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□第48話 「枇杷について・・・ですか?」 秋宮の透のために用意された部屋。小さな丸いテーブルと、椅子が二つ。座るのは、透とナージャ。テーブルの上には、例の如く透のお手製のお菓子と紅茶。今日のメニューはレモンに良く似た果物のクッキー。それに、ごくシンプルな紅茶。ナージャはそれを手にとって透の質問に首をかしげた。 「うん。キルアさんが前に教えてくれるって言ってたけど、最近すごく忙しいみたいでそんな時間も無くて・・・」 二人で紅茶をすすりながら二人はお茶の時間をゆったりと過ごしている。 「まぁ、そうですの?確かにキルア殿下は最近お忙しいようですけれども、側室であるトオル様が遠慮なんかなさってはいけませんわ」 透はナージャの言葉にドキッと肩を上げた。側室というのは上辺だけなどと言えるはずがない。 「キルア殿下だって、トオル様がすぐにでも知りたいと仰ればそれくらいの時間、いくらでも空けてくださいますわよ!」 ――確かに、キルアさん親切だしね・・・。 ナージャの言う意味とはやや違う理解の仕方だが、透は一応頷いた。 「でも、それも何だか遠慮しちゃって・・・。だからナージャ、教えてくれない?」 「・・・私から説明するのはかまいませんが、それを聞いてもあまりお気になさらないでくださいね?」 ナージャは躊躇いがちにそう言った。何を気にするなと言っているのか良く分からず、透は首をかしげた。 「コホン。枇杷は、犯罪集団ですわ。」 「犯罪集団?」 ナージャは真剣な顔で頷いた。 「主に、裕福な貴族を狙い、金品を奪うのです。それだけなら似たような犯罪者はいますが・・・枇杷の他と違うところは、その奪った金品の使い道です。」 「どうするの?」 「ばら撒くのです」 「・・・はい?」 透が間抜けな顔で間抜けな声を出した。ついでにナージャはナージャで説明しづらいといった顔をして、苦笑いしている。 「ばら撒くの?」 「ばら撒きます」 ハッキリと力強くナージャは頷いた。 「元々、枇杷たちは何かしらの悪事を行った貴族しか狙いません。例えば――横暴な政治をした者だとか、権力を使って好き勝手した者だとか・・・それに、犯罪を犯しておきながら、それを隠し通してきた者だとか。そういった者たちから金品を奪い、今度は逆に、貧しい人たちや、その貴族の行いによって被害にあってきたものたちに奪ってきたそれを与えるのです。・・・自分たちを正義の味方とでも思っているのですわ」 ナージャのその口調にはやや棘があったが、決して枇杷を完全に否定しているわけでもなさそうだった。ほんの少しだが、同情の念のようなものがうかがえる。 「もちろん、全てばら撒いてしまうわけではありませんよ?自分たちの取り分もきちんと確保しているはずですわ。・・・まあ、彼らにとってそれも仕方ないことかもしれませんけれど。彼らも、この世界で生きるにはそうするしかないのかもしれません。悪事を働く貴 族を狙うのは、この世界の政治や法律に対して訴えているのですわ」 「・・・どういうこと?」 透にはなかなかナージャの言っていることが理解できなかった。なぜ枇杷が犯罪を犯すことが仕方ないのか、なぜ政治に訴える必要があるのか、その他にもいくつか疑問点が浮かび上がった。だが、その疑問は次のナージャの一言で全て解けた。 「トオル様。枇杷のメンバーは皆、人間なのです」 * 「大体こんなところでしょうか」 リペダがそう言って透の表情を伺ってきた。透は用意してもらった書物のページを眺めながらウーンと唸った。 「何か質問はございますか?」 日課となりつつある、勉強の時間だ。講師はリペダ。内容は日によって様々だが、今回は透のたっての希望で、この世界の人間に対する法律がテーマだ。 「納得いかない。」 「そうですか。しかし事実です」 リペダはさらりと冷たくそう言った。 「どうして人間は一番身分の低い3等民に分類されるの?だって、3等民っていうのは元々こちらの世界で罪を犯した人や、何らかの理由で身分を下げられた人が当てはめられるんでしょ?」 リペダはやや感心した顔で透を見据えた。 「これは・・・。