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□第8話



「もう一ヶ月だ・・・。」

「警察にも連絡したし、透ちゃん一人では行く当てもないでしょうしね・・・。居なくなったのは学校ででしょ?事件に巻き込まれたわけではないわよね・・・きっと。」

「やはり、透ちゃんはあちらの世界に行ったのか・・・。」

利明、そしてその両親は、ここ一ヶ月の間、突如として消えた透の行方を必死で探していた。
そう、あの日はちょうど透の嫌いな水泳の授業があって、その時間に透は消えた。居なくなった現場は、プールだ。
生徒たちや先生の話によれば、授業が終わり、生徒たちが更衣室に向かうとき、少し目を離したときにはもう透の姿は消えていたという。

そんな短時間でいったい何処へ消えたという?

生徒の話では、プールの方から水音がしたとか・・・。


利明とその両親は、ある1つの可能性を考えた。

「やっぱり十数年前のことは現実だったのか。・・・あれが夢だったらどんなにいいか!!」

利明がそういうと、両親も静かに頷いた。

「透ちゃんはあのことを忘れているのに・・・。」

「せめて俺も一緒だったら・・・。」

「絶対に行かせるべきじゃないと思っていたのに。」

十数年前の出来事。この家族の中ではそれがとても重要なことだった。
そして、その時からこの家族は「透を守る」ことを決意した。



「でも、まだ透は約束を果たしていないはずだし・・・約束を果たす為にきっと帰って来る。」

「ともかく、今は私たちにできることをしましょう。」

3人とも頷いた。全ては透のために。

「約束を果たさせてはいけない。それから、あの時のこともできるだけ、忘れたままでいさせてやりたい。」

「そうね。覚えているのは私たちだけで十分よ。」

「そうだな。せっかく忘れているんだから・・・。」

3人の脳裏にあの場面が蘇る。


人々が苦痛の悲鳴を叫ぶ声。真っ赤に染まった視界。

あの時の悪魔のような出来事。

本来ならば、もう自分たちの命は果てていたのに。

そうはならなかった。

代わりに犠牲になったのは・・・。

夢であれば、と、どんなに祈ったことか。








***






「で、いったいどういうことですか!?」

バルが鋭い口調でキルアに詰め寄った。
ここはキルアの宮の秋宮。その中の政務室だ。
ただの一室に過ぎないが、それでもかなりの広さがある。主に、キルアが政務を執り行うための部屋で、煌びやかな椅子と机が置かれて、その右には資料などが詰まった棚。床には赤いじゅうたんが敷かれている。

キルアとバル、そしてスラッとしていて、すまし顔の男に、キルアと同じくらいの年の、釣り目の男。

すまし顔の男は金の髪、金の瞳。キルアよりも幾分か年上に見える。無表情でバルの隣に立っていた。

つり目の男は茶色の髪と目。ムスッとした表情でキルアの隣に立っていた。

「なんの話だ?バル。」

キルア本人は豪華な宝石が散りばめられフカフカの椅子に座って、肩肘を立て、顎をそこに乗せていた。

「とぼけないでください。トオル様のことですよ!!」

「トオル?」

聞き返したのはキルアの隣に立つ、つり目の男。すまし顔の男は何も言わずに話を聞いていた。

「誰ですか?キルア様。」

つり目の男が聞くと、キルアはめんどくさそうにした。

「ん〜。」

「誰ですか?」

つり目の男がキルアの目の前にズイッと顔を近づけてそう言うと、キルアは「はいはい。分かった。」と言ってため息をついた。

「バル、マイホ、リペダ。一応お前たちに話しておく事がある。」

それぞれ名前を呼ばれると、3人はキルアの前に横一列にきちんと並んだ。つり目の男がマイホ、すまし顔の男がリペダのようだ。

「えー。何処から話すべきか・・・。そうだな。一ヶ月と少し前、その時、わたしはシクレ宮にいた。すると、泉の方から見たことのない格好をした少女が現れた。それがトオルだ。」

