□第5話 「すごーい。」 透は思わず声をあげた。本当に外国に観光にでも来ている気分だった。目の前にあるのは石造りの四角い民家たち。そして、石でできた道。神殿らしきものもある。今、透が着ている格好と同じような人が大勢歩いている。ある民家の前では、女性が子供と一緒に洗濯物を干していた。また別の通りでは、何人かの人達が道端で食べ物がたくさん入った籠を抱えながら話しこんでいた。透にとって、こんなに多くの人を見るのは久々だった。なんだか妙な安心感に包まれた。 透はゆっくりと街を歩いた。見るもの全てが新鮮だ。見上げると海。太陽も無いのにどこからともなくやってくる光が眩しい。途中、着いた大広場には噴水があった。人ごみで賑わう中、「海の中にも噴水があるのか」と透は小さく笑った。人魚といっても本当に見た目は人間と変わらず、透のことも他の人から人間だと思われることも無かった。透は優々と観光を楽しんだ。 広場の向こう側には、幅の広い道があった。道沿いには大きな建物がいくつも並んでいるその奥にはさらに大きな建物があった。夢で見たものにそっくりだった。透はそこへ行ってみようかとも思ったけれど、良い匂いにつられて別の方向へ足を運んだ。そして市場らしきところに出た。お店はどれも少し広めの通路沿いにあって、細長い木を四角形に4本固定し、その上に布を張り、その下で、敷物を敷いて、あるいは、箱や台を置いてそこに商品を並べていた。いろんな種類の店がある。一番多いのは食べ物を売っているお店。次は、服や、装飾品。他にも、本や、おもちゃらしきもの、金物、その他生活用品などを売っている店もあった。透はチラチラ目をやりながら、市場を回ってみた。 やはり、透の興味を一番惹いたのは食べ物屋だった。あのおいしそうな匂いにつられて、透は一軒の果物屋の前で立ち止まった。見ると、色鮮やかな食べ物らしき物が並んでいる。どれも地上では見たことの無いものばかりだった。赤い色のレモンの形をしたもの、青色のリンゴ、紫とピンクのマーブルの星型の果物など。どれも変わった物ばかりだった。 思わず透の喉が鳴る。 今度はお腹もなった。 ―――そういえば今日は久々に歩きっぱなしだったしね。 「お嬢ちゃん、これなんかどうだい?」 お店のおばちゃんが、透にオレンジ色のまん丸ツルツルで、キウイくらいの大きさのものを差し出してきた。透は慌てて首を振った。 「あ、ごめんなさい。私、今お金持ってないんです。」 透はキルアに仕事はもらっているものの、それでお金をもらっているわけではなかった。生活させてもらっているだけでありがたいのに、その上お金までもらうのはさすがに気が引ける、と透は思っていた。もちろん、今までこの世界のお金なんて見たことも無い。 「おや、そうなのかい。じゃあ、お代はいいよ、一つ食べてごらん。」 そう言っておばちゃんは透の手にその果物を乗せた。 「え、えっと。」 「最近のコルカの実はよく熟していておいしいからね。」 戸惑う透を余所に、おばちゃんはにこにこしていた。 ―――へえ。これ、コルカの実って言うんだ。 「あ、ありがとうございます。お代はいつか払いますから!!」 透はペコリとお辞儀をした。 「いいよ、そんな一つくらい。最近は景気が良いからね、それくらいかまわないさ。」 「そうだよお嬢ちゃん。ここ数年は平和だし、商売も繁盛してるんだ、そんなものくらいタダでもらっても構いはしないさ。」 隣のお店のおじさんがそう言った。 「そうだねぇ。今の国王になってからこの国はだいぶ落ち着いてきたね。それに国王が優秀な上に、王子たちまで優秀ときた。この国は安泰だね。」 「ああ、第一王子は偉く温和で優しい方だし、第2王子も愛想は無いが国民のことをしっかり考えてくださる良い方だ。第3王子は・・・。」 おじさんが途中、言葉を濁らせた。 「第3王子がとうかしたんですか?」 「おや、あんた第3王子を知らないのかい?」 「え、あ、その・・・。」 「もしかして、他の国から来たのかい?」 「ええ。まあ。」 透は曖昧に返事をした。自分が人間だということはなるべく言わない方がいいだろう、と思った。 「じゃあ仕方ないか。この国の第3王子は色々と有名なんだよ。」 「そうそう、第3王子は仕事はできるが、極度の女好きだと言うし。美女には片っ端から手をつけるらしい。東国きっての女好きだよ。まぁ、・・・それだけなら良いんだが・・・。」 おじさんはコホンと一回咳払いをして、極力小さな声でこう言った。 「それにな、第3王子は『氷の王子』と呼ばれている。」 「氷の王子?」 おじさんもおばさんも頷く。 「第3王子のご不興をかったものはね、皆、殺されてるんだよ。」 ゾッと背中を何かが走った。 「この前も、西国の使者が無礼を働いたとかでその場で切り殺されたと言うし、その前は王宮に忍び込んだ泥棒を火あぶりにしたとかしないとか・・・。」 「まぁ、基本的には色々と国民のことを考えてくれる良い王子なんだけどねぇ。」 「まぁ、一般人の俺たちにはまったく関係の無い話しだけどな。」 