top // novel / home  


□第44話




「・・・広い。」

王宮にも匹敵する広さだった。天井の高さから、廊下の長さ、幅まで。王宮と違って、まったく飾り立てずに殺風景なのも、この宮を広く見せている原因なのかもしれない。キルアの住まう、秋宮。王宮からさほど離れていない所にある。どこからか光が指し込み、やや青色に輝く部屋だ。まるで空の色を反射しているようだ。

――・・・それに、キレイ。

「シクレ宮も大きかったけど・・・それも比にならないですね・・・。」

透はキルアの隣で秋宮の回廊を歩いていた。等間隔に並ぶ柱の向こうに中庭が見える。淡いクリーム色の花を咲かせた木々、それから、小さな噴水。ふちの方には背の低い花が数種類植わっている。幾重にも重なる花びらと、鮮やかな色。木陰の部分もあるが、とても日当たりが良さそうだ。

「シクレ宮は、元は母上の離宮で、小規模なものだからな。」

「アレだけ大きいのに小規模なんだ・・・。」

宮の奥へ進むと、兵士が左右に待機する扉の前に着いた。兵士達はキルアの姿を見付けると、深々と頭を下げて挨拶をした。

「透。ここがお前の部屋になる。」

そう言って、キルアがその扉を押した。
だだっ広い空間に、ベットと机と椅子。それから衣装箪笥のようなもの。それだけだ。

「・・・もっと狭い部屋とか、ないんですか?」

ワガママを言う気などまったくなかったのだが、ついついそう口に出してしまった。

「気に入らないか?」

キルアが首を傾げてそう聞いてきた。

「いえ・・・気に入らないって言うか・・・落ち付かない。」

透はもう一度部屋を見渡した。地上に居るときは、広くても八畳くらいの部屋で毎日過ごしてきた。シクレ宮だって全体では大きかったけれど、部屋自体はここまで広くなかった。透が落ち付かないのは無理も無い事だ。

「その内慣れるさ。」

キルアがニッコリと微笑んで、透の頭をクシャッとなでた。

――そういう問題かな・・・。

感覚の違いというものに首を傾げながら、透は部屋の中へ進み、おもむろに衣装箪笥の戸に手をかけた。パカッと開けてみると、井然と服が並んでいた。試しに一つ、手に取って、目の前に持ち上げて広げてみた。

――何これ・・・。

透はポカンと大きな口を開けたまま動けなくなった。今透が着ているのは、大きな長方形状の布を肩部分でブローチで留め、ウェストをベベルトで結んだ服だ。膝上くらいの長さで、動きやすく、靴も簡単なサンダルのようなもので、それを膝部分まで紐を交差し、結んで留めるといったものだ。
けれど目の前のものは違う。いや、基本的には同じだが、それ以外の部分は大きく異なる。まず、生地が違う。生糸のような手触りで、時折小さく光沢をみせる。肩部分に付けるブローチは黄金色や深緑の宝石があしらわれ、まるで雪の結晶のように形作られている。胸元は遠慮なく大きく開けている。丈は地面すれすれにまであり、少し動いただけでも襞がシャラリと揺れるだろう。

絶対に着たくない、と透は思った。はっと気づいて、他の服にも手をかけた、次々に調べてみるものの、どれも似たようなもので、着る気の起きないものばかりだった。
透は他に代わりになるようなものはないのかと、キルアに聞いてみようかとも思ったが、隣でニコニコしているキルアの様子を見ていると、どうやらこの服はわざわざ透の為に用意されたもののようで、文句など言えるはずが無かった。
服だけでなく、ピアスやブローチなどといった装飾品も数多く用意されているようで、宝石箱らしきものがいくつか目に映った。透はこっそりため息を付いた。

