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□第54話 パタパタと、透はバルの後を付いて回っていた。バルが止まれば透も止まり、右に曲がれば同じく右に曲がる。 「ねぇ、バルってば!!」 バルは彼にしては珍しく、そっけない態度で透の呼びかけを無視し、スタスタと仕事へ向かってしまう。透はむぅっと頬を膨らませ、その後を必死で追った。この秋宮を出ることを、透はキルアから禁止されている。だからバルが宮から一歩外へ出てしまえばもう「あのこと」を頼めなくなる。枇杷の事件からほぼ毎日、この状態で、未だに透の頼みごとは聞き入れられていない。 「お願い!ほんっとうに!おねがい!!」 両手を顔の前で勢い良く合わせて、透はバルの正面に回り込み必死で頭を下げた。バルは困ったように顔を歪ませ、どうしたものかとため息をついた。 「ですから、無理です。第一あなたは仮にもキルア殿下の側室さまなのですからそんなことはなさらなくていいんです。」 「でも私はやりたいの!」 バルの言葉に素早く透が反論した。反論とは言っても、ただ駄々をこねているだけのように思える。 「ですから、女性が武術や剣術を覚える必要などありません!ましてやあなた様には不要です!!」 聞き分けのない透に対し、バルが声を荒げた。けれど、そんなことで動じる透ではなかった。 「女だから武術をしなくていい?そんなこと誰が決めたの?それに、私は自分にそれが必要だと思ったからこうして教えて欲しいって頼んでるの」 口で納得させられるような相手ではない、とバルは悟った。この世界に来た当時は、決して口数は多くなく、少し大人しいくらいに感じた透が、随分と積極的になったものである。もしや、元がこういう性格であって、こちらの世界に慣れるにしたがってそれが表に表れてきたか、あるいは毎日勉強を教わることによってリペダの影響を受けたのかもしれない。 ――きっとそうだ・・・。 バルはそんなことを考えながらもう一度ため息をついた。 「お願いよ、バル。」 透は必死だった。ここに来てから、今まででは考えられないような危険な目に何度もあっている。その度に、キルアやバル、ときにはサーベルに助けられた。透はそれではいけない、と考えたのだ。助けられてばかりで、さらに、あちらの世界に帰る手助けまでしてもらっている。せめて、これ以上に迷惑はかけないようにしたい、自分の身ぐらい自分で守れるようにしなくちゃいけない、透はそう思った。それは、枇杷の事件のとき、ナージャが見せたあの一連の動きを見てからだ。ペーパーナイフ一つで相手の動きを止めたあの動きはただの侍女ができるものとは思えなかった。聞けば、ナージャは幼いころからルピナス付きの侍女となるために、ある程度の武術や剣術を教え込まれたそうだ。決してたくましくない、むしろ細いくらいのあの腕でも、男一人の動きを止めることはできる。ならば自分にでもできるのではないかと透は考えたのだ。 「・・・ですが、そういったものは何年もかけて習得するものです。今から始めたところで簡単に活用できるものではありません。」 言われて、確かにそうだと思った。けれど透は納得しきれない顔で俯いた。バルがそれを見て苦笑する。 「分かりました。ではこうしましょう。トオルさまがどうしても武術、あるいは剣術を習いたいとおっしゃるのならキルア様に許可を取ってください。キルア様が許可されたことであれば俺は文句は言いません。喜んでお教えしますよ。」 パァッと顔を綻ばせる透に、バルは今度は優しく微笑んだ。 「ありがとうバル!!・・・で、キルアさんってどこにいる?」 「今は・・・神殿でしょう。」 「神殿かぁ・・・行っちゃだめかなぁ?」 透は少し期待を込めてバルを見上げたが、バルはそんなに甘くはなかった。 「駄目です。トオルさまは外出禁止ですから。」 一番融通の利きそうなバルがこう言うのだ、もちろんリペダも了承するはずがない。 ――でも、ずっと外に出ないのって退屈なんだけどなぁ・・・。 「・・・バルはこの後もお仕事?」 「ええ。これからキルア様と合流しなければいけないので。」 それを聞いて透はニヤリと笑った。 * 神殿は随分と賑わっていた。この太陽神殿は数多くの神殿の大元であるため、国内、さらには国外から多くの人が集まる。キルアたちは大神殿の礼拝堂から少し外れた大きな通路に居た。