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□第51話




 先ほどと同じ居酒屋に、少年は一人残っていた。仲間は一人も見当たらず、他の客も見当たらない。仲間は随分前にここを出て行ったし、他の客はポツリポツリと少しずつ減っていった。どうしてこれほどまでに静かなのか、その理由はなんとなく理解していた。少年は以前したことに対する後悔とこれから起こることへの不安で、柄にもなく頭を悩ませていた。酒は嫌いじゃないが好きでもない。だが今日に限っては浴びるほど飲みたい気分だった。

「シャンテになんて言い訳しよう・・・。」

やや情けない呟きが、店の中に広がった。窓の外、太陽は嫌味なほどに明るい。少年の心は暗い。まるで死刑執行の時を待つ死刑囚のようだ、と少年は思った。実際に犯罪はいくつも犯してきたが、自分の仕出かしたことはそこまで罪の重いものだったのかと今更ながらに落ち込んだ。
カランカラン。

――死刑執行の合図だ。

恐る恐る少年は後ろを振り返った。そこに立っているのは先ほど店に来た二人に間違いはなかった。その二人はなんのためらいもなく、少年の目の前の席に座った。男の方はニコリともせず、こちらをジイッと見ていた。まるで品定めでもされているようだ、と少年は思った。女の方は、意外にも友好的に微笑みかけてきた。少年は一瞬気が緩みそうになったが、慌てて首を横に振り、自分の状況と立場を考えて気合を入れなおした。

「はじめまして。透です。・・・知っているとは思うけど。」

その笑顔とは裏腹に、女は少年に対して皮肉ともとれる挨拶をした。

「・・・はじめまして。俺は・・・春一です。えと?そっちの目つきの鋭いお兄さんは?」

「お気になさらず。」

リペダはそれだけ言うと、口を閉ざした。名乗る気はまったくないと言うことだ。リペダの態度に春一はどうしてよいものかと透の方を見たが、透もどうしたものかと苦笑いを浮かべただけだった。けれど仕方がない。透の名前は春一にすでに知られているが、リペダの名前は知られていない。今回のこの二人の行動とキルアとの関連性は少しでも絶ったほうが良い。それ故、キルアの側近であるリペダの名はできるかぎり伏せておきたかった。できることなら透の名も。しかしそれはすでに遅い。

「そっか、ハルって呼ばれてたのは春一って名前だからなんだぁ。」

透は妙に納得したようにそう言ったが、春一にとってはそんなことはどうでもよかった。気になるのはただ一つ、これから何が起こるか、だ。

「・・・で?俺はどんなお咎めを受けるんでしょ?」

タラタラとした口調で春一がそう言うと、透はニコッと微笑んでまっすぐ春一の方を見た。

「何も春一さんを捕まえる気はありません。以前私を攫ったことも今はまったく別問題です。」

春一は、その内容にやや驚き、同時に安堵した。けれどそうなると今度は別の不安が押し寄せる。人攫いのことをお咎めなしと言うならば、目の前の二人は一体何の用があって自分を呼び出したのか、春一にはそれが思い浮かばなかった。罪になるようなことはいくつもしてきたが、目の前の二人に関わることと言えば、人攫いのことくらいしか覚えがない。

「春一さん、あなたって枇杷だよね?」

またもや驚かされたが、どうせ先ほどの仲間とのやり取りを聞かれたのだろうと納得した。しかしこのことで春一の表情は随分と真剣なものに変わった。軽く、冷や汗が全身を伝う。もし自分から枇杷のことがバレたら、シャンテに半殺しの刑に処せられてしまう。

「・・・そうだと言ったら?」

「無駄な探りあいは止した方が良かろう。わたし達はお前達の邪魔をしに来たわけではない。むしろ、助けになるだろう。」

今まで無言だったリペダが、急にそう話し出した。リペダは無駄を嫌う。だらだらとしたやり取りは特にだ。透は最後まで任せてもらえなかったことを残念に思いながらも、交渉役をリペダに譲った。春一がいまいち信用の足りない表情でリペダを睨んだ。

「その証拠として、良いことを教えてやろう。すでにこの町には枇杷を捕まえるべく、軍の兵士たちが潜入している。」

透は春一の様子を窺った。けれど、それは予想とは違って随分と落ち着いたものだった。

「ふうん。」

たった一言そういっただけだ。軍がすでに町を包囲して、自分達の立場が危ういというのに、この春一の態度はどうであろう。

「驚かないの?」

ついつい、透はそう尋ねてしまった。

「こんだけ好き勝手やってたらそのうち軍も動き出すだろーなとは思ってたしね。俺達の中では予想の範囲内だよ。」

リペダが、透にも春一にも気づかれない程度に頬を上げた。枇杷の行動力と判断力は予想以上だ。多く騒がれながらも実はその実態は詳しく知られていないし、王都の隣にまで進出して来た。リペダは、この男に対してこれからの話をどう進めていこうかと考える。手ごたえのある仕事は嫌いではない。態度や言葉遣いからは考えられないが、どうやらこの春一という男は、枇杷の中でも比較的上位の位置にいるようだ。ほんの数分のやり取りでそう判断し、そしてこれからを判断する。

