top // novel / home  


□第60話




 とんでもない、と透は心の中で叫んだ。どうにかしようと本当に声を上げて抗議をしようと試みたが、隣に立つ春一が止めたため、それは叶わなかった。目の前には多くの人が集まり、しんと静まり返っている。その中心にいる人物に誰もが目を向けていた。シャンテだ。

「じゃあ、決まり。二手に分かれてもらうわよ?」

その場にいる人たちをシャンテはテキパキと右側と左側に分けて寄せて立たせた。全員を分け終えたところで最終的なメンバーのバランスを確認した。右側に分けられた人達は左側に比べて随分少なかった。だがそれでも、シャンテは満足そうにその大人びた口元を緩やかにカーブさせた。

「・・・いいわね。右のグループは南を担当して。左はあたしたちと一緒に東」

打ち合わせは着々と進んでいく。今回の枇杷の目標は南と東にある。南では、例の如く税金を取り過ぎてブクブクと太ってしまった貴族がターゲットとなった。そして東のターゲットはルポの貴族。そして、キルア王子だった。

「今回の最終目的は王子の誘拐」

シャンテがそう宣言したのは数分前だった。透はこのとき、初めてシャンテや他の枇杷のメンバー達に怒りを覚えた。もちろんシャンテの提案に枇杷たちも戸惑った。しかし、それもしばらくのことで、シャンテが全ての説明を終えるころには、皆考えを一つにしていた。

“東国の王子を誘拐する”

驚くべきことに、最終的には誰一人としてこのことに反対をしなかったのだ。

――どうしてそんなことを!!

 透は絶望的な思いで、皆に囲まれているシャンテを見た。透は、この世界に来てすぐにキルアに手を借りて、ほとんど不自由のない生活を送ってきた。けれどそれでも馴染みのないこの世界で暮らすことがどれだけ辛いことなのか、同じ人間であるから少しは理解できると思っている。枇杷と関わりを持って、さまざまな人間に会った。貧しさから親に捨てられた子供。人間だからという理由で職に就けず、食べるものも住むところもないと言った男の手は、青白く骨と皮だけだった。同じ理由で、何もしていないのに物を投げつけられ、暴力を振るわれた少女は口が利けなくなってしまった。この世界では人間はそうやって扱われる。だからこそ、枇杷がこれまでにしてきたことも咎めることなどできなかった。けれど今は違う。枇杷は行ってはならない道に進もうとしている。

――本当にキルアさんを誘拐したらそれこそ本当の犯罪者になっちゃう!!

今までは、民を苦しめる貴族をターゲットとしていた。そのことで、一部の人魚からも指示を得ていたのだ。ターゲットとなった貴族にも非があった。けれど、キルアはそういった貴族達とはまったく違う。不正な行いはしていないし、国民からの指示も厚い。そんな人物を誘拐してしまえばどんな事態が起こるか、シャンテには想像できなかったのであろうか。

「なんてことを・・・」

目の奥が熱い。本当に悲しくて、涙が零れ落ちそうだった。不意に、目の前が暗くなった。ゴシゴシと目を擦られた。次に視界が明るくなったとき、透の涙を拭ってくれたのが春一の袖だということが分かった。

「・・・ありがと」

透は弱々しく呟いた。

「・・・春一も参加するの?この計画」

「そうだろうな」

 まるで人事のようなその返事に、透は顔を顰めた。春一はおかしい。以前から感じてはいたが枇杷の活動に非積極的だ。かといって、協力しないわけではない。一度決まったことには必ず参加して全て遂行する。けれど、何をするかは全て人任せで、自分の意見を言おうとした試しがない。透が何かをシャンテに抗議しようとしても、それすら止める。まるでシャンテの全ての意見を否定したくないと考えているように思える。

