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□第55話




開け放たれた空間の向こう。そこに向かって大勢の人が祈りを捧げている。透もまた、同じように両膝を床に付き、両手を胸の前で握った。

――シャイさん・・・。

「この世界には様々な規則がある。法律もその一つ。ねぇ、おかしいとは思わない?」

突如、リアルに聞こえるシャイの声。透は顔を上げた。もちろん、そこにシャイの姿が見えるわけではない。声だけだ。

「ここに居る人は皆、太陽神を崇めるために居るのね。太陽妃の住まうあの場所に向かって、皆、手を合わせている・・・。」

透は遠くに見える白い宮殿のようなものを見た。皆、そこに向かって祈りを捧げている。

――あの建物にシャイさんは住んでいたんですね?

「今も、あの場所に居るわよ。もう、命はないけれど。」

透は首を傾げた。

「私は、崇められるような存在ではないし、太陽妃など・・・。」

何かを言いかけて、シャイは沈黙を作った。透の周りでは祈りを済ませたものが立ち上がり、祈りに来た者と入れ替わっていく。両隣に、同世代くらいの女が二人、祈りを捧げるためにしゃがみ込んだのが分かった。わずかではあるが、透のシャイに対する印象は変わりつつあった。初めの頃は、シャイは何かに対し切迫した雰囲気だったが、今は何かを愁いているようだ。

「あなたも、この世界の決まりには疑問を感じているでしょう?例えばそう、あなたの両隣にいる少女たちのように。」

沈黙を破り、伝えられたシャイの言葉を聞き、透はハッとして両隣をすばやく見た。

「あなたたちは・・・?」

つい、そう尋ねてしまい、透は後悔することになる。両隣の少女達は互いに顔を見合わせ、なぜ自分達のことを何かしら感づいたのか首を傾げる。

「人間よ。」

答えたのは二人の少女ではない。再びシャイの言葉を聞き、透は目を見開いた。そして目の前の二人を良く観察した。一人は緑の瞳でクルクルと愛らしいパーマをしている。少し年上のように思う。もう一人は、鈍色のまっすぐな髪を片方の肩に流し、青い目で、無表情のままこちらを見つめていた。

「あなたたち、人間?」

この透の言葉に、もちろん二人の少女も驚く。二人のうちの片方が、眉をピクリと吊り上げながら透を見据えた。

「あなた、何者?」

今度は、その少女が質問をした。透は二人からの厳しい視線を感じた。何と答えるべきか迷う。太陽妃の知り合い?キルア王子の側室?どれも簡単に信じてもらえることではないだろう。考えた末、少し戸惑いながらも透は答えた。

「私も、人間です。」

もちろん、この言葉に二人の少女はさらに驚き、そしてほくそ笑んだ。彼女達にとってこの状況は最高だ。キルア王子と親しい人間。こんな上等な取引材料はない。どうして人間が、どの王子よりも冷血だと言われている第三王子と親しいのか、それは大きな疑問だったが、それは後回しだ。

――人間ならば、仲間に引き入れてしまえば・・・。

二人の少女は互いに視線を合わせ、頷きあった。

「人間ならば話が早い。できれば私達に付いて来てくれない?」

二人のうちの片方、シャンテはできるだけやわらかくそう言った。もう片方、ターニャは随分と大人しく口も開かずにいる。透はこの願いに困惑した。この場を離れるわけにはいかない。もちろん、神殿を出ることになれば大問題だ。ここまで来ること自体、キルアとの約束を破っているのに、さらにまた同じようなことをするなど、さすがの透も自分自身で許せないことだった。ちらりと、やや離れたところで透を護衛している兵士達の様子を窺った。

「・・・ごめんなさい。今はここを離れられないから。」

この返事に、シャンテは少なからず顔を顰めた。透にもそれは読み取れた。

「どうしても?」

やや戸惑いながら、透は頷いた。

「いつならいいの?」

透はしばらく考え込んだが、そもそも今はまさに外出禁止令が出ている真っ最中で、見ず知らずの人間について行くなどキルアが許してくれるはずもない。いつになれば外出解禁となるのか、さっぱり予想できない。