「現在この町に来ている軍は第三王子の私軍だ。お前たち枇杷が捕まえられるのも時間の問題だろう。」

リペダがそういうと、春一は眉を寄せ、やや不機嫌な顔になった。

「そう簡単に捕まるわけがない。」

春一のその言葉に、リペダが嘲るような笑みを向けた。

「おまえ自身の状況を考えたらどうだ?こうも簡単に正体を見破られた男が、何を言う?」

春一はグッと押し黙った。確かに、この状況に陥ったのは予想外だ。しかし、枇杷のメンバーの誰もがそう簡単に見つけられるわけではない、特にリーダーであるシャンテなら、間違っても捕まらない。それは確信していた。だが、自分のこの状況からいって、リペダに対して反論はできなかった。春一はしばらく考えていたが、やがて顔を上げた。

「分かった。話を聞く。」

透はホッと息を吐いた。このまま行けば、うまく行きそうだった。枇杷も捕まらずに済む。

「このままお前達の計画とやらを実行すれば確実に枇杷は捕まる。そうなれば、軽い罪であって
も十年以上は牢から出れまい。あるいは、二度と同じことが出来ぬよう手足を切り落とされるか、殺されるかだ。」

ゾクリ、と寒気が襲った。透はやや青い顔になりながら、春一を見た。枇杷たちは、万が一捕まったときのことを考えてはいないのだろうか、それが気になった。春一は、少し顔色が悪くなったきがしたが、それでも動じていないように振舞っていた。

「だから、我々がお前達を逃がす手伝いをする。」

「どうして?」

リペダの提案に春一は間髪いれずにそう聞いてきた。当たり前だ。なんのメリットがあって枇杷と関わろうと、ましてや逃がそうとするのだろうか。春一がこの話を怪しんでいることは明らかだった。けれど、リペダは余裕の表情を見せ、こう言った。

「簡単なこと。我が主がそれを望んでいるからだ。」

「ぷっ・・・っはっははっはは!!」

突然声を上げて笑い出した春一に、透は何事かと思い、驚いて目を見開いた。

「なるほど、つまりは詳しいことは教えられないってわけね。俺らはあんたたちの言うとおりに逃げる。あんたたちは思うとおりになる。一石二鳥って訳か。」

ニヤリ、と口端を上げて春一がリペダに顔を近づけた。そして一言。

「嫌だね。」

ポーカーフェイスのはずのリペダの表情が一瞬、歪んだ。リペダの表情を崩せたことに、春一は満足そうだった。透も、リペダには悪いが良いものが見れた、とついつい思ってしまった。

「なぜ?」

「面倒。」

一瞬、リペダも透も固まった。

「そんなっ!仲間が捕まるかもしれないってのに――」

透が春一に抗議しようとするのを、リペダがスッと手を挙げて抑えた。そして先ほどの春一よりも邪悪な笑みを見せた。

「・・・お前は、自分の立場が分かっていないようだな。」

ゾクゾクッと、悪寒が走ったことは間違いではない。春一はややリペダの邪悪さに怯えながらも、それでもなんとか反論した。

「あんたたちの言いなりになる気はないし、あんたたちが信用できるかどうかだって怪しいだろ?」

「信用してもらうしかないな。それに・・・誘拐は罪が重い。」

ジリジリと、自分の状況が追い込まれていくのを春一は感じていた。以前、透を誘拐したことをかなり後悔していた。もしこんなことになると分かっていたら、どんな大金を積まれてもあんな仕事は引き受けなかっただろうに。

――せめてもっと報酬はずんでもらうべきだった・・・。

「お前に選択権はない。」

「嫌だ。」

「仲間を助けたくはないのか。」

「嫌だ。」

透はハラハラしながら二人を交互に見た。春一の表情が段々切羽詰って行くのが分かる。それに比べ、リペダは無表情だ。さっきの顔は目の錯覚だったのかもしれない。

「・・・だぁー!!もう!『はい』って言ったってもう手遅れなんだよ!!」

リペダからの圧力に耐え切れなくなったのか、春一は怒鳴るようにそう言い放った。

「手遅れって・・・どういうこと?」

春一は観念したようにため息を付いた。

「計画はもうとっくに実行に移してるはずだよ。今頃その真っ最中だ。」

「そんな・・・いったい何処で何をするの!?」

透は立ち上がって春一の胸倉を両手でつかんだ。春一はその剣幕に押され気味になる。

「いや、襲うんだよ。普通に。主だった貴族の宮と、あとは町庁舎。」




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