「キルア様・・・それってまさか・・・」

「人間だ。」

「な!!?」

「キルア様はその少女をシクレ宮に住ませていらっしゃるんだ。」

「は!!??」

キルアの言葉、バルの言葉にマイホは目をクルクル回していた。

「キルア様!!それは本当ですか!!?」

「ああ、まあな。」

ふらついたマイホをバルが支える。

「人間の少女をシクレ宮に住ませるとは・・・何か考えがおありですか?それとも、ただこちらの世界の女性たちにお飽きになられたのですか?」

リペダと呼ばれた男がようやく口を開いた。つんとした表情は変わらない。

「・・・リペダ、お前もバルと同じことを言うんだな。」

キルアが少し不満そうにそう言った。さも自分が女好きではないと言い張るようだ。

「別に飽きたとかそういう問題ではない。」

「じゃあどういう問題ですか。」

バルが間髪入れずに聞いた。

「別にわたしもただの人間であったら置いてはおかない。だか彼女はいろいろと気になるところがある。」

「気になるところ・・・ですか?」

バルの言葉にキルアは頷く。

「そうだ。まず第一に、例え人間がこちらの世界に紛れ込んだからと言って、シクレ宮に入れるわけがない。」

バルとマイホは「ああ。そうか。」と感心した。リペダだけは相変わらず無表情で話を聞いている。

「シクレ宮には強力な結界が張ってある。わたしが許した者以外は到底入ることは不可能だろう。だが、トオルはそこに現れた。」

「・・・確かに普通ではありえないことですね。」

「ホントかよ?うさんくさいな。」

マイホが疑わしげにそう言った。
マイホは疑い深い人間だった。特に女には目が厳しい。キルアの周りは、キルアの地位にだけ目がくらみ寄って来るものが多い。女でなくとも、キルアの身分と地位を利用しようとするものは少なくない。キルアの側近であるマイホはそんな奴ばかりを見てきた。元々、気を許した者以外とは馴れ合わない性格だ。
それらのことが原因でキルアに近づく女は片っ端から警戒し、毛嫌いしていた。

「それに、もう1つ。彼女が身に付けている銀色のプレートがあるんだが・・・。」

「ああ、トオル様が首から下げていたものですか?」

「・・・バル、お前、その『トオル』とかいう女に会ったのか?」

マイホがそう聞くと、バルは

「ああ、今さっきまで一緒だった。」

と答えた。

するとマイホは「ふん」と鼻を鳴らした。

「・・・そのプレートだが、わたしの記憶が正しければ、あれは以前、太陽妃が持っていたものだ。」

「「「なんですって!?」」」

3人同時に声を上げ、驚いた表情を見せた。あまり表情の変わらないリペダもギョッとして、目を見開いた。

「ということは・・・その女、太陽妃様に会ったことが・・・まさか、そのトオルとか言う女が太陽妃様を殺した奴か!!??」

マイホが強い口調でそう言った。

「・・・言い方は悪いが、おそらくそういうことだな。その者本人かは不明だが、その者であるか、あるいは、その者と関係しているのは間違いないだろう。何せあのプレートは太陽妃がいつも肌身離さず持っていたものだ。あの日から何処を探しても見当たらなかった。太陽妃があの人間に渡したのだと考えるのが妥当だろう。それで1つ気にかかっているんだが・・・。」

「何故今になってその者がこの世界に戻ってきたか、ですね。」

「ああ、リペダ。その通りだ。」

「恐れ入ります。まあ、もっともそのトオルという方がその者本人でなければただの偶然でしょうが・・・。」

「失礼ですが、キルア様。」

バルが突然口を挟んだ。

「先ほど私はトオル様とこの世界についてお話しましたが、トオル様はこちらの世界のことをまったくご存知ではない様子でした。もし、太陽妃様の命を奪う原因になったのがトオル様であったとしたら以前こちらにいらしたはずですから、こちらの世界のことを多少なりとも覚えているはずです。」

