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□第56話




「うげぇっ!?」

宿に戻って、奇声を発した春一に、ターニャとシャンテは怪訝な顔を見せた。

「どしたの?ハル。」

春一は、中途半端に口を開いたままシャンテの腕に抱えられた透を指差した。

「そ、それ・・・。」

「ああ。この子?」

シャンテはよいしょ、と透をベットに寝かせた。透はベットの上でコロンと転がってすやすやと寝息を立てている。まだ起きる気配はない。ターニャの睡眠薬は効果抜群だ。少し効きすぎのような気がして、ターニャは透の寝息を確かめ、まぶたを少々無理やりこじ開けた。

「・・・解毒剤、取ってくるわ。」

ターニャが抑揚のない声でそう言い、シャンテが「分かった」とだけ返事をした。そして彼女が部屋を出ると、春一は部屋に残ったシャンテと透の顔を交互に見た。

「そんな顔しないでよ。あたしたちだって別にこんな手段使うつもりじゃなかったんだからさ」

「違うって、俺が言いたかったのはそういうんじゃなくて・・・」

春一は、気が動転しているのか、何から言えば良いのか、上手く伝えられないでいた。

「この子、ほら、えと・・・あの、あれだよ。」

「何を言ってるの?」

挙動不審な春一の様子にシャンテは顔を顰めた。

「この前、俺たちを逃がしてくれた二人組みの内の一人!!」

やっと思った言葉が出てきて、春一はふうっとため息をついた。

「・・・この子が?」

春一の発言に、シャンテは訝しく思い、まだ気持ちよさそうに眠っている透に目をやった。

「間違いないの?」

「ああ、間違いない。」

――自分が攫った人間だし。これで会うのは3度目だ。

春一は自分が誘拐などという真似を仕出かしたことだけは隠し通すつもりでいた。そんなことがバレれば、シャンテに叱られて叩かれて蹴られるのは逃れられないだろう。

「・・・でもそれじゃあやっぱりおかしい。」

春一がきっぱりと断定したにも関わらず、シャンテはなかなか納得のいかない様子だった。

「どうして?」

春一が首を傾げる。

「だってこの子、キルア王子と繋がってるのよ?」

「うへぇっ!?」

本日二度目の奇声が響いた。

「しかも、人間なのに」

「・・・あぁ」

――思い出せば、初めて会ったときもどこかの貴族の依頼であの子を攫ったんだっけ?

ならば王子1人と繋がっているというのもあり得なくはない。
何か考え込む春一にシャンテが不審がった。春一は、あはは、と慌てて笑顔を取り繕い、そんな作り笑いで納得したのか、シャンテは話を続けた。

「で、この子、随分王子さんと親しげだったから、捕らえられた5人を助けるのに利用できるんじゃないかなぁってね」

春一も、しげしげと透を見た。人間だとは知っていたが、まさか噂の冷血王子と親しい仲だとは。誰がそんなことを予想できただろうか。春一は人攫いを心の底から後悔し、願わくば、王子に首を切られることがないようにと祈った。

「でも、王子の仲間なら、なんであたしたちを助けた?」

「本人に聞いてみましょう」

いつの間にか部屋に戻っていたターニャが濃い紫色の液体の入った小さな瓶を両手で持ってそう言った。あまりの毒々しい色に、一体何の薬なのかと春一が顔を顰めた。

「解毒剤よ」

春一の思考を読み取って、ターニャはそう言い、彼に向かってニタリと微笑んだ。

「・・・俺には猛毒に見えるぞ」

ターニャの微笑みに、ゾクリと悪寒を感じ、春一は自らを抱きしめるようにして震った。ターニャはベットの横に立ち、透の頬に片手を添えて、もう片方の手で小瓶を傾け口に注いだ。
コクン。
三人は、ジィッと透を見つめた。

「ん・・・」

透はゴシゴシと目を擦った。大きなあくびをしながら上体を起こし、キョロキョロと辺りを見渡した。

「・・・へぁえっ!?」

本日三度目の奇声だ。今度は春一ではなく、透のものであった。目の前に3人の人間。そのうち二人は恐らく今回自分を攫った人物。そして人間でもある。残りの一人は、前回自分を攫った人物。そして他の二人と同じように人間であり、おまけに枇杷であると先日発覚したばかりである。この三人、一体どんな関係なのかと透は首を傾げたが、答えはすぐに見つかった。

