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□第58話


『サバンナ』と書かれた看板の店に、サーベルは慣れた様子で入っていった。店の中は随分と閑散としている。客も一人として見当たらない。

「悪いけど、今日は臨時休業だよ」

聞きなれた声がそう言い、サーベルはニヤリと笑った。

「俺は特別だろ?スペル」

サバンナの女店主であるスペル・チャンクは軽くため息をついた。そしてやれやれといった表情で微笑んだ。

「仕方ない。南国一の将軍様の頼みじゃね」

サーベルは適当に近くの席を選び腰掛けた。その間に、スペルはサーベルに水を出し、夫でありコックでもあるダンク・チャンクを呼びに二階へあがっていった。サーベルは水をいくらか飲みながらのんびりと料理を待つ。すると階段の方からいきなり巨体の男がぬっと現れ、サーベルは一瞬驚いたが、すぐにダンクであると気づいて落ち着きを取り戻した。名高い将軍であるサーベルを驚かすことのできるものなどそうそう居ない。

「ああ、ダンクか。脅かすなよ、頼むから」

「ああ、すまなかった」

その図体で素直に謝られ、サーベルはやや調子を崩す。けれど、とりあえずお腹がすいていたのでいつものメニューを注文した。スペルがサーベルと同じ席についた。

「で、今回は何のようでここに来たんだい?」

また前みたいに仕事なのかと、スペルは世間話をする態勢でサーベルにそう話しかけた。その様子はどこか嬉しそうだ。ここ数日、サバンナは臨時休業としていて店を開けていなかった。お客との交流もスペルにとっては久々のことで、相手がサーベルであっても気分が晴れた。

「ああ。あの連中の様子が気になってな。東国で随分と暴れたらしいじゃないか」

スペルの表情がやや曇った。

「暴れたどころじゃないよ。まったく。今回ばかりはやりすぎだ」

「何をやらかしたんだ?枇杷は」

スペルはしばらく黙って何も言わなかった。サーベルはスペルを待つように、一言も発せずにじっとしていた。

「スペル」

ダンクの声がして、スペルは立ち上がった。ダンクから料理を受け取り、サーベルの元へと運ぶ。

「・・・あの子たちは、やることは過激だけど間違っているわけじゃない。だからこそあたしも手をかしてるんだし・・・けど、時々これでいいのかと悩むときもある」

サーベルは黙々と目の前の料理を口に運んだ。

「あの子達がこれで幸せになるのかと聞かれて、あたしはきっと頷けない。けれど止めることもしたくない」

黙々と、サーベルは料理を口に運んでいた。そしてカチャリとスプーンを置く音がした。サーベルは立ち上がり、立てかけておいた長剣を手にとり腰にくくる。

「美味かった」

そう言ってサーベルはスペルにいったん背を向けたが、再び振り向いた。

「俺は『サバンナの地下が枇杷のアジト』だと知っている。だが、誰かにそれを話したりはしていない。それは俺があんたを気に入ってるからだ。スペル。あんたもそうだろ?枇杷の連中を気に入ってるからこうしてかくまってる。・・・ごちそうさま」

不意打ちでそう言われ、スペルは一瞬固まったが、すぐに笑顔を取り戻した。

「サーベルに励まされるとはね。ダンクより先に出会ってたら、あたしはきっとあんたに惚れてたよ」

冗談交じりにスペルがそう言い、サーベルも笑った。

「おいおい、後ろにあんたの旦那がすごい顔して立ってるぞ?」





「悪いな。シャンテが取り乱すことなんてなかなかないんだけどね」

春一はどこか心配そうにそう言った。透に向けて謝っているのに、シャンテのことが気になって仕方が無いようだ。

「・・・傍についていなくていいの?」

透は心配そうに春一の顔を覗き込んだ。

「シャンテのことか?ターニャがついているから大丈夫だよ」

春一はクシャッと透の頭を撫でた。やはりどこか不安げに見えるのはシャンテのことを気にしているからなのだろうか。

「・・・ここの子供達もみんな人間だよね?」

透は部屋を駆け回る子供達に目を向けた。春一も透と同じ目線を辿った。

「ああ。迷い込んできたやつらもいるし、こっちで生まれた子供もいる」

皆、親がいないらしい。この子たちはまだ幼いこのときに、母親や父親の愛情を受けられないのだと思うと、胸が締め付けられた。透も、あまり両親と関わらずに過ごしてきたのでほんの少しだが他の人よりはその気持ちが分かる気がした。走り回る子供達。とても苦しい境遇に生きているようには見えない。皆、笑っている。