「・・・私は、止めさせたい。こんなことしても、人間の立場が余計に悪くなるだけだよ?どうして枇杷の人達はみんなそれが分からないんだろう!」

もどかしい思いでいっぱいだった。枇杷のメンバーたちはすでにそれぞれの役割に分かれ、計画の準備を始めていた。

「・・・蔑まれて生きていくことに飽きたんだろ」

ポツリと、春一がそう呟いたので透はハッとして顔を上げた。

「限界なんだろうな。なんの理由もなく、見下され、疎外されることも、何も食べられないことも、堂々と胸を張って歩けないことも」

確かにそうだ、と透は思った。透はまだこの世界に来て数ヶ月だが、ここに集まっている人間の中には何年もここでの生活を強いられている人もいるのだ。

「けど、それでもこれが正しいとは思えないよ」

春一は何も答えなかった。

「トオル」

シャンテが、彼女に似合わない荒んだ笑顔で透を見ていた。

「あなたも来てもらうから。もう一度利用させてもらうわ」

冗談じゃない、と叫びたかったが次の瞬間には春一の手が透の口を塞ぎ、どこからか、嗅いだことのある匂いが色濃く香り始めた。

――ターニャの睡眠薬だ。

その香りの正体に気づいたときには、透は再び気を失っていた。







「枇杷が現れたようです」

情報は迅速に伝えられた。キルアは眉一つ動かさなかったが、無関心なわけではない。

「・・・場所は?」

「南国。位置的に東寄りですが、国境からは随分と距離があるようです」

マイホはスラスラと偵察兵の届けた報告書を読み上げた。

「・・・ルポで不祥事を隠している愚かな貴族はいるか?」

キルアのその妙な質問に、マイホはしっかりと頷いた。

「ええ。キルアさまの言いつけ通りにきちんと野放しにしてありますよ」

 そう言ったマイホの声には少し不満そうな感情が混ざっていた。あたりまえだ。領土の当地はそれぞれの区間や地域、町ごとに分けられ主だった貴族に全て一任される。もちろん、どの貴族もが善良なわけではない。中には私腹を肥やすためだけに民に重税をかけたり、不当な金額で他の貴族から領地を売り買いしたちするものもいる。今回、話題に挙っているのはその善良ではない貴族のことである。そういった各領地の貴族の横行は、国軍、あるいはキルアたち王家や各官の者達が裁きを行う。キルアは今回はあえてそれを避け、他の王族や官長にも手出しをさせなかった。もちろん、当の貴族はと言うと、まさか自分の不正が全て明るみに出ているのだとは夢にも思わず、ただただその小さな脳みそで考え得るかぎりの方法で民から財産を巻き上げていた。

「その者の不正の証拠とそれに関する資料を集めておいてくれ。次期に必要になるだろう」

マイホは心得ているようで、一礼をするとすぐに準備に執りかかろうとキルアに背を向けた。

「・・・バルにも一度戻るように伝えてくれ。隣町で新しい町長の選挙を取り仕切っているはずだ」

マイホは小さくため息をついた。

「キルアさまがこれから仕出かそうとしていることを知ったら、きっと帰ってきませんよ。意地でも隣町の選挙を長引かせたに違いない」

キルアはクスクスと笑った。笑い事ではないのに、とマイホは思ったが自然に自分の口元にも笑みがこぼれていた。

「ああ」

気づいたように、マイホが手元の書類から一枚、クルリと丸まった羊皮紙を取り出した。それをスルスルと広げて内容をそのまま読まず、要約してキルアに伝えた。

「国王陛下、ならびに兄君がトオルさまに会いたいと仰っています・・・どうしますか?」

キルアは、特に困った様子もなかったが、少しはそれらしく見せようとしたのかわざと首を傾げて見せた。

「ふむ、どうしたものだろうな」

その声に、困っている様子など微塵も含まれていない。マイホは再び呆れたが、キルアの考えは聞くまでもなくすでに理解していた。

「他者に知らせるつもりはないのですね、トオルさまのこと」

キルアは、透が枇杷に連れ去られたことを他の王族や貴族たちには話していなかった。キルアの私軍の兵士達も自ら面白半分に噂を広めるようなことはしなかった。
マイホは、その羊皮紙をキルアに手渡した。渡されたそれを、キルアは繁々と見つめ、しかしすぐに放るようにして横に避けた。

「・・・大した問題ではないだろう?」

その一言を、マイホはどう捉えていいのか考えた。国王や兄君がどうでもよいのか、透のことがどうでもよいのか。それとも、この騒動自体がキルアにとっては取るに足らないものなのか。
少し考えて見れば、マイホにはどれがキルアの考えなのか読み取ることができた。しかし、それはマイホから見れば三つの中で最悪の思考であり、それが正しくキルアの思っていることだと気づくと、マイホの顔は自然と険しくなった。

「・・・まあ、俺はキルアさまの考えに従いますけど」

あまり納得がいかない様子のマイホに、キルアは面白そうにニヤニヤした顔を向けた。







感想をくださる方はメールあるいは↓の一言フォームでお願いします。無記名OKです。
お名前 一言感想。

back / top / next // novel  
Copyright(C) Fuki Kayami all rights reserved.
inserted by FC2 system