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□第6話



「な、なんで??」

透は思わずそう言った。そう、目の前に現れたのは、キルアだった。いつものような格好ではなく、鎧のようなものを着ている。そして腰には剣を付けていた。ただ、装飾品でいっぱいなのは変わらなかった。
キルアは透の問いに答えず、倒れた痩せ男を足で横に除けて、他の2人を睨んだ。

「な、なんで、キルアおう・・ムゥオガッ!」

キルアは何か言おうとした真ん中の男の口をその手で塞いだ。

「口を開くな。何も言うな。そこのお前もだ。」

太った男は足をガクガクさせながら震えていた。何をそんなに怯えているのだろうか。

「お前たち、覚悟は出来ているんだろうな?」

透は一瞬、寒気を感じた。キルアの目はいつも透に見せるようなものではなく、鋭く、冷たいものだった。


「くそっ!」

真ん中の男はキルアの手を無理やり離し、行き止まりの壁を無理によじ登った。太った男もそれに続こうとしたが、体格上、無理だった。どうしようもなく、ただオドオドとしている。痩せ男はまだ気絶したままだ。
キルアは特に逃げた男を追う様子を見せなかった。男の口を塞いだ手を、ハンカチのようなもので拭っていた。
すると、通路の向こうから、何人もの兵が走ってきて、男が登った壁を同じく登り、追いかけていった。

「残りの兵は別の道から回り込め。それから、こいつ等も連れて行け。」

キルアは太った男と痩せ男を指差して言った。兵たちはそれに従って動いた。太った男は最後まで暴れて、抵抗していた。けれど結局、数人の兵に押さえ込まれ、連れて行かれた。そして通路の向こうに消えていった。

「キルア様。」

去っていった兵と入れ替えに、キルアに負けず劣らず立派な格好をした男がやって来た。黒髪でキルア以上の長身。特に体格が良い訳ではないが、武道派に見える。

「ああ、バル。」

「あの者たちはどうします?」

「・・・そうだな、残りの男の居場所を知っていそうなら吐かせろ。言わないようなら・・・分かって いるだろう?」

バルと呼ばれた男は一瞬、ためらう表情を見せた。

「ただの性質の悪いコソ泥にそこまでするのですか?」

「いいから、そうしろ。」

「はい。」

「それから、少し席を外してくれ。彼女と話をしたい。」

キルアのその言葉に透はビクッと反応した。透は元々、キルアとの約束を破ってここに居る。しかも、トラブルに巻き込まれた上に、助けられてしまった。怒られるのは確実だろうと、透は思った。しかも今、自分の目の前にいる人は、何だかいつもとは別人のように感じられた。



―――今のキルアさん・・・なんか怖い。

「分かりました。では先に行ってお待ちしております。」

そう言って、バルは一礼し、元来た方へ歩いていった。
バルが向こうへ行ったのを確認し、キルアはクルリと透の方を向いた。

「さてと。」

「あ、えと・・・。」

透は苦笑いしながら言葉を何とか言わなくてはと考えた。

「トオル。わたしとの約束は覚えているか?」

「はい。覚えてます。」

透はシュンと小さくなった。

「あれほど街に出るなと言ったのに。」

「・・・ごめんなさい。」

「もしわたしがお前を見つけていなければどうなっていたか。」

キルアは街道で何かを追いかけて走る透を見つけて慌てて追いかけてきたのだった。
透は更に小さくなった。するとキルアは透を自分の胸に抱き寄せた。


―――え?・・・え!?

「何はともあれ、無事で良かった。」

キルアは安堵の息をついた。透を抱きしめる腕に力が入る。透は一体全体なんで自分がキルアの胸の中にいるのかと、顔を真っ赤にしながら混乱していた。そして恐る恐る、顔を上げ、キルアのことを見た。


―――よかった。いつものキルアさんだ。怖くない。

透は少し安心した。そして、ハッと自分が腕に抱いていた謎の生き物のことを思い出した。

―――いない。

透はキルアに抱きしめられたまま首を傾げた。

―――どこかに逃げたのかな?