「えと・・・」

透は春一の顔を見た。

「好きなように呼んでくれ。ここの奴らはみんなハルって呼ぶけどね」

透が言おうとしていることを察して春一は先回りしてそう言った。

「じゃあ、春一でいいかな?」

「ああ。じゃあ、透でいいか?」

春一が人懐っこい笑顔を見せる。少し湿った空気に春の風が入り込んだようだ。名前通りの人だと透は思った。

「春一はいつこの世界に来たの?」

「まだ赤ん坊の時だよ。だから実際、ここに来た時の記憶なんてほとんど無いし、この世界の人魚と人間の違いも正直どうでもいいんだ。」

「だったらなんで・・・?」

どうして枇杷の仲間になったのか、と透は続けようとしたが、春一は透の言いたかったことが分かったのかどこか哀愁を帯びた微笑を向けた。

「まあ、ただの気まぐれだな」

透はその冗談には笑えず、春一の表情が気になった。それを考えていると知らず知らずにやや怪訝そうな顔になってしまう。すると春一はいつものように軽い笑い方で笑った。

「冗談だよ。まあ、半分は本気だけどな」

「えと、じゃああのターニャさんは・・・あの、手に持ってた小さい瓶って何?ターニャさんがあれを開けた後の記憶が・・・ないんだけど」

話したくは無いのだろうと察し、透は慌てて話題を変えた。やや不自然に感じただろうかと思ったが、春一の方は話題を変えたことが良かったのか、ぎこちない部分は嘘のように消えていた。

「あれは睡眠薬だよ。それも強力なやつ」

「なんでそんなもの・・・」

半ば呆れながら透は呟いた。あんな綺麗な顔をしておいて、持っているものは恐ろしい。ターニャは独特の雰囲気はあるものの美人な人で、表情も硬いと言えば硬いが、リペダよりは柔らかい。声色は随分と淡々としているのだがそれでもシャンテのことを心配したり子供達の世話をしているところを見る限りではとても優しい人だと分かった。透の中で段々優しいイメージがついてきたはずなのに、ここで再び怪しげなイメージが浮上してしまった。

「睡眠薬だけじゃないぞ?毒とか、噂によると惚れ薬なんかも持ってるらしい」

――・・・魔女?

一瞬そんなイメージが浮かんできたが、すぐに首をブンブン振り回してその考えを追い払った。ターニャに失礼だ、ということもあったが、認めてしまうとなんだか怖いというのが透の本音だ。洒落にならない。

「今、魔女だとか思ったろ?」

春一がニヤニヤしながら透の顔を覗き込んだ。透は一瞬心臓が飛び上がるかと思ったがブンブンと首を横に振って否定した。

「ははは。まあ、間違えても無理ないかもな。・・・あいつは元は薬師なんだよ。だからその手の知識に詳しいし、少しなら医学もかじってるらしい」

「へぇ。じゃあ、ターニャさんは何で枇杷に?」

「ターニャは人間じゃない。人魚なんだ」

透は目を見開いてぱちくりさせた。その驚きぶりに春一は満足そうに頷いた。

「人魚?」

「ターニャは昔は薬師として色んな薬を作ってそれを売って生活してたんだ。ある日偶然に人間の医者にあったんだ。ターニャは向上心からその医者に地上での薬や医学に関する知識を教わった。けど、それを周りの人魚は良く思わなくて、誰もターニャの薬を使おうとはしなくなった」

そんな、と透が言う。透から言わせればそんなことは馬鹿らしいことだ。

「そんな時、ターニャはシャンテに会った。・・・まあ、それでターニャはシャンテを気に入って俺達と同じ枇杷に仲間入りしたって訳だ」

透は納得がいかず、難しい顔をしたまま俯いていた。

「仕方ないさ、この世界の人間は大体そんなもんだって。俺らのいた地上だってこういう差別が無かったわけじゃない。透や俺がたまたま関わっていなかっただけだし」

「それはそうだけど」

軽くそういわれても簡単に納得できるものではない。確かに地上でも似たような差別はあったかもしれないが、今回はそれが目の前で起こっている。はおけなかった。

「・・・シャンテさんは?枇杷のリーダーなんだよね?他の人たちよりも全然若いのに・・・なんで?」

春一の表情が、先ほどの春一らしくないものに変わった。どこか遠くを見るような瞳で、静かな言葉が発せられた。

「シャンテはね、誰よりも人魚を憎んでる。だからリーダーなんだよ」





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