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第41話




バタバタと、透の部屋からまるで地震でも起きているかのような騒がしい大きな音が聞こえてくる。
透は手に持っていたアルバムの束をドスンと床に投げ捨てるように置いた。クローゼットの高いところにある収納スペースにしまってあったアルバムだ。透はそれを取るために使った椅子を、隅の方へ寄せた。
小さいものから大きくて分厚いものまで、アルバムの種類は様々だったがどれも随分ほこりを被っている。透は一番大きくて、三冊セットになっている無地の青いアルバムから調べ始めた。

過去への第一歩だ。写真で、何か分かることがあるかもしれない。そう思ったのだ。特に、幼い頃の、ちょうど初めて海底世界に行ったときの頃の写真があれば何らかのヒントになるかもしれない。

ペラペラとページを捲っていった。高校の写真が少しあった後、中学の頃の写真に移った。なんだか懐かしくなって見入ってしまったが、すぐにハッとして次のアルバムを取り出す。小学校の時の写真が一番枚数が多かった。

かなり多くの写真が残っている。その中でも学校の行事の時の写真が多い。透の隣にはいつも利明が写っている。年は違ってもずっとエスカレーター式の同じ学校に通っていたから当然かもしれない。小学校の写真では、利明はもちろん、叔父や叔母の一緒に写っているものがあった。
運動会の父兄参加の種目では叔父さんが透と一緒に出場してくれたし、叔母さんがお弁当を作ってくれた。透も利明も運動神経は良い方なので、賞状やトロフィーもたくさん残っている。

しばらく何冊かのアルバムを眺めていると、まだあ透が赤ん坊の頃の写真が出てきた。

「うわぁ。ちっちゃい。」

透の母親が透を抱いて、父親がそれを覗き込んでいる。赤ん坊は眠そうに目を擦っていて、少し不機嫌だ。その様子をを両親が微笑んで見ている。

「懐かしいな・・・。」

無意識の内に、透はそう呟いていた。もちろん、赤ん坊の頃のことなど覚えているはずがない。透が懐かしいと思っているのはそこに写る二人のことだった。
母親と父親。もう随分と長い間会っていない、と透は思った。透が小学校へ入ってしばらくしたころだろうか。両親は2人とも仕事で透を叔父夫婦に預けて海外へと飛び立った。それから一度も、顔を見ていない。淋しいと思ったことは何度もある。けれど、年が経つに連れて、その感情にも慣れてしまった。叔父も叔母もいる。利明もいる。

ふぅ、と息を付いて、透はそのアルバムを畳んで隅に置くと、別のものをとりだした。またペラペラと捲っていく。しかし生憎、何かを思い出す気配はなかった。
ふと、透はページを捲るその手を止めた。
何かに気づいたように慌てて他のアルバムを捲る。また別のものを、そしてまた別のものを。
そして気づいた。

「・・・6歳前後の写真がない・・・。」

それは透が初めて海底世界を訪れた歳。





***





1人の女が薄っすらと笑みを漏らした。
真っ白な空間。何もないその場所に、突如映像が映し出された。

「あら。こっちは大変なことになってるわね。・・・分かってはいたけど・・・。」

そこに映し出された映像は暗闇だった。人々が明かりを手にしてもの恐ろしげな表情で空を指差している。その空は限りなく暗い。夜光魚すら見当たらない。
女はどこか嬉しそうにクスリと笑うと映像に手をかざした。
すると今度は、何処かの宮殿の内部が映し出された。大勢がその広間に集まっている。王座には女の良く見知った男が座っていた。

「・・・ザグラ。」

どこか切ない声で女はそう呟いた。
ザグラは高官や軍人たちが次々と持ってくる報告にうんざりとしているようで、しかめっ面を見せている。その場に者たちは皆、頻りにそこからでは見えない空を指差して、何かを訴えていた。
ザグラが傍に立っていたキルアを呼び付けた。ザグラがキルアに何か耳打ちし、その瞬間、キルアの表情が強張る。その後、キルアは何かをザグラに訴えていたがザグラは首を縦には振らず、もう一言だけ何かを言うとキルアもあきらめたようですぐさまそこを立ち去った。

