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□第47話




「さあどうぞ。コルカの葉にミルクとメイプルシロップを混ぜたスペシャルブレンド!」

透はナージャの目の前にクリーム色の飲み物を差し出した。

「まぁ!とても良い香りですわね。」

カップの中からスルスルと湯気が立ち、甘い良い匂いを広げていた。ナージャは存分に香りを楽しむと、感想を待ち望んでいる透の目の前でそれを一口口に含んだ。

「・・・・・・美味しい。」

決してお世辞ではなく、ついこぼれ出てしまったような言葉だった。ナージャはすぐに二口三口とそれを飲み、カップを空にしてしまった。

「ホント?よかった。」

自分の入れた紅茶を絶賛するナージャに透はホッと安堵の息を吐いた。

「素晴らしいですわね。侍女たちでもここまで美味しく作れる人はなかなかいませんわ。」

ナージャはさらに用意されていたクッキーを一枚手に取った。これも透の作ったものだ。シクレ宮に居たときは、ほとんどすることもなく、外出も禁止されていたので透は独自に暇な時間をすごす方法を考えた。これがそうだった。お菓子を作りお茶を入れる。ちょっとやり始めると段々と研究心が沸き、様々な食材でアレンジしたり、誰も試したことのないものを作ってみたりと色々なことを試してみたのだ。おかげで、今現在こうしているナージャはもちろん、ジュナーやキルアたちにも好評を得ている。

「ルピナス様にもお召しになってもらいたいわぁ。ああ見えて、美味しいものには目がなかったし・・・。」

やや曇った表情でナージャはそう呟き、段々とその目が潤んできた。まずい、と透が思ったころには「わぁ!」とテーブルに突っ伏して泣き出した。

「何年もお仕えしているのにこれはあんまりですわぁああ!!」

また始まってしまったと、透は涙するナージャを目の前に、もうこれ以上どうしたら良いのか分からなくなってしまった。お菓子と紅茶をナージャに飲んでもらったのも、落ち込むナージャを慰めるための手段だったのだ。どうやら、それだけでは不十分だったらしい。むしろ逆効果だったかもしれない。
ルピナスに透に仕えるように命じられ、そしてルピナスが帰ってしまうとナージャは途端に崩れ落ち、泣き始めた。透はギョッとしてあれこれと思いつく限り慰めてみたがどうにも泣き止んではくれない。リペダに相談してみても、信頼できる侍女ができて良かったと逆に喜んでいたし、キルアの方もすぐに解決する、とナージャとルピナスのことに関してはどこか楽観的だった。

「こうなったら!」

さっきまで大泣きしていたナージャがスックと立ち上がり、クルリと透の方を向いた。

「分かりましたわ。ルピナス様がそのつもりだったら、私だって・・・・・・。トオルさま。私、トオルさまの侍女としてしっかりお世話させていただきますわ!」

なんでそういった結論に達したか透にはよく分からなかったが、とりあえず泣き止んだから良いか、と透は思った。











「・・・最近は枇杷も随分派手に行動するようになってきたな・・・。」

ポツリとそう呟くと、キルアは窓の外から視線をはずし、今自分が居る家の主の方を振り向いた。

「残念ながら、あれだけばら撒かれては回収は不可能です。」

キルアの隣にいたバルが、今居る宮の主人である男に向かってそう言った。この宮はキルアの秋宮や王宮に比べれば随分と質素に見えるだろうか、それでも一般的に見れば十分に立派なものだった。その主人であるその男もそれなりの身なりをしている。絹を惜しみなく使ったゆったりとしたドレープの優美な服。両手の指には大きな石をはめ込んだ指輪がいくつもはまっている。ある意味で、キルアたち王族よりも贅沢なようにも思える。だが、どんな服装をしていても、青い顔をして肩を落としていては格好が付かない。酷く落胆する男を見て、キルアはまた窓の外へと目をやった。空からキラキラとコインが降っている。町の人々が大勢集まり、ある者は落ちてきたそれを必死に掴み取ろうとし、またある者は地面に降り積もるそれを必死に拾い集めている。・・・金貨や水貨などのこの世界の貨幣だ。けれどそれだけではない。

「おかあさぁん!いっぱい拾ったよ!!」

小さな男の子の声がキルアの耳に届いた。その男の子は両手いっぱいにキラキラ光る宝石を抱えて、左右の両ポケットにはさまざまなコインが詰められていて、ジャラジャラと音を立てている。欠けた前歯を見せながらにっこりと笑って、母親の元に走っていく。母親の顔は酷く痩せこけていて、目の下にもクマが見える。その男の子も、まだ幼いのにも関わらず、顔も、両腕も、脚もすべて骨が浮き出てしまいそうだった。

「・・・・・・。」

キルアは何も言わず、ジッとその親子を見つめていた。

「何とかしてもらえないだろうか・・・?あれは、わたくしめの全財産です!このままでは、町の者たちに根こそぎ持っていかれてしまう!!」

男はキルアに向けてそう訴えたが、キルアの方は先ほどから変わらず、外を眺めたままで、特に男に対して反応をしない。

「しかし町長殿。枇杷が動いたとなると・・・あなたが何か法を犯したということですよね?あるいは、町民があれほど飢えてしまうほどの何かを仕出かした。・・・・・・違いますか?」

