top // novel / home |
□第50話 まだ外は明るい。町の小さな居酒屋で、数名の若者たちが酒を交わしていた。お酒の場であるにもかかわらず、その表情はどこか硬い。店の店員や他の客たちは気づいていないが、この者たちが他と違う匂いを漂わせているのは確かだった。 「で?どうする?他のやつらは俺らの合図を待ってるんだぜ?明日にでも始めようぜ?」 やけにがたいの良い男がやや酔いの冷めない口調でそう言った。どこか誇らしげに酒をグイッと飲み込む。 「馬鹿なこと言うんじゃないわよ。あたし達はもう王都の隣町まで来てるのよ?下手に騒げばすぐにでも牢屋にぶち込まれるわ。」 サバサバした口調で斜め向かいに座っていた女がそう言った。見ればまだ十代後半と言ったところだろう。肩まで伸びる明るい髪は、クルクルと細かなウェーブがかかっている。顔立ちははっきりとしていて、どこか気の強そうな印象を受ける。がたいの良い男は、彼女に自分の意見を否定されたことに腹を立てた。だが、文句を言うのを堪え、もう一杯酒を仰いだ。先ほどよりも随分と味が落ちたように感じる。 「・・・で?・・・シャンテ。それならどうするの・・・?」 また別の少女が彼女に尋ねた。鈍色の長く、光沢のある髪を右肩に集め垂らしている。やや影を帯びたイメージで、彼女の周りだけひんやりとしてなぜか涼しく感じる。 「ターニャ、焦らないで。・・・そうね・・・今回の作戦は、枇杷の名を伏せて実行する。」 堂々と発せられたその言葉にその場に居た者たちは表情をにごらせ、隣同士で顔を見合わせた。 「どういうことです?それでは僕たちの仕業であると誰も気づかないじゃないですか。」 また別の者がそう意見し、周りの者もそれに頷いた。 「それは承知の上よ。けど、あたし達の目的は枇杷の名を広めることじゃない。この世界の、人間に対する対応を改めさせることのはず。・・・そうでしょう?」 自信に満ちた表情から発せられたその一言で、周りの空気が一転する。その場に居た者の表情は瞬時に誇らしげに変わった。 「その通りだ。わたしたちの求めているものはこの世界の改革だ。」 その場に居る中でも、比較的年長の男性がシャンテの意見に賛同した。他の者も、どうやら気持ちは同じらしい。一人、がたいの良い男だけが不満そうに一人その場で孤立して酒を絶えず呑み続けている。ぴっちりとしたTシャツを暑苦しそうに摘みながら、ふんっと鼻を鳴らした。 「おい!お前はどうなんだ?あぁ?ハル?」 店の隅に、一人座っていた少年が面倒くさそうに振り向いた。 「・・・どうって?」 少年はどうやらこのメンバーの仲間のようだったが、話し合いの輪の中に入る気はないようだった。意見を求められるとやや困ったような顔をしてみせた。シャンテとその隣にいた少女ターニャは、がたいの良い男と、そのハルと呼ばれた少年のこれから始まるであろうやり取りに呆れたようなため息を付いた。 「決まってるだろ?今回の作戦だよ。枇杷の名を出さずに実行するってやつだ。シャンテの意見だが・・・ハル、お前はどう思う?」 やや、嫌みったらしい口調で男がそう尋ねたが、少年の方は落ち着いたもので・・・いや、ほとんどこの男の言動に興味を持っていないようで、さらりと一言こう言った。 「俺はシャンテに従うよ。」 ハルと呼ばれた少年はそう言うや否や、さっさと元のように視線を戻し、あろうことか居眠りを始めた。数秒で眠りにつけるのが彼の特技らしい。その場の数人はそんな少年の態度に慣れているのかクスクスと笑っていたが、男がギロリと睨んできたのですぐにやめた。 「お前はいっつもそのセリフだ。なぁ!?少しは自分のお頭で考えてみたらどうなんだ?それとも考える脳みそが無いのかぁ?」 