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□第43話 目の前に、段差の浅い階段と、その上に金縁の椅子に座った黒眼、黒髪の男。透はその階段の下に膝立ちをし、その男を見ていた。透の隣には、キルアがしっかりとした面立ちで、同じく男を見つめていた。 「ようこそ。東国へ。」 男・・・東国の国王であるザグラは、至極落ち着いた声色でそう言った。しっかりと透を見つめたまま。透は息を凝らした。けれど、次に発せられたザグラの言葉、口調は予想外に軽いノリのものだった。 「あー・・・俺がこの国の国王ザグラ・ティーダ・アルテミスだ。知っているとは思うが、そこの馬鹿息子の父親だ。」 ザグラはキルアを軽く一瞥し、その後に脚を組替えた。堂々としている・・・というか、しすぎている。ザグラの瞳は好奇心に溢れていて、何か面白いものを見付けたときのように輝いている。そのあっけらかんとした口調と態度に不意を突かれて、透は目をパチクリさせながら説明を求めるようにそっとキルアの方を見た。けれどキルアはというと、随分と複雑な表情で目線を落としているので透が軽く混乱しているのに気づかない。自分の父親に呆れているというよりも、嘆いているといった顔だ。 透はもう一度ザグラへと視線を戻した。ザグラはそんな透にニッコリと微笑みかけてきた。 「あ、えと・・・ち、地上から来ました。草露透です!こ、高校生です。」 透が慌ててそうあいさつすると、ザグラは満足そうに頷いた。 「よろしく。」 「よろしくお願いします。」 「・・・父上、話しがあるのでしょう?透はこちらに着いたばかりで疲れています。できるだけ早く終わらせていただきたい。」 「いえ、私は!・・・そんな――。」 「ああ、これは失礼。そうだったな。・・・透と言ったな?」 「はい。」 透もキルアも、妙な緊張を感じてゴクリと息を呑んだ。この話題に関しては、ザグラの口調も少しは真面目なものになった。 「・・・十年前だ。シャイが禁忌を犯したのは・・・。その時の少女がお前というのは、本当か?」 「たぶん・・・。」 「たぶん?」 透の答えにザグラは軽く首を傾げた・ 「えと、自分では覚えていないけど、周りの人の話とか・・・シャイさん自身がそう言っているから間違いはないと思います。」 透が不安げに顔を上げ、ザグラを見ると、ザグラは真黒な瞳を見開いて、固まっていた。 「父上?」 キルアが声をかけると、ザグラはハッと我に帰り、今度はキルアの方を見た。キルアもすぐにザグラの聞きたい事を悟り、すぐに説明を付け足した。 「トオルは夢の中や、一部の状況で母上と話しができるそうです。」 透はそう説明するキルアの横で、自分が何か悪い事を言ってしまったのではないかと不安になりながら、ザグラの反応を待った。けれどザグラはしばらくピクリとも動かなかった。透もキルアも、ザグラの反応をジッと待った。 「そう・・・か。シャイと話しができるのか・・・。」 悲しそうな微笑を浮かべていた。ザグラは、透がシャイと話すことができると知らなかった。命を落とし、その『意思』だけが残るシャイが、誰かと言葉を交わす事ができるなど、考えてはいなかった。そして――。・・・ようやくザグラが言葉を発した。 「シャイとはどんな話しをするのだ?」 突然話しを振られ透は慌てふためきながら考えた。 「・・・えと、シャイさんと私が昔した約束のことです。あとは、何か危険があれば教えてくれたりします。」 「その約束というのは?」 「・・・覚えていません。シャイさんも、私が自分で思い出すまでは教えてはくれないそうです。」 「・・・そうか。」 「父上、何か心当たりがあるのですか?」 ザグラの何か気にかかっているような表情を見つけ、キルアはそう問いかけた。 「いや。さっぱりだな。・・・それよりも、透。今日は礼を言いたくて呼んだんだ。」 