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□第45話




「どーしてですの!?お父さま!!」

まだ幼い王女は、父親で国王でもあるザグラに飛び掛った。襟を掴み上げ、物凄い剣幕でにらみつける。

「ルピナス、随分たくましく育ったな・・・。」

焦りながらもザグラがそうはぐらかそうとすると、王女ルピナスは憤慨して顔を真っ赤にした。

「今話しているのはそんなことじゃないでしょう!?私はお兄様の事について聞いているのに!!」

ルピナスは掴んでいたザグラの襟をグイッと手前に引っ張った。13歳の女の子とは思えない所業だ。

「そんなこと言ってもなぁ。誰を妻に迎えようとあいつの勝手だしなぁ。」

「何を言ってるのお父さま!!相手は人間なのよ!?選りによって・・・最悪じゃない!3等民よ?王族が人間と結婚するなんてありえない!!」

ザグラはクスッと笑うと、ルピナスの手を自分の襟から退けて、ポンッと彼女の頭に手を乗せた。

「相手が人間であろうが人魚であろうが、どうせお前はキルアを取られるのが嫌なだけだろう?」

ルピナスは反論できず、グッと言葉を詰まらせた。

「兄はなにもキルアだけではないし。ケルヴィンもロードもいるじゃないか。」

「そうですけど、ロードお兄様はまったく遊んでくれないし、ケルヴィンお兄様もお体の調子の良い日しか相手してくれないんもん!」

ザグラは興奮しているルピナスの頭をなでた。

「まあまあ。兄の幸せを祈るのも、妹の務めだろ?」

ザグラはなだめようとしてそう言ったようだが、ルピナスにとっては逆効果だったらしい。彼女はキッと自分の父親を睨み付け、頭に置かれた手を同じく、自分の手でパシンッと払った。

「務め?だったら、お兄さまが道を誤るのを防ぐのも妹の務めですわ!!」

ザグラががっくりと肩を落として大きなため息をついた。その様子に、ルピナスはさらに頬を膨らました。

「お父様!阻止する気があるの?無いの?どっちです!?」

「いや、だから、俺はすでに許可したってば・・・。」

ザグラは頭を抱えたくなる衝動を抑えながらそう答えた。

「どうやら、お父様はお兄様が人間などと一緒になることに賛成のようですわね。・・・いいです。それなら私、もうお父様なんかには頼りません!自分で阻止して見せます!全力で!!」

ルピナスはグッと拳を握り、視線を持ち上げ、そのまま回れ右をして歩き去っていった。傍で小さくなりながら事の全てを見ていたルピナスの侍女たちが、慌ててその後を追った。もちろん、国王に一礼するのを忘れずに。
残された国王は、だらけた座り方をしながらポツリと呟いた。

「父より兄の方が大事なのか・・・。」 

とても、淋しげな様子だった。









チチチチチ、と鳥の鳴く声がする。目が覚めるくらいの程よく冷たい空気が辺りに充満していた。

「少し早く起きすぎたかな?」

透は自分の為に用意された部屋の窓から外を眺めていた。街がよく見える。まだ薄暗い。夜は完全に空け切っておらず、太陽もまた完全には現れていないようだ。少し強めの風が吹いたので、透は体を自分の腕で抱くようにして小さくなった。
机の上の服を取り、それに着替える。それは、昨日の内に見つけておいた唯一華美ではない服だ。この部屋に用意された服は皆、シャラシャラと袖も丈も長く、見事な刺繍や宝石がちりばめられているものがほとんどだった。それを着るのが嫌だった透は太陽が消えるまでの時間すべてをこの服探しに費やした。

「もう起きてるかな・・・。」

着替えが済むと、透は部屋を出た。扉の両側に、来た時と同じように左右の両側に衛兵が立っていた。最初に見た人とは違うように見える。おそらく、夜のうちに交代したのだろう。

「おはようございます。」

透が恐る恐るそう言うと、衛兵は2人とも生真面目な顔のまま「おはようございます。トオル様。」と返事をした。透は何故か安心して、ニッコリと2人の衛兵に微笑みかけた。

「あの、キルアさん起きてるかな?・・・あ、でもここに居たんじゃ分からないか。えっと、私どこに行けば良いんでしょうか?」

「・・・わたしが案内いたします。」

急に聞こえてきた別の声に透は後ろを振り返った。

「えっと・・・リペダさん。おはようございます。」

「おはようございます。トオル様。」

リペダが相変わらずのすまし顔でそう答えた。怖いとまではいかないが、何を考えているのか読み取りにくい顔だ、と透は思った。

「・・・トオル様。始めに言わせてもらいますが・・・――」

気持ち、酸っぱい顔でそう話し始めたリペダに対し、透はキョトンとして首を傾げた。

「兵や侍従・侍女たちに敬語を使う必要はありません。わたしやバル、マイホに対しても同様です。名前も、敬称をお付けになる必要はありません。むしろそうして下さい。」

「でも――」

「それから!」

透が異見をするのを防ぐように、リペダは間髪入れずに話しを続けた。

「その服装も、誉められた物ではありません。他の物にお召し替えを。」

透は目をぱちぱちさせ、今突然に言われたことを理解しようとした。

「えと・・・でも、他の服は私には合わなくて・・・。」

上目でリペダの表情をそうっと見るけれども、その硬い顔はピクリともしない。妙な威圧感が透を襲った。

「それに、着方もよく分からないし・・・。」

リペダがはぁ、と小さくため息を付いた。

「・・・そうですね。それは申し訳ありませんでした。生憎この宮には侍女がほんの数名しか居りません故。すぐに適任の者を探してお教えいたします。・・・分かりました。今日はその服装で構良いでしょう。ただし、決して宮の外にはでないようにお願いします。キルア様の側室がそのような格好でウロウロされては困りますので。」