「キルア・・・あなたは私の味方かしら?それとも邪魔をするのかしら?」

女は去って行くキルアを見届けた後、別の人物に目をやった。キルアに良く似た人物。キルアの双子の兄であるロードだ。ロードは去って行ったキルアの方向をじっと見つめている。

「・・・変わりないわね。」

女はクスッと笑った。そしてまた、スッと手をその空間にかざした。
次に映ったのは地上世界。小さな部屋の中だった。
そこに映る人物はドンドンッと勢い良くドアの壁を叩いていた。ガチャガチャとドアノブを回して、押したり引いたりしている。どうやらその部屋のドアが開かないらしく、その人物はドアの向こうに向かって何かを叫び、訴えていた。

「・・・利明はここまで私の邪魔をしようとするのね。」

女は、そこに映る映像を見て、キュッと唇を噛んだ。

「今日で三日目。彼女にはちゃんとこちらの世界に戻ってもらうわ。」

計画は、順調だった。

「透がもう一度こちらに来たときに、すでに第1段階は終わっている。そして地上に戻ったことで第2段階に入ったわ・・・。これで今、海底に戻れば、何人かの人物は透と私の関わりについて気づくでしょうね。さぁ、第3段階はいつになるかしら?」

女は、シャイ・アルナは、静かに口端を上げてその映像の中に映る透に触れた。

「約束を・・・。」












ダンダンッ!

透は自室のドアを強く叩いていた。

「とし兄ちゃん!?叔母さん!叔父さん!!・・・開けて!お願い!」

今度はドアノブをガチャガチャと回してみた。けれど、開く気配は一向に無い。写真のことを尋ねようと、部屋を出ようとした時だった。鍵が開かなかったのだ。どうやら外側からかけられているらしい。先ほどから、何度も開けてみようと試みて、何度も声を上げて訴えた。けれど、利明たちの反応は無く、開けてくれる気配もまったくなかった。

「どうして・・・。」

けれど、これで確信した。

――何かを隠してる・・・。

やっぱり利明、それから叔父夫婦は何かを知っているのだと、透は確信した。そして、それを透に知られたくないのだと。6歳前後の写真も、無いはずがない。他の頃の写真なら山のようにあるのだから。きっと、利明たちが隠したのだろう。

――でも、何故?

ドアを叩くのをやめて、透はベットの上に腰掛けた。
何か知られたくない事実があるのだ。そして、透をあちらの世界に行かせたくない理由があるのだ。そうでなければ、ここまでして引きとめようとするわけがない。

6歳・・・十年前のことだ。いったい、何があったのだろうか?太陽妃との約束に何かあるのだろうか?けれど、その内容を利明たちは知っているのだろうか?もし、知っていたとしたら、十年前、透の傍に居た男の子はやはり利明ということになる。一体、どんな約束をしたのか、透には疑問だった。これほどまでに、止めようとするのなら余程の内容なのだろうか?それとも、引きとめる原因は他に・・・?

透は時計を見て、その後に、部屋全体を見渡した。

「今日で三日目。」

ポツリとそう呟くと、立ちあがって、机の上のハサミを手に取った。











階段を、少し重い足取りで一歩一歩上がっていった。その度に、カチャリカチャリと食器の掠れる音がする。透の部屋のまで来て、利明は小さく息を吸った。透が行ってしまうのを恐れて、あの事を思い出してしまうのを恐れて、閉じ込めてしまった。そのことに、少なからず罪悪感を感じていた。さすがに、食事も取らせないわけにもいかないので、両手には透の好きなメニューばかりの昼食をトレーに乗せて持っている。
今、中に入れば、どうしてこんなことをするのかと、恨まれ、責められる事は分かっている。けれど、こうするしか利明に方法はなかった。