思いも寄らない言葉に、透は目をパチリパチリと瞬きさせた。キルアもザグラが一体何をする気なのかと頭を傾げていた。キルアも、もちろんこの王宮に連れてこられた透も、ザグラはてっきりシャイの話をしたがっているのだとばかり思っていたのだ。 「俺は心配していたんだ。皇太子であるにも関わらず、浮名を流すばかりでちっとも妻を娶らない息子をな。」 ザグラがわざと悲しんで泣いているような素振りをして見せた。 「しかし、だ。そんなキルアにもようやく春が来たわけだ。聞けば、わが息子キルアは、透を側室に上げることにしたそうだな。この馬鹿息子を本気にさせるような娘はこの世に存在しないのかと思っていたが、そうでもなかったな。」 両手を広げ、顔を上げてオバーなリアクションでザグラは話しつづけた。 「・・・父上・・・お願いですからその手の話しはやめてください・・・。」 キルアが珍しく照れているのか、俯いて顔を隠したままそう言った。透も、そんなキルアを見たのは初めてだったので、ついつい笑ってしまいそうになったが、さすがにこんな場所と状況でそれはまずいだろうと思い、堪えた。 「笑いたかったら笑っても良いぞ。俺も今、猛烈に笑いたい気分だ。」 そう言って、ザグラは堪えつつも、やはり笑っていた。キルアが小さくため息を付いたのが分かった。 「まあ、なんにしろ、これで俺も安心だ。歓迎するぞ、透。そうだ、数日中にお披露目だな。主な王族、貴族、それに軍族も集めて宴を開くか。」 ザグラが段々と、1人で暴走し始めた。透は返事をする間も与えられず、キルアについては、キルア自身が返事をする気もないようだ。どうやらこういった状況は慣れっこのようだ。ザグラは嬉しそうに次々に事を決めてしまい、それを近くにいた政務官を呼びつけ、メモさせた。日取り、催し物の内容、招待客数まで、次々に決めていく。政務官が慌ててそれを紙に書きつけていた。 「よし、大体こんな感じだ。ああ、そうだ。花嫁に一つアドバイスだ。この世界は人間には厳しい環境だ。正直に言って、あまりお前を歓迎しない者の方が多いだろう。それだけは気をつけておけ。・・・まあ、キルアが居れば大抵の事は大丈夫だ。」 透は真剣な表情で頷いた。頷きながら、キルアとザグラ、同じようなことを言う辺りやはり親子なんだなと思っていた。 「・・・それでは、父上、わたしたちはそろそろ失礼します。」 キルアがもう付き合っていられないとばかりに立ちあがった。 「ああ、そうだな。」 ザグラはやや残念そうにそう答えた。透はキルアに手を差し伸べられ、その手を取って立ち上がった。 「では。」 「あ、あの、これから、よろしくお願いします。」 透はザグラを振り向いてペコリと頭を下げた。ザグラはそんな透にヒラヒラと手を振った。透も一瞬、手を振り返しそうになったが、すぐに失礼になるかもしれないと気づいて手を下ろし、もう一度ペコリと頭を下げてキルアに連れられながらその広間を出た。 パタリと音を立てて扉が閉まり、ザグラは振りつづけていた手を下ろした。そしてニッと笑みを浮かべた。 「いつまでそこに隠れているつもりだ?ロード。」 部屋の右奥の幕の裏。そこからスッと黒い影が前へ出た。黒く光る髪に、金色の瞳。その顔はキルアそっくりだが、その表情は違う。ロードはまるで感情が無いかのように無表情で、瞬きすらしていないように思える。それは、感情の読み取れない顔。 「気づいていたのですか・・・。」 「俺を甘く見るな、ロード。俺は何でもお見通しだ。何て言ったって、王様だからな。」 相変わらず、軽い調子でザグラがそう言った。しかし、ロードの方はというと眉一つ動かさない。 「・・・母上があの娘とした約束、本当にご存知無いのですか?」 ピクリ、と一瞬だけザグラの顔が鋭く真剣なものになった。けれどまたすぐに普段の何を考えているのか分からない表情に戻る。 「ああ、本当に知らない。・・・・・・まあ、見当ぐらいはつくけどな。」 