そこからは太陽神に祈りを捧げにくる多くの者たちの姿が良く見える。キルアは、そんな大勢の中から現れた一人に目を見張った。目の前までやってきた少女はキルアに向かって悪戯っぽく微笑んだ。 「どういうことだ?」 そのセリフは少女に向けられたものではなく、少女をここまで連れてきた隣の男に対してだった。 「その・・・申し訳ありません。」 「ごめんなさい。私がバルに無理にお願いしたんです。どうしても外に出たかったんだけど、外出禁止だったし・・・。でも、誰かと一緒なら危なくないしいいかな・・・と・・・。」 透はキルアの反応をやや不安げに窺ったが、キルアは小さくため息を付いて透にもっと傍に来るよう手招いた。 「済まなかった。おまえが宮の中でじっとしていられると思っていたわたしが甘かったな。バルも、すまなかった。」 透はホッとするとともに、キルアに続いてバルに「ありがとう」と礼を言った。 「まだしばらく仕事があるから、しばらく待っていてくれるか?終わったらどこでも好きなところに連れて行こう。」 思わぬキルアの申し出に透は目を輝かせた。 「ホントに・・・?」 「ああ。」 キルアが透の頭を愛おしそうに撫でた。その様子をやや呆れながら見ていたバルの元に、マイホがやって来た。随分と不機嫌そうにバルの隣に立ち、ムスッとした表情でキルアたちを見ていた。 「なんで連れてきたんだよ。あれじゃキルア様の威厳が崩れる。」 周りの兵士達も、一人の少女にこぼれるような笑顔を見せるキルアに唖然としている。バルは小さく笑った。 「数人、兵士を付けよう。頼むから神殿からは出ないで待っていてくれよ?」 キルアはもう一度透の頭を撫でて、近くにいた兵士数名を呼んで透の傍に付いているように命じた。バルとマイホはそれぞれに仕事があるので、今回透の護衛に付いたのはは顔も名前も知らない人たちだった。 「よろしくね。」 透が笑顔でそう言うと、兵士達は顔を見合わせた。キルア王子が側室を迎え入れたのは噂になっていたが、予想とはまるで違う。まったく着飾ってもいない、気取った様子もないあたりから、どこぞの姫君というわけではなさそうだ。正直、女性に関しては不自由していないはずのキルア王子がなぜこのような娘を迎え入れたのか兵士達には疑問だった。失礼ながら、特に美人とも思えなかった。けれど、随分と親しみやすそうな側室様だ、この方ならへたに高飛車な姫君よりもよっぽど仕えやすいだろうと兵士達は少々安堵した。 「えっと・・・とりあえずお祈りしたいんだけど、付きあってくれる?」 透が兵士達にそう尋ねると「よろこんで」という声がいくつも重なって返ってきた。 * ――あの少女はなんだろう。 シャンテは、王子とその護衛の軍人達の中に一人ポツンと居る場違いな少女を見つけた。どこかの貴族の娘かとも思ったが、その風貌からいってその可能性は低い。簡素な服を纏ったその少女はなんの飾り気もなく、気取った様子もない。しかし、少女はこの国の第三王子の隣に当たり前のようにして居る。おまけに、その王子が愛おしそうに少女の頭を撫でているではないか。 「ねぇ。あれなんだと思う?ターニャ。」 シャンテの隣に立つターニャは無表情のまま自らの頬に手を当て、首を傾けた。 「・・・さあ。何かしら。少なくとも、王子と親しい間柄に見えるけど。」 抑揚のない声でそう言う。右肩にさらりと流した鈍色の長い髪が印象的だ。声も表情であっても変化の少ない彼女はシャンテの親友であり、彼女もまた枇杷のメンバーである。リーダーであるシャンテといつでも行動を共にしている。 「・・・王子の元から離れるみたい。あの子、利用できないかな?」 シャンテは遠目ではあるがまじまじと透を見つめた。シャンテは、この太陽神殿を第三王子が訪れると聞き、どうにか捕らえられた5人の枇杷を助け出すことができないかとここまで来たのだ。今まさに、その方法が見つかりそうだとシャンテは口端を上げた。 「あらあら。計画も立てずに何か行動するつもり?」 「終わり良ければ全て良し。・・・協力するの?しないの?」 シャンテの問いかけに、ターニャの普段はほとんど動きを見せないその表情に変化が見られた。小さく、黒いオーラを纏いながら微笑んだのだ。 「愚問ね。」 |
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