きちんと今まで学んだことを理解し、覚えていらっしゃるようですな」 「・・・そんなことよりも、今話してるのは身分のこと!訳も分からずにこっちの世界に来ちゃったんだよ?だったら、そんな扱いをせずに保護してあげればいいじゃない!キルアさんだって私にそうしてくれたし・・・」 「ハッキリ申し上げますと、それはキルア様のお戯れだったのです。ただ気が向いたのでトオル様をシクレ宮に住まわせていらっしゃっただけのことでございます。気が向かなければ、迷い込んだ人間の担当の役人に引き渡してお仕舞いだったかもしれません。まあ、現在はキルア様はトオル様のことを大層お気に召していらっしゃるようですが」 リペダがさらりと言った台詞に透はやや顔を赤くした。 「そ、その担当の役人っていうのは?」 「迷い込んだ人間を保護する施設がございまして、そこの役人のことでございます」 透がキョトンと目を開き、次にパチパチと何度も瞬きをしてみせた。 「なんだ!あるんじゃない、人間を保護する施設!!」 「ええ、無いなどとは申しておりませんが?」 さらにサラリとそう言ってのけたリペダ。透はなんとなくスッキリしない気持ちがして「むぅー。」っと唸った。 「・・・それならどうして枇杷の人たちはお金を盗んだりするの?そこで保護してもらえるならそんなことまでしなくても最低限は大丈夫なんじゃないの?」 リペダが何かに観念したようにふぅ、と長いため息を付いた。 「トオル様。いつもどんな知識に対してもこれくらい学ぶ意欲を持っていただけるとわたしとしては嬉しいのですが?」 「うん分かった努力する」 透は棒読みでサラリとそう言ってみせた。今までの反撃のつもりであろうか。まったく気持ちの篭っていない返事にリペダはまたしても呆れた顔でため息をついた。 「まあ、良いでしょう。枇杷や人間に対する法について知っていて損はありませんからね。では――」 「何をふざけたことを言ってるの!?」 リペダが話をしようとした瞬間、ドアの向こうから大きな悲鳴に似た叫び声が響いてきた。透もリペダもその大きな声に驚いて、瞬時にドアの方を見た。 「ですから、ルピナス様!今はトオル様はお勉強中でいらっしゃいます!誰であろうとここを通す訳には参りません!!」 閉ざされた扉の向こうから聞こえてくるその声は、間違いなくルピナスとナージャのものだ。互いに強い口調で言い争っているようだ。 「な、何言ってるのよ!!ナージャは私の侍女でしょう!?」 「今はトオルさまの侍女です」 素っ気無い口調でナージャがそう言った。ルピナスが押し黙る。 ルピナスは、ここのところ毎日のようにこの秋宮に通っている。初めのうちは、それは透に文句を言うためだと思っていたが、数日するとそうでもないことが分かった。ルピナスは口では透を追い出すために秋宮に通っているようなことを言っているが、実際にはナージャに会いに来ているらしかった。ナージャはナージャで、ルピナスが秋宮に来たら来たで、透の侍女として対応しつつも、結局しっかり相手をしている。キルアやリペダたち曰く、ナージャはルピナスの幼少のころからの侍女で、今までずっと傍を離れたことがなかったらしい。主人と侍女というよりは、姉と妹のような関係なのだ。そして、今回初めてその状態に陥ったため、実はお互いに寂しいのではないかということだ。 「まあ、その衣、袖がほつれていますわ!他の侍女や女官たちは何をしていますの!?」 信じられない、とナージャが騒ぎ出した。 「東国の王女であられるルピナス様にこんな欠陥のある服を着させるなんて!!」 パシン、と音がした。おそらく、ルピナスの袖に触れるナージャの手をルピナスが払ったのだ。 「ナージャはあの女の侍女でしょ?私のことにまでかまわないでちょうだい」 どうやら、ルピナスの方もすねているようだ。 「まあ!ルピナス様!」 「何よ。文句ある?」 リペダと透はしばらく耳を傾けていたが、どうやらこの言い争いは延々と続きそうだ。 「・・・仲が良いですね、あの二人」 「まったくですな」 透やリペダを始め、この宮に居る誰一人として二人を止めようとしない。 「さあ、そろそろ続きを」 「うん」 |
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