他の客にも聞こえるような大声で男がそう言ったが、笑ったのは他の客のみで、仲間たちは誰一人クスリとも笑わなかった。少年が、眠りの体勢のままつぶやくように答えた。 「シャンテの意見は正しい。仲間が捕まるのはごめんだ。この町の政治はおかしい。お前の脳みそもおかしい。」 今度は、他の客たちも、仲間たちも皆声を上げて笑った。がたいの良い男は顔を真っ赤にし、ギリッと歯を鳴らした。だがこれ以上言うべきセリフが思い浮かばなくなったらしく、そのまま黙りこくってしまった。 カランカラン。 酒場の入り口の戸が鳴った。すでに居る客の数名はそちらの方を振り向いたが、何のことはない、どこにでも居そうな落ち着き払った男と、まだ幼さの残る女が一人、2等民程度の贅沢過ぎず、尚且つ質素でない程度の小麦色の服装で静かに席に付いただけだった。客たちはすぐに興味を自分たちの会話に戻した。数名の若者の集団もそうだ。 「アルミュールを。」 店に入ってきた二人の客は、店の奥の席を選び、そこに落ち着くとすぐに男の方が店員にそう注文した。 「あ・・・じゃあ、私もそれを。」 店員が、アルミュールを二つと伝票に書き込もうとすると、それを男が制した。 「いえ、彼女には紅茶を。」 女は首を傾げたが、それでもかまわなかったので、それでお願いしますと店員に告げた。伝票にサラサラリと注文が記入された。店員が席を離れると、男が小さく呟いた。 「アルミュールはお酒です。まだあなた様には早いですよ。」 女は納得して頷き、知らずに注文してしまいそうだった自分にやや顔を赤くした。男はすっと周りを見渡した。ごく自然に、不審に思われない程度に。 「あそこに、やや大人数の集団が居ます。」 男の背後、女の正面だった。女は頷き、二人はその集団に耳を傾けた。すぐに紅茶とアルミュールがテーブルに運ばれた。それをゆっくり飲みつつ、神経は別の方向に伸びていた。 「おい、ハル!!じゃあ、こんなのはどうだぁ!?俺たちの名を出しつつ、捕まらなければ良いだろ?なぁ!?」 数名の集団の中のがたいの良い男が、少し離れたところに居る少年に向かってそう言った。男と女はピクリと反応して視線を合わせた。 「・・・どうやら丁度よい店に入ったようですね」 男がニヤリと頬を上げた。 「・・・うるさい」 ハルと呼ばれた少年は煩わしそうにそのがたいのよい男の方から顔をそむけた。 「リペダ。・・・あの人、見たことある・・・」 女はハルと呼ばれた少年を小さく指差した。男、リペダはその少年を気づかれないように盗み見た。リペダには見覚えのない少年だ。 「トオル様・・・どこであの少年を?」 透がこちらの世界に来てから関わりを持つとすればキルアの周りの人間だけだった。そうでなければ、王都の城下町やイリデの町で会った人だけのはずだ。 「・・・私を攫った人たちの内の一人・・・」 リペダはすぐさま何かを閃き、薄っすらと微笑むと何かを透に耳打ちした。透はそれに同意するように頷き、テーブルに添え付けてあったナプキンを取り、そこに何かを書き留めた。ゆっくりと席を立った。静かに慎重にハルと呼ばれた少年に近づき、その正面で、しゃがみ込み、何かを拾うしぐさをして見せた。 「あの」 透が声をかけると、少年は閉じていた目を開いた。それと同時にまるで幽霊でも見たような顔を見せた。透の顔から目を逸らせないでいる。透の方はいたってごく普通を振舞って見せた。先ほどのナプキンを他の誰にも見られない角度で少年に見せた。あたかも、今そこで拾った何かのように。 「これ、落ちていましたよ?」 少年はゴクリと息を呑み、それを受け取った。 「・・・ああ。ありがと」 透はペコリと頭を下げ、リペダの元へ戻り、今度はまだ飲みかけの紅茶を残し二人で店を後にした。その姿を少年は見届け、手元のメモに目を移すともう一度、息を呑んだ。 *** 「どうして私がこんな狭い部屋でずっとずっとずーっとじっとしていなければなりませんの!?」 ルピナスの高い声が割りと広めのその部屋中に響いた。 「仕方がありませんわ。付いて行くって我侭をおっしゃったのはルピナスさまですもの!」 ナージャがそう咎めると、ルピナスは頬を膨らませながら椅子にドカッと座った。ナージャは呆れたように肩を落とし、その部屋の花に水をあげようと、水を汲みに部屋を出ようとした。 「ただいま」 透、そしてその後ろにはリペダ。ナージャは「まぁ!」と声を上げて喜んだ。 「お帰りなさいませ!!予定より随分早いお帰りですわね!」 ナージャの声があまりにも弾んでいるので、透は首を傾げた。 「トオルさま、リペダさま。聞いてくださいまし。ルピナス様ったらこの屋敷から何度も何度も脱走しようとなさるんですの。その度に私、何度も何度もお止めして・・・」 最後の方になると、ナージャは自分を哀れむようにハンカチを目尻に添え、仕舞いにはそれで鼻をかみだした。少し出かけていただけの数時間で、随分と苦労したのだと透はナージャに軽く同情を向けた。しばらくだけでもここに留まってルピナスのお守りを手伝いたかったが、それよりも今は重要なことがあるので、申し訳ない気持ちで謝った。 「ごめんなさい。私たちこれからまた出かけるの・・・」 しばらく放って置かれたのが気に食わなかったのか、ルピナスが不機嫌そうに部屋を出て行った。ドカンッと勢い良く扉が閉まった。 「ルピナス様!」 ナージャが呼んだが、とめられるわけがなかった。ナージャは諦めたようにため息を付くと、クルリと透やリペダの方を向いた。 「・・・まぁ。そうですの。分かりました。枇杷の方々をお助けになるのですものね。仕方がありませんわ」 リペダは眉をピクリと動かし、透は目を見開いた。ナージャには枇杷と接触することも、その後に二人が何をしようとしているのかも伝えてはいない。リペダと透がしようとしていることはキルアが任務としてこなさなければいけない事のまったく逆のことだった。だからこそ、内密に行わなければならず、3人以外は誰も知らない計画だった。あまりにも驚く透を見て、ナージャはクスクスっと笑った。 「あら?これでも私、優秀なんですよ?このジッタに来る前に、キルア王子はわざわざトオル様にジッタの町に枇杷が来ることを言いに来たでしょう?まずそこからおかしいな、と感じてました。いくら側室様でも・・・いえ、側室様に対してだからこそ、トオル様と同じ人間を捕まえる話などするはずがありませんわ。王子殿下が女性の扱い方で間違いを犯すなどありえませんし。リペダ様に対していくつか鍵になるようなことも仰っていたし・・・。トオル様が枇杷の方々を助けたがっているのも分かっていたのに、それでもこのジッタに連れてきたんですもの。間違いではないでしょう?」 ナージャは自信満々に微笑んで見せた。リペダは特に顔色も変えなかったが、何も反論しなかったところを見るとある程度ナージャに対する評価が上がったと見ていいだろう。 「キルア様は立場上、枇杷を助けることはできません。だから裏でリペダ様、それにトオル様が動く。・・・違いますか?」 「すごいですねぇ!」 目を大きくパチパチさせながら透がそういうと、ナージャは「いえ」と首を振った。そしてにっこりと微笑みながら、透に対して敬意の目を向けた。 「私は、これでも幼いころからそういった教育を受けさせられてきました。だから気付いたんです。本当にすごいのはトオル様、あなた様です。あの日、あんな少しのヒントでキルア様が伝えたかった気持ちをご理解なさったのですから。」 |
back / top / next // novel |
Copyright(C) Fuki Kayami all rights reserved. |