「どうした?」

透の様子を見てキルアが聞いた。

「えっと、さっき変な生き物に会ったんですけど、居なくなっちゃって。・・・それより、その、離してくれませんか?」

キルアは透の顔が真っ赤なことに気づいて、小さく笑った。

「もう少しくらい、いいじゃないか。」

からかうようにしてキルアがそう言った。

「恥ずかしいんです。離してください。」

透はその腕から離れようともがいた。けれど、なかなか想い通りにはいかない。

「誰も見ていないぞ?」

「そういう問題じゃないんです!!」

キルアは離す気はないらしく、ただ透の反応を見て笑っていた。


「キュー。」

突然、透の頭に何かが乗ってきた・・・さっきの生き物だ。キルアはその弾みで、ようやく透を解放した。透はすぐさま自分の腕の中にその生き物を納めた。

「よかった!お前も無事だったんだね?」

「キュ。」

「そいつ、どうしたんだ?」

キルアが少し不機嫌そうに聞いてきた。

「あ、さっき言った、『変な生き物』です。市場にいた時に大事なものを持っていかれて追いかけてたらここに迷い込んじゃって。」

「キュ。」

「それで、なんだかなついてくれたみたいで。」

「キュ。」

キルアがため息をついた。

「おまえ、それは『変な生き物』ではなくて『龍の子』だぞ?」

「え?」

「キュ?」

「龍の子供だ。そいつは。」

一瞬、透の思考回路は止まった。そしてこう言った。

「えーーーー!!すごい!私、龍なんて始めて見た!!本当に居るんだ〜。」

「キュ。」

キルアはもう一度ため息をつく。

「龍は普通、人間にも人魚にもなつかないんだが・・・。まぁ、見たところまだ空も飛べない様だし、かなり幼い龍なんだろう。」

「へぇ〜。」

透はその龍の子の頭をゆっくり撫でた。龍の子も気持ちよさそうにしている。

「キルアさん?」

「なんだ?」

「飼っても良いですか?」

透は真剣にキルアをじっと見た。


「・・・好きにしてくれ。」

「やったぁー!!」

「キュ。」

手を取り合って喜ぶ透と龍の子。そして、半分やけになっているキルア。

「じゃあ名前を決めよう!!」

「キュ。」

「リュウちゃんでどう?」

「キュ。」

「うん、じゃあよろしくリュウちゃん。」

「キュ。」

―――安易なネーミングだな・・・。

キルアはもう2人の会話について行けない。



「じゃあ、トオル、とりあえず戻ろう。」

透の顔が曇った。また単調な生活を送らなければいけないと思うと、落ち込まずにはいられなかったのだ。

「・・・もしそんなに退屈なら、街へ行ってもかまわない。」

「ほんとに!?」

一転して明るい顔になった。

「ああ。ただし、その時は私も一緒だ。それ以外の時は絶対に出歩くな。いいな?」

「はい!!ありがとう。」

透はニッコリと笑った。


「・・・トオル、いつも首にかけていたやつはどうした??」

「え?ああ、プレートのことですか?ちゃんとありますよ?ほら。」

透がプレートを取り出すと、キルアはホッとして笑った。


細い通路に出ると、バルがキルアを待っていた。

「待たせたな。」

「いえ。」

バルはそう言うと、チラリと透に目をやった。透の方はというと、バルの後ろにある馬車に目を奪われていた。馬車と言っても、屋根の無い、簡単なものだった。

「何これ・・・。キレイ。」

「ああ。それは水馬だ。」

「水馬?」

透の目の前の馬車の馬は、半透明の水色をしていて、たてがみの代わりに、細長いウロコがたくさんついた。それが風になびくとシャラシャラと高い音を鳴らした。まるで氷の彫刻の様だった。

「すごいなぁ。海の中は知らないものばっかり。」

透が目を細めながらそう言うと、バルがピクリと反応した。

「『海の中は』?」

「・・・バル、彼女は人間だ。」

「なっ!!」

「ちょっとこっちに来てくれ。」



キルアはバルを連れて、透から少し遠ざかった。透は特に気にもせず、リュウと一緒に水馬をじっくり眺めていた。キルアとバルは極力小さな声で話した。

「あの女性は誰ですか?」

「透だ。」

「そう言うことを聞いてるんじゃありません!!」

「人間だ。」

「それはさっき聞きました!!」

バルが興奮気味に問いたてる。

「いったい何をそんなに気を立てる必要があるんだ、バル?」

「キルア様が女性に手が早いのは存じていましたが、それは貴族の女性のみだと思っていました。それならまだ構いませんし、それも『水女』を探すためだと思っていました。しかし、それでは飽き足らずよりによって人間に手を出すなどとは・・・!!」

キルアは深くため息をついた。

「お前はどうしてそう考え方が古いんだ?彼女は他に行く当てがないからわたしが保護してるんだよ。まあ、気になることがあるからそうしているんだが・・・。」

「気になること?何ですか?」

「それは後で宮に帰ってから話そう。」

「・・・わかりました。」


「それから、バルには彼女をシクレ宮まで送って行ってもらいたい。」

「はい。」

「丁重にな。」

「分かっています。」

「それから、俺の身分は明かさないこと。」

「なぜですか?」

「・・・色々とな。」

バルは首を傾げた。



「すまない、待たせたな。」

「いいえ。」

透はニッコリ笑った。キルアもつられて笑みを返す。

「キルアさん。」

「なんだ?」

「キルアさんはなんでここに居たんですか?それに、あの大勢の兵隊も。」

「・・・ああ。」

キルアは一瞬返事に困った。バルがチラリとキルアを見た。

「・・・あー・・・仕事でだ。」

「仕事・・・ですか?ああ、もしかして、キルアさんの仕事って警察みたいなものですか?」

「警察?・・・いや・・・ああ、地上で言えばそんなところだ。」

―――まあ、半分は事実だしな。

「へぇ、大変ですね。」

妙に動揺しているキルアを見て、後ろでバルが小さく笑っている。


「コホン。」

キルアが一つ、咳払いをした。

「それで、わたしはまだ仕事があるから、バルがおまえを送ってくれる。」

バルが透に向かって一礼した。透も慌ててお辞儀した。

「バル・・・さん?よろしくお願いします。」

「バル・ギルです。こちらこそ、よろしくお願いします。」

バルがニッコリと笑うと、透は少しホッとした。


―――良い人そうだ。


「じゃあ、バル、頼んだぞ。」

「はい。」

キルアは馬車に乗って去って行った。






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