バルが穏やかな口調でその男、この町の町長にそう尋ねた。町長はゴクリと息を呑んだ。

「この町の荒れ様は尋常ではない。それはあなたの統治方法に問題があったのでは?」

「そ、それは・・・・・・。」

町長はモゴモゴと口ごもっていたが、急に開き直ったように、バルにしがみ付いた。

「わ、わたくしめには妻も子供もいます!!財産を全て奪われ、このままでは一家揃って飢え死にをしてしまいます!!」

男は涙をダラダラと流しながら、バルに懇願した。

「・・・通常、町民が町に納める税金は収入の5パーセント。それがこの町では25パーセントだ。」

何を言っても答えなかったキルアが、ようやく町長に向かって口を利いた。

「20パーセントも多く取られれば、満足な生活は送れないだろう。元の収入自体が少ないのだからなおさらだ。この町の産業・工業の経営状態は良いとは言えない。むしろ、かなり不安定なものだ。これは、取引が常に町長を通して行われ、取引内容が金の動きによって決められることから来る。・・・賄賂で行われることなど、ろくなものにはならないな。」

なぜそこまで知っているのか、と言わんばかりの顔で、町長は青くなっていた。

「先ほど、お前は自分には妻も子供も居ると言っていたな?ではこの町の者たちはどうなる。皆、家族がある。それなのにお前は、町長である立場を利用し、この町のものを苦しめたのだ。」

町長は、もう一度ゴクリと息を呑み、バルから手を離し、一歩、また一歩と後ずさった。

「いえ、これは、違います。・・・わた、わたくしめは・・・・・・。」

キルアがスッと冷たい目線を町長に送った。

「たった今から、お前をこの町の町長の任から解雇する。」

その言葉に、元町長のその男は何か反論をしようとした。しかし、すぐにキルアが言葉を続けたため、それは叶わなかった。

「・・・その両手の指輪、結構な代物だな。少なくとも、全てを売れば一万ペクルはくだらない。それだけあれば当面の生活には困らないだろう。」

町長はまぬけな顔で、口をポカンと開けっ放しにしていた。まるで口を閉じるのを忘れてしまったかのようだ。

「そ、それは、わたくしめとその家族は今後その一万ペクルで暮らせということですか・・・?」

冷や汗をダラダラと流し、酷く困憊して男はキルアにそう尋ねた。元町長であるその男には、妻が一人、そして娘が二人居た。普通の家庭で四人家族が一ヶ月に必要とする生活費は最低でも1500ペクル。1万ペクルでは一年ももたない。仕事を探すのにも時間が必要だ。この町では、きっとどこも雇ってはくれない。男はその計算を瞬時に頭の中で行い、絶望という回答を見出した。

「い、いくらなんでもそれは・・・。」

「いつわたしが、お前とその家族の4人、1万ペクルで過ごせと言った?」

ガシャンと音がして、男の手に鉄の黒い枷がはめられた。鉄枷をはめた後、バルは男の指から指輪を全て抜き取った。

「法を犯せば罪を問われる。罪を犯したお前が何も償わずに済むと思ったか?お前が死ねば残り三人。女ばかりだが・・・まあ、器用にやっていけば上手く生きていくこともできるだろう。」

男が騒ぎ出す前に、近くに控えていた数名の兵士たちが男の口を塞ぎ、部屋の外へと連れて行った。バルはその様子を見守っていたが、キルアの目線はすでに再び窓の外へと行っていた。

「この町の・・・新しい町長を決めなければいけないな・・・。」

「はい。投票制にしますか?それともこちらで決めますか?」

外ではまだ、多くの人たちが空から降り注ぐ貨幣を必死に拾い集めている。

「この町の者たちに決めさせる。」

「・・・かしこまりました。」

バルは、まだその場に残り控えている兵士に軽く指示を出した。兵士がコクリと頷いてその場を離れた。

「枇杷を・・・どうにかしなくてはな・・・。」

キルアはポツリと、まるで独り言のようにそう呟いた。

「しかしキルア様。枇杷はこの町の住民のような者たちには支持されています。」

「だが、それ以外や貴族の者たちには良く思われていない。」

キルアはきっぱりとそう言った。

「確かに、そうですが・・・。」

「このままでは、この世界全体の人間に対する考えは悪化する一方だろう。それでは困る。こちらの政策にも影響が出る。・・・トオルのこともあるしな。」

バルは気づいてハッとした。

「・・・そうですね。トオルさまの問題がありますね。」

「今回のこの事件で、貴族たちの人間に対する意識がどう変わるか・・・。おそらくは悪い方へと進むだろう。わたしの元に招いてしまったからには、トオルも貴族たちとは関わらざるをえない。トオルが人間だというのはすでに一部の貴族の中では知れ渡っている。・・・宴までに・・・枇杷をどうにかしなくては。」

バルがゆっくりと頷いた。

「枇杷に勝手なことをされては困る。」







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