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□第53話 「いったい、どういうことなのか説明してくれる?ハル。」 枇杷のリーダーであるシャンテ・スピアーズは厳しい口調でそう言った。ハーフパンツにお腹が丸見えのタンクトップ。少し露出度が高い。一応、こちらの世界の服に似せてあるが、それでも人間だということは簡単に想像できる。特に東国の人間は、露出の激しい服を好まない。それらを着るとしたら踊り子や娼婦や変わり者だけだ。茶色の肩までクルクルと流れる髪は、彼女の気性の激しさを象徴している。おまけに、グラマラス美人だ。シャンテと春一は宿の一室でずっと睨み合っていた。いや、睨んでいたのはシャンテだけだと言ったほうが正確だろう。 ここまで王都に近づけば、何かしら国としての対策をしてくることは分かっていた。けれど、名高い第3王子がわざわざ出てくるとは思わなかったし、合わせて5名、仲間が捕らえられてしまったのも事実だ。しかし、あれだけの兵士がいたにもかかわらず、ほとんどの計画は成功し、貴族達の財産を盗んで町にばら撒くことができた。春一からの知らせが届かずにいれば、ほぼ全員が捕まっていたことだろう。それほどまでに第3王子は優秀であった。 「だから、男女の二人組みが俺達を逃がしてくれるって話を持ちかけてきて・・・」 もう一通りの説明は済んでいたがそれでもシャンテには納得が行かないようだった。 「・・・そいつら、何者?」 シャンテのグリーンの目が春一をギッと睨んだ。 「だ、だから、俺にも分かんないって。俺達を逃がしてからはいつの間にか消えてたし・・・。」 リペダは事前に枇杷の逃げ道を用意していた。キルアの枇杷に対して張った網を上手く潜り抜け、その追っ手の届かないところまで行く術を数通り準備しておいたのだ。これにより、枇杷は現在は王都から随分と離れた場所に居た。 「自分達の主がそう望むから逃がすんだ・・・って言ってた。まあ、いいじゃん。こうして俺らは無事なんだし、捕まった5人も殺されることはないだろ?」 「わかんないわよ。あの第3王子、いろいろと有名だし。仲間を・・・見捨てるわけにはいかない。」 シャンテは悔しそうに親指の爪をギリッと噛んだ。 「じゃあ、どうするんだ?」 「助けに行く。」 春一は明らかに嫌そうな顔をして見せた。まるで不味いものでも食べてしまったときの顔だ。 「せっかく助かったのに?」 「あんたの言ってる二人組みの正体も知りたいじゃない?私達の動きだけでなく、王子の私軍の動きまで知ってたんでしょ?しかも女の方は人間なら、なおさら会いたいじゃない。」 春一は諦めたようにため息を付くと、ゴロンッと宿のベットに寝転がった。 「安心して。次は上手くやるよ。」 シャンテが得意そうにそう言うと、春一は目を閉じてこう言った。 「はいはい。お前も寝ろよ?王都に乗り込む気なら休んだほうがいい。」 * 「トオルなら絶対に一緒に行くと言い出すと思っていたからな。それにリペダが一緒であれば問題はないと思っていたんだ。だが、今回だけだ。もう何にも首を突っ込むなよ?」 キルアの私宮である秋宮。その中庭の噴水の端に二人は座っていた。事後処理がようやく終わり、最近不在がちだったキルアもようやく自分の宮に帰ることができ、今こうして二人でいる。 「う・・・」 キルアの言葉に、透は素直に「うん」と頷けずにいた。もし今回のようなことがまたあったら首を突っ込まない自信はない。 「ルピナスは・・・大丈夫?」 あの枇杷の事件から数日が経っていた。あの日から、毎日のように秋宮に押しかけて透を追い出そうとしていたルピナスが一度も来ていない。もしや、あの事件があまりにも恐ろしくてトラウマにでもなってしまったのだろうかと透は心配していた。ナージャはあの日からルピナスの侍女へと戻っていった。二人の仲の良さを見て、透がそうするようにとナージャに進めたのだ。ナージャの方もルピナスの傍に居ることができないのは不安だったようで丁寧にお礼と挨拶を済ますとスッキリとした顔で秋宮を後にした。 「大丈夫だ。今回のことで父上にしっかり怒られたらしく、今は王宮から出ることを禁止されているらしい。あの町に連れて行ったのはわたしの責任でもあるが・・・父上はどうやらルピナスがわたしたちの邪魔をしないように取り計らってくれたらしい。」 にっこりとキルアは透に微笑みかけた。 「・・・邪魔?」 一方、透は意味が分からなかったらしくキルアの言ったことを反復して首を傾げる。その様子を見てキルアは苦笑した。 「こういうことだ。」 小さく、透の頬にキスが降ってきた。ポンッと音を立てて透の顔が赤く変わる。キルアはクスクスと笑った。からかわれているのだと透は思い、キルアを軽く睨みつけた。 「これくらいなら許してくれ。」 