「そっか。二人も枇杷なんだ。」

二人とは、シャンテとターニャのことである。透が勝手に自己解決している中、シャンテは再び透を観察していた。

――至って普通だ。

特に、特別なところがあるわけではなさそうだ。

「そう。あたしたちは枇杷。あなたが以前あたしたちを逃がすのを手伝ってくれた二人の内の一人だってのはさっきハルから聞いた。・・・枇杷が五人、東国側に捕まってるのは知ってる?」

透は頷いた。

「うん。じゃあ、質問するけど、あなた、キルア王子とどういう関係?神殿で話しているのを見たんだけど?」

途端、透の顔が険しい難しい顔に変わった。

「関係・・・ですか?」

あまりにも複雑な顔を透がするので、三人は不思議がって顔を見合わせた。透は複雑な顔の下でさまざまな思考を巡らせた。まず、実際のキルアとの関係について。友人とでもいうべきか。いや、それもどこかおかしい気がした。表面上では側室である。だがそれを言えば、前回、枇杷を逃がすのを助けたことについてキルアも関わっているとばれてしまう。否、透がキルアの側室であるということは宴が開かれれば即座に一般人にも知られるだろう。先ほどの神殿で王子と何らかの関係があるということはばれている。

――他に言いようもないし。

「一応、側室?」

透が首を傾げながらそう言ったので、三人も首を傾げた。

「「「はい?」」」

三人の反応に、透は苦笑した。まあ、いきなりそんなことを言っても信じてはもらえないだろう。どうせ、表面上だけの関係でもある。

「なんで?あなた人間でしょ?」

どう説明して良いやら、透は軽く唸った。

「数ヶ月前にこの世界に来て、その時に着いたのがたまたまキルアさんの離宮だったんです。」

春一は納得したような顔をしたが、シャンテの方はそうもいかなかった。ちなみにターニャはその顔に何の感情も見せない。

「・・・それで王子の恋人になったっていうならまだ分かるけど、側室になるなんてありえないでしょ」

「はぁ。まあ、実際にそうだから・・・」

――表面上は。

シャンテはにやっと悪党のような笑みを透に向けた。

「ねえ、あたしたちは捕らえられた5人を助けたいの。協力してくれない?」

透は少しだけ険しい顔をした。

「・・・どんなことをするつもりですか?」

「そうね、あなたと捕らえられた5人を交換するってのが一番手っ取り早いわね」

「・・・ごめんなさい。それは駄目。」

シャンテが怪訝な顔をした。

「なぜ?」

「私の為に、キルアさんは自分の仕事に穴をあけることになるし・・・第一、私とその5人の交換に応じてくれるかどうかも分からないじゃない?」

透の言葉に、3人は不思議そうな顔をした。

「人間でありながら側室というからには、よっぽど王子に気に入られてるんじゃないの?」

その質問に、透は苦笑するだけで何も答えられなかった。

「・・・だったら・・・」

シャンテが透の顔を覗き込んだ。

「だったら、側室なんて辞めて、枇杷になりなさいよ」

透は目を丸くした。シャンテは自身ありげに微笑んでいる。

「あなたも人間でしょ?なら問題ないわ。枇杷は人間たちの集まる集団だからね。あたしたちの目標は、この世界の東西南北の4国を仕切っているこの東国の国王に人間に対しての待遇を改善させることよ。あなたもその仲間にならない?」

「嫌です。」

透は即座に答えていた。あまりにもすばやい返答、そしてその内容にシャンテは顔を歪めた。機嫌を損ねたらしいことは明らかだった。

「ごめんなさい。でも、それはできません。それに、枇杷のしていることは決して正しいとは思えないし・・・」

「・・・そう。」

シャンテはターニャに向けて軽く手を挙げた。ターニャが動く。取り出したのはまたもや小瓶。今度は赤紫の液体。蓋を開ければ気体に変わり、それを嗅いだものは即座に気を失う。

「おやすみなさい、側室さま?」

透は再びベットに横たわることになった。






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