「ああ、そうだ。・・・透。」

透はキルアの方を振りかえって、持っていた服をそっと隅へ置いた。

「なんですか?」

「紹介したい者が居る。・・・入れ。」

キィッと小さな音を立てて扉が開き、見知った顔と見知らぬ者が合わせて三人、入ってきた。左の2人はすでに知っている人物だ。

「改めて紹介しよう。まず、マイホ・トッカ。」

マイホがやや面倒くさそうに前に出て、小さく頭を下げた。

「私の補佐や身の回りの世話をしてくれている。知っているとは思うがあまり愛想は良くない。・・・それから、バル・ギル。」

マイホが後ろへ下がり、代わりに真中に立っていたバルが前へ出た。そしてにっこりと微笑んで片手を胸の前へ持ってきて深く一礼した。

「わたしの私軍の将軍だ。腕も立ち、信頼できる男だ。・・・それから、透は会うのは初めてだな。リペダ・トルソだ。」        

バルが下がり、入れ替わりに右端のリペダが前へ出た。リペダは両手を体の前で合わせてお辞儀をし、その後、透をジイッと見据えた。透にしてみれば、まるで品定めでもされているような気分だ。

「お初にお目にかかります。リペダ・トルソでございます。キルアさまの政務の補佐や、秋宮内の各業務を取り仕切っております。」

リペダはスッとすました表情で、淡々と自らの紹介を行った。

「は、初めまして。よろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

透がニコリと微笑みながら挨拶したのに対して、リペダは先ほどと変わらぬ表情のまま、義務的に一言返事をしただけだった。

「この3人には、特に信頼を置いている。何かあればわたしかこの3人に言ってくれれば良い。本当は、お前に専用の侍女を数名付けたいのだが・・・今のところ、適正な者が見つからない。しばらくは我慢してくれ。」

「これで十分です!」

透は首をブンブン振って訴えた。透にとってはこの環境はすでに贅沢なものだったし、あまりに世話を焼かれては、正直に言って窮屈になってしまう。

「そうか。まあ、ともかく今日はゆっくり休め。他にも説明したい事はあるが・・・明日でいいだろう。これからのことも、また明日ゆっくり話そう。」

キルアがスッと手で合図をすると、他の3人は軽く会釈すると共に部屋を出ていった。

「あの・・・。」

透はハッと何かに気づき眉を寄せ、キルアに問い掛けた。

「なんだ?」

「リュウちゃんは?」

キルアがやや気まずそうな表情を浮かべた。チラリと透に視線をやり、すぐに落とした。

「すまない、透が地上に帰った後すぐにいなくなってしまった。」

透は小さく驚くと共に淋しくなって、シュンと肩を落とした。

「・・・そっか・・・ノラ竜に戻っちゃったんだ・・・。」

「すまない・・・。」

キルアの謝罪に透は首を横に振った。

「いいんです。リュウちゃんはどこか行きたいところがあったんですよ・・・きっと。」

「そのうち戻ってくるかもしれないし・・・な?」

透はキルアを見上げてコクリと頷いた。








「面白い話しを手に入れたぞ。」

暗闇の部屋。闇と同じ色の髪を持った男は、満足そうに頬を吊り上げた。装飾の施された椅子に腰掛け、右の手にはチェスの駒が2つ。ナイトとビショップ。

「聞きたいか?」

男は、目の前に控えている少年に、ねっとりとした口調でそう尋ねた。

「・・・はい。」

少年はいつものように冷静な口調でそう答える。少年と男の間には小さな丸テーブルがあり、その上には四角形のチェスボード。

「あのキルア王子が、人間の女を迎え入れたことは知っているな?確か・・・そう、トオルという名だ。あの娘のことだ。」

「以前、殺そうとしていたあの娘ですか?」

「そう、その娘だ。・・・あの時は仕損じたが、それが結果的には良かったのかもしれぬ。あの時は、キルア王子が近づく者であるから太陽妃になり得る娘かと思っていた。だからこそ殺そうとした。・・・まあ、その時の話しは置いておく。そう、あの娘は人間だ。しかし、ただの人間ではない。・・・素晴らしい情報だ。あの娘はな・・・――。」