「わ、分からないんですけど・・・。」

申し訳なさそうに透はそう告げた。透にとってはこの世界で会う初めての人間だ。話がしたいのは山々で、今にも護衛を撒いてついて行きたい。そうは思うが、これ以上キルアの信頼を失いたくないのも事実。

「ここでは駄目ですか?」

シャンテとターニャは顔を見合わせ、少し面倒くさそうに頷きあった。

「ごめんなさい。手荒な真似はしたくなかったのだけど。」

ターニャが懐から何かを取り出した。小さな小瓶。ポンッと蓋が開けられ、それが透の目の前にズイッと押し付けられた。途端、グラリと透の体が大きく揺れた。

「よいしょっと。」

シャンテが意識のなくなった透の体を支えた。ターニャは小瓶を懐に戻した。異変に気づいた護衛達が、慌てて透の元に駆け寄ろうとした。しかし、遅かった。

「王子さまに伝えて。この子、借りていくわ。」

そう言われても兵士達は透に駆け寄ろうとした。しかし、次の一言でそれも阻止された。

「近づくと、この子がどうなるか知らないわよ?」





「・・・またか。」

キルアのため息交じりのそのセリフに、バルはひたすら頭を下げた。

「申し訳ありません、トオル様をこちらにお連れしたばかりに・・・。」

キルアは椅子に深く腰掛けたまま、ひらひらと手を振った。

「良い。トオルのことだ、お前が連れてこなくとも、いつかは勝手に宮を抜け出していただろう。・・・まったく、あいつが外に出ればいつも問題が起こる。」

マイホが、数名の兵士を連れてキルアの前に立たせた。透の護衛を命じられた兵士達だ。皆、これからどういった風に罰せられるか、怯えている。キルアはキルアで、その顔、体全体に不機嫌オーラを纏っており、触れれば火花が飛びそうだ。

「お前達。」

ビクッと兵士達の肩が震えた。何せ相手は氷の王子と名高い男。普段はそうでもないが、一度不興を買えば、その先は地獄しか残されていないという。実際、キルアの不興をかったばかりに、命まで落としたものも少なくない。兵士達は恐怖のあまり顔もろくに上げられないでいた。

「犯人の顔を見たのだろう?」

皆、慌てた様子で「はい」と答えた。

「女が二人です。」

バルが、情けないと言った風に頭を抱えた。

「たかが女二人に?お前達は一体何をしていたんだ!!」

バルの怒鳴り声に兵士達は大の大人であるのに泣きそうになった。確かに、あの時は気が緩んでいた。キルア王子の相手が、良い人そうだと分かり、それだけで無意味に満足してしまったのである。あまり近づいての護衛は、逆に透を目立たせてしまうことになるので、ある程度の距離をとった。それが逆効果となってしまったのだが、やはり気の緩みが一番の原因だろう。

「バル、良い。」

「しかし・・・。」

意外にも、バルの怒鳴り声を止めてくれたのは冷酷無慈悲と噂の王子であり、兵士達は揃いに揃って目をぱちくりさせながら首を傾げた。

「お前達に、仕事をやろう。トオルを探し出せ。万が一ということも考えられるが、まだそう遠くには行っていないはずだ。犯人にも何かしら目的があるはず。」

犯人の二人は、透を傷つけることなく連れ去った。それを考えれば、目的は透の命ではなく他にあると考えられる。
首が繋がった、と兵士達は心から喜んだ。ここで透を探し出せばなんとか名誉挽回。まさか、こんな展開になるとは、兵士は誰一人思っていなかった。王子の前であるので、表には出さないが、心の中は安堵と喜びでいっぱいだ。なんだ、王子は噂ほど冷酷でもないのではないか、むしろ慈悲深い人ではないか、と兵士達は涙ぐむ。

「しかし、これでトオルが見つからないようであれば・・・分かっているな?」

有頂天なそのときに、キルアから発せられたその言葉は兵士達をつき落とすには十分なものだった。

――職を失うどころか、本当に首が飛んでいってしまう・・・!!








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