あちらの世界に行く事が、一体何を意味するのか、透は知らない。けれど、教えるわけにもいかない。
最悪の事態が起こることを、利明も、叔父夫婦も恐れている。
十年前、彼らは透を守る事を固く誓った。
彼女が記憶を取り戻す事も、彼女が世界に振りまわされることも、あってはならないのだ。

利明は、コンコンと控えめにノックすると、鍵を外してゆっくりとドアを開けた。

「透?」

そっと、部屋の中を覗き込む。
ドアを全部開け終え、利明は手に持っていた物を全て落としてしまった。

「・・・しまった!!」

急いで開け放たれた窓に駆け寄り、外に顔を出し、その下を覗き込んだ。部屋から繋がれたベットシーツのロープ。それをつたって、透が下に降りたところだった。

「透!!」

利明が叫ぶと、透はハッと上を見上げ、次に急いで走り出した。
利明も慌てて部屋を出て、階段を駆け下りた。

「透が逃げた!」

廊下でそう叫ぶと、叔父夫婦の悲鳴に近い声が聞こえた。

「俺は探しに行く。母さんはここに残って、父さんは探すのを手伝ってくれ!」

どこに行くか、検討はつく。
透はあちらの世界に行こうとしているのだから。











息を切らし、走っていた。時折、後方を確認して、利明たちが追ってこないことを確かめた。透は高校のプールに向かっていた。具体的な海底世界へ戻る方法を、透はシャイから何も聞いてはいなかった。ただ3日経ったら戻るようにと、それだけだった。それならば、あの時のようにプールへ行ってみようと透は考えたのだ。
並木道を走り抜けた。周りの景色に目を奪われている暇も無かった。

「透!!」

その声に、透はビクッと体を振るわせた。チラリと後ろを確認すると、利明がもうすぐそこまで追ってきていた。ペースを上げて、坂道を登る。緩やかな上り坂だが、これだけハイスピードで駆け上がるのはさすがに辛いものがあった。利明が時々透の名を呼ぶ。その声で、段々と2人の距離が縮まっていっているのが分かった。
もう、後ろを振り返っている暇さえなかった。ここで万が一追い付かれてしまったら、あちらの世界にはきっと戻れないだろう。理由は分からないが、利明が絶対に透があちらの世界に行く事を許さないことは明らかだった。

――このままじゃ、追い付かれる!!

透は思考を巡らせた。このままでは、高校に着く前に利明に追い付かれるのは目に見えていた。どうにかしなくては、戻らなくてはと焦りが生まれる。

――何処かで溺れたり、水に入ったときに運悪く次元的なものに引きずられる・・・。

透は出会った頃のキルアの言葉を思い出した。

――そうだよ、水・・・!!

透は、弾けるように顔を上げた。このまま、行けばあるはずだ。水が。
利明の声が段々と近づいてくる。透はそのまま真っ直ぐ走った。高校まで行くのはもう無理だが、もしかしたらあそこから行けるかもしれない、と透は目の前に見えてきたものに目をやった。川だ。学校に通うために毎日通る道。その道沿いに流れている川が、正面に見える。高校へ行くつもりならば、ここで右に曲がり川沿いに進むのだが、透はそうはしなかった。


ガシャン!!


透は川に沿って設置されているフェンスによじ登った。時折、滑り落ちそうになりながらも、透は一つ一つ確実に登って行った。

「透!!戻るんだ!!」

一番上まで、登り終える。透は追ってくる利明と、流れる川を見比べた。
透は、泳げないのだ。もし、万が一川に飛び込んでも向こうの世界に行けないというような事があったら、本当に溺れてしまう。
透は頭を振って、その考えを追い出した。

「大丈夫。」

自分に言い聞かすようにそう言うと、透はフェンスを掴んでいた手も、足もすべて離した。


ザバンッ!!


大きな音と利明の叫び声が、そこに響いた。






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