男は小さく少年に向けて言葉を発した。少年の瞳が、一瞬大きく見開かれ、次にその口元に薄っすらと笑みが浮かんだ。

「――・・・どうだ?良い話しだろう?」

「ええ、とても良い話です。」

男の笑い声は次第に大きくなる。右手に収まっている駒たちがギリッと音を立てた。

「しかし面白い。太陽妃が、人間の女とそんな約束をしていたとはな。お陰で、良い計画が建てれそうだ。」

「しかし、それは確かな情報なのですか?」

「・・・自分の息子に、このような重大なことを偽って話すと思うか?」

もう一度、チェスの駒がキリッと鳴った。少年は再び顔を下げた。

「それで、わたくしめはどのようなことを・・・?」

「そう急ぐな。事は慎重に進めねばならぬ。さて、どうするか?一つ、厄介な事にそのトオルとやらは、キルアの側室となることが正式に決まっている。ただの人間であればどうなろうと誰も気にはすまい。だが、王族となってしまえば話しは別だ。もしキルアの側室に何かあれば王宮内、果ては国内の者までが挙って真相を聞きたがるだろう。・・・・・・迂闊に手は出せぬ。」

「では、キルア殿下がその人間に飽きるのを待たれては?あの女関係で有名な王子です。今回も、ただの遊びの一介なのでは?」

「・・・そうかもしれぬ。だが、そうでないかもしれぬ。だが、あいつが女を娶るのは初めてだ。・・・もし本気でその娘1人に囚われているのならば、笑えもするが、厄介でもある。」

男は眉をクイッと持ち上げて、複雑な表情をして見せた。

「それほどに心配ならば、その人間がキルア王子の側室になれないようにすれば良いのでは?」

「策はあるのか・・・?」

少年は自信たっぷりの表情で答えた。

「忘れておいでですか?王女の存在を?」

少年の言葉を聞くや否や、男の顔に再び意地の悪い笑みが浮かんだ。

「・・・なるほど。」

「策を練らずとも、王女が勝手に阻止してくださいますよ。」

「まあ何にしろ、感謝せねばな。・・・・・・・・・母上に。」

男は薄っすらと微笑みながらチェス駒をチェスボードの上に乗せると、少年を置いて部屋を出ていった。コツコツと響くその足音が段々と遠ざかり消えて行った。完全にそれが聞こえなくなると、少年の顔つきが瞬時に大人びたものに変わった。まるで汚らしいものでも見るように、男の去っていった方を見据えた。すると、少年の背後で黒い影がスッと動いた。

「いつまであの男の元に居るおつもりで?貴方様があんな愚かな者に頭を上げる必要はないでしょう?」

声の主の持つ、金色のウェーブのかかった髪が闇の中、蝋燭の微かな灯りに反射して光った。

「・・・ミューファ、か。」

少年は小さくため息をついた。スッと立ちあがり、襟を正した。ミューファは艶やかな唇を三日月型に形作ったまま、少年の元へ近づいた。少年の方が歳は上だろう。しかし、ミューファには何処か大人びた部分がある。

「いつまで、こんな茶番を続けるおつもりで?」

ミューファが心配そうに少年の顔を覗き込んだ。だが少年はミューファを手で追い払うようにして、顔を背けた。

「必要がなくなるまで、だ。」

「・・・。」

「あの男は利用価値がある。頭はからっぽなのに、野心だけは強い。ああいう奴ほど扱いやすい。まだ手放すには惜しい。」

冷たくそう言い捨てると、少年はミューファに背を向け、自分も部屋を出ようとした。

「・・・・・・では、王子とトオルという名の娘についてはどうします?本当に、放っておいて良いのですか?あの王女が思うように動くか分かりませんわよ?」

ミューファが納得のいかない表情で少年の正面に回り込んだ。先ほどとは打って変わって余裕のある表情だ。それに対して少年は、少々面倒な顔をしながらも頷いた。

「分かっている。王子と娘が『今』どうなろうと関係はない。王女が何を言おうと国王も賛成している話しだ。どう足掻いても変わらないだろう。問題なのは太陽妃とその娘の間で結ばれた『約束』だ。もし情報が確かならば・・・・・・少し時間が必要だな。」





back / top / next // novel  
Copyright(C) Fuki Kayami all rights reserved.
inserted by FC2 system