透は生返事をし、頷いた。

「良いですか?貴方はキルア王子の側室になるのです。それにより王族となるのですから、身分としては最上級の者になります。下々の者に気遣いは無用。決してキルア様の名を汚す事の無いよう、王族らしい振る舞いをするようにお願いします。」

王族らしい振る舞いとはどういうものだろう、と透は首を傾げたが、リペダの無言の圧力に負けて、これも一応承諾した。

――王子さまの奥さんって大変なんだなぁ。

まるで人事のようにしみじみそう思いながら、透はリペダの後に続いて長い廊下を続いた。









「ああ。やっぱりな。」

そう言って、どこか嬉しそうに笑うキルアに、透もリペダも首を傾げた。リペダに案内されて着いたのは、どうやら食堂なる所のようだ。やや長いテーブルに、曲線美が際立つ椅子。朝食には多いのではないかと思うほどの料理が絶え間無く運ばれてくる。

「いや、トオルの服の事だ。あの中のどれを選ぶか楽しみにしていたのだが、やはり予想通りだったな。」

透は自分の格好を確認するように見まわした。あれだけ多くの煌びやかな服の中、どうしてこの服だけが質素な物だったのか、その理由が分かった。

「お前らしい選択だ。」

キルアはそう言いながら、椅子を引き、透を朝食の席へ着くように促した。透は促されるままそこに座り、キルアもその正面に座った。リペダは小さく頭を下げると音も立てずにその場を離れた。

「良く眠れたか?」

「はい。とっても。」

「そうか、それならいいんだ。・・・食事しながらで悪いんだが、今後のことを話しておきたいと思う。」

透は目の前の食事に手をつける気が起きないでいた。こちらに来て、随分と落ち着いた。けれど、地上での三日間はどうしても透の頭の中から離れてはくれなかった。利明や、その両親は一体どうしてしまったのだろうか。あの様子は異常だった。透がこの海底世界に行くのを嫌がっている・・・いや、むしろ恐れているといった風だった。

「大丈夫だ。私が付いている。」

透の不安げな表情に気づいたキルアがそっと微笑んだ。透はなんとなくホッとしてゆっくり頷いた。

「それで、これからのことなんだが・・・お前には悪いが・・・まず、昨日父上が言っていた宴の準備をしなくてはならない。」

透は小さく首を傾げた。

「昨日、キルアさんのお父さんが言っていたやつですか?あれって冗談じゃ・・・。」

「あの様子だと本気だろうな。それに・・・貴族たちはお前のことに随分興味を持っている。わたしの妃ということが下手に注目を集めさせてしまったらしい。すまないがその宴には出てもらいたいんだが・・・。」

「いいですよ。お世話になっているの私の方だし、それくらいは。」

透がそう快く承諾するとキルアは安堵の表情を見せた。

「それから早速、大神官になるために必要なことを学んでもらおう。学問的なことはリペダに教わるといい。他にも色々と技術的なこともあるが・・・それはまだ当分先だろう。」

透は一応頷きはしたが、当分先という言葉に一体どれくらいの時間がかかるのだろうかと小さな不安を感じた。

「じゃあ、まずは宴の準備からだな。」

「あの・・・宴って何をやるんですか?」

透が恐る恐るそう尋ねると、キルアもしばし考え込んでいるようだった。

「・・・そうだな。あの人の考えることは今ひとつ分からないが、まあ席を設けて食事をするくらいだろう。特に気構えは必要ない。」

ホッとしたが、キルアの『あの人の考えることは分からない』という発言に透はまた別の不安を感じた。

「失礼します。」

マイホが二人の座るすぐ傍に立って、頭を下げた。

「おはようございます。トオル・・・さま。」

相変わらずの不機嫌顔だ。もしかしたら朝なので余計機嫌が悪いのかもしれない。しかし、透に対しての口調は随分と大人しくなっていた。

「おはよう、マイホ。」

「どうした?何か急用か?」

マイホはチラリと透を一瞥し、キルアの耳元に口を寄せた。

「実は、枇杷が・・・――。」

透はそれを聞き取ろうと耳を澄ましたが、はっきりとした言葉は拾えなかった。マイホが何かを話し終えると、キルアの顔が少し険しいものになった。

「・・・分かった。すぐに向かおう。」

キルアは、まだ朝食を半分も食べていない状態で席を立ち上がった。

「キルアさん?」

透がやや心配そうにキルアを見つめると、キルアはふっと微笑んで透の傍に寄り、クシャッとその頭をなでた。透のセミロングの髪は、上の方だけボサボサになった。ここに来てからも、その髪は一向に伸びる気配はない。

「すまない。すぐに行かなければ。・・・あとの説明はリペダに。それから、しばらくはこの宮から出ないでくれ。シクレ宮よりは広いから、数日はお前も抜け出さないだろうと信じてるよ。」

キルアのからかうような口調に透は頬を膨らませた。

「ちょっ、お待ちください!!」

部屋の外から何やらドタバタと慌ただしい音が聞こえてきた。

「何だ?」

「お兄様!!!!!」

バンッと大きな音を立てて入り込んできたのは煌びやかな服の裾をガバッと捲くり上げ、息をゼーハー言わせながら鋭くキルアを睨む金髪で青い瞳の女の子だった。

「ルピナス。」

キルアは目を突然の妹の訪問に唖然として目を丸くした。ルピナスはジィッとキルアのことを睨んでいる。緊迫した空気が流れ始めた。

「・・・えと、誰ですか?」

透のやや場違いな声だけが響いた。






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