そう言いつつも、やはり小さく笑いを堪えている。 「しかし、ルピナスのことではないがお前も元気のようで良かった。枇杷の活動を目のあたりにして、お前がどう感じるのか心配だったのだが・・・」 チラリと透の反応を窺うと、やはり暗い顔をして俯いてしまった。この話題はすべきでなかったかとキルアはやや後悔したが、それでもあの事件の影響を心配していたので今聞かずとも遅かれ早かれこの質問はしていただろう。 「・・・うん。なんか・・・キルアさんのしてることは分かるんです。枇杷のやっていることは犯罪だから、ちゃんとそれを止めたりとか、裁いたりとか、そういうことは誰かがしなくちゃいけないことで、それがキルアさんの仕事だってことはすごく分かります。枇杷のしていることをあの日・・・全部ではないけど見てみて、すごくショックだった。斧とかで、扉を無理やり破って押し入って、金目のものとか、全部奪って・・・どんなことがあってもしちゃいけないことだって思います。・・・でも、やっぱり枇杷のことも、悪者だって言えない。ちゃんと、こちらの世界で人間に対する差別がなくて、人魚の人たちと同じ様な生活ができたなら、あんなことしなくても済んだのかなぁって、どうしても思います。」 透は遠慮がちにキルアの顔を見上げた。 「・・・人間に対する法律を変えることはできませんか?」 キルアは透から視線を外し、静かに答えた。 「・・・それはできない。」 その答えに透はまた俯いた。 「・・・透は、なぜ人間は犯罪者と同じく3等民に分類されるか分かるか?」 キルアの質問に透はもちろん首をプルプルと横に振った。リペダにこの国、そしてこの世界の様々な法律や規則を教わってはいるがそのことはまだ耳にしたこともなかった。 「いえ、知らないです。どうしてなんですか?」 「随分昔の話だ。わたしも詳しいことは知らないが、その頃はこちらに迷い込んできた人間も最低でも2等民、あるいは1等民として迎えられた。人魚たちも人間に対する差別感はなく、むしろ友好的に迎えていた。だがある日、ある一人の人間がこちらの世界に迷い込んだ。それに気づいた人魚がその人間を歓迎しようと近づいた。・・・どうなったか分かるか?」 透はもう一度首を振った。 「人魚はその人間に殺された。」 「・・・そんなっ!」 透はどう反応して良いのか分からず、ただ驚愕した表情でキルアを見上げた。 「その人間はこちらの世界に来て相当混乱していたらしい。その上、その者は地上でもいくつかの犯罪を起こした犯罪者だったんだ。人魚を殺して金目のものや食料を奪った。分かるか?我々は以前は人間は保護するべき者として見てきた。しかし今は、それと同時に警戒するべき者として見なければならない。迷い込んだ人間が全て善人だとは限らない。人間がこちらでも上手く暮らせるように取り計らうことも重要だが、人魚達の安全もより重要なんだ。」 透は唇に指を当てながらしばらく考えていた。そしてもう一度顔を上げた。 「つまり、人魚達に警戒心を持たすために人間を3等民に分類したってこと・・・?」 キルアの手が、透の髪をそっと撫でた。 「そうだ。お前は賢いな。それに人魚のほとんどは、人間を良く思っていない。たとえ法を変えようとしてもなかなか並大抵のことでは上手くいくまい。」 まるで小さな子供をあやして愛おしんでいるようだ。キルアは何度も透の頭を撫でた。透は今の話を聞いても、どこか納得できない部分が残っているのを感じた。けれど、今の自分にはそれが何だか分からないし、人間を差別することがなんの理由もなく行われているわけではないということが分かり、少しだけ胸が軽くなった。けれど、人間の全てが警戒するべき相手というわけではない。そんなこと、誰だって本当は分かっているはずだ。 ――分かってるはず・・・けど・・・。 再び透の表情が陰ると、フワリと透の体を何かが包んだ。 「キルアさん?」 少し臆病に回されるその腕は、柔らかく、そしてしっかりと透を抱きしめていた。 「・・・わたしが王になったら、国も、民も、争わずに済む世界を作る。誰もが平等で誰もが裕福な、幸せな世界だ・・・。」 透はそっと目を瞑った。 「人間も、人魚も関係ない・・・。」 先日の、隣町での事件のことを静かに思い出していた。二人が羨ましかった。大切に思う関係。お互いすぐ傍に居る存在。 「おまえが、そんな顔をしなくてもいい世界だ。」 透はキルアの腕の中で小さく頷いた。そして人間と人魚の大事な話をしているにも関わらず、その温もりに心を取られてしまう。 ――私にも、いたんだ・・・。 すぐ傍でシャラリシャラリと、噴水の水音が聞こえる。 ――私を抱きしめてくれる、人・・・。 |
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