれた薄いクリーム色の天井。はっきりしない意識の中、透はぼーっとただそこを見つめていた。

「透?目が覚めた?」

視界に割り込んできたのは誰かの顔だった。横になっている透の様子を覗きこむようにしている。瞬時に、覚醒した。

「とし兄ちゃん!!」

透はそう呼ぶと同時に体を起こし、利明に抱き付いた。利明は驚きはしたものの、すぐに安心したような表情を見せ、抱き付く透の頭を優しく撫でた。
透は利明の胸に顔を埋め、何とも言えない安心感を抱きながら、しばらく動こうとはしなかった。3ヶ月。3ヶ月ぶりに本来居るべきはずのところに戻ってきたのだ。
透が長い間過ごしてきたその部屋。カーテンはクリームイエロー。ベットカバーは濃い緑と肌色。勉強なんてできそうもない、教科書が隅に追いやられてガラクタばっかりならんでいる机。CDやMDの山。ラックに山積みになっている雑誌。

―――私の部屋だ・・・。

透はハッとして利明から離れ、窓にかかったカーテンを開けた。

「空。」

見上げたそこにあるものは海ではない。波打つことも無いし、太陽もきちんとした形で輝いている。この光景を、もう何年も見ていなかったような、そんな気がした。

「帰ってきたんだ。」

「そうだよ。」

ずっと暮らしてきた場所。ずっと見上げてきた空。ずっと隣にいてくれた人。
全てがここには揃っていた。

―――帰ってきたんだ・・・。

「・・・お母さんとお父さんは・・・?」

「ああ、透が居なくなったって聞いて一度はこっちに帰ってきたんだけど、仕事があるらしくてまた向こうに行ったよ。」

「そっか。」

別段、悲しいというわけではない。3ヶ月も仕事を休むことはできないのだろうと透は納得した。今までも、透を1人放ったまま海外に仕事に出て、ろくに連絡もしてこなかった。透の記憶する限りでは幼い頃からずっとそうだった。利明は透の両親の話をするときはどこか気まずそうにするが、透本人は大して気にも留めていなかった。

「透が戻ったことは連絡しておいたから、すぐに向こうからまた連絡が入るよ。」

「うん・・・。そうだ。私どこに居たの?」

「・・・ほら、透が居なくなったのはプールだろ?そこに。そこから連れてきたんだよ。」

ふいに、透は疑問に思った。

―――どうしてとし兄ちゃんはプールなんかに居たんだろう?

毎日そこに顔を出していた?いや、そんなはずは無かった。だって透が行方不明になったプールは高等部のプールで、もうすぐ冬になるし、使われてはいないはず。それに大学生の利明がそう毎日出入りできる場所じゃない。

「ね、とし兄ちゃんはどうしてそんなところに居たの?っていうか、私が何処に居たのか聞かないの?」

「・・・疲れてるだろ?話しは後にしよう。母さんに何か暖かいもの作ってもらってくるから。」

利明は透が呼びとめる間もなく、部屋を出て行った。

「・・・・・・。」

帰ってくる前から、妙な不安感があった。それがより一層広まっていくような気持ちがした。3ヶ月も行方不明だった従兄妹に対し、何も聞かないというのはどういうことだろうか。





***





王宮、春宮。王座の間に数多くの軍人、そして女たちが集まっていた。
それぞれの国ごとに分かれ、東国を除く3つの国の将軍と、太陽妃候補が王座の前に並んでいた。先頭に将軍。その後ろに女たち。そしてそのさらに後ろに兵士達。
王の玉座に座るのはもちろん東国国王、ザグラ。そしてその右隣に第1王子ケルヴィンと第2王子ロード。左隣に第3王子キルア。そして王の座る斜め後ろにはザグラの側室、東国第2王妃であるハジュリ・ミランダ。
各国の使者である将軍達、そして太陽妃候補の女たちは跪いて頭を垂れた。

「顔をあげろ。」

ザグラの声にその場に居た者たちが一斉に顔を上げた。

「東国へようこそ。そなたたちに太陽妃となるための試験を受けることを許可しよう。だがその前に、各々の国の一行がそれぞれ何者かに襲撃されたと聞く。北国はそのようなことはなく、南国は幸いにも、我が息子キルアがその場に居合わせ、西国は何人かの候補が亡くなったそうだな。・・・このことは、重大な問題だ。」

場はシンと静まり返っている。

「ザグラ陛下、正直に申し上げます。」

そう言ったのは西国の将軍だった。

「被害に遭っていないのは北国と、そしてこの東国のみ。我々はこの2国のうちのどちらかがこの事件の首謀者ではないかと考えています。」

ザワッ。

その場の者たちがひそひそと耳打ちをし始めた。ザグラはふぅ、とため息を付いた。元々こういう場面での堅苦しい振る舞いは苦手なので早く終わらせたいと思っていたのだ。けれど、内容が内容だけにそうもいかない。

「失礼なことをおっしゃる。我々が被害にあわなかったのは、我が北国からは太陽妃候補は出さないと報告していたからであろう。もともと、どの国も自国の女を太陽妃にしたがっているであろう。それは各々十分に分かっている。こういう事態が起こることは予め想像できたはずだ。だからこそ、あえて偽りの報告で自国の民を守ったまで。そのせいで我が国の犯行とされるのは心外だな。」

北国の将軍がそう反論すると、西国の将軍はフンッと面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「疑っていては切りがない。コホ・・・このことは今後調査していくということにして、早速・・ゴホッ・・ゴホ・・・太陽妃の試験を行いましょう。」

ケルヴィンが咳き込みながらそう話すと、キルアがその背を摩りながら同意した。

「確かに、こんな話ばかりしていてはせっかく来てくださった姫君達に申し訳無い。さっそく準備をいたしましょう。」

「よし。では場所を移そう。」

東国の兵に連れられて女たちと各国の将軍達は移動し始めた。サーベルだけは、自国の姫君たちを兵士たちに任せっきりにして真っ先にキルアの元に近づいてきた。

「・・・サーベル将軍は行かないのか?」

サーベルはニヤッと笑みを見せ、キルアの腕を引き、周りに聞こえないくらいの小さな声で話し始めた。

「王子さんなら、犯人の検討がついてるんじゃないかって思ってね。」

キルアはサーベルの言葉に小さくため息を吐いた。

「それに、俺はあの貴族のお嬢さんたちに太陽妃が勤まるとは思ってない。・・・あんたもそうだろ?王子さん。」

「・・・さあな。」

「ははっ。まあ、いいや。で、犯人、知ってるんだろ?」

サーベルはニヤニヤとキルアを睨んだ。

「今のところ、さっぱり分からないな。それよりも、南国の姫君方、本当に太陽妃には相応しくないと思うのなら試験を受けるのは止めさせた方がいいと思うが?」

キルアはそれだけ言うとスタスタと歩き出した。

「・・・どちらにしろ、試験の内容を聞けば誰も受けたがらないと思うけどね。」

サーベルはクルリとキルアとは反対の方へ歩き出した。ふと見ると、右側に第2王子のロードが腕を組んで立っている。

「・・・どうも。」

サーベルは軽く会釈しそのままロードの脇を通った。その間、ロードの視線はピタリとサーベルを捕らえる。まるで何か品定めでもされているようだった。だが、何を言ってくるわけでもなかった。

「そんなに睨まないで欲しいねぇ。」

サーベルはポツリとそう呟くと、また面白いものを見付けたときにようにニッと微笑んだ。






***







「信じてくれる?とし兄ちゃん。」

この3月の間に起こったことを全て話し終え、透は少しほっとしていた。地上へ帰ってきてからの利明の様子はあからさまにおかしかった。まるで透から何かを聞くのを拒んでいる風だった。けれどなんとかこうして全て話を聞いてもらうことが出来た。
利明はしばし何か考えるように黙り込んでいた。

「信じてくれないの?」

透も、そう簡単に信じてもらえるとは思っていなかった。常識的に考えてありえない話だ。海底にいくつかの国があり、そこに引きずり込まれたなどという話は、普通ならば信じる者はいないだろう。

「いや、信じるよ。」

利明がニッコリと微笑んだので透は安堵して同じくニッコリと微笑んだ。

「透は俺に嘘を付かない。それはよく知ってるから。」

利明は透の頭をそっと撫でた。

「よかった。・・・それでね、私、以前にも向こうの世界に行ったことがあるみたいなの。そこである人と約束をしたらしいんだけど思い出せなくて。ほら、前に夢を見るって言ってたでしょ?その夢に出てくる人と約束したみたいなんだけど、それで・・・。」

「忘れろ。透。」

「・・・え?」

いきなり発せられた利明の言葉に、透は一瞬固まった。

「忘れるんだ。そんなこと気にする必要は無い。せっかく帰って来れたんだからもうそんな得体の知れない世界に関わるのは止めておくんだ。」

真剣な表情だった。けれど利明は透と目を合わそうとはしなかった。

「とし兄ちゃん・・・?」

利明の今までには無かった様子に透は首を傾げた。どうしてそんなことを言うのか、検討もつかない。

「さあ、この話は終わりにしよう。そうだ、学校のことなんだけど、もうしばらくしたらまた通い始めた方が―――。」

「私、またすぐに向こうに行く。」

「・・・透。忘れるんだ。」

「だって、戻るって約束した!」

「忘れろ。」

「やだよ!キルアさんと約束したの。私、戻るよ。」

グイッと急に透の腕が強く引かれた。そしてそのまま透の体が利明の胸に納まった。

「・・・頼むから、そんなこと言わないでくれ。忘れるんだ・・・。」

透は驚いて目を見開いていたが、しばらくすると次第に落ち付き始め、利明から少し体を離し、その顔を見上げた。

「とし兄ちゃん。向こうに居たときから、少し疑問に思ってたことがあるの。」

ピクリ、と利明の表情が険しくなった。けれど、透は構わず話を続けた。

「あっちの世界で聞いたんだけど・・・。私が一番最初に向こうに行ったとき、1人じゃなかったんだって。もう1人、男の子も一緒だったんだって。」

利明はパッと透を掴む手を離し、立ち上がった。透の声に耳を傾けようともしない。

「ねえ、私ずっと考えてたんだよ。それって、とし兄ちゃんのことじゃない?」

利明はそのまま透に背を向けドアに向かった。

「とし兄ちゃんもあの世界に行ったことがあるんでしょ!?」

利明はドアを開け、顔だけ振り向いた。

「ねぇ!!とし兄ちゃん!?」

「・・・忘れるんだ。」

パタン、とドアが閉められた。

「・・・どうして・・・。」



―――どうして何もかも忘れさせようとするんだろう。






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