キルアは考え込んだ。

「確かにそうだ。彼女はこちらのことについて何も知らない様子だった。もしかすると忘れているのか・・・あるいは別人かだな。一応、年齢も合っているし、あまり確かではないが、トオルがあの時の女の子だと思うんだが・・・とにかくまずはそれを見極めたい。」

「見極めてどうするつもりですか?」

マイホがやや不機嫌そうにそう聞いた。あまり賛成ではないらしい。

「・・・もし、トオルが十数年前のあの人間と同じ人物だったら、何故今頃になって戻ってきたのか・・・しかも辿り着いたのはシクレ宮だ。偶然では考えられない。ならば、何かの力が作用したと考えるのが妥当だろう?」

「・・・太陽妃様のお力ですか・・・。」

「さすがリペダだ。そう、考えられるのは一人。太陽妃が彼女を呼んだんだ。」

「・・・何故でしょう?」

バルが少々不安げにそう聞いた。

「さあな。元々、太陽妃が無理にまであの人間を地上に帰したこと自体が謎なんだ。またこちらに呼び寄せたことも分からん。だが、わざわざそうするということは、よほどの事が関係しているのだろう。」

「知ってどうするおつもりですか?」

「さあな。それから考えよう。」




「・・・なあ、バル。お前はそのトオルって女に会ったんだろ?どんな奴だ?」

「あぁ。可愛らしくて優しそうな方だったよ。」

マイホの質問にバルが笑顔でそう答えるとキルアが少し不機嫌そうな顔になった。

「ふ〜ん。気に入らないな。」

「マイホはどんな女性でもキルア様に近づく者は気に入らないんだろう?」

リペダがそう言うと。クスクスとバルが笑った。

「ああ、思い出した。キルア様にもう1つお聞きしたいことが。」

バルが思いついたように顔を上げた。

「なんだ?言ってみろ。」

「はい。最近、姫君方とお会いしていないというのは本当ですか!?」

「「!!?!?」」

マイホとリペダが目を丸くする。

「「まさか!?」」

「「キルア様が!!!??!?」」

2人の声が一緒になる。

「・・・お前たちはわたしのことをなんだと思っているんだ?」

「で、どうなんです?」

バルが冷静に問い詰める。

「本当だ。だが、それがどうした。」

「・・・もう1つ質問です。他の女性には会わないようにしていらっしゃるのに、トオル様には毎日会いに行っていらっしゃるというのは本当ですか?」

「「!!?!?!?!?」」

マイホとリペダは耳を疑って、固まった。

「・・・本当だ。」

「何故ですか?」

「・・・さあな。」

少し考えて、結論が出なかったのか、キルアはいい加減な返事をした。固まりきっていたリペダがようやく話を理解し始め、「なるほど」と呟いた。

「どうしたリペダ?」

「いえ、キルア様がトオル様を気にかけ、シクレ宮に住まわせ、他の女性とも会わないとなると考えられる理由は1つですな。」

「・・・ああなるほど。」

リペダの言葉にバルも何かを察したようで2人でニコニコしていた。そして、当のキルアとマイホだけは2人の笑みの理由が分からず、首を傾げていた。

マイホは鈍い。

そしてキルアは自分のことには激しくにぶい。




「・・・?まあいい。じゃあわたしはトオルのところへ行ってくる。」

「ああ、ならばキルア様。」

「なんだ、バル?」

「トオル様は宮には時計が無いので時間が分からないとおっしゃっていました。用意して差し上げては?」

「ああ。そうだな。手配しておこう。・・・では行ってくる。」

「「「行ってらっしゃいませ。」」」

バルはニッコリと、リペダはニヤリと、マイホは不機嫌にそう言った。








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