おじさんが明るくそう言った。 シュッ。 透の目の前を小さな何かが横切った。 ―――あれ? 気づくと、いつも付けているはずのシルバープレートが無くなっている。透は慌てて辺りを見渡した。すると、透の右側の足元に、小さな生き物が口にプレートをくわえてちょこんと座っていた。小さくて、リスくらいの大きさ。しっぽが生えていて、皮膚はウロコのようなものに覆われている。目は大きくてややつり上がり気味。耳が立っていて、口が尖がっていて、鋭い歯が並んでいる。背中には小さな羽のようなものが生えている。 ―――かわいい・・・。 「えと、それ返してくれる?大事なものなの。」 その生き物は聞いているのかいないのか、何の反応もしなかった。 「えと、いい?返してもらっても。」 透は恐る恐るその生き物のほうへ手を伸ばした。それを取り返そうとしたのだ。するとその生き物はクルリと方向転換して、タッタカ走り出した。「ちっちゃいのに、早い。」と透は思った。 「おばさん、おじさん、ありがとう。」 透はコルカの実を持っていないほうの手を軽く振って、その生き物を追いかけた。おじさんもおばさんも手を振り返してくれた。けれどその時にはもう透は必死に走っていた。全力疾走でギリギリ見失わない程だった。 「待って、待ってってば!!」 ゼーゼー息を切らしながら透は叫んだ。 ―――あれは、ダメなのに! 謎の生き物は透に構わず、道を右に曲がったり、左に曲がったりと走っていった。 段々と、狭い通路へと入り込んでいく。 「やっと追いついた!!」 行き止まりにぶつかった。裏路地のような薄暗くて狭いところだ。透は息を切らしながら額の汗を拭った。 謎の生き物はゆっくり後ずさりした。こっちを睨んでいる。 「背中に羽があるのに、飛べないの?」 透がそう聞いても、答える様子は無い。というか、言葉が喋れなければ答えられなくて当たり前だろう。おまけに例え言葉が話せても、今は口にプレートをくわえている。 「ねぇ、それ返して?」 透がゆっくりその生き物に近づいた。その生き物は透を睨んだまま一歩も動かなくなった。 「これじゃなんだか、私がいじめてるみたいじゃない。・・・そうだ。」 透は、左の手で持っていたコルカの実をその生き物に差し出した。 「これあげるから。ね?いいでしょ?だからそれを返して?」 透はそっとその生き物の目の前にしゃがんだ。その生き物は首を傾げていた。 「だめ?きっとおいしいと思うよ?」 透は一口だけかじってみた。 ―――あらホントにおいしい・・・。 その生き物はコルカの実を食べた透の表情をみて、ようやくプレートを口から離した。そして「キュー。」と鳴いて、コルカの実を食べたいという動作をした。透は残っているコルカの実を差し出した。その生き物はそれを勢い良くかじった。どうやらお気に召したらしく、あっという間に食べ終え、キューキューと鳴いていた。 「もっと欲しいの?ごめんね、今持ってた分しかないの。」 透がそう言うと、別に構わないといった様子で、その小さな生き物は透の肩に乗ってきた。どうやら透に懐いてくれたらしい。 「・・・お前、何処から来たの?」 「キュ。」 「お母さんは?」 「キュ。」 「お父さんは?」 「キュ。」 「これからどうするの?」 「キュ。」 ―――まったく分かんないよ。 「おい、ここにいいカモがいるぜ。」 気づくと、透の背後に男が2人立っていた。明らかに悪人面だ。1人は太っていて、背が高いく、顔が能面のような奴。1人は細くてヒョロヒョロしていて、髪がボサボサのみすぼらしい格好の男。そして、もう1人、その2人の男を足して2で割ったような男がやって来た。 「何か金目のものは持っているか?」 後から来た男がそう聞いた。 「・・・何も持ってなさそうだぜ。」 痩せた男がそう言った。 「何処がいいカモなんだ?」 後から来た男がそう言って、2人の間に立った。 「だ、だけど女だ。しかも若いだろ?どうにでもしてしまえば金になるさ。」 太った男が真中の男の言葉に怯えながらそう言った。 「ふん。まあいい。その通りだ。」 男達は薄気味悪い笑みを浮かべて、ジリジリと近寄ってきた。ここは行き止まり。 逃げる術はない。 ―――これってもしかして・・・ピンチ?? 透は壁と背中合わせになりながら、何とか逃げる方法を考えた。けれど、思いつかない。透は生き物を腕に抱きかかえながらギュッと目をつむった。男たちの手が透に向けて伸びる。 ―――もうダメ!! そう思った瞬間。 目の前の3人のうち、痩せた男がバタリと倒れた。その音で、透はつむっていた目をそーっと開けた。残りの2人も何が起きたのか一瞬理解していない様子だった。だがすぐに顔色を変えて「ヒッ!」と声にならないような悲鳴をあげた。 Copyright(C) Fuki Kayami all rights reserved.
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