その言葉に、今まで動かなかったロードの硬い表情がさらに強張った気がした。 「お聞かせ願います。」 「断る。・・・しかし、お前たちは勘が良いな。キルアといい、お前といい。・・・やはり双子だからか?」 ロードは眉を寄せた。ザグラはそんなロードの些細な表情の変化を嬉しそうに眺めた。 「そうだな・・・どうだ?ロード、これからチェスをしよう。お前が勝ったら、俺の見解を聞かせてやろう。」 *** 「・・・こんなことを言うのはなんだけど・・・拍子抜けしちゃったかも。」 「・・・わたしもだ。」 王宮の廊下を歩きながら、二人はポツリと呟くようにそう言った。王宮の廊下は幅は広く、天井も高い。壁はクリームホワイトで、下の方だけレンガ色だ。全体的に明るい雰囲気をしている。王宮の侍女や政務官が引っ切り無しに行き来している。けれど今の透にはそれも目に入らなかった。今さっき見聞きした事の衝撃が少々大きすぎたのかもしれない。 「父上を甘く見ていた・・・色々な意味で。」 神妙な顔でキルアがそう言うと、その隣の透までもが同じ顔をして頷いた。キルアから今日、この場所に連れて来られると聞いたとき、ある程度何か咎められる覚悟はしていたのに、まったく必要は無かったようだ。国王は、想像していたような人とはまったく違い、むしろ透に対しても友好的だった。心配して損をしたかもしれないと、透は思った。 「まさか、あんな砕けた性格の人だとは思わなかった。王様って言うからには、もっと厳格で口ひげとかはやしてる人だとばっかり・・・。」 「・・・口ひげは無いな・・・。」 妙な空気の中、しばしの沈黙が続いた。そして、キルアがそれを破るように口を開いた。 「ともかく、まずは私の宮である秋宮へ案内しよう。透にはこれからそこで暮らしてもらう。今日はともかく、そこで休むと良い。疲れているだろう?」 透は頷き、そして地上での3日間を思い出した。利明の事、叔父夫婦のことを。どう考えても、あの3人は何かを知っている。その上、それを直隠しにしていた。透は利明が十年前自分と一緒にこの海底の世界にやってきた男の子なのではないかと考えていたが、それはきっと間違ってはいない。利明の言動から、それは明らかだった。 ――キルアさんに言うべきかな・・・。 透がチラリとキルアを見ると、キルアがその視線に気づき、目線を合わせ首を傾げた。 「どうした?」 「いえっ。何も・・・。」 透の様子にキルアはさらに首を傾げ、怪訝な顔をした。 「何もないということはないだろう?顔色も悪いし・・・地上で何かあったのか?」 ギクリとして、透はキルアから不自然に目を逸らした。 「えーと。うんと・・・。」 何か上手くごまかすことはできないものかと考えてみるが、焦るほどなかなか思い浮かばないものだ。やはりちゃんと話すべきかと思っても、何から話して良いか分からないし、あまり心配をかけたくないという気持ちもあった。何より、まだ自分の気持ちや考えも整理できていないのだ。あれこれ考えながら目をクルクルと回し、ウンウンと唸る透に、キルアは小さく噴き出した。 「わ、笑わないでください・・・。」 少し赤くなりながら、透はキルアを睨んだ。 「いや、すまない。つい――。」 キルアはこみ上げる笑いを押さえ、冷静を装った顔で透の方を向いた。 「それで?何があったんだ?」 透は目を瞑った。しばらくそのままでいる間、キルアはジイッと待っていてくれた。少し落ち付いて、頭の整理も大方終わり、透は少し伏せ目がちに話しを始めた。 「とし兄ちゃん・・・私の従兄妹だけど、十年前に私と一緒に居た男の子はとし兄ちゃんかもしれない。それに、とし兄ちゃんは何かを私に隠してるみたいで、きっと、何かを知ってるんじゃないかって・・・。」 地上での3日間。透はそれを一